タライ・ミーツ・ガール
「やあ、タライ君? 先程は見事だった。あの高飛車女、火炎ドリルを一撃で倒しちゃうだなんてね……想定外だったよ」
「誰だ、あんたは?」
《アリーナ》から出た俺は寮がある島の南端へと向かっていた。
しかしそんな俺の前に突如、その少女は現れた。身長は俺より五寸ばかり短く、肩を覆うアッシュグレイの長髪にポンと黒いハンチングを乗せていた。
白基調に黒いライン入りパーカーをジーンズに合わせて着こなす少女は前髪で顔を覆う様に俯き気味で、何処か人を寄せ付けない様なミステリアスなオーラを放っていた。なんで変な女ばっかりと縁が有るのやら。
「はぁーっ……」
突如、少女はわざとらしく肩を竦める。その肩ごと軽く跳ねた瞬間に前髪が元々そうだったんで有ろう眉間だけを隠す前髪と鬢とに分かれ、意外と愛くるしい童顔と翡翠色の瞳が露になる。
しかしその綺麗な瞳は、いかにも不機嫌そうな顔で俺を見ていた。
「だから私、男の人キライ」
「は……?」
いきなり何を口走るのか、甚だ礼儀知らずな発言に俺は当惑する。
すると少女は、無礼にも俺を指差して言ったのだ。
「礼儀として、まずは自己紹介は男が先でしょ!!」
……礼儀知らずはお前だろ、とは面倒臭いので言わないで置き、優しくも寛大な俺は自己紹介を始める。
「ったく……これだから女は。 俺の名前は篠崎雄二、座右の銘は人畜無害だ」
「有り得ないわ、貴方」
そう、俺は自己紹介をした筈だった。それがどういう事でしょうね有り得ないのだそうです、本当に訳が分からない。
「私は重一文字一重、名前が飾り文字臭いからヒトエで良いわ」
「凄い名前だな……」
「遊び心でしょうね。貴方聞いてみなさいよ、デーモン小閣下に『子供が産まれたら悪魔くんって名付けるんですか?』って」
「いつの話だよ……で、そんな人間ちゃんは何の用だ?」
悪口だけじゃなく冗談も人並み以上に達者らしい少女、ヒトエは依然としてぶっきら棒な表情で口を尖らせる。
俺が質問すると少女ヒトエは何やら、まるで詩歌を嘯く様に呟き始めた。ポケットに手を入れる姿はさながらプチ詩人気取りに思える。
「『真逆の園の暴虐の、果て無き夢ぞ理を越えて、君の元へといざ宵参らん今日越えて』……なんてウチのリーダーは言ってた」
「だから何だよ?」
「だからね……?」
と少女は首を傾げつつも左足を引いた、身構えるまでも無く俺は即座に右手を振った。
「私と勝」「堕ちろ!!」「ぶへらっ!!」
カッコーン! と、唐突に響く快音。拳大のタライ、柄杓の先の様なそれがヒトエを直撃した。
当のヒトエは頭を押さえてかがみこむ。
「い、いたい……」
「馬鹿、お前も馬鹿だな? 不穏な事をするからだ、天罰とでも思っとけ。正に天から罰が当たった訳だかな」
「……意地悪」
そう呟くだけ呟いて少女、ヒトエは腰を上げる。
ポケットから取り出してのであろうバタフライナイフは地に転がっていたが、何かと物騒なので没収する事にした。思わぬ獲物とは正にこれだろう、何かと見た目も瀟洒である。
「良いよもう合格で……貴方、少し付き合ってくれない?」
「は……!?」
「き、期待してんじゃ無いわよ馬鹿!! 私の後に付いて来なさいって言ってるの、分かる!?」
非常にややこしい、そんな台詞を吐いた少女は俺の袖を鷲掴みにした。これじゃあ誤解されてもしょうがないだろう、俺ならそう思う。
「何処に行く気だ?」
「『何処にも無い島』によ」
この島では幾度と無く聞いたフレーズ、《サン・アイランド》も《ニライカナイ》も架空の楽園だ。いずれもユートピアを描く物語のタイトルであり、その土地名だが《サン・アイランド》は内乱で滅びた筈だ。
日の丸にでも準えたのだろうが縁起の悪い名前だ。いずれ本当に滅んでしまいそうな薄ら寒い語感に、俺はつい溜め息を吐いてしまった。
「世界の果てまで、ってか?」
「まあ、そんな所ね」
と、少女ヒトエは俺を引っ張りながらも頷く。淡白というかさばさばしたその横顔には、笑みともつかぬ明るさがあった。未来を見据える様にさんさんと輝く翠の瞳に、俺は一言訊ねてみる。
「なあ、聞いて良いか?」
「ヤダ」
「お前の能力って……何だ?」
「……《断片的な神の山羊楯》(フラグメンテーション・アイギス)」
『子供が産まれたら悪魔くんって名付けるんですか?』
『じゃあ、お前は人間の子供に人間くんって名前を付けるのか?』
記者、沈黙。
さて、こんばんは作者です。本編詰まり気味なのでこちらにポンしました、短いですが第2話です。
予め宣言しましょう、この物語にマトモな人は居ません。何故かって、皆さん気が狂って居るからですよ。
AKIRAという作品をご存知な方は一体どれだけいらっしゃるのでしょうか、熟れ切った果実の様とさえ例えられた退廃的な未来都市東京を舞台にした漫画です。外国では日本漫画界の代表作としても有名だとか。
あれですよ、全てが完全になると何かが腐り落ちるのです。人としての道徳観だとか、不浄を嫌う心だとかが。ほら、何もかも手に収まり何もかもが手に余るだなんて詰まらないんですよ、きっと。
あの話では、主人公の友人だった……いや悪友だった少年が謎のシワだらけ幼児と遭遇した結果に拐われ、様々な処置の末に超能力を得て暴れ回るという描写がありました。過ぎたる力は、少年に眠る悪友である主人公への気付かなかった憎悪すら呼び起こしてしまったのです。いやあ、力って怖いね。
つまり、普通じゃなくなってしまった少年少女達の楽園である《サン・アイランド》には何かを失ってきた子達が集まるのです。例えば家族だったり日常だったり恋人だったり。
そんな彼等の物語はまだ始まったばかりです。どうせ最後は脱出して終わりだろうと思う貴方、話はまだ分かりませんよ?
ではまた、次回に会いましょう。天使も見てね、お気に入りやポイント感謝します!!
P.S.重一文字一重、なんかオンゲの飾り文字ネームみたいだよね。†疾風迅雷のナイトハルト†、こんなんやった事ある人、先生怒らないから手をあげなさい、なんて。