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重たい執着男から逃げる方法  作者: 長野 雪
3度目の逃亡編
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2.初めての弟子

「すごい! すごいよマリーさん! ボクこんなに美味おいしい料理食べたの初めて!」


 キラキラ瞳を輝かせて鹿肉の味噌漬けを頬張っているのはレックスだ。それをアイクがやれやれ、って目で適当に相槌を打ち、お師さまが微笑ましそうに眺めている。


「ねぇ、アイクも魔術師なんだから、同じことできるんだよね? すごいね、魔術師って」

「あー、そのマリーさんは魔術の活用の仕方が特殊なんだよ。ぼくにはさすがにあそこまでの応用力はないって。それにぼくの行使魔術だと、どうしても短時間の効果になるから―――」

「怠慢はいけないね、アイク。行使魔術を使っても似たようなことはできるはずだよ」


 賑やかな食卓は、とても楽しい。

 お邸だと、どうしても私とクレスト様の二人だけの食事になってしまうから、こんなワイワイとした遣り取りはとても望めない。


「味を短時間で馴染ませるだけなら、私みたいに微細な振動を与え続けるんじゃなくて、お肉に細かい切り込みをたくさん入れればいいと思う。そうすれば柔らかくもなるし」

「うわー、それも美味しそう! ねぇ、アイク、今度やってみてよ」

「……細かい切り込みって、そんな微調整できるのかな」

「何事も経験だよ。何度も言ってるだろう? 考えて、試してみて、改良してみて、その繰り返しだって」

「そうね、アイク。今なら失敗して肉の細切れになっても、私が調理できるから、試してみよう?」


 ここしばらくは厨房に近づいてもいないけれど、お師さまと暮らしていた頃には、専ら家事は私の分担だったし、食堂でも下拵えの手伝いはしてたし、薬屋でも食事は自分で作っていた。元々、家事を楽にするために色々と魔術陣を試行錯誤していたから、失敗はたくさんしたし、そのフォローも自分で何度もした。

 まぁ、フォローしきれない失敗もあったけど。

 アイクがお師さまの弟子になって、まだ1年と少し。魔術の考え方、練り上げ方も慣れて来た頃だろうから、色々と試して色々と失敗を経験してもいい頃だと思う。


「うん。……マリーさん、明日、お願いしてもいいかな」

「明日一日はここに置いてもらう予定だから、大丈夫。安心して失敗してね」

「失敗前提なんだ……」

「あー、ほら、微調整が難しそうだしね。付与魔術だって加減が難しいんだから、常に制御していないといけない行使魔術なんてもっと、でしょ?」

「マリーの言う通りだよ、アイク。少なくともマリーのいる間は失敗の尻拭いはしてもらえるみたいだから、遠慮なく失敗するといい」


 ニコニコと、山桃酒を一人楽しんでいたお師さまの言葉に、私とアイクが揃ってジットリとした目線を向けた。


「お師さま……」

「師匠……」


 話の流れを理解しているのかいないのか、レックスは鹿肉をパンに挟んで大きく口を開けてかじりついていた。明日のお昼はサンドイッチにしようと思っていたけど、別のにしよう。


「あ、そうだ、お師匠さん」


 手製の鹿肉サンドをあっという間に食べ終えたレックスは、口の端についた味噌を指で拭うと、元気良く手を挙げた。どうやら質問をする時のスタイルらしい。


「今夜と明日の部屋割りどうするのー? 二人も増えちゃったらお布団足りないよね?」

「あぁ、大丈夫。僕とアイクは寝ないから」

「え?」


 何故か名指しされたアイクがポカンと口を開けた。


「丁度いいし、結界の試験をするよ、アイク」

「え……」


 鯰のスープを飲んでいたアイクが、まるで苦い木の芽にでも当たったような表情を浮かべる。臭みを取るのにハーブは使ったけど、苦いものは入ってないはず、うん。


「試験と言っても、一晩中、外に居るだけだよ。虫や動物を遮断できればいい。今の時期なら外気を遮断しなくても毛布で何とかならなくもないしね」


 さらりと言ってのけるお師さまだけど、それは結構厳しい試験なんじゃないんだろうか。春のこの時期、何が怖いって冬眠明けの熊が怖い。……あぁ、だから、お師さまも寝ないのか。


「ねぇねぇ、マリーさん。結界って、透明なのかな」

「わざと見えるように色を付けることもあるけど、基本的には透明なものだけど。……どうして?」

「ほら、お星様が見える下で寝るのって、開放的だよね」

「確かに、野宿でもしないと、そんな風に寝れないわよね。……レックスも、外で寝てみたい?」

「でも、ボク、魔術の素養がないって」


 なるほど、これはあれか。修行の一環とはいっても、星空の下で寝られるアイクが羨ましいのかな。一晩中、結界を張らないといけないアイクは寝られないと思うけど。


「―――お師さま、私とレックスも外で寝ていいですか?」

「構わないけど、アイクがより辛くなるよ?」

「マリーさぁぁぁん……」


 半泣きのアイクに、私は慌てて手を振った。


「私とレックスの分は、私が結界を作るから大丈夫。……レックス、言い出したのはあなただから、後で手伝ってね」

「あ、うん! ありがとう、マリーさん!」


 夕食の後、お師さまに許可を取って何本か木を伐採した私は、丸太を縦に半分にしたものを並べただけの簡易ベッドを作り上げた。その周囲をぐるりと囲む魔術陣を描くと、食事の後片付けを終えたアイクが、何故か羨ましそうにこちらを見ていた。


「ぼくもそっちに行きたいなぁ」

「アイクは修行でしょ。ほら頑張って」


 しょぼん、と項垂れたアイクが、自分も居心地の良いようにと、外に出ているデッキチェアにクッションを敷いたり毛布をかけたりと準備を始める。


「マリーさん、ちょっと固いかも、だね」

「あー、そうね。寝にくそうだから、もう一手間加えてみようかしら」


 昔のままなら、納屋に放り込んであるはず……とお師さまの物置になっている納屋を探すと、案の定、埃を被って埋もれていた。それは皮袋だ。山に住む熊やイノシシなんかを仕留めてお肉にした時は、食べられる部位以外も何かに使えるかもしれないとアレコレ加工して保存するようにしている。今回引っ張り出したのも、胃袋や腸、玉袋なんかを洗って晒して乾燥させたものだ。旅の人が水袋として使うこともあるらしいが、単なる密閉容器ならビンで十分だし、たまに腸詰を作るぐらいにしか使っていなかった。

 レックスに手伝ってもらいながら、それらにぬるま湯を詰めていく。興味津々にアイクが眺めていたりもするけれど、そこは、スルーで。

 最終的に保温の陣を描いた丸太の簡易ベッドにぬるま湯入りの皮袋を隙間なく詰めれば、うん、なかなかの寝心地のベッドが出来上がる。


「じゃ、アイク、頑張ってね」

「うわー、すごいいい眺めだね、マリーさん」


 えー、という顔をしたアイクを横目に、私とレックスは枕を並べて毛布を分け合い寝転がった。

 満天の星空を眺め、じんわり温かい寝台で、隣で眠るレックスからも体温をもらって眠りにつく。なんて贅沢。


「一応言っておくけど、アイク。あれはマリーだからできる真似だからね。魔力の保有量が全然違うから諦めなよ」

「……はい」


 そんな会話が聞こえた気もするけど、久々の安心できる寝床と隣のぬくもりに、私はするりと眠りの闇に落ちた。


 ……寝相の悪いレックスの蹴り技によって、そう長く睡眠を保つことはできなかったけど。



 ◇  ◆  ◇



「マリーさん、これぐらいでいいかな?」

「う~ん、このあと痛んでる葉を選り分けるし、漬け込んだときにかさが減るから、その倍は欲しいかしら」


 山の中、レックスと二人で薬の材料を採集に来ていた私は、目を瞬かせた。寝不足のせいか、少し陽光がつらい。あそこまで寝相が悪い人を初めて見た。

 お酒に漬け込むための常緑樹の細長い葉をカゴにいっぱい摘み取ると、庵の近くに湧き出る清水を使って洗いながら使えるものと使えないものに選り分けていく。


「えっと、不眠に、冷え性、だったよね」


 分量をメモしながら、効能を思い出して再確認するレックスに「そうよ」と答えながら、葉先が茶色になっていたり虫に食われていたりするものをぽいぽいと摘まんで捨てる。

 お師さまから知識は叩き込まれているけれど、まだまだ実感がわかないのか、レックスは時々しげしげと葉を陽光に透かして眺めていた。


「普通の葉っぱにしか見えないよ」

「このままなら普通の葉っぱね。でも、手間をかけてあげることで、薬になるのよ。―――そういえば、アイクと同じ村の出身だって聞いたけど、畑仕事は大丈夫? 店の裏でハーブ作ってるんだけど」

「もっちろん! アイクが声掛けてくれなきゃ、そのまま家手伝ってイモ作ってただろうし」


 広げた布にせっせと洗った葉っぱを並べて乾かすレックスの手は淀みなく動く。口を動かしながら止まることのない手は、農作業に携わっていた年季を感じさせた。


「不思議だよねー」

「何が?」

「人間も葉っぱも、そこにあるだけなら、単なる葉っぱだし人間だよね。でも、お酒に漬け込むことで薬になるし、知識をつけることでボクみたいのでも人の役に立てる」


 その声に、自分を卑下する響きを感じて、天真爛漫に見えるレックスにも屈託があるんだと気付いた。もちろん、掘り下げて聞くようなことはしない。でも、親に売られたことをずっと気にしていた自分と共通するものを感じて、何か言わないとと気が焦る。


「みたいの、じゃない。レックスは飲み込みが早いから助かってるわ」

「……そう?」

「そうでなかったら、デヴェンティオを任せようだなんて思わない。たとえ『クリス』がサポートするとしても、あの店に来るのは、私が一から信頼を築いたお客様だもの。もう少し、ちゃんと薬の知識が定着するまでは、お師さまに預けようって思うわ」

「え? もうデヴェンティオに行くの?」


 きょとん、と目を丸くしたレックスがあまりに可愛らしかったので、くすくすと笑いがこぼれた。


「あなたのノート、見せてもらったわ。お師さまから教わったことを、自分なりに分かりやすくまとめていた。接客やこういった製薬は経験を積まないといけないけど、座学で学べることは全て学んでやろうって心意気は十分見えたわ」

「あー……ほら、アレ、だって。村を出るチャンスだったんだ。あのまま窮屈な村で、天候の変化に脅えながら毎年毎年畑を耕すなんて、考えたくなかったんだよ」

「動機なんて人それぞれよ。チャンスを自分のものにする貪欲さは十分に合格ね」


 最初にアイクから話を聞いた時は、本が好きなもの静かな子だと勝手に思い込んでいた。兄弟がたくさん居て、頭が回るけど学ぶためだけに時間は割けない。ただ静かに、学ぶことを諦めるような子なんだと。

 会ってみたら全然違う印象で驚いた。

 兄弟がたくさんいるからこそ、自分の意思をはっきり告げる。裕福な家庭ではないから、作業をしながら頭を働かせることができるし、自分の身体を動かすことを全然厭わない。少し元気過ぎる気もするけど、病弱設定の『クリス』に接客をさせ続けるよりはいいだろう。


「予定通り、明後日にデヴェンティオに行くわ。レックスも一緒にね」

「ホント?」


 レックスがぴょこん、と跳ねた拍子に砂が舞ったので慌てて留めた。……一部の葉っぱがまた洗い直しだ。


「ゴメンナサイ、マリーさん」

「うん、次からは気をつけようね」


 どこにでもある葉だからよかったけれど、これが希少なハーブだったら笑えない。

 パサリ、と風除けと埃除けの薄布を被せ、よっこいせと立ち上がる。


「レックス、そろそろお昼の準備しようか」

「やったぁ、お昼はなぁに? マリーさんのご飯は美味しいから好きー!」

「お師さまが川魚釣ってくれてるはずだから、木の芽焼きかな。パンもそろそろ発酵してるはずだから、焼き上げるわよ」

「ボクも手伝うよ!」


 台所に戻ると、ようやく起きて来たのか、寝ぼけ眼のアイクと鉢合わせした。


「まだ疲れた顔してるけど、大丈夫?」

「あぁ、うん。へいき。マリーさんこそ大丈夫?」


 アイクの目がちらり、と一生懸命にパンを成形するレックスに向いた。


「―――何回か蹴られてるの見えたけど」

「あ、あぁ、まぁ、ね。ほら、私は単なる寝不足だけど、アイクは魔力を使い過ぎてたでしょ? 今日は無理しないようにね」

「うん、師匠にも言われた。今日は方法論の構築だけで、実地はなしって」

「あ、お師さま帰って来てる?」

「さっき会った。大漁だったって」


 よし、昼の献立に変更はない。多いようなら、甘露煮で夕食に回すか、それとも熟鮨なれずしにして―――


「マリーさんがいると、量を考えなくて済むから楽だ、なんて言ってた。余れば加工してくれるし、足りなくても何とかしてくれるからって」

「……お師さま」


 それは私の料理技術を信頼してくれているから、と良い方に解釈した方がいいんだろうか。お師さまだって、できないはずがないのに。漬けたり発酵させたりってことを教えてくれたのはお師さまなんだから。


「アイク。いいことを教えてあげる」

「なに?」

「お師さまも、料理はできるから」

「え?」


 あぁ、やっぱり知らなかった。


「私がここに引き取られたのは六歳の頃だったの。料理なんて茹でるか焼くかの二つしか知らなかったわ」

「じゃぁ、その頃のご飯って、師匠が?」

「そう。料理の基礎を教えてくれたのもお師さま。もちろん、私が独自に工夫していったものもあるけど、面倒臭がらなければ、お師さまは人並み、いえ、それ以上に料理ができるはず」


 興味のないことは、面倒がってやらない人だしねぇ。ナイフを持つ手があぶなっかしいと、皮むきの仕方を指導してくれたりしたこともあったけど、きっと、最終的に家事を弟子である私に分担させるための必要最低限のことだったんだろう。


「うそ、だって、台所に立つの見たことないよ」

「……食べて栄養補給できれば問題ないって考える人だから。まぁ、美味しいに越したことはないとは思ってるだろうけど」

「えー……」


 そりゃないよ師匠。そんな風に呟いたアイクは、とぼとぼとレックスの隣に立ち、パンの成形を手伝い始めた。

 いらないこと言い過ぎたかな、と思うけど、まだまだ修行の続く身だし、余力があればお師さまに料理についても教えてもらえばいい。


「お師さまー。お魚どこに置いてありますかー?」


 お師さまの部屋に向かって、私は声を張り上げた。


この話の翌日、昼食の材料は加減をミスったアイクによってミンチ肉になり、メインディッシュは肉団子スープになったとさ。

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