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41.二日酔い

 何だか随分と頭が重かった。

 いつの間にベッドで寝ていたんだろう。

 ゆっくりと身体を起こすと、ドアの近くにアマリアさんの姿が見えた。今日はクレスト様の非番の日だから、ずっと一緒にいるはずなのに、いつの間にか日付を越えてしまったんだろうか。

 最近、日にちの感覚もおかしくなっている実感はあった。ダイヤに魔力を込めて、疲れたら寝る。気が向けば読書をして、アマリアさんやイザベッタさんの世間話に耳を傾け、マッサージをしてもらって、また寝る。


(人間、堕落しようと思えば、早いものね……)


 新しい魔術陣の構成を考えても、試行できなければそれ以上の発展がない。結局、いくつものストックを抱えたまま頭の片隅に淀んでいる。

 重い頭を抱えたまま、ベッドから這い出したところで、足に力が入らずにぺしゃりと潰れる。


「マリーツィア様!」


 慌ててアマリアさんが抱き起こし、ソファまで歩くのを支えてくれた。こんな動作も一人でできなくなってしまった自分が本当に不甲斐ない。


「ご気分はいかがですか。果実水でしたら、こちらにございます」


 随分と喉が渇いていたので、水をもらうことにする。

 酸っぱいレモンの味わいが口の中一杯に広がった。秋も深まり涼しくなって来ているというのに、身体が妙に熱っぽい。頭も重いことだし、風邪でも引いてしまったんだろうか。

 注いでもらった二杯目を半分ぐらい飲み干したところで、ふと、さっきまで見ていた夢を思い出して自然と笑みが浮かんだ。


「マリーツィア様。何か楽しいことでもございました?」

「はい、とっても楽しい夢を見ていたんです。エデルさんが、あ、カルルさんのお姉さんなんですけど、そのエデルさんとおしゃべりしてたんです」


 エデルさんのことを知らないのか、微妙な表情をしたアマリアさんに、私はエデルさんがどんなに素敵な人なのかを伝える。何故かさらに微妙な顔を浮かべられてしまった。アマリアさんにとっては随分と年下になるから、手放しで誉めても共感してもらえないのかな。


「そうだ。エデルさんに随分前にお手紙もらったのに、お返事をしてませんでしたよね。……ねぇ、アマリアさん。私が筆記用具を使っちゃいけないなら、アマリアさんが私の代わりに書いてもらえませんか? 手紙に書いて欲しいことを伝えるので」


 私の言葉に何故か予想以上の笑顔を見せたアマリアさんは、すぐに他の使用人さんを呼んで、口述筆記をする体勢を整えた。何だか、すごい乗り気だ。

 とりあえず、返事が遅れてしまったことの謝罪から始まり、エデルさんの夢を見たこと、結婚のお祝いの言葉を手紙にしたためてもらった。近況については、詳しく書くときっとクレスト様の検閲で止められてしまうので割愛することにして、その代わりに前に呼んだ物語の感想を書くことにした。

 その本は『花容の姫と光の王子』というタイトルで、敵国の雷鳴将軍という二つ名を持つ男に無理やり嫁がされてしまった姫君を、幼い頃から結婚の約束をしていた恋仲の王子が助け出し、ハッピーエンドを迎えるというあらすじだった。

 王道ロマンスだと勧めてくれたイザベッタさんには悪いけど、姫を手の内に閉じ込めて、何度も「無理を強いてすまない」「愛しているんだ」「俺を見ろ」と姫君に謝罪し、愛を乞う将軍がどこか憎めなくて、最終的に王子側に寝返った自らの側近に殺されてしまうのが、とても悲しかった。

 もちろん、そこまで詳細に手紙に書くのも恥ずかしいので、「なぜか、悪役に少しだけ同情してしまいました」程度の表現にしてもらった。


「随分と体調も良さそうで、安心いたしました」


 書いてもらった内容を一読して頷いた私から、便箋を受け取ったアマリアさんが微笑む。


「そう、でしょうか? 少し頭は重いし、身体も暑い気がするし、ついでにいつも通り歩くのも億劫なんですけど」

「えぇ。ですが、いつもより饒舌になっていらっしゃいます」

「……そうかもしれません。なんだかちょっと、スッキリしてるんです」

「それはようございました」


 何故か嬉しそうに私を見つめるアマリアさんを不思議に思いながら、胸元のネックレスに視線を落とした。

 トップに飾られているダイヤモンドに、きちんと私の魔力が貯蓄されているのが見て取れる。イヤリングと交互にやっていたとはいっても、ちょっと貯め過ぎじゃないのかな。まぁ、宝石の許容量をオーバーしなきゃ大丈夫とは分かっているんだけど、ここ数日、集中し過ぎた自覚はある。うん。

 いつになくクリアになった頭は、この部屋に監禁されてからの生活に否を突きつけた。


 だめだよ、私。

 魔術師に大事なことは、考え続けることだって、あれほどお師さまに言われてたじゃないか。

 目指す理想の結果に向けて、試行錯誤を繰り返せって。

 残念ながら、今の私にとっての「理想の結果」はまだ明確になっていないけど、それでも、やれることは、ちゃんとやるんだ。


コンコン


 私の決意に水を差すかのように、ノックの音が思考を断ち切る。

 姿を現したのはクレスト様だった。


「起きていたのか、マリー。体調はどうだ?」

「? はい、少し頭が重いことと、身体がちょっと火照ってるような感じがすること以外は、至って普通です」


 私の返事に、目が僅かに見開かれた。

 あれ、どうして驚かれてるの?


「エデル・バルトーヴ子爵令嬢と楽しくおしゃべりをする夢を見たそうで、ご気分もよろしいようです。あと、子爵令嬢へのお手紙を」


 あ、目の前で文面チェックするんだ。少し感じ悪い。いや、分かってたことだから、いいんだけど。

 内容には問題なかったらしく、小さく頷くと「今なら間に合う」なんてアマリアさんを追い出してしまった。もしかして、手紙って決まった時間でないと出せないんだろうか?


「―――何を考えている?」


 うぉ、いつの間にか、隣に座られていた。近い。


「えぇ、と、その……」


 さすがに手紙の出し方について尋ねるのは恥ずかしくて、さっきの疑問を思い出す。窓の外はまだ夕方には程遠い明るさだ。


「えぇと、今日は、随分とお帰りが早いんですね……?」

「何を言っている? 今日は非番だ」

「今日も非番ですか?」


 私の言葉に、何故かクレスト様の手が額に当てられた。ひんやりして気持ちが良い一方、騎士特有の剣だこの固さを感じる。


「大した熱はないな。本当に大丈夫か? 小隊長以上は、滅多なことでは連続した非番などないぞ」


 あれ。それならどうして、クレスト様が傍にいなかったんだろう。非番の日は鬱陶しいぐらいに一緒にいるのに。


「面倒な客が来ていた」


 なるほど。一応、この邸の主なわけだし、非番の日でもそういうことがあるのか。いいこと聞いた。ばんばん来客があるように祈っておこう。

 私が納得していると、クレスト様の手が額から離れてしまった。思わず名残惜しそうに見つめると、こちらを見る新緑の瞳とばっちり目が合ってしまった。しまった、監禁生活ですっかり慣れてきたとはいっても、超・至近距離なのを忘れていた。


「……」


 もう少し手を当てていて欲しい、なんて言えるわけもないので、じっと目で訴えてみる。

 クレスト様は、私の意を汲み取ろうとしてくれているのか、まじまじと私を見返して、……ふい、と口元を抑えて窓の方を向いた。

 口元を手で抑えたら、せっかくの冷たい手があったまっちゃうじゃないか、と思いつつ、窓の外に何かあるのかとそちらを向く。

 いつも通りの青空。黄色く色づいた庭木の葉っぱ。玄関で何か物音がしているのは、「面倒な客」とやらが帰る音だろうか?

 よっぽど面倒な客だったんだろう、と視線を元に戻せば、いつの間にかまた見つめられていた。


「マリー」

「はい」

「……刺繍を、許可する」


 一瞬、何を言われたのか分からず、ぽかん、としてしまった。


「図案は許可制。魔術陣の重要なファクターである円を含むものは全て不許可とする」

「え、と、文字でも花でも鳥でも蔦でもいいんですか?」

「あぁ」

「手斧でも槍でも楯でも両天秤でもいいんですか?」


 手斧はアルージェ伯の紋、槍と楯は騎士団の紋、両天秤はバルトーヴ子爵の紋だ。残念ながら、両天秤はダメらしい。不機嫌さを露わにして首を振られた。


「嬉しいです。ありがとうございます!」


 相変わらず魔術に対する制限は厳しいようだけど、これは大きな一歩だ。だって、行動の幅が広がる。こんなことなら、エデルさんへの手紙で、好きなモチーフを聞いておけばよかった。まぁ、また口述筆記のタイミングはあるだろう。


「そんなに、嬉しいか」

「はい! だってエデルさんへの結婚祝いに何も贈ることができないって、そう思ってましたから。私のできることなんて、限られてますし、刺繍だったら随分上達しましたよ?」

「―――そうか」


 なぜかクレスト様は微妙な表情で頷いた。俺よりも理解してるのか、いや同じ女性だから、とか何とか呟いていたような気もしたけれど、全部は聞こえなかった。



 ◇  ◆  ◇



 私はパチリと目を開けた。

 視界はまったくの闇で、拾える音は壁を隔てた向こうからの虫の声だけ。腕や足を動かしてみても、感触がなくて、本当に動いているのかは分からない。

 仕方なく、神経を鎖骨の下に集中させた。

 ぼんやりと灯った明かりに、ようやく周囲の状況を把握する。四方上下を石の壁で囲まれた『ここ』は、仄かな明かりとの相乗効果で、まるで石棺の内部のような印象を受ける。


(つながった!)


 堪えきれずに、思わず歓喜の叫びを上げたくなるのをぐっと我慢した。この調子なら……


「……リ―」


 誰かの声が聞こえる。まさか、私がここにいるのがバレてしまった?


「……ーツィア!」


 そんな、せっかく繋がったのに、と焼け付くほどの焦燥で汗が流れる。

 揺れているのは、地面? ゆさゆさ、ゆさゆさと―――


「マリーツィア!」


 耳元で名前を呼ばれ、私の意識が切り替わった。

 珍しく動揺を表情に浮かべたクレスト様の顔が、すぐそこにあった。ナイトテーブルの上で、燭台のロウソクがジジジと音を立てる。


「クレスト、様……? どうしたんですか?」

「それは俺のセリフだ。いきなり跳ね起きて、俺の呼びかけにも答えないで。……何があった?」


 翠玉の瞳が、私をまっすぐに射貫く。凍えそうなほど低く真剣な声が耳朶を打った。


「何、って、夢……見てたんでしょうか?」


 首を傾げて質問に質問で返すと、深いため息が私の頬を撫でた。


「これ以上心配させるな。どんな夢を見ていた?」


 寝てる時の夢まで把握しようとしますか、あなた。


「えぇと、何だか狭くて暗い、棺桶みたいな所に閉じ込められてて―――」


 もたもたと口にすれば、何故かぎゅむっと抱きしめられた。


「夢の中でも、俺を呼べ。助けに行く」


 できるんですか、そんなこと?

 思わず疑問を口にしたくなったけど、本気でやりかねないので聞かなかったことにした。


「起こしてしまったようで、すみません。あの、寝なおしますね」


 言ってみるものの、何故か腕の中から解放してくれる気はないようだった。

 仕方なしに重くて温かい腕に包まれながら、再び身を横たえて目をつぶった。


 ゆっくりと意識を集中させる。

 魔術で重要なのは「イメージ」だ。

 私は再び繋がるためのイメージを緻密に織り上げて行った。

 そして、二回目ということもあって、スムーズにその感覚を掴むことができた。


 再び石棺の中の私は、頭を動かしてすぐ横に研究ノートが五冊積まれているのを確認し、首を少しだけ持ち上げて、足元にへそくりの入った皮袋があることに安堵する。

 あんまり時間はない。

 人の発する物音がないのを確認して、口を動かした。正確には喉の奥に刻まれた陣に意識を集中させた。


「開け、ゴマ」


 天井がぱっくりと開き、木でできた梁と屋根が暗闇の中でうっすらと見えた。

 慣れ親しんだ間取りが懐かしいけど、時間を惜しんで動く。

 背負い袋に研究ノートとへそくりを詰め込み、小奇麗な服に着替えると、その上から自分の赤茶色の髪をすっぽり覆うようにフード付きの外套を纏う。

 厚めの靴下を履いた足を頑丈なブーツに詰め、薄手の手袋をはめた上からさらに、皮の手袋を身につける。

 念のため、低品質のぼやけた鏡で自分の姿をチェックすると、分かっていたのにぎょっとした。

 今、灯りにしているのは、『マリー』の胸上部のパーツだ。ここは動かす必要のないパーツだから複雑な魔術陣を刻み込む必要がない。ただ、比較的大きな面積を無駄にするのも勿体無いと、灯り代わりの魔術陣を仕込んでおいた。

 胸を光らせた状態で、顔を確認すると、軽くホラーだ。いや、分かっていたけど。

 目立っておかしいところもなかったので、灯りを落とし、裏口の扉を開けた。斜めに沈もうとする半月が店の裏手の畑を浮かび上がらせていた。


 懐かしいデヴェンティオの自宅。

 だが、いつ『マリー』内部のイヤリングに込めた魔力が切れるかも分からない今、あちこち見て回る暇はない。


(とりあえず、急ごう)


 これだけ自分自身と距離があるのに、『マリー』を操れるとは思っていなかった。ダメ元で試したのに、何とかなるもんだ。使い慣れれば慣れるほど『杖』と魔術師の繋がりは強固になると教えを受けたけれど、まさかこれほどとは。

 ただ、離れていることで『マリー』内部のダイヤに蓄積された魔力を、いつも以上に消費してしまうかもしれない。残念ながら、そんなことを考えたことも試したこともなかったから、全くの未知数だ。未知数なら、最悪の事態を考えて動かないといけない。


(一刻も早く、―――王都へ)


 疲れ知らずの『マリー』の足が、強く地面を踏みしめた。

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