第九話 空回り、焦る心
「なんか、全然、落ち着いて食べらんなかったね」
千尋はフーッと息を吐くと、大輔の腕を取った。
女生徒達は屋上までついてきて、お弁当を食べる千尋と大輔のまわりを取り囲み、ずっと観察していた。
結局、ゆっくり食べる時間もなく、また逃げるようにして戻って来た。
「明日、お弁当作ってきてあげるね!」
千尋は甘えるように、大輔の腕にすがる。
「……あ、いい。俺、昼はあんまし食べないし」
大輔は、腕を引っ張る千尋に文句も言わず、されるままになっている。
だが、返事はそっけない。
「大輔君って、缶コーヒーしか飲んでなかったよね。体に悪いよ〜」
気にする風でもなく、千尋は微笑む。
お昼の時間は、大輔にとって、ある意味恐怖の時間だった。
今まで、女子からのお弁当の差入れが途切れたことはない。
時には、何十個のお弁当をもらったこともある。
もちろん食べられるはずもなく、他の男子達に回していた。
ゆっくりとお弁当を食べてくつろげる時間など、大輔にはなかった。
「その分、夜食べてるから」
「本当に〜? だから、こんなに腕細くなっちゃうのよ」
千尋は嬉しそうに微笑みながら、しっかりと大輔の腕を掴む。
──もう放さない! 大輔君はあたしのもの!
「ハート型のおにぎり作ってくるね。あたしと大輔君とお揃いで」
これ以上幸せそうな笑顔はない、というくらいの笑みで、千尋は大輔を見上げる。
──ずっと、こうしたかった。腕に寄りかかって、顔を見上げると、大好きな彼の顔があるの。翔太は背が低いから、いつもあたしと同じ視線だったし。
千尋は興奮し、思わず大輔の腕を引っ張る手に力が入る。
その拍子に大輔はよろけそうになり、必死で踏ん張った。
大輔は背が高いが、華奢であることを、千尋は考えていない。
理想の彼を手に入れたことに、満足しきっていた。
「……あ、俺、トイレ行って来る」
ちょうどトイレの横を通り、大輔はホッとして千尋から離れる。
トイレは、学校の中で一番くつろげる場所。
唯一、大輔が一人きりになれる所だった。
「千尋ー!」
教室に戻って来た千尋の姿を見て、翔太は叫び、彼女の元に駆けつける。
生まれて初めて、教室の隅で一人で虚しく弁当を食べた。
いつも千尋と一緒。
左隣りには、必ず千尋がいた。
僕らは二人で一人。
鳥にたとえるなら、
右の翼が僕で、千尋は左の翼。
どちらかが欠けても、空を飛ぶことは出来ない。
翔太は、そう思っていた。
千尋の目の前に立ち、翔太は泣きそうな気持ちになる。
「何?」
翔太の気持ちに反し、千尋は冷たい返事を返す。
「……今日も帰りにクレープ食べようよ!」
翔太は精一杯の笑顔を作る。
「僕、今日はブルーベリーを食べてみる。やっぱ、いつもバナナじゃ子供っぽいもんな」
「今日は大輔君と帰るから……」
千尋は視線を落とす。
「そんじゃ……昨日みたいに三人で」
千尋は首を振った。
「クレープ食べたい気分じゃないから、いいよ……」
声を落とし、千尋は自分の席に歩いて行く。
「あっ、それからさぁ……」
翔太は千尋を追う。
「ゴールデンウィークの計画。千尋、沖縄に行きたいって言ってたろ。僕、旅行会社でパンフレットもらって来るよ」
「そんなのまだ分かんない」
「ホテルの予約はもうしといた方が良いよ」
「そんなんじゃないの!」
千尋は振り向くと、キツイ目で翔太を見る。
「あたしは、翔太と一緒には行きたくないの!」
「……」
大きな千尋の声に、クラスの生徒達は注目する。
「……ほっといて」
きつく言い過ぎた。
潤んだ翔太の瞳を見た時、千尋は後悔した。
けれど、今の千尋の心の中に、翔太は存在していない。
今は、翔太のことを考えたくない。
千尋は俯いたまま、自分の席に着いた。
静まりかえった教室の中、翔太は一人立ちつくす。
生まれて初めて感じた孤独感を、翔太は痛いほど味わっていた。
今回もかわいそうな翔太…^^;
巻き返しなるか!?
次回から新たな展開に〜