第八話【女騎士とヤンキー】
エヘトロス帝国、A+冒険者ギルド、傾いた天の城─バベル・ザ・バイブル─の第五部隊『ジューダス』と契約か? エヘトロス帝国と四大王国同盟、緊張高まる。
飛行魔道具、試作導入型完成間近。開発者のドクターヘイズリー「最終的には対Aランク個人兵装を目指す」とコメント。各国から非難集まる。
内紛間近? 王国同盟に立ちこめる闇を探る。
アードナイ王国、アリス王女が王の審判へ。今度の試練場の候補を徹底調査!
リリナ・ジェイルビーの、モテる女の十三カ条。まずは露出から始めよう。
遥か昔の古代遺産か!? 超巨大遺跡、発掘。
A+犯罪ギルド、カオスアビシオ。圧倒的な実力を誇るギルドの謎を追う。
「そろそろ別のとこ行くわ、俺」
様々な記事が入り乱れる新聞を片手にしていたアイリスだが、そんな記事などどうでもよくなるくらい、いなほの一言は強烈だった。
マルクを出て行く。簡単に言ってのけたいなほの言葉に、アイリスは驚きはあったが、どこか納得もしていた。
「何となくだが、いつかはここを出て行くような気がしていたよ」
ジョッキ一杯の酒をあおりながら、仄かに赤い顔で扇情的に流し目をいなほに送りつつ、アイリスは静かに嘆息した。
「へぇ、厄介者はさっさと出て行けって感じか?」
「それもある、が、君がマルクにとって色々と貢献してきたのは事実だからな。差し引きでぎりぎりプラスに偏ってるので、早く出て行けとは言わんよ」
あっけらかんとしたアイリスの言葉に、いなほは楽しそうに笑いながらアイリスよりも一回り大きなジョッキの中身を一息で飲みほした。
程良い酔いに気を良くしながら、いなほはお代わりを頼む。
「んじゃなんでだよ?」
「君は、大きな男だ。見た目もそうだが、在り方が大きい。きっと、この街だけでは収まらないくらいにな」
珍しい褒め言葉に、いなほは意外と言わんばかりにアイリスの赤い頬を見た。そして、その本心からの言葉に上機嫌になる。
「けけけ、何だ? 今日はやけに褒めるじゃねぇか。言っとくが奢らねぇぞ?」
「ふん。君が奢った試しなどほとんどないだろ。というか前に貸した銅貨、まだ返してもらってないぞ!」
「あー? そうだったか?」
「そうだよ!」
返せ借りパク野郎! などと酔いが回っているのか、いつもよりも荒い言葉が出ていた。
そんなアイリスをなだめつつからかって遊んでいると、不意に視線を落としたアイリスが、ぽつりと呟いた。
「君には感謝しているよ。この数カ月、慌ただしかったが、悪くない毎日だったと思っている」
「止せよ。そういう湿っぽいのは苦手だし、第一まだ怪我治ってねぇから暫くいるんだ」
「おや、君のことだから即日決行かと思ったんだがな。ふむ、意外に繊細なのか?」
「今さらだぜアイリス。俺くらい繊細な男はそういねぇよ」
わざとらしい口ぶりにアイリスは吹き出した。
「あはは! それは悪かった!」
「かかか! じゃあとりあえず、繊細な俺と」
いなほはジョッキを掲げる。アイリスも応じるように杯を掲げた。
「大胆な私に」
「大胆って何だよ」
「うるさい。ともかく」
打ち合わせる杯、勢い余って中身が漏れるが、それも気にせず二人は叫んだ。
「乾杯!」
一気に飲み干した酒が喉を焼いて胃袋を温める。込み上げた熱気を冷ますように、二人は同時に息を吐きだした。
その息の合った動作が可笑しくて笑い合う。アイリスは新たなつまみと酒を注文してから、改めて溜息をついた。
「ふー。普通のときに君を相手にするのは疲れるが、こうして飲む分にはホント楽しいな」
「いや、マジで今日はどうした? 随分と褒めるじゃねぇかよ」
「ん。こういう機会じゃないと……それに、二人で飲む機会など、おそらくもうないと思ってな」
「そんなもんか?」
「そんなものさ。しかし、君が来てからは色々とあったな」
初めて出会ったときから、とにかく強烈な男だった。単純に強くて、単純に大きい。そんなシンプルな男だが、それゆえにこれまで会ったことのないタイプの人間だった。
魔族とも互角に渡り合うその実力は、未だに際限なく伸び続けている。すでにその実力は、アイリスですら計り知れないものだ。
そんな彼に魅せられたギルドのメンバーは多い。いや、ギルドはおろか、その内外で様々な影響を与えていった。
そんな鮮烈な男が、これまで一つどころに留まっていたことこそ驚きだったと言える。もしもエリスに会わなかったら、今頃はもう何処かに行っていたかもしれない。
等と考えて、アイリスは込み上げる笑いを堪えられなかった。
「うん。まぁその何だ。君は嫌いだが、君の力の使い方は私の好みだ」
酷い言い草だが、そんなものだろう。自分といなほの関係は仕事仲間で、飲み仲間で、それは限りなくドライで、冷たく暖かい関係のはずだ。
いなほはあんまりな言いぶりに呆れつつも、何となくアイリスの言いたいことは察していた。
「おう、俺もお前は好きだぜ」
いなほにとってのアイリスは、初めて会った頼りになる女だった。
凛々しく、逞しく、男にも負けない輝きを持つ良い女。
そんな彼女に惚れないわけがない。男気だな。いなほはアイリスへの好意をそう解釈した。
そんないなほの言葉足らずな告白に、やはりいなほと同様にアイリスは呆れていた。
「そういうストレートな言い方、勘違いするぞ?」
「あ? じゃあ事こまかに何処にどう惚れてるかはっきりさせろってのか?」
そんなのめんどくせぇよ。いなほはつまみをかじりながら呟いた。
「まっ、君と多少でも付き合ったような人間なら勘違いなんてしないだろうけどさ」
「だったらいいじゃねぇか」
「そんなものかなぁ……」
追加の酒を飲みつつぼやく。
にしてもここまでの流れでふと思う。全く、別れの話だと言うのに、これではいつもの飲み会と変わらないではないか。
だが、いいのだろう。いなほとアイリス、二人の距離感と空気は、このくらいがちょうどいい。
「まっ、後少しの付き合いだが、よろしく頼むぜ」
「一応餞別はくれてやるから、楽しみに待っておけよ」
そう、例えもしこの別れが永遠の別れだったとしても、このくらいが一番楽しくて、嬉しいのだ。
次回、各々のエピローグ、その2。