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10.雷王祭

 失敗した。

 私が迂闊うかつだった。


 クレスト様と二人きり、馬車に揺られて着いたのは広い公園だった。

 そう、忘れていたのだ。隣で私をエスコートする人が、貴族の令嬢に人気のある、人の目を惹きまくる美青年だってことを!


「まぁ、クレスト様じゃないかしら?」

「珍しいわね、仕事以外でお出ましになるなんて」

「隣の娘はどこの?」

「さぁ、夜会では見たこともない顔ね」


 視線で焦げそうなんですけど!

 夕闇迫る薄暗い庭園は、ところどころ篝火が灯されている。とりわけ、中央で赤々と燃え上がる火は絶景だ。

 だけど、私の背中もきっと令嬢達の鋭い視線で炎上中に違いない。


「どうかしたか」

「いえ、何でも。綺麗な火に見惚れていただけです」


 ついでにもう一つ迂闊だと思うことが。

 私の身につけているもの一式です。


 光沢の美しい紅緋べにひと山吹のドレス。薄桃色の高いヒール。薄い絹の手袋。アマリアさんに綺麗に結い上げられた髪に差されたルビーの髪飾り。

 この祭に行くと決まってから、嬉々として(?)あつらえてくれやがりましたよ、隣の男が! いったいいくらするんだ! 袖を通す時に怖くて手が震えたよ! 裾とか袖とか細かい刺繍入れ過ぎでしょ!


 極め付けは、両耳と胸元を飾るアクセサリー。

 金剛石です。ダイヤモンドです。

 今まで宝石類って魔力を込める道具としか思っていなかったけどさ、それにしたってダイヤなんてとても高くて素材として最上級と分かっていても手が出せなかったよ。

 それが、こんな、大粒のものを、三つも!

 あー、こんなに透き通った上質のものなら、どれだけ魔力を貯めていられるんだろう。実験したい実験したい。


「こんばんは、クレスト様」

「……」

「一度、デュアメル卿のパーティでお会いいたしました、エリザベスです。覚えていらっしゃいますか?」

「……」


 白地に万遍なく赤いバラの刺繍を散らしたドレスの令嬢が、クレスト様に話し掛けてきたのですが、無視しているんでしょうか?


「そちらの可愛らしい方はどなたですの? 紹介していただけませんこと?」

「……」


 もしもーし、お願いだから、何か反応してあげておくれ。でないと、私の方がこの綺麗な令嬢に視線で殺されてしまう。

 令嬢もこっちを睨むな。このやり取りは貴方で三人目です。だいたいが応対する気配のないクレスト様に怖気付いたもんだけど、貴方はまだ諦める気配はなさそうですね。


「……すまないが」


 お、ようやく口を開いた。


「俺の連れはこういった場に慣れていない。他人の連れを気にするのも結構だが、自分の連れを放っておくのもいかがなものかな、エリザベス・グレンベック嬢」


 本名をきちんと知っている相手に、絶対零度の声音で応対するのもいかがなものかな、クレスト様。

 かわいそうに、令嬢は怒りか恐怖かでぷるぷると震えたかと思うと、くるり、と私たちに背を向けて歩き去って行った。


「やぁ、なかなか面白いことになってるじゃないか」


 その様子をどこから見ていたのか、カルルさんが声を掛けて来る。


「カルル、相手はどうした?」

「え? あー、ちょっとはぐれちゃったみたいだね。ま、オレも彼女もお互いに迷子になりやすい性格だから、気にしないでいいよ」


 迷子になりやすい性格なんてあるのか、と首を傾げた私の耳に、「確信犯だろうが、浮気性め」というクレスト様の低い呟きは届かなかった。


「どう、マリーは楽しんでる?」

「あ、はい。とても幻想的で美しいと思います。――その、ここに来ている人は皆、貴族の方々なんでしょうか?」

「いや、貴族だけに開放されてるわけじゃないよ。男女のカップル限定ではあるけど、商家の令嬢も何人か見たしね」


 何人か、ということはほとんどが貴族ということか。


「あ、マリーは、あっちの催しは見た? 魔術師が小さな炎を浮かべて―――」

「その話はするな」


 ぴしゃり、と言葉を遮られ、それでもめげずに「えー?」と口先を尖らせるカルルは、もうクレスト様の怒声には慣れっこなんだろうか。


「いいじゃん。クレストの魔術師嫌いも筋金入りだよね。マリーを攫った魔術師は、まぁ、分かるけど、何も魔術師全体を嫌い抜く必要はないだろ?」

「別に魔術師が嫌いなわけではない。魔術による余興が嫌いなだけだ」


 その言葉に、ぴくり、と私の肩が震えた。おそらく、お師さまが余興で研究費を稼いでいたことと無関係ではないだろう。


「ふぅん? それなら、あっちの占いはやってみた? あと噴水の方にカクテルを並べた屋台が―――」

「お前がいると、うるさい」

「ひどいな、クレスト。それならマリーと一緒に行くからいいよ。おいで、あっちで売っているビロードのリボンを買ってあげる」

「とっととパートナーを探しに行け。お前なら選り取りみどりだろう」


 私の手を掴もうとしたカルルさんを肘で押しやると、クレスト様は私の肩を抱いて引き寄せた。途端に、周囲の目が険しく鋭くなった気がする。勘弁して欲しい。


「はいはい。お邪魔者は退散しますよーだ」


 カルルさんが朗らかに手を振って、人の波に紛れるように消えたのを見計らって、私は隣のクレスト様をそっと見上げる。


「あの……」

「なんだ?」

「パートナーがよりどりみどりってどういうことですか? 一緒にお祭に来たパートナーがいるんですよね?」


 そうなのだ。庭園の門には妙な仮装をした門番がちゃんと立っていて、男女のカップルでないと入れてくれなかったのだ。

 まぁ、年齢差が不問らしいので、普通に親子で来ている人もいたのだけれど。デレッデレの父親と幼い娘とか、不機嫌そうな顔の息子とイイ年した母親とか。


「検問は入る時だけだ。中でうっかりはぐれようが、誰も気にしない。出る時に違うパートナーであっても、な」


 クレスト様の答えを聞いて、理解するまで一拍の時間を要した。

 つまり、一旦、中に入ってしまえば、やりたい放題ってことだ。

 カルルさんは口調が軽い人とは思っていたけれど、それ以外もちゃんと軽かった、ということらしい。


「えぇと、噴水の方に行ってみてもいいですか?」


 私は、肩にかけられたクレスト様の手をできるだけ自然に見えるよう外しながら、そう問いかけた。



 ◇  ◆  ◇



「今日は、本当にありがとうございました」


 一際大きな篝火の前で、私はぺこりと頭を下げる。


「楽しかったのなら、それでいい」


 炎に照らされたクレスト様の表情は、やはり分からない。怒ってはいないようだが、笑っているようにも見えない。

 だけど、余人の目があるこの場なら、うっかりなことを言ってしまっても、いきなり絞殺未遂はないだろう、と今まで言えなかったことを口にする勇気を奮い立たせた。

 まぁ、クレスト様の顔を見ずに篝火を見つめている時点で、臆病風に吹かれていると言われてしまえばそれまでだけど。


「やっぱり、私、お邸の外に居る方が楽しいです」

「だめだ」


 いきなりの拒否。取り付く島もないとはこのことか。


「せめて、もう少し読書が自由にできたら、とも思いますし」

「……」


 おや、この要望は多少の譲歩の余地がある模様。


「あと、ずっと護衛がつくのは、やっぱり落ち着きません」

「……お前の安全のためだ」


 うぅん、微妙な反応。


「それと、せっかく覚えた刺繍も、もう一度やってみたいです」

「……」


 これも、大丈夫だろうか?

 とりあえず、思いつくだけの通しやすい要望は並べてみたのだけれど。

 私は、そっと隣に立つ彼を見上げた。

 う、何だかずっとこちらを見つめていたようで、すぐに視線が合ってしまった。でも、こちらから逸らすと何だか負ける気がする。

 頑張れ、私。


 隣の白皙はくせきの美青年は、相変わらず何を考えているか分からないが、頑張ってその顔に視線を向け続ける。


「だめですか、クレスト様?」


 せめて反応の良かった読書と刺繍だけでも自由を勝ち取りたい。


「クレスト様?」


 そのためなら、ちょっと遠慮したい名前呼びだって重ねて使っちゃうぞ。

 そんな私の心境を知ってか知らずか、知らぬ間に私の腰に回っていた手にぐっと力を込めたクレスト様は、何故か私を抱きしめた。


(え?)


 なんだこれ。

 外出前にアマリアさんに軽く化粧を施されたから、そんなことされるとクレスト様の服が汚れるんだけど。


「マリーツィア」


 耳元に唇を寄せ、愛称ではなくフルネームを囁かれる。


「お前の望みはそれか?」


 艶のある声と表現すればいいのだろうか。これをやったら、おそらく周囲で痛い視線を寄越す令嬢はイチコロだと思うんだ。


「宝石やドレスならいくらでも与えてやる」


 おぉっと、それは困る。


「た、確かに今日身につけさせていただいているものも素敵だと思うんですけど、私は行動の自由が欲しいです」


 慌てて言い募ると、何やら悩ましげなため息をつかれた。

 耳元でそれをやられると、正直くすぐったい。

 だいたい、気まぐれで保護したどこぞの馬の骨に対して、過保護過ぎなのですよ、坊ちゃん。

 私は先祖代々続く農民なので、使用人でいいじゃないか。この扱いがおかしいんだと、そろそろ気付いて欲しい。


「あの時、残して行った刺繍は見事だった。今も大事に保管してある」


 刺繍なんて残して行ったっけ? と記憶を掘り起こした私は、そういえば家紋を刺繍したチーフを置き土産にしたことを思い出す。

 あの時、一緒に刺した防腐と冷凍保存の刺繍は、お師さまにあげたんだっけ。確か、効力切れを起こして腐った野菜やらの汁まみれになって捨ててしまった記憶がある。


「刺繍は許可しよう。読書も、書斎の立ち入りは許可する」


 お、やったね。これだけでも、随分と行動の幅が広がる。


「護衛は、……本当に危険がないかを確認してからだ」


 え?

 私は耳を疑った。

 まさか、護衛を張り付かせるのをやめてもらえるとは思ってもみなかったのだ。


「ほんと、ですか?」


 私は腕の中でもぞもぞと体勢を変え、発言主を見上げる。


「護衛の必要性については、護衛本人や使用人からも上がっていた。無用な出費を重ねるのであれば、別の用途を考えた方がいい」


 やった!

 監視から逃れられる!

 そうか、サアラさんとエルミナさんの二人も私の護衛には飽きてたんだな。そりゃそうだ。一日中お邸の中とかありえないし。


 私の口元がじわじわと緩む。


「ありがとうございます、クレスト様!」


 気付けば、満面の笑みを以て、諸悪の根源に感謝を述べていた。


「……っ!」


 クレスト様は何故か唇を噛み締め、眉根にシワを寄せた。

 あれ、お礼を言ったらまずいタイミングだったか?

 不審に思う私の困惑をよそに、彼は私を見つめ―――


「んんっ!?」


 その後のことは記憶から抹消したい。

 私の口に柔らかくあったかい何かが当たった。

 ついでに、周囲から決して少なくない数の驚きの声が上がった。主に女性の声で。

 視線が痛かった。

 私は、そのうち視線で刺し殺されるかもしれん。


 さらに考えたくはなかったが―――

(私の、ファースト・キス……)

 どういった因果か、この過保護な坊ちゃんに奪われてしまった。


少しだけラブい方向に亀の一歩です。進行遅くてすみません…。

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