第十七話【神楽逸刀流】
神楽逸刀流。
その起源は遡ること数千年以上前、思い出すのは、自分に対して喧嘩を売ってきた大馬鹿者のことである。
「懐かしいねぇ」
異端の化け物。アート・アートは、自身の部屋の壁に投影されているいなほとミフネの戦いを見ながら、そんなことを嬉しそうに呟いた。その隣には体の傷はおろか、服すらも修復されたキースとネムネが、アート・アートの肩に寄り掛かるようにして静かに眠っている。
懐かしい。二人の頭を優しく撫でつけながら、アート・アートは、数千年前のあの日、神として拝められていた自分を殺すと挑んできたあの男のことを思い出す。
「知っているのですか?」
隣に立つマドカがそう聞いてきた。アート・アートは猫のように喉を鳴らすと、胡散臭い笑みを張り付けたまま、数千年前のあの男と『全く同じ軌道を描く』ミフネの太刀筋を見た。
「うん。メリクリウス・ルーンネス。神楽逸刀流が始祖。あいつに一度喧嘩吹っ掛けられたことがあってねぇ……あの流派の凄いのって、まずは三百ある型を全て同じ軌道でなぞれることなんだ。ただ真似るだけじゃないよ? 数ミリの誤差すら許さないくらい完璧に振るい、全てを一定の、あるリズムに合わせた速度で振るうんだ」
昔を思い出したのか。しみじみと首を振って目を細める。
神楽の名の通り、その剣捌きは自分を楽しませる程に美しかった。三百通りの型、全てを全くずれなく放ち続けたあの力。
だが当然、いなほが今そうしているように、完璧すぎる軌道は、完璧すぎるがゆえに『簡単に読まれてしまう』。
「全く同じ動きをすることによって、自身を一つの物へと変換。三百の型で応じることによって、一切に動じることなくことに応じることが出来る。でも、その反面、戦いが長くなると、その癖が読まれてしまって、後はもう見ての通り、見えなくても見えてしまう。完璧すぎるがゆえに予測が容易い。一定の踊りをしているかのようだ。まっ、だからこそその踊りは神を楽しませる神楽たる所以なんだろうけどね」
だが、とアート・アートは続ける。
かつての戦いで、軌道を読み切った自分の攻撃によって追い詰められたメリクリウスの斬撃の軌道が、突如として変質したこと。そして、その軌道はアート・アートを持ってしても、いや、『アート・アートのような化け物だからこそ』読み切ることは不可能だった。
「あいつの剣はそこで終わりじゃなかった。というか、戦った後にわかったんだけどね。神楽逸刀流の真髄は、何と恐るべきことに、『自分の癖と技を読ませることが重要』だったんだよ」
「おかしな話ですね。癖や技を読まれたら、最早敗北は必至でしょう」
マドカの当然な疑問に、アート・アートは笑った。
「違うな。間違ってるぞマドカ……ってこのネタはあの変態姉妹が使ってたか……まぁともかくだ、さっき俺は言っただろ? 神楽逸刀流は、三百の型を、全く同じ軌道で使い、リズムすら沁みこませ、そうして自分を一つの物にするって。そこに果たして本当に『自分っていうものが存在するのかな』?」
「それは……」
「そうだよマドカ。ここまでのミフネはロボットに徹していた。その踊りにいなほがリズムよく合ってくれるように踊ってみせて、楽しませてやった。神楽逸刀流の神楽。神楽の演舞が終われば、次はいよいよ踊りから逸れた動きの始まりだ」
脳裏を過るのは、まんまとその動きにはめられて、一撃を貰ってしまった時の記憶。自身も致命傷を負いながら、とうとう敵性存在という異常に手を届かせた狂気の果てを。
あぁ、すぐにでも思いだせる。人の執念という無限の可能性。その奇跡の一端をまざまざと見せつけられた感動的な瞬間を。
称賛し、絶賛し、賛美し、惜しげもない感嘆の拍手を送って、僕俺私己自分儂は、メリクリウスという個人に愛すらも囁いた。
そんな彼の子孫の戦いは、アート・アートの心の奥にある何かを強く刺激した。だがかつての愛しき恋人を彷彿とさせるその横顔を、アート・アートは見ていない。その関心は、全て、血まみれの体でミフネと対峙するいなほにだけ向けられていた。
「相手はこの俺に傷を負わせた化け物剣術。神楽逸刀流の逸刀、その秘儀を前に君は何を見せてくれるのかな?」
しかし、あの時メリクリウスを殺したのは勿体なかったな。なんて頭の片隅で考えて、アート・アートは「げひゃ」と恐ろしい笑い声を響かせた。
次回、死闘。