グラン・ギニョルの鎌鼬
「ちょっと、グロテスクなのよね……色々とさ」
※軽くグロ注意、血と肉片の描写があります。微細な表現は低レベルに押さえてこそいますが、苦手な方はお気をつけて御覧ください。
「ところで、なんで俺なんだ?」
俺は首を傾げて問い掛けた。例えタライで有っても、漫画なら戦闘能力を見込まれてスカウトされるとか有り得そうだが、実際この島での戦闘能力は個人のプライド維持と卒業後進路での有用性の誇示にしかならない。
下手すると研究施設や前線送りだから、無闇に目立つのは死を早めるだけだろう。だから俺は密かに生きるのだ、ぐうたらと清掃員でもしながらまったり生きて死にたい。
そんな俺を引き連れるヒトエは、此方も見ずに直ぐ様答えた。ツンと一文字に結んだ唇が揺れる。
「どうせ暇でしょ、金ダライ男は。
今時ドラム式さえ古いわよ、此処だと超臨界流体洗浄機が主流だしね」
「どんな技術力だよ……」
本土では普通にドラム式とか斜めドラムが良い勝負をしていた筈だ、そう考えると此処の技術水準は異常だ。街の店頭に並んでいる未知の機器は大手ブランドの商品らしく、新機種や試作機のテストステージとしてもこの島が使われている事が分かる。
「どうやら新顔らしいから教えておくけどアレよ、超臨界流体は液体と気体の中間状態を指すの。水の物を溶かす性質と気体の拡がる性質、溶解性と拡散性を具有するからヨゴレなんかも溶かし出しちゃうって訳。分かる、馬鹿?」
「……なんとなくは」
「馬鹿はやっぱり馬鹿なのね、大丈夫?」
「余計なお世話だ、馬鹿」
それから、俺はヒトエに誘われるがままに歩き続けた。互いに他愛ない会話とバカと罵倒を繰り返しつつ、遂に到着した場所は公衆トイレだった。それも寂れた公園の南端に有るカビ臭い日陰の場所で、墓場のすぐ裏だから誰も近寄るまいと考えられた。
それを目前に開いた口が塞がらない俺を他所に、ヒトエは入り口の段差を駆け上がり振り向いた。そして彼女は真ん中の障害者用を指差し、小声で小さく呟いた。
「早く、急いで……!」
「いや俺にそんな気は……」
「良いから早く!!」
遠慮というか自制心や自尊心が強い俺は重ねて驚愕した。まさか出逢って僅か1〜2時間で人気の無い公衆トイレに招かれるだなんて、俺には想像も付かなかった。因みに俺、童貞です。
「あれだろ、こっから行ける世界の果てなんてヘヴンか絶頂しかねえじゃねえかよ! お前馬鹿か?
まさかお前……尻軽なのか?」
「失礼ね、この童貞デイドリーマーっ!!」
「え、ならお前まさか……」
「違うわよ!! 私はピュア、あんたの脳味噌がド変態ピンクなのよこの馬鹿雄二!!」
と、そんな思春期丸出し且つ大胆な会話をしているうちに、俺はヒトエに腕を掴まれてしまう。
気恥ずかしさに棒立ちしていたのが間違いだった、ましてやポケットに左右の手を突っ込んでいたのだから抵抗のしようも無い。
右腕が使えないいう事は、振り被る事も前提でイメージを構築するタライ落としが破綻するのだ。
プロ野球選手がバッターボックスで腕捲りなり伸びなりの固定モーションをする様な物で、彼等が長打をイメージする様に俺には落下地点のイメージと雰囲気作りが欠かせないのだ。
これではタライが落とせない、地面に転がるタライなんて見たくは無いぞ少なくとも俺は。そんな、十中八九プライド的な問題である。
「とにかく、良いから来なさい!!」
そう言いながら引き摺り込まれる、それも身体障害者用のトイレへだ。いや、まあ確かに中は広いだろうとは思った。床に這うならヒト2人は余裕だ、流石はバリアフリー。
しかし幾ら寂れた町外れで有ろうと公衆トイレだなんてそんな、不潔ですよねと先生は思いますよ? ええまあコレ、1人問答なんですけどね。
うわー恥ずかしい。
「さあて馬鹿よ、この内装を見て此所が何処だと考える?」
「公衆便所」
「ですよねー……」
中は多分、見る限りいや見るからに公衆便所だった。便器だとか手摺だとか手洗い場だとかが綺麗なままに存在し、寂れた公園の中でも此所だけには集中して手入れが施されている気がした。
「でもさ、実はココにボタンが有るのよね」
ヒトエが指差した先、荷物置き場の真下のデッドスペースには1つだけ、小さな小さな黒いボタンが有った。目が悪いと蝿程度にしか思わないだろう、というかまず気付く奴は居ない。誰が便器の前でしゃがむだろうか。
腰を曲げたら届く程度荷物置き場の下なのだから、普通に用を足せば視界にも入らない筈のボタン。それをヒトエの指先は押し込んだ。
「ポチっとな」
途端にガシンと振動が響く、地響きと共に頭を引かれる感覚と耳鳴りがする。信じがたいが、どうやら此処はエレベーターらしかった。
グングンと落下する感覚が俺を包む中、ヒトエは俺へと説明を始めた。今更ながらの説明に、弁明と謝辞を重ねて彼女は便器へと腰掛けた。
「私達は所謂レジスタンスなの、数人の《規格外級能力者》を中心に構成された反体制組織って所ね。地上は管理が厳しくて、盗聴器やカメラがそこかしこに有るからこうしてアジトを隠しているの。
ごめんなさい馬鹿雄二、悪いとは思っているよ……ごめんね?」
そう言いながら彼女は頭を下げるでも無く、スラッと華奢な脚を組んだ。態度を示せよ態度を、俺はそう目線で言うがヒトエは鏡中の自分へと視線を移した。
ヒトエは前髪を直しながら呟く。直す前後で大差が無いのが気に食わないが、その呟きが終わると揺れも止まった。
ゴウンゴウンと、重苦しい作動音が腹中にまで響く中、耳へと届いた囁き声は言った。
「力が欲しい……」
心底から漏れた様な渇望の響き。1人ごちたその声につい、気を引かれ俺は訊ねてみた。そう言えば少女の力を見ていない。
「お前、能力は有るんだろ?
フラなんとか」
「《断片的な神の山羊楯》(フラグメンテーション・アイギス)、あれは力だなんて呼べないわよ。
行きましょ、詳しくはまた外で話すわ。地下だけどね?」
ピンポーン、揺れが収まり到着のチャイムが響いた。どうやら最下層に着いたらしい、立ち上がりボタンで開けた扉へヒトエは飛び込む。
手を引かれる俺の前に靡く灰色、キラキラと銀ラメを散りばめた様に無機質な角張りの通路へと星が瞬く。ヒトエは人影の無い角を曲がりながら、一番に広い道を駆けて行く。
意外にも地下は広大だった、やっとその大扉を拝んだ時には息切れしかけていた。短距離走は余り得意ではない、2分超にも及ぶ全力疾走に耐えうるスタミナ持続性を俺は持ち合わせては居なかった。鍛えなければいけないな、面倒だが。
「《規格外級能力者》、それは2人と居ない稀な能力を持つ存在。メガ、ギガ、テラだなんてチャチな尺度では計り知れない可能性を持つ者達の事よ。
貴方の能力も、定理や法則を完全無視した物質生成能力。タライオンリーとは言えどね、それも立派な神の力よ」
そう言いながら、大扉脇にあるスキャニング装置へとヒトエは手を翳した。
有名なセキュリティ機器メーカー製品、静脈スキャナらしきそれを青い光の軸が縦断する。同時にヒトエは、機器上部のカメラへと瞳を近づけた。
「俺はどうすれば良い?」
すると、機器のピピッという電子音と共にヒトエは振り向く。そして、立てた人差し指で『静かに、そこで待ってて!』と大雑把な指示して大扉へと向き直る。
「『真逆の園の暴虐の、果て無き夢ぞ理を越えて、君の元へといざ宵参らん今日越えて』」
合言葉だったのだろうか、その言葉をヒトエはハキハキと発声した。
すると、それに反応したのか通路へと落ち着いた声量の男声が木霊した。
「やあいらっしゃい、いやーおかえりかな?
迷える子羊、いや子山羊とタライを僕はどれほどに待ち焦がれた事か。むしろ、居ても立ってもいられずにこうして出てきちゃったんだけどもね。 ね……タライ男君?」
「なっ……誰だ!!?」
肩を鷲掴みにされ、全身を悪寒と危機感とが駆け抜けた。気付けなかった、むしろ存在感その物がてんで無かったのだ。
振り向いた先には眼鏡、ギラリとハイエナの様な視線で僕を睨む切れ長の瞳が存在していた。そんな彼は俺へと自己紹介を始める、首筋をツーッと指が伝う感覚に鳥肌が立った。
「これは失敬、いや失念とでも言うべきかな?
挨拶代わりに一戦交えようと、どうせなら主従を決め付けようとしたがそうするまでも無いようだね。
ガッガリだよ、《盥の錬金術師》君?」
「良いから名前を言え……」
その人を小馬鹿にした様な態度に、或いは気付けなかった自分自身の迂闊さに俺は拳を握り締めた。沸々と煮える怒りと滾る衝動、振り返った先の細身な男を俺は睨んだ。
「八面六臂、僕の事はそう呼んでくれれば嬉しいかな。
此処のリーダー代理をしている、実質組織の中堅幹部という所さ。よろしく頼むよ?」
竦む様子も無く男は言った。勿論、謝辞も謙遜もその男には関係無かった。どうにもコイツとは相性が悪い、俺は即座に実感した。
そして俺、嫌々ながらに自己紹介をする。こんな空気が悪いのにも関わらず、脇ではヒトエが俺を見ていた。
「俺は仲間になるとは言っていないがな?
篠崎雄二、最近越してきた通称《盥の錬金術師》だ」
「歓迎しよう、タライ男君よ」
頭の何処かで血管が切れる様な音がした、苛立ちがピークを迎え始めていた。今更ながらに、なんで俺はこんな場所に居るんだと自責の念が起こった。
「お前なぁ……!」
と、そんな時、俺の右腕をギュッと絞める力を感じた。ヒトエだった。
彼女は生意気なエメラルドグリーンの瞳を凄ませると同時に、俺と六臂の間へと割り込んで来る。そして、相変わらず上目線で彼女は言った。
「馬鹿の為に教えとく、八面六臂は名前じゃなくて通称よ。
四字熟語で、意味は1人で沢山働く事ね。ま、顔8つ腕6本の仏像なんかも指すわよ」
そう言った後、器用に跳び跳ねて彼女は俺へと耳打ちをした。圧し殺した声に、先程までの剽軽さは無かった。
「貴方、戦ったら怪我じゃ済まないわよ?
何せ彼は鎌いつっ……ひゅ、つあい……あひ!」
スパンッ、ボテン。そんな形容が似合う様子に鮮血が舞い、続いてボテリと大きな肉片が機械質の床へと落ちた。
鈍いそれは下顎が宙に飛ぶ音。目前の少女は惨たらしい姿を晒し、さぞかし痛かろう中で必死に何かを訴えるも敢えなく背中から倒れた。
余りにも唐突な惨劇に唖然とし、呆然とする俺の耳へクソ眼鏡の含み笑いが飛び込んで来た。 それは余りにも軽々しく、まるで飼い犬を咎める様に奴は言った。顎に沿って顔が抉れたヒトエ相手に、見下す様にそう吐き捨てた。
「こらこら、量産品の癖に口が過ぎるぞー?」
「…………」
ヒューヒューと虚しく聞こえた呼吸音すら鳴りを潜めた。広がる血溜まりに横たわるは無惨な少女、重一文字一重はそこに居たのだった。
「お前、何を!! お前はヒトエに何をした!!
仲間じゃねえのかよ、嘘吐いてんじゃあねえぞクソ眼鏡ええええっ!!」
激昂する俺、右手を構えて振り払う。しかしタライはまだ落ちない、右手の先へと意識を集める。
そんな俺へと、クソ眼鏡六臂は空々しい反応を見せる。両手を腰の高さに持ち上げて、開いてポキポキと間接を鳴らして奴はポツリと言葉を漏らした。
そんな最中でも、俺は意識を研ぎ澄ます。
「おお、怖い怖い」
煽る奴は動かない、余程の余裕が有り余っているらしかった。なんでこんなクズばかりが此島には居るんだろうな、人を蔑んだり馬鹿にしたりいい加減にしろよな。
だが、コイツだけは許せなかった。ヒトエの命には猶予が無い、そうしたのは仲間であった筈のこの眼鏡。見紛う事無く、目前でにやける八面六臂の野郎に確定しているのだから……!
俺は刃の如く冴え渡る意識の中に爛々と、黄金に輝くそれを夢想し可視化する。それは天罰、挿げ替えよう無き裁きの力だった。
「堕ちろ、天罰!!」
浮かんだ姿は重力へと捕縛され、迷い無く真下へ、六臂の頭上目掛けて落下する。
響いた快音、限界まで強化させた《サダルメリク》の鉄槌が降り注いだ証だ。
しかし、俺の耳へと含み笑いが、また聞こえていた。それは徐々に高まり、破裂する様な嬉々に溢れた。如何にして避けたかタライを踏みつけ、眼鏡六臂はにやりと笑い、やがて高笑いを始める。
「これは悦? いや至極恐悦だよ篠崎ィ!!
折角だから教えてやるよ、僕の力は《グラン・ギニョルの鎌鼬》……見えざる刃の縦横疾駆。いや、目眩く廻る不可視の断裂かな?
まあいい、遊んでやるよ……いいや、かかって来いよ馬鹿ダライ、篠崎イィッ!!」
さて、こんばんわ。今夜はこちらを更新してみました作者です。今回はまぁかなりの更新量です、今までにないくらいに書き溜めていました。
まぁ……敵キャラはパっと出ですけどね!!
なんど書いても、ヒトエフラグさんがCVくぎゅうにしか思えません、不思議と主人公もゆうじなんですよね……なんか前も話した気がしますがー、まぁ気のせいでしょう。
以下、変更確立ハイペリオンな中途半端予告です。みなさま、これからもよろしくお願いしますね!!
◆◇◆◇◆
「き、期待してんじゃ無いわよ馬鹿!! 私の後に付いて来なさいって言ってるの、分かる!?」
「何処に行く気だ?」
「『何処にも無い島』によ」
突如戦いを挑んで来た謎の少女を下し、その少女に誘われるまま公衆便所へ Check In Now!! しちゃった主人公、その前に現れた男、八面六臂の魔の手に少女、重一文字一重は昏倒した。
「お前、何を!! お前はヒトエに何をした!!
仲間じゃねえのかよ、嘘吐いてんじゃあねえぞクソ眼鏡ええええっ!!」
激昂する主人公、しかし相手は虚空を切り裂く謎の力《グラン・ギニョルの鎌鼬》の持ち主だった。血生臭いこけおどしの舞台劇、舞い散る赤と紅と、主人公雄二に不可視の刃が襲い掛かるのか。
「踊らされていたね、いや踊り狂っていたのは僕の方かも知れないね?
違うかい《盥の錬金術師》、いや……違わないねッ!!」
「紅い鼻血は忠誠心! 貫け私の騎士道を、さあ覚悟せよ悪党共!!
貫け正義、描けよ花園、《鮮血赤薔薇吸血剣》(ダインスレイヴ)!!」
「え、何それカッコイイ……」
「え、お前らそんなの好きなの?」
「ち、ちがっ……!!」
「さあ、作戦会議を始めよう」
「ちょっとだけ、キューンと来たらどうするのさ?」
次回、ツッコミどころと意外な伏線ばかりのタライシリーズ第4話――
「お前の能力って……何だ?」
「……《断片的な神の山羊楯》(フラグメンテーション・アイギス)」
――『断片的な神の山羊楯』《フラグメンテーション・アイギス》こうご期待!!
「疼け、俺の左腕ぇええぇええええええッ!!
カチ割れ、醜い現実を! 刻み込め、愚かさへの神罰を!!
墜ちろっ……金ダライ――!!」