第二話【羨望と決別】
黙々とバナナを食べる。何故かバナナしかないのでバナナをほおばる。そも何故バナナなのか、人は何故バナナをほおばるのか。やはり猿から延々と受け継がれてきたDNAのなせるよくわからない系譜なのか。そもそも猿のDNAって人間に繋がってるのかどうかもわかんねーし、ていうかアレ? 俺ちょっと頭いいこと考えてるんじゃね?
「アホか」
いなほは一口で残りのバナナを食べ切ってそう自嘲した。
あまりにも暇すぎる。筋トレに関してはエリスが来てから行うと決めているため、病室から動くことのできない現状ではいなほは何もることがなかった。
動くだけなら問題ないのだが、わざわざ軋む体を押してまで動く必要性は感じられない。脅迫状の一件も、エリスに遅れてくる予定になっているアイリスが行っているためにすることはない。
やることがまるでない。つい先ほどまでいたアート・アートは、口移しでバナナを食べさせようとするは、ベットに潜りこんでくるは、終いには猫か何かのように、ベットで寝るいなほの腹の上で器用に丸まって「にゃあ」とかうざい笑顔全開で鳴き真似もしたりと、あまりにもべたべたひっついてくるので「うざい、暑い。ついでにくせぇ」と言って窓から放り投げたばかりである。一緒にいたマドカは消えたアート・アートを追って病室を出て行った。
実は思いの外いなほのくせぇ発言に大ダメージを受けて理事長室にアート・アートは引きこもっているのだが、そんな裏事情など知ったことじゃないいなほである。
閑話休題。
そういうことでエリスが来るまで暇を持て余しているいなほであった。バナナの在庫も残り僅かである。
それでも食べるしかないのだが。このままいけばバナナで悟りでも開けるのではないかとか、そんなくだらないことを考え始めた時、控え目なノックの音が病室に響いた。
「入っていいぞ」
定期診察の時間だろうか。そんなことを思ったいなほの前に現れたのは、まずは無数のフルーツが乗った大きな籠と、それを両手を精いっぱい広げて持っているメイリンであった。
「……」
言葉を失ってメイリンを凝視するいなほに、メイリンは控えめなようでとても明るい笑顔を返した。
「ご機嫌よういなほさん。入院してるって聞いて来ちゃいました」
不安げに、だが堂々といなほの前に立ったメイリンは、その大きな籠をベットの隣の机に置いた。小さく息を吐きだしているところから見ると、なかなかの重量があったのだろう。
にしても各種様々なフルーツがこれでもかと乗せられている光景は圧巻である。手慰みのバナナを新たに剥きながら、いなほはそのフルーツの数々に目を光らせた。
「結構高かったんですよ」
「金は払わねぇからな」
「いや、そこまでがめつくはないですって」
苦笑したメイリンは、いなほのベットの側の椅子に腰かけた。
「試合、凄かったですね」
漏れ出た言葉には、深い敬愛の念が確かに込められていた。そこに曖昧さがないのを感じて、いなほは何故か嬉しくなる。
嬉しい? その感情にいなほは疑問を浮かべた。自分を押しとおす様を見せると約束はしたが、別に好んでそうしたわけではないはずだが。
「特に最後のところ、アレ、私一生忘れません。皆が皆、見てる人泣いてましたからね。うん、あぁいうのを感動って言うんだなって思いました」
そんないなほの疑問をかき消すように、メイリンは微笑みながら試合の熱狂を僅かに興奮しながら語りだした。
語る姿は、年相応の少女のそれだ。明るく、無邪気で、楽しげにいなほの戦いを語る姿に、いなほは安堵する。
何故なのか。分かってくれたことが良かったと思えることが不思議だが、そんな疑問をかき消す程に、己の姿に何かしらのものを感じ取ってくれたメイリンがいなほには嬉しかった。
「へ、まぁ俺にかかりゃあんなもんよ」
鼻の頭を指でこすって、得意げにいなほは笑った。
だがそんないなほを見るメイリンの表情に、僅かに影が射す。
「ホント、羨ましいなぁ」
その言葉に込められた羨望を聞いて、いなほの表情は固まった。
「……羨ましい、だ?」
「はい。あんなふうに出来たらきっと凄い素晴らしいんだろうなぁって。あぁいうの憧れちゃうなぁって」
メイリンの言葉は、普通に聞けば特に疑問に思う所は何もない。
だが違う、といなほは叫びそうになった。違うんだ。そうじゃなくて。
「立ち向かう強さっていうんですかね? あぁいう死闘の果てに得られる何かってどういうものなのか」
私には絶対にわからないけど。
その言葉は、その意味は、それはつまり。
「メイリン……テメェ──」
「いなほさんは強いよね」
震えるいなほの声を遮って、メイリンは眩しいものを見るように目を細めていなほを見た。
憧れている。うらやんでいる。
でも、私にはなれないと、その瞳は如実に語っていた。
「……」
見せることは出来た。限界なんて超えられる。理不尽だって超えられる。その証明を、いなほの左手は確かにメイリンに見せたはずだった。
だというのに、だからこそ、メイリンは踏ん切りがついたようにいなほを憧れへと貶めた。
「今日、ここに来たのは、いなほさんに謝るためでした」
止めろ。そんな言葉は聞きたくない。お前は、立ち向かえるはずだ。ウジウジと立ち止まるのではなく、見えない壁、俺の知らない、わからない壁に立ち向かえるのだって。
だから、なんでこだわる? いなほの中の何かがそんなことを呟いた。たかだか数度会っただけの少女に、そこまでこだわる必要がある? 知ってるのは名前と実力だけで、その素性も、年齢も、どんな生き方をしてきたのかも知らないというのに。
こんなにも、俺がこだわるのは、なんでだ。
「私は、いなほさんみたいにはなれないです」
その意味するところは、あの戦いでキースが告げたそれと全く一緒だというのに、そこに込められた意志が決定的に違う。
メイリンは今にも泣きそうな、だというのに爽やかな笑みを浮かべた。
いや、これは矛盾していない。これはきっと、悲壮な決意をした者のみが浮かべる笑顔で。
「見せられて、魅せられて、ようやく私、気付いたんです。何もかもが私を追いたてるけど、私にはそこに立ち向かう勇気はなくて、いつもその場に蹲っていただけだけど……」
「メイリン……」
「私……決めた」
何を決めたのか。何をすると決意したのか。
その瞳を見ても、いなほには何をどうするのかまるでわからなくて。
「さよなら」
決別は、あまりにも簡素な言葉で告げられた。
次回、現状、その二