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重たい執着男から逃げる方法  作者: 長野 雪
婚約お披露目編
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2.お義父さんと初(?)対面

「さて、ようやく邪魔者はいなくなりましたね」


 緊張しきった私とは対照的に、その人はにこやかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 随分と長身なので、立っている時には威圧感すら感じたけれど、お互いソファに腰を落ち着けて向かい合ってみれば……あれ、威圧感が大して変わっていない気がする。


「えぇと、改めて初めまして、マリーツィアと申します。カルル様から既にお聞き及びと思いますが、ニコルの名で薬師をやっていました。―――隣のこちらはクリスです。以前はマリーの名でお会いしたと思います、私の操る人形です」


 ややこしいと思いながら、『クリス』と一緒に立って、ぺこりと頭を下げてもう一度座る。

 目の前の人は緊張した私の挨拶を、小さい頷きだけで片付けた。


 正直に言おう。ちょっと怖い。

 だって、あのカルルさんが敵わないお父様ですよ。私はボロを出さないだけで精一杯です。

 正式に養女となる手続きを踏む前にとバルトーヴ子爵に挨拶に来たのだけれど、この人の一言で付き添いのクレスト様とこの部屋に子爵を案内したカルルさんは部屋の外に放り出されました。

 つまり、一対一。いや、『クリス』をカウントすれば違うかもしれないけど、『クリス』を動かしているのは私だし。やっぱり一対一には変わりない。


「以前、お会いした際には、申し出を断る運びとなってしまい、ご不快に感じられたかと―――」

「いえ、構いませんよ」


 軽く手を挙げて私の謝罪を遮った子爵は、じっとこちらを見つめてくる。

 なんだか、観察されているようで落ち着かないけれど、目を逸らすわけにもいかないので、私も子爵をじっと見つめることにした。カルルさんと同じ藍色の瞳をしているけれど、髪は白髪混じりの黒でクセもなさそうだ。ということはエデルさんもカルルさんも髪は母親似ということなんだろうか? なんてことを現実逃避交じりに考えてみる。


「―――さて、何から話しましょうか」


 少しだけ目元が細められたような気がして、私の背筋が思わずピンと伸びた。


「息子から聞いていますか? 当家の家族内ルールについて」

「家族内ルール、ですか? えぇと、家族間であっても、無償でお金や情報を遣り取りしない、とは伺っています」

「そう、金銭もしくは価値ある品々は、たとえ家族であっても簡単に扱って良いものではありません。―――君が私の娘となるにあたって、君はどんなものを提供できますか?」


 いきなり来た、と思った。

 でも大丈夫。ちゃんとカルルさんと打ち合わせはしてある。


「伯爵家や騎士団とのつながりだけでは、利益としては不十分でしょうか」

「そうですね、既にエデルが伯爵との結婚を決めていますから、今更伯爵家の三男坊との結婚など、不要なものです。まぁ、騎士団へのツテはあるに越したことはありませんが」


 あぁ、予想通りですよカルルさん。クレスト様とのつながりだけじゃダメですって。


「……以前、『クリス』の姿でお会いした時に、『ニコル』のことを評価してくださったと思います。既にカルル様にはご報告していますが、陶器の絵付けに使える染料の製法がありますし、新しい釉薬の開発をできるだけの知識もあります。それを加味した上では、いかがでしょうか」


 じっと見つめれば、ようやく子爵の顔がふっと和らいだ。


「加味した上、ですか。息子の入れ知恵もあるとは思いますが、その先を考えさせる言い回しは、合格ですよ」


 合格、という言葉に、危うく全身の力を抜きそうになった私は、慌てて意識を目の前の人に集中させた。

 どんなことがあっても気を抜いてはいけないと、さっきカルルさんに言われたばかりだったのを思い出したんだ。


「ありがとうございます」


 一応、と『クリス』と一緒に頭を下げると、小さく笑うような気配がした。


「あの……?」

「いいえ、別に『クリス』が人形だと知っているのですから、一緒に頭を下げる必要はないんじゃないかと思いましてね」

「あ、ち、違うんです。ついクセで、と言いますか、二人兄妹として暮らしていた時の名残で、こういう時は無意識に動かしてしまうんです」


 慌てて説明すると、子爵はより一層笑みを深める。


「魔術師、でしたね。釉薬に使われる鉱物の判別も魔術で行っているのでしょう?」

「はい、王都のように魔力を貯める宝石がお金を出せば手に入るような暮らしはできませんから、自然と身近な山から手ごろな石を見つけるようになりました。鉱物を判別するのも、その延長です」


 最初に自分で見つけたのは小さな水晶だった。

 独り立ちしてからも、山に行くたび、丁度いい石はないかとアンテナを広げて探査していた。

 それだけ魔術師にとって魔力を貯蔵できる石は重要なのだ。


「王都のようにできない、というと協会には属していないのですか?」

「はい、属していません」


 予想外の質問は、できるだけイエス/ノーで答えるように言われていた。うん、大丈夫だよカルルさん。


「では、誰に魔術を教わったのですか?」


 え。

 こ、これって教えてもいいのかな。

 お師さまからは、協会に所属するなら名前を出していいとは言われているけど、それ以外って、大丈夫なのかな。

 えぇい、困った時は直球勝負! 一応、父親になる人だもんね。正直に言っちゃおう!


「あの、これまでそういうことを聞かれたことがなかったので、分からないのですけど、師の名前を明かすことで、師に影響を及ぼしたりしますか?」


 まさか、子爵がお師さまを探し出す、とかはないよね? 今は別の弟子もいることだし、あまり波風は立てたくない、というのが本音なんだけど。


「純粋な興味だけですよ。君のような魔術師を育てる人間というのが気になりましてね」

「は、はぁ。その、イスカーチェリという名前です」


 おそるおそる答えると、子爵は少しだけ眉間にシワを寄せて考え込むような素振りを見せた。


「髪色は君と同じですか?」

「はい、同じ黒です」

「背は高い?」

「えぇと、私より頭一つ分は高かったと……」

「黒い瞳で、外見はかなり若い人でしょう?」

「は、はい、その通りですが、えぇと、ご存知なんでしょうか?」


 はぐれ魔術師だから、そんなに知られているとは思えないけれど。あ、もしかしたら、子爵である以前に商人さんだから、行商先で何かあったとか、そういうことかな。


「我々の世代で、それなりに情報を扱う立場なら皆、知っていますよ。ただし、魔術師イスカーチェリ、という名前ではなく導師ズナーニエ、という名前ですけれど」

「導師、ズナーニエ、ですか」


 聞いたことはない。

 導師というのは、偉大な魔術師に贈られる尊称だと聞いたことはあるから、やっぱりお師さまはすごい人なんだろう。私の贔屓目じゃなかったらしい。相変わらず、外見変わらないから年齢もよく分からないし。


「協会魔術師とは異なる、独特の考え方をしているのも納得がいきました」

「そ、そんなに違うんですか? 私、協会魔術師を直接知りませんので、実感がないのですけど」

「彼らは自分の師から教わった魔術を後継に引き継ぐだけの存在なんですよ。新たな魔術を編み出す者もいますが、そういった者はほんの一握りです」


 新しい魔術?

 私は思わず首を傾げてしまった。

 新しいも何も、お師さまの考え方は……


「参考までに、どのように魔術を教わったか聞いても?」

「は、はい! えぇと、私は行使魔術の制御が難しいということで、主に付与魔術、魔術陣について師から教わりました。ですが、魔術陣を展開するための基礎と、魔術に対する思考法だけを教わって、いくつか自分で陣が描けるようになったら、もう自立して良いと言われたんです。正式に弟子入りしてから独立するまでは、四年ぐらいでした」


 私の言葉に、なるほど、と子爵は何度も頷いていた。


「協会魔術師は弟子入りから一人前と認められるまでの平均年数はおよそ十年と言われています。一人前になっても、結局は協会の歯車に組み込まれますので、真の意味での独立は、それこそ破門でもされない限りは、できないはずですよ」

「そ、そうなんですか」


 あぁ、それで意味が分かった。

 いつか、デヴェンティオで『マリー』を横取りしようとした協会魔術師の人が、私が作ったものじゃないと断言したのは、そういう協会内での常識があったからなんだ、と。


「納得しましたか?」

「は、はい。ありがとうございました」


 私は慌てて頭を下げる。ついでに『クリス』も頭を下げる。また子爵が苦笑した気配がした。


「君の方から、我が家の一員になるにあたり、聞きたいことはありますか?」


 聞きたいこと、聞きたいこと……。うぅ、これ、迂闊に質問したら、また対価を求められるのかなぁ。

 でも、気になることが一つだけある。

 ダメで元々、聞いてみてもいいだろうか?


「あの、子爵夫人は、養女の件、ご承知してくださっているのでしょうか?」


 ピシリ、と空気が軋んだ気がした。

 あ、あれ、これ地雷だったとか?


「アレは、息子は何か言っていましたか?」

「あの、カルル様もエデル様も、なぜかお母様の話になると口を噤まれてしまって、詳しく聞くことができなかったんです」


 やっぱり、マズい話題だったのだろうか。

 何故だか渋い顔をした子爵様は、「少し、待っていなさい」と立ち上がった。

 そのまま入り口のドアを叩くと「カルル、そこに居るんだろう。入りなさい」と廊下に声を掛ける。

 すぐにドアを開けて入室したカルルさんに、私は驚きを隠せなかった。まさか、盗み聞き体勢を取っていたんだろうか。ちらりと廊下にクレスト様の姿も見えたような気がしたのだけれど、やっぱり気になっていたんだろうなぁ。


「お前、アレに何も言っていなかったのか」

「いやぁ、親父殿から言うべきことでしょう」

「娘が増えるのはいいだろうが、問題はそのあとだ。すぐに嫁に行くことをどう説明する気だ?」

「いざとなれば『クリス』を差し出せば良いのでは?」


 な、何やら不穏な会話が繰り広げられている様子です。

 えぇと、『クリス』は私の大事な手足なので、差し出すのは勘弁願いたいのだけど。


「とりあえず、呼んで来るように。マリーツィアは、またしばらくここへは来ないのだろう?」

「うー、そりゃそうだけど、―――まぁ、了解です。親父殿」


 カルルさんは私にちらりと不安そうな眼差しを向けてから、すぐに部屋の外へと出て行ってしまった。


「待たせてすみませんね。えぇ、私の妻のことですね。是非この機会に会ってもらいたいとは思いますが……」

「あの、何か問題が―――?」


 私が尋ねると、なぜか子爵の目が泳いだ。

 これまで、ずっと余裕綽々で私の相手をしていたのに、奥さんのことになった途端、そんな態度を見せられると不安になる。


「私の妻、ゲルダは貴族出身なのですが、まぁ、どこかふわふわとした所があって、時折、突飛な行動に出てしまうのですよ」

「と、突飛な行動、ですか?」


 え、私の義理とはいえ母親になる人なんだよね。予測不可能な行動を取るような人だと、ちょっと不安かも。

 もう少し事前に情報をもらえないかと、子爵の顔色をうかがっていると、「ちょ、母上殿!?」なんて焦った声が近づいて来た。


バターン!


「んもう、来る日は、ちゃんと知らせておいてって言ったでしょうっ!」


 大きく扉を開け放って姿を見せたのは、栗色の髪を綺麗に結い上げた貴婦人だった。装飾の少ないすっきりとしたベージュのドレスを身につけているが、さりげないブローチの使い方やアクセサリーとの調和は流石としか言いようがない。地味ではなく上品という言葉がしっくり来る装いをしていた。

 ただし、本人の言動が上品かというと、それはまた別の話だった。


「んまぁ! あなたがマリーツィアちゃんね。話はエデルやカルルから聞いているわ。素敵な黒髪! 神秘的な紫の瞳! うふふ、聞いていた通りのカワイイ子ね」

「は、初めまして。マリーツィアと申します」


 私は慌てて立ち上がって頭を下げ―――ようとしたところで、ぎゅっと抱きしめられた。


「う~ん、若い子の肌っていいわぁ。つるつるスベスベね。……あら、でも、ちょっとカサついてるわ。ロサ! マローネ! パックの支度をして、フルコースよ!」

「あ、あの、子爵夫人……?」


 恐る恐る声を掛ければ、ようやく身体を離してくれた夫人は、私の目を見てにっこりと微笑んだ。黒いものは一切含まないけれど、何故か有無を言わせぬ迫力がある。


「マリーツィアちゃん、うちの娘になるんだから、呼び方が違うでしょぉ?」

「お、……お義母さま?」


 望む答えを口にすれば、「イイ子ね」と頭を撫でられた。


「こっちがクリスちゃんね。まぁ、すべすべのお肌!」


 えぇ、そりゃ陶器ですから。

 そんな風に心の中で突っ込みを入れながら、ちらり、と子爵に視線を移せば、何故か「諦めなさい」と言われたような気がした。


「クレストちゃんも来てるんでしょ? 出ていらっしゃいな」


 く、クレストちゃん……?

 廊下で立ったままのカルルさんを見れば、何だかニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。その隣にクレスト様の姿はなかった。


「ちゃんと未来の姑に挨拶に来ないと、マリーちゃんはあげませんよ?」


 その呼びかけにも、クレスト様は姿を見せない。よほどこの夫人、いや、お義母さまを苦手としているんだろう。

 そんなクレスト様の代わりに、二人のメイドが姿を現し、「全身パックの準備が整いました!」と息を乱しながら報告した。


 あれ、全身? いま、全身って言った?


「じゃぁ、マリーツィアちゃんをお願いね。あたくしも後から行くから」

「え、あの……」

「さぁさぁ、マリーツィアちゃん。肌をつやっつやにしたら、次は色んなドレスを着てみましょう?」


 助けを求めて子爵、カルルさんを見るも、何故か売られていく子牛を見るような生暖かい目で見送られてしまった。




 結局、びっくりするような全身エステのあと、渋々顔を見せたクレスト様と一緒にお義母さまの着せ替え人形となり、この日は丸々潰れてしまった。

 思わず放心している間にも、お義母さまは『クリス』の着せ替えも堪能していたようで、お邸に戻ってから『クリス』を動かしたらびっくりした。

 何はともあれ、こうして私は無事にバルトーヴ家の娘として受け入れられたのである。


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