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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第三部【Bless The Beast And Child】
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第三話【疑心と確信】

「……正直、君を担当するミリア先生がとち狂った笑い声をあげていたのも、無理はないと思うよ」


 アイリスは呆れた眼差しで病室の床に手をついて、背中にエリスを乗せて腕立て伏せをするいなほを見つめた。

 あの激闘から僅かに二日しか経過していない。アート・アートが右腕の怪我と親指だけは治療したとはいえ、それでも体中の骨が殆ど砕け、内臓も一部傷口がまだ塞がっていないという重傷だ。

 だというのにこれである。「3621、3622」とカウントするエリスの言葉が正しければ、この男、全身骨折しておきながら数千回の腕立てを行っていたことになる。


「あー……うん」


 ま、いいか。アイリスはその非現実を気楽に受け入れた。

 もしくは、現実から目を背けたと言ってもいい。なんやかんやで現実に立ち向かいとち狂っているミリア先生よりも、アイリスのほうが重傷であった。


「それ、で、何の、用だ?」


 いなほは腕立てを止めずに、額から汗を滲ませて息も絶え絶えに呟いた。流石のいなほも、怪我が治らない状態での数千回にも及ぶ腕立ては辛いものがある。

 それでも止めずに行うのは、そうすることで体が治るのが早くなると本気で思っているからだ。非科学的だが、確かにこの非科学な筋肉が相手では常識は通らない。

 事実、肉体を痛めつける程にいなほの体は回復をしていた、砕けた骨を筋肉が締め上げて、強制的に癒着させる。その過程を繰り返し繰り返し、プレス機にかけるようにして骨を繋げるのだ。

 そんな余談はさておき、アイリスは胸元からアート・アートからもらった通信用の札を取り出した。


「君がこれに応答しないからわざわざ来たというのに……用はあるが、先に札はどこにやった? 全く、ちゃんと応答しないとかあり得ないだろ。はっきり言っておくがな。幾ら怪我でボロボロだからとはいえ、これに応答するくらいはやってもらわないといざという時に」


「あ、あの……」


 口酸っぱく説教を始めたアイリスの袖をエリスが掴んだ。「何だい?」と途端に爽やか笑顔になったアイリスの目に飛び込んできたのは、涙目で札を手に持つエリスである。

 笑顔が凍りついた。


「ご、ごめん、なさい……私、いなほにぃさんのこと、ばっかで……私、その……」


 泣くのが卑怯だとわかっているのか。必死に泣くのを堪えるエリスに、アイリスは言葉を失った。

 あっれー。あれれぇ? いなほが札を持ってるのではなかったのかな?


「わた、私……ごめんなさい!」


 エリスは堪らずアイリスに札を押しつけると病室を後にした。

 取り残されたアイリスは、札を手に持ち、エリスの出て行った病室のドアを呆然と見詰めた。


「うわ、おっかねぇ女だぜ」


 いなほが「くけけけ」と楽しげに喉を鳴らした。そんないなほに、まるで錆びついた人形のように歪んだ動きでアイリスは振り向く。

 完全に目が死んでいた。心のオアシスであるエリスを泣かせたという事実は、アイリスにとってはあまりにも強烈で。


「な、なんで君が持ってないんだいなほぉぉぉぉぉぉ!」


 絶叫と弾劾は数分ほど続くこととなった。


「……まぁ、話を戻そう」


 数分後、未だ顔は真っ赤ではあるが冷静さを取り戻したアイリスは、咳払いを一つした。


「なんで俺が説教食らわなきゃなんねーんだよ」


 今回ばかりはいなほの言葉が正論なので、アイリスも強く言えずに押し黙る。

 だがそう言っていられないので、アイリスは場の空気を改める意味も込めて本題に入ることにした。


「現状、吸血王ヴァドの行方と、犯人についての情報はさっぱりだ……そして脅迫対象であるメイリン・メイルーは無事に予選を通過……このまま行けば五日後の本選で、ヴァドが現れる可能性が高いということになる」


 残念ながら、捜査の方は完全に行き詰っていた。

 というのも、最初の脅迫状以外にリアクションが全くないのだ。それ以降にも脅迫状が来るでも、何かリアクションがあるでもなく、本当に何もない。

 それこそ、ただ衝動のままに脅迫状を送っただけで。

 子どもの悪戯のようだ。そうアイリスが信頼する教員が先程ぼやいていたことをアイリスは思い出していた。


「まるで、脅迫状の行動を行うのを躊躇っているかのようだ……だとしたら、このまま何も行われずに終わることもあり得るが」


 だがそういう訳にもいかないのだ。勝手に決めつけるには、アート・アートからの依頼は決して軽くはない。


「……一応犯人の推測は立っているがね。魔族の封印を解けるほどの実力を持つ、とういのが最低条件だから、怪しい人物は随分と絞れているが……しかしその怪しい人物がまるで動かないからお手上げとしか言いようがない。脅迫状の筆跡も巧妙にカモフラージュされているからね。我々に出来るのは会場の警備と、迷宮の探索だけだ」


「やるだけやって引っ掻きまわすってか? けっ、随分と面白い奴だぜ……ったくよ」


 いなほは白けた様子で、まだ見えぬ犯人をそう断じた。僅かにその瞳に過る感情はどう良い表せばいいのだろうか。いなほは呆れるように、しかし不安げにその瞳を揺らしていた。

 そんないなほの様子には気付かず、上辺の言葉にアイリスは同感した。アイリスもアート・アートによる依頼ではなかったら、既にこの件から手を引いていた。

 だが、脅迫状はまず間違いないのだろう。故に募るのは不安と焦燥ばかりだ。いつ魔族が現れるかわからない状況は、ストレスばかりを重ねていく。


「あまりこういうのは言いたくないのだがな。これでは動く意味もない。いっそメイリン・メイルーか迷宮入り口に張り付くかして山を張るほうがいいかもしれん」


「かもな。でもよアイリス、全く手掛かりがねぇってのはないんだろ?」


 そう言いながらいなほは腹筋を開始した。特注のベットが軋み不快な音を奏でる。アイリスはその音すらわずらわしいのか、僅かに顔を顰めると溜息を吐きだした。


「一応、怪しい人間は何人か当たりをつけて張り付いてはいるのだがな。そこでだいなほ。君にも一人、探ってほしいのだが」


「カルファか?」


 アイリスが二の句を告げる前にいなほは断言した。言おうとした名前を先に言われたアイリスが目を見開いて言葉を失う。

 いなほは気にせずに腹筋を続けながら口を開いた。


「敵視って点だったらだがな。カルファは充分に怪しいってもんだ……」


「驚いたな。君も彼が怪しいと睨んでいたとは」


「いや……多分、犯人ってわけじゃないだろうけどな」


 アイリスはいなほの言葉に首を傾げた。怪しいと思いながら、犯人でないと断言するいなほに迷いはない。


「口は腐ってやがるし、態度はうざってぇ。でもあいつは、なんつったらいいのか……素のままだ。メイリンに喧嘩売るやり口もガキ相応のやり方だが……下手な小細工はしねぇはずだよ」


「その根拠が分からないのだが」


「根拠はねぇよ」


 しれっと言い切るいなほにアイリスは頭が痛くなるのを感じた。

 だが、いなほの野獣的な勘は、本能的故に人の本質をしっかりと捉える。


「あいつは真正面だ。んで、多分……」


「多分?」


 続きの言葉を濁らせたいなほは腹筋を止めると、ベットの横のテーブルに置いてある水差しを掴んで一気に飲み干した。

 うっすらと滲む汗をそのままに、いなほはアイリスを見据える。威圧しているでもないのに、その鋭い眼光にアイリスは一歩引きそうになった。


「いや、何でもねぇ」


 そう言って視線を切ったいなほは、ベットから起き上がった。

 未だに全身の骨が砕けているにも関わらず、そんな怪我などしていないかのようなスムーズな動きで、いなほは病院服を脱いだ。全身包帯まみれのパンツ一枚という何ともしまらない格好かつ、女性の前でする格好ではないが、アイリスは別段気にした様子もなく冷静に対応した。


「何か、手がかりでもあるのか?」


 アイリスは無言でかけてあった黒のタンクトップと短パンを手渡した。


「手がかりって程でもねぇよ。だが、カルファの奴と話せば、とっかかりは掴めるはずだ」


 渡された服に着替え始める。体は軋み、痛みを訴えるが、行動に支障はなかった。


「期待するぞ?」


「あんまするなよ。気が重いぜ」


「この単細胞のどこに重くなる気があるって?」


「泣けるぜ。心は硝子だってのによ」


 悪戯心を働かせたアイリスが軽くいなほの胸を小突く。そんなアイリスにいなほが軽口を叩いた直後、ゆっくりと病室の扉が開いた。


「あの、さっきはごめんなさ……」


 手に代えの水差しを持ったエリスが、おずおずと謝罪をしながら入室し、目を見開く。


「?」


「?」


 エリスの驚きように何事かと二人は首を傾げて、アイリスは僅かな時間を置いてその異常事態に気付いた。

 ズボンを履きかけのいなほと、そんないなほの胸に手を添えた自分。


「あ……失礼しました!」


 羞恥で顔を真っ赤にしたエリスが再び部屋を後にする。

 勢いよく閉められた扉の音を最後に静寂する室内。唖然と口を開いて固まるアイリスと対照的に、いなほは何処吹く風とばかりに黙々と着替えをすませる。


「んじゃとりあえず行ってくるわ」


 アイリスから札を奪ったいなほが平然とその場を後にする。

 残ったのは片手を上げたまま呆然と言葉を失ったアイリスが唯一人。


「ご、誤解だエリィィィィィィィィス!」


「ちょ、病院では静かに……ってまたヤンキーか」


 泣き叫びながら病室を飛び出すアイリスを咎めようとした看護師の一人が、彼女の出た病室を見て疲れたように肩を落とす。

 ともあれ、平和な一時は終わり、静かに幕引きは迫りつつあった。






次回、会合。

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