プロローグ
春の競作祭「はじめての×××。」参加作品です。
初めてのキスはどんな味……?
薄いピンク色の桜の花びらが、クルクルと風に舞う、春の日の昼下がり。
紫外線をたっぷり含んだ日差しは強く、桜の花びらも次々と木から舞い落ちてくる。
穏やかな春の日というには、風は強過ぎる。
強風は土埃を舞い上げ、名残惜しげに咲いている桜の花を、容赦なく蹴散らしていく。
と、誰もいない静かな幼稚園の庭に、幼い笑い声と軽やかな足音が聞こえてきた。
幼稚園の制服を着た小さな男の子と女の子。
仲良く手を繋ぎ駆けてくる二人。
ふっくらとしたほっぺを紅色に染めて、顔中に満面の笑みを浮かべている。
竜巻のような土埃に立ち向かうように、しっかりと手を握り合い、庭の隅の桜の木の下まで走ってくる。
「ターッチ!」
小さな二つの手が同時に桜の木に触れる。
二人は肩で息をしながら、お互いの顔を覗き込んだ。
小さな二つの口は、モグモグと幸せそうに動いている。
「あしたから、小学生だね」
女の子がニッコリと笑う。
「ようちえんの服とも今日でおわかれだよ」
男の子も笑って答え、口から流れたヨダレを片手でこすった。
「小学校に行っても、あたしたちいっしょだよね」
「うん! 中学も高校も、ずーっといっしょだよ」
男の子はこくりとうなづく。
女の子は一歩前進して、男の子に近づいた。
「あたしのこと好き?」
「うん、大好き!」
「あたしも大好き! ね、あたしたち大きくなったら、けっこんしようね!」
「うん、けっこんしよう!」
男の子と女の子は嬉しそうに笑いながら、繋いだ手をゆらゆらと揺らす。
「今から、こんやくしきだよ」
「こんやくしき?」
「さくらの木の下で、キスするの」
女の子は恥ずかしそうに笑う。
「キス……?」
男の子は、紅色のほっぺをもっと赤く染め、もじもじと地面に靴先で円を描く。
「さくらの木にちかうの」
桜の木に触れた二つの手を見て、女の子は男の子に向き合う。
そして、テレビで観た結婚式の場面を心に描きながら、瞳を閉じる。
女の子の長いまつげが、ピクピクと揺れている。
「えーと……」
男の子ははにかみながら、そっと女の子の赤いほっぺにキスをした。
「ちがうよ。口にキスするんだよ」
固く目を瞑ったまま、女の子は不満げに言う。
二人の間を強い風がビューッと吹き抜け、頭の上から紙吹雪みたいに桜の花びらが落ちてくる。
二人の小さな頭に、花びらが数枚舞い降りて貼り付いた。
「……」
女の子の手をギュッと握った男の子は、ドキドキしながら、そーっと女の子の顔に顔を近づけていく。
女の子のほっぺにも、桜の花びらが一枚貼り付いていた。
目を瞑り、女の子の小さくてぷるぷるしたピンク色の唇にそっと触れる。
温かくて柔らかくて、とても甘い。桜の木の下で、重なり合う小さな影。
初めてのキスは、小学校に入学する前日。
ビュンビュンと嵐のように風の強い春の日の午後。
思い出の幼稚園で、桜の木に将来を誓い合った二人。
初めてのキスの味は、ミルクキャンディの味がした……。
かなり前、この作品のネタを提供してくださった藤田文人さん、ありがとうございました! 長い期間眠っていましたが、ようやく日の目を見れそうです。(内容はかなりいじってます^^;)