第九話【少年達とヤンキー】
結局エリスが来る前に話が終わったので、いなほはそのままアイリスと別れると、酒精を帯びながらふらふらとキースのいる病室へと足を運んだ。
「邪魔するぜー」
ノックもせずに乱暴にドアを開けると、ベットに横たわるキースと、その隣で椅子に腰かけるネムネが突然の来客に目を瞬かせていた。
「おう」
軽く手を上げて挨拶すると、余っている椅子を持ってきて座る。
面倒臭そうに目を細めたのはキースとネムネ、両方であった、
「こんにちはハヤモリ、見舞い品ならやらねーぞこん畜生」
「こんにちはデスいなほさん、お金ならないですよこん畜生」
「テメェらが俺をどう思ってるのかはよくわかった」
しかし悪くないと、不敵に喉を鳴らすいなほを気味悪がる二人。
「で、何の用なんデスか?」
「いや、見舞いだよ見舞い。怪我、どうだ?」
いなほが見た感じ、キースとネムネ、共に怪我らしい怪我は見当たらなかった。
それでもネムネの傍には松葉杖があり、キースも運動をしていないせいか顔色は悪い。
「医者が言うには後一週間は安静にだってよ。魔力枯渇状態が治るまで無茶はいけないらしい」
言われなくても無茶する気はないが、とキースはぼやく。
「私は外傷だけだったので、一応杖があればある程度動ける感じデスね」
ネムネのほうは随分と回復したらしい。そのことに内心で安堵しながら、それを悟られないように息を吐きだした。
「ならいい。あ、それでだ。怪我治ったら俺マルク出てくから」
「はいはい、出てくんですかそーですか」
投げやりに応じたキースと、それを聞いたネムネの動きが止まる。
「え、ちょ、出てくって……依頼とかか?」
「いや、普通に出てく。多分、暫くはここには来ねぇ」
数秒後、二人は納得いったように頷き合った。
「まぁでも」
「うん。何となく、そんな感じはしたデスよね」
キースとネムネも、アイリスと同じように驚きは少なかった。
「だってお前、一つどころに留まるような奴じゃないだろ?」
何か言いたげないなほに、キースはからかうような口調で言った。そういうものなのだろうか。そういった部分で意外に疎いいなほは首を傾げるが、そんないなほを見て二人は笑った。
「正直ろくな思い出がねぇけど、アンタに会えたのは良かったと思ってるよ。アンタがいたから強くなって、アンタがいたから弱くなれた」
強さに憧れ、その果てに不変な普通を慈しむ。胸を焦がす熱はまだあるけれど、その熱さもいつかは冷めて、キースはその時初めて、ありきたりな普通へとなるだろう。
だがその普通を卑下したりはしない。分相応の生活をありきたりに過ごすこと、その大切さにキースは気付けたのだから。
そんなキースの横顔を愛おしげに見守るネムネ。だがキースはその愛情にはどうやらまだ気づいていないようだ。
「まだまだだなテメェも。なぁ、ネムネ?」
そのことに気付いたいなほは、からかうようにキースの額を小突いた。「いてっ」と鈍い痛みに怯むキースが恨めしげに睨んでくるが、それも面白い。
「私はいなほさんにはそんなに言うほど接点ないデスけど、いなほさんがいたから今があるってことだけは、感謝しているデス」
「言うほど何かしたわけじゃねぇけどな」
「それでも、デスよ。知らぬは本人ばかりデスね」
その後、三人は取り留めのない会話を穏やかな時間の中で交わしていった。
途中、合流したエリスとアイリスも加えて、再び集まったヤンキーチームの賑やかな笑い声が木霊する。
笑いながら、楽しみながら、いなほは思うのだ。手にしたかけがえのないこの絆が、真っ直ぐに進んだからこそ得られた大切なものなのだと。
だからメイリン。やっぱしお前、間違えてたよ。いなほは今はいない少女に対して語りかける。
「いなほにぃさん?」
「いや……」
何処か上の空だったいなほを気にかけるエリスを安心させるために、その頭を軽く撫でる。
少し手を伸ばせばよかっただけなんだ。それだけで、目の前の壁はいつだって砕くことが出来るのだから。
暖かな陽気の中で、この瞬間を噛みしめる。
その奇跡に感謝しながら、ゆるやかに、そして穏やかに。
旅立ちの時は来るのであった。
次回、ありがとう。