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夜ふかし

作者: 結城夏夏

時計の長針が真上を向いたとき、ある男―日上―は考える。

どれだけ健康でいようと努力してもいずれは人は死ぬ時が来る。

自分の命も例外ではなく、きっとあと何十年かしたら俺の命も終わりが来る

蛍光灯の光がちかちかし始めた。そろそろきれかけている。

クーラーは入れているが日上はじっとりと汗をかいていた。今日の朝のニュースを見たとき気温は35度を越していた。夜といえどもまだまだあつい

ベッドに横になっていた。足にかかった布団が邪魔でけりとばす。

暑い

暑さを感じるということは、自分は生きているということだ。

生きているから苦しみも感じるのだ。

じゃあ死ねば楽になるというのか、いや違う。死んだら何もない。無が待っている。

苦しみもなければ楽しいこともなくなるのだ。

日上は息を止めた。しかし秒針が一周する前に我慢できずに息を吸ってしまう。癖だった、死んだことを考えた時は出来る限り息を止めるのがこの男の癖だった。何も窒息死を体感したいとか自殺願望があるわけではない。生を体感するためにだ。息を止めて苦しみを感じるのだ。日上にとって生きるとは苦しむことだった。時計の針が12時15分を指していいる。

俺の終わりに15分近づいた。

水でも飲もう。きっと暑くてこんなこと考えるんだ。

台所へ向かう。確か冷蔵庫に炭酸水があったはずだ。冷蔵庫を開けると食材はあまりなかったが炭酸水はペットボトルが数本並んでいた。

「これはあんまりだな」

日上は誰に言うでもなく、ぼそりとつぶやいた。

クーラーの音と時計の針の音だけが返事をする。日上は少し虚しさを感じたが今ここで人の声が聞こえてもそれはそれで嫌だ。心霊現象は嫌いだ。一例を除いて。

飲み終えたペットボトルをゴミ箱に捨てようとしたとき、日上は動きを止める。

ラベルとキャップ、剥がすんだっけな。地球にやさしく、だっけ?

日上と以前交際していた女性によく注意されていたことを思い出す。

その当時は、適当に返事をしてそのまま捨てていたけれど、一人になった途端に彼女の言葉を守っている。昔は自分がそのままにしても彼女が口を尖らせながらも分別をやってくれていた。もう自分でしなければいけないのだ。

彼女のことを思い出して、ため息をついていると食器棚に睡眠導入剤が入っているのが目に留まった。

飲まないとな、でもこれ飲むと朝つらいんだよな

日上は病院から薬を処方されている。不眠症だった。しかし、真面目に薬を飲むことはまれだった。今日も薬を飲む気はない。

ベッドに戻ると相変わらず暑くはあったが、喉の渇きがなくなっただけでずいぶんと気分はましだった。

眠りたくない。日上の目の下には初対面の人に軽く心配されるほど隈ができていた。

冷蔵庫を見ても分かるように日上は食事もまともにとっていない。炭酸を飲んでいたら空腹はましになるようで炭酸水を飲んで終わらすことが多々あった。

なので、見た目はひょろりとして肌も白く、脂肪率はそろそろ一桁に入りそうだった。

いろいろと無関心なところがあったが手だけはこだわっていた。日上はいつも手を清潔にしている。仕事上爪を伸ばすことはできない。白く伸びた指は見とれるほどきれいだった。

彼女に触る手だ。これぐらいこだわって当たり前だ。

日上は自分の手を見るたびにそう思っている。

ベッドで自分の手を眺めていると、また最初の考えに戻る。

じゃあ、人を殺すっていうことはその人を幸せにするってことにはつながらないのだろうか、永遠に無を与えるだけなのか。じゃあ何をしたら相手を幸せにしてあげることができるんだ。命を守ることか、いつかは尽きる命を最後の一滴まで守って見せたらいいのか。何からだよ。悪の組織に狙われているわけでもない。命を奪われるとしたら、事故にあうとか通り魔に出会うとかそんなものぐらいだろう、それから守るならずっと部屋にいさせたらいいのか?守るためと言って監禁するのは幸せにするとは何か違うんじゃないだろうか。人を幸せにするなんて至難の業、自分には無理だ。愛で人を幸せするなんて言うのは菫を食べている仙人ぐらいじゃなきゃ無理だ。そうだ、愛は人を幸せにするものではない。自分を幸せにするものだ。他人からしたら愛はエゴイズムでしかないんだ。日上は何かの暗示のように愛とエゴを考え続けた。

ふと時計を見る。さっき3を指していた針は6を指していた。時間が長く感じる。明日は仕事が入っている。今日寝ておかないとつらくなるのは明らかだ。だが日上に眠気は来ていなかった。蛍光灯は今もちかちかしている。近いうちに電気屋に行かないとな。日上は横に置いてあった手帳に蛍光灯を買うと走り書きを残すとサイドテーブルに投げ捨てた。勢い余って落ちてしまった。めんどくさい、日上は拾うことはなく落したままにしていた。

ベッドの下の方に追いやられていた布団をかける。今日はもう動きたくない気分だ。あ、電気消し忘れた。ちかちかしているのが気になる。日上は蛍光灯を見ながら、別れた彼女のことを考えていた。彼女がこの部屋によく来ていたころ、よく花瓶に生ける花を持ってきていた。おかげでこの部屋にはたくさんの花が置かれていた。俺は最初の一つしか許可した覚えはないのだが。彼女は私のそっけない部屋が気に入らないらしい。仕事の打ち合わせのために入った女の人は俺の部屋の花の多さに驚き、苦笑していた。普段の俺のイメージからは予想にもつかないらしい。とにかく、彼女は花が好きだった。俺の部屋に来るたびにいろんな花を持ってくる。一度俺が好きだといった花は枯れれば毎回新しいものを持ってきていた。それはテレビの横を陣取っていた。一度その花の造花を彼女に渡したらそういうことじゃないと怒られてしまった。怒った後、ごめんなさいという言葉と共に花は枯れるから美しいのだと教えてくれた。俺がいちいち替えるめんどくささを言うと花の綺麗さはいつまでも続かない儚さが完成させてくれるのだと、枯れる―花にとっての死があるから綺麗に咲いている間が生を感じられるのだと話していた。君が言うのならと、造花を捨てようとすると慌てて止められたが。

日上はその時のことを思い出して、口角を上げる。この男の笑いは微笑みというより悪だくみをしているように見える。

俺が造花を捨てた数日後、地元で夏祭りがある日だった。彼女とその祭りに行く約束をしていたのだがあいにくの雨によって中止になってしまった。

「残念だったな、祭り」

ソファに座っている彼女に俺は飲み物を持って話しかける。

「んー」

「ご機嫌ななめって感じだね」

彼女はぎりぎりまでやるかもしれないと浴衣を持ってきたらしい。こういったイベントが大好きな彼女は相当楽しみにしていたようだ。中止になってから俺とまともに話してくれていない。

「んー・・・あ!」

「?」

何かを思いついたようで彼女は持ってきた荷物をもって俺の寝室の方へ行ってしまった。

彼女が飲み物を置いたら腕に閉じ込めようと思っていたので残念だ。

「何やってるんだー?」

隣の部屋へ声をかける。彼女が何かを準備しているのは音でなんとなくわかった。

ここは黙って見守った方がいいだろう。

「こっち来ないでね!テレビでも見ててー!」

ほら予想通りだ。君がそういうのならもちろんおとなしく座って待っていよう。

俺は仕事で使う楽譜を眺めて待つことにした。

少し経つと扉が開いた。

「みてみて!」

彼女を見ると驚いた。

そこにはいつもの幼さの残った可愛い彼女ではなく浴衣を身にまとった大人びた彼女が立っていた。

「・・・綺麗だ」

「本当!?お祭りはダメだったけどこの姿だけでも見てほしかったんだ。この帯の結び方枝垂桜っていうらしいよー、」

そういってくるりと回った彼女の頭には俺の買ってきた造花が飾られていた。

「その花」

言うと彼女は得意げに笑った。

「ピンとくっつけて髪飾りにしたんだよ、せっかく私のために買ってくれたんだもん。大事にしてるんだからね」

俺の好きな花をつけた彼女がかわいく見えないわけがない。

俺の隣まできた彼女を俺は抱きしめた。

夏祭りがなくなってよかった。こんなきれいな姿、他の誰にも見せるわけにはいかない。

少し力を入れすぎたようで彼女から苦しいと苦情が来た。

力をゆるめると、彼女が俺の顔を見上げる。

額に口づけた。

腕の中の彼女は赤くなって照れている。そんな姿を微笑ましく眺める。俺の腕の中にいるっていうことがすごくいい。

その日は彼女を抱きしめ、思いついたように口づけ、眺め続けた。

蛍光灯が消え、部屋が暗闇に包まれたことで日上は記憶から現実戻された。

あぁ、とうとう切れたか。

日上の顔から笑顔は消えた。

電気が消えるのがなんだか縁起が悪く感じた。せっかく彼女との大事な思い出に浸っていたのに。ふと、時計を見るとだいぶ時間が過ぎていた。早朝、とまでは言えないが結構な時間になっていた。彼女の思い出と夜を明かすのもいいな、と日上は少し機嫌がよくなっている。明日寝ぼけて仕事中にまた上司に小言を言われるのも気にしない。今日は寝ずに過ごすことにした。

日上は一度、隣の部屋のカギを確認しに行った。

うん、ちゃんと閉まっている。

それを確認するとまたベッドに戻る。携帯を見ると一通のメールを開いた。今きたものではないようだ。彼女からのメールだった。内容は日上に向けての愛の言葉とお休みという言葉だった。日上からの愛の言葉は腐るほどいっていたが彼女からの言葉はそうあるものではなかった。日上が告白した時に、一度行ってくれたのとこのメールの二回だけだ。だからこのメールを見た時、日上は彼女に電話をかけた。

「もしもし?」

「ん?どうしたの、メールでもう寝るっていってたのに」

「声、震えてる。もっと素直に何があったんだ」

「・・・・今、話してても大丈夫?」

「大丈夫だ。気にするな」

彼女はお礼を言うと、話し始めた。

「あなたには嫌われたくなくてずっと言えなかったの。怖くて、私、お父さんの話したよね?」

「あぁ」

彼女と付き合う前、父親の話を聞いたことがあった。

「その時も言ったと思うけど、昔からお父さん、よく怒鳴る人で私やお母さんのこと怒っていたの。私は昔からお父さんが怖かった。怒鳴るだけならいいんだけど、数年前からお母さんを殴るようになったの。お母さんは泣くだけでいつも殴られてるの。私には手を出したことは一度もなかった。今日まで。」

俺は自分の中の何かが覚めていくのを感じた。

「お願い、聞いて。私の話を聞き終わった後、何を言っても構わないから。」

「・・・うん」

「今日、初めてお父さんに殴られたの。私が警察に電話しようとしたから。」

俺は黙って話を聞いた。

「お母さん、最近外に出なくなったの。お父さんに殴られた痕を人に見られていろんなことをいわれるんだって。お父さんは家にいる間はずっと怒っててお母さんのこと殴っていたの。お母さんが暴力を人に言わないように脅し続けてたの。昨日、お母さんがぐったりしてて、私は、怖くていつも黙ってお父さんの暴力を見ていたから止めなかった自分も同罪だと思って、人に助けを呼ぶことができなかったの。お父さんが帰ってきた時、お母さんがおかしいって言ったんだけどお父さんは病院に連れて行ったりすることはなかった。このことは黙っているんだって。私を怒鳴りつけて自分の部屋に入って出てこなかった。」

「大丈夫だ、俺が嫌いになるなんて心配しなくていい。」

「うん、今日ね、朝になってお母さんの様子を見に行ったら、お母さん、お母さんが返事しなくて、いつまでもぐったりしてて。私、怖くなってお父さんを呼んだら、お母さんのことは口にするなって、怒られて。でもお母さんがピクリともしないの。私おかしいと思って、お父さんに大丈夫なんだよねって何回も聞いてたの、そしたらお父さんが・・もう死んでるんだって言ってて、私はすぐに電話を取ろうとしたの、救急車呼ぶべきかと思ったんだけどこれは・・・殺人に、なるんじゃないかって、思ったから、警察を呼ぼうとしたら殴られて。お父さんは誰かに電話を掛けると私に絶対にこのことを人に言うなって、もし言ったら私もお母さんと同じ目にあうぞって脅されて、私怖くて今日ずっと家にいたの逃げたらどうなるかわからないから。でも、助けて。あなたならお父さんからも守ってくれるんじゃないかって・・・お願い、お父さんがまだ帰ってきてないの。母親を見殺しにしたような私だけど、まだ愛してくれてるなら私をここから連れ出して。お父さんから守って・・・」

彼女がさっきよりも震えた声で、少し嗚咽の混じった声ですべてを話してくれた。

きっと今、彼女はあの細い肩を自分で抱きしめ、大きな目を潤ませて怯えている。俺にできることは一つしかない。

「そうだな、あと15分待てるか?すぐに車で向かう。必要な荷物とか準備しておいてくれ」

「・・・え?」

俺の返事に一拍遅れて返事した。信じられないといった風だった。

本当は電話を切りたくなかったが、車で行くため仕方なく電話を切った。


ピクリともせず、メールを眺め記憶に浸っていると、窓の外が明るくなっていた。日が昇り始めているようだ。携帯の最新ニュースの一覧を開くと、一つのニュースが目に止まり詳細を開く。とある一家で男女の死体が見つかったらしい。男は自殺、女は腐敗が始まっており現在死因を調べているらしい。その家には一人娘がいるが行方不明になっているらしい。日上は絵を描いた子供が母親に自慢するような笑顔で隣の部屋に向かった。錠前を外し、中に入っていく。扉を開け、すぐ横に飾られていた花束から一輪だけ抜き取り、日上は話しながら歩いた。

「君のご家族がニュースになっているよ。これでお母さんもお父さんもちゃんと供養してもらえる。安心してくれ。」

笑顔で中にいる女性の髪に花をさした。

「きれいだね。君はずっときれいだ。この部屋は君をきれいに見せられるようにたくさんの花を買ったんだ。花が増えるたびに君が笑ってくれているような気がしてね。ちゃんと水は毎日かえているよ。君は俺に花の綺麗さとは何たるかを教えてくれたよね。君は花とは違って枯れてもその綺麗さが変わることはないね。」

日上が腰掛けたテーブルの上には山のような花が置かれ、女性が横になっていた。日上とかつて心を通わせた彼女だ。横になってはいても寝息が聞こえることはなく、胸に手を当てても心臓が脈打つのを感じることはできない。髪やつめはお世辞にもきれいとは言える状態ではなかった。

「君を守りたいというのは俺の愛ゆえだった。俺の愛は君を幸せにしてあげられたのかな・・今考えると俺の愛はエゴでしかなかったんじゃないかって思うよ。じきに君を探す人たちがこの場所にたどり着いて俺は罰を受けなければいけない。それまでせめて一緒にいよう。最後の日まで君の周りを大好きな花で満たしてみせるよ。・・・・君だけは俺は間違っていないって言ってくれ。」

遮光カーテンが引かれたこの部屋には届くことはなかったが、外には美しい朝日が降り注いでいた。朝はこの世の全てを受け入れ祝福しているようだった。


その日の夜の速報で、自殺だと思われていた男性は他殺だったことが判明する。

それから数日たったあと、行方不明だった娘は日上優也の自宅で発見された。日上優也は逮捕、見つけた時、部屋はあまりに多くの花が飾られており、現場をみた人間は大量の花の中に男と女が寄り添い眠る姿は一枚の絵画でも見ているようだったと話している。


お疲れ様でした。今回はちょっとヘビーな小説を書きたくてストーリーを考えました。日上は愛について考えていましたが、愛って人にとって永遠のテーマですよね。私の小説ではなんらかの形で愛を表現できたらなと思います。ここまで読んでくださってありがとうございます。誤字、脱字などありましたら報告をいただけると嬉しいです。読者となってくださった方に感謝です。

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