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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第二部【SUPERYANKEE】
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第十二話【逃げることは罪じゃない】

 言ったからには、有言実行といくしかない。外部E枠二回戦。再びいなほはリングに上がっていた。

 ネムネもキースも時間はかかったがしっかりと勝利をした。そして王手のかかったこの状況で、いなほの番である。相手はすでに戦意を喪失しているのか、青ざめた顔でいなほの前に立っている。


「メイリン……」


 武器を構えているだけの雑魚は眼中にない。いなほは観客席の何処かにいるであろうメイリンの姿を探した。

 見せなければいけない。お前は、お前はそれでは駄目なんだと。お前もきっと……


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 いつの間にか試合が始まったのか、情けない声をあげながらやけくそ気味に突撃してきた相手の片手剣が、メイリンを探していたいなほの腹に突き刺さる。


「やっ……た……」


 だが勝利を確信した男の表情は、一瞬で最初よりもさらに青色に染まった。

 剣先が刺さっていない。強化魔法を使った男の刺突は、いなほの表皮を破っただけで、その内側の筋肉には一ミリとも刺さらなかったのだ。

 武器が通じない。錯乱した男が乱暴に剣を振り回していなほを斬るが、いなほの肉体はそのことごとくを弾き返す。逆に斬りつけている男の腕と剣のほうが徐々に可笑しくなり始めていた。

 毛ほどにも気にしていないのか。いなほは観客席を見渡して、ようやく沈痛な面持ちでいなほを見つめているメイリンを見つけた。


「うわぁ!」


 何度目になるかわからない渾身の一撃が弾かれ、とうとう剣が限界を超えて半ばからへし折れた。

 唖然と折れてしまった愛剣を男は見つめた。単純すぎて馬鹿げた話だがいなほの肉体は、鋼の鋭利などよりも遥かに堅牢であったということなのだろう。


「うし、とりあえずいいとこ見せてやるか」


 いなほはようやく男に向き直った。だが相手はすでに戦意を失って背を向けてリングから逃げ出していた。


「あ?」


 いなほの感覚的にはまだ何も始まっていないというのに、気付けば相手が逃げ出していた。


「勝者、早森いなほ!」


 高らかに勝利宣言がなされる。

 だが当の本人は、何もしないまま湧き立つ場内に取り残される形で呆然とするしかなかった。


「ったく、何だっての」


 思い出しても苛立ちが込み上げてくる。熱のようにわき上がる怒りを、冷たい水とともに胃袋へと流し込んだいなほのコップに水を新たに注いだエリスは同情するように失笑した。


「仕方ないですって。だっていなほにぃさんったら、相手の人が必死に攻撃してるのに全部無視して」


「しかも何もしてないのに武器をへし折って」


「あげくに殺気ぶちまけられたら試合終了デスです」


 流れるようにキースとネムネがエリスの言いたいことを続ける。


「……にしたってあれはねぇだろ」


「頑張って戦ってる人を無視する人がいうセリフじゃないデスよ」


 苦し紛れのぼやきをネムネが一刀の元に斬り伏せる。こと戦いに関しては真っ向から当たることを至上として、そうした美意識をいなほは持っている。今回はその美意識を幾ら相手が雑魚とはいえ自分で裏切ったのだから、反省せざるをえないだろう。


「へへへ、まっ、これに懲りたら猛省するんだなハヤモリぃ」


 短杖を手入れしながらキースはいなほに釘を刺した。声色が喜色を孕んでいるのは、きっと気のせいではないだろう。


「クソが。あー! つまんねぇ!」


 遂に我慢の限界が超えたのか、いなほは全体重をソファーに思いっきり預けた。限界までスプリングが軋む音が響く。目元を蕩けさせて、いなほはやる気なく脱力した。

 色々と限界である。楽しみにしていた大会は、一回戦、二回戦と楽しめるものではなかった。ミフネがいなかったらとっくにいなほは帰っていただろう。


「でも確かに。私達これまで全勝デスからね。ちょっと退屈っちゃうのも無理なくないデスか?」


 ネムネは得意そうに胸を張った。苦戦はしているものの、この二回の勝負を勝利したことによって自信がついたのだ。学生とはいえ、キースと共に練習を重ねたネムネの実力は、学院だけで見ても上位陣に食い込む程ではある。戦闘能力だけを競うこの大会だけでいうなら、充分に活躍できるのは当然であった。

 勿論、キース、そしていなほに関しては言わずもがな。大会に出る冒険者や学生よりも強大な敵と遭遇したことがあるという経験は、経験を積んだとはいえ未だ新人の域を出ない冒険者たちでは止められることもない。

 エリスに関しては未知数だ。基礎的な身体能力と魔力の総量は圧倒的に足りないが、今現在も暇があれば新たな魔道書を読んで魔法を覚えているので、むしろ扱える魔法の数ではアイリスすら既に超えているかもしれない。その驚異的な理解力から扱う魔法があれば、油断する相手を奇襲して倒すこともできるだろう。


「まっ、戦力としては良いパーティーじゃないの? ちょっと前衛に偏り過ぎてるけどさぁ」


「のわ!?」


 突然、キースの隣に何の前触れもなくアート・アートが現れた。驚いたキースが飛びのくが、アート・アートは気にせずに続ける。


「ちょっと厳しいかもしれないけど。キース君なら優勝候補筆頭の戦意の行軍にワンチャンくらいはあるからね。後はいなほが二連勝すれば優勝も見えてくるって寸法だけど……残念だったねー。予選の決勝でミフネと当たるぜ?」


 いなほを除いた三人が息を飲んだ。ミフネ・ルーンネスとその仲間の戦いぶりは、いなほとエリスは直接、キースとネムネはモニター越しに見たばかりなのだから。

 いや、わかっていた事実なのだから今更驚く必要はないのだが。それでもアレは認めるにも認められぬほど、強すぎた。

 キースから見たらミフネはおろか、カゼハナ姉妹すら、いなほに及ばずとも、いなほと戦えるほどの実力を持っている化け物だ。


「はっきり言ってキース君にネムネちゃんは負けるぜ? となれば残った君が二勝しても結果は覆らないけど……どうする?」


「どうするもこうするもねぇよ。俺は優勝するのが目的じゃねぇ、俺が勝つのが目的なんだ」


 迷いないその一言に、キース達も初心を思い出す。

 そう、戦うことが目的だったはずだ。それぞれ戦う理由は違うけれど、戦うという目的だけは共通している。


「ふぅん……良い目つきになったね。でも、どうせなら勝たないことには始まらないんじゃないかな?」


 アート・アートはそんな宝石のように輝く彼らを眩しそうに見つめた。心の光は、いつ見ても、どんなに味わおうとも新鮮で、美しく、犯しがたい。

 『心の底からアート・アートは人間に惚れこんでいる』。それはまるでどこかのアニメに出るような、人間になりたいと願う化け物のように。なれないからこそ憧れる。尊くて、綺麗で、純粋で、素敵で、自分がいつまでも大好きで触るのも躊躇うくらい大切な人間達を僕私己儂我は殺そう。


「っと……」


 ノイズのように脳裏を走った考えが溢れる前に、アート・アート─俺─はどうにか自制心を取り戻した。

 今のは危なかった。咄嗟に防いだが、もしかしたら……


「あ?」


 探るようにいなほを覗きこんで、何も察知していないことに安堵する。

 気をつけないと。あの日、初めて出会ったときと同じようなことは自重しないといけないんだ。


「むひひ、ところでキース君、ネムネちゃん、折角だから俺が調べたミフネ達の情報でも聞かないかい?」


 強引な話しの切り替えだが、どうやらキースとネムネの興味は引けて、いなほの興味は失せたようだ。本当はいなほともっと話したかったアート・アートだが、今は少し、駄目だ。


「えっと……そりゃ俺は嬉しいんですけど、いいんですか?」


「いいのいいの! 俺は君達を個人的に応援してるからね! あ、でもいなほは興味ないかな?」


「そういうのいいわ。終わるまで便所行ってくる」


「あ、じゃあ私も行ってきます」


 いなほとエリスが部屋を後にする。その後ろ姿をどこか寂しそうに見送ったアート・アートの姿に、ネムネは違和感を感じたが、すぐに心臓が跳ね上がるように可愛らしい笑顔になったアート・アートを見て、違和感はすっかりなくなった。


「その前に、ちょっと手貸して」


 言うが早く、アート・アートはキースとネムネの手を握った。

 しっとりと柔らかく、そして包まれるような暖かさを持つ、この世の何よりも心地よい手触りを感じて、二人は声を出すことも出来ずに一瞬だが意識が吹き飛んだ。


「ふむふむ。はいオッケー」


 咄嗟に意識を取り戻したときには、アート・アートの手は離れていた。名残惜しいような、もう二度と触りたくないような、そんな彼らの複雑な心境が手に取るようにわかって、アート・アートの悪戯心がむくりと起き上がった。


「んー? いいよぅ。もっとニギニギするぅ?」


「な!? い、いや、いいっす! いいですから!」


「わ、わわわわ私もけけけ結構デス!」


「そう? 残念だなぁ。まぁそれはまた今度にしようか。それとも……他のところ触る?」


 唇を指でなぞって二人に露骨な流し目を送る。いなほと違って初心な二人はそれだけで真っ赤になって顔を伏せた。

 このくらいいなほも簡単だったらいいんだけどな。と、二人の姿を一通り楽しみながら思う。


「んふ。じゃあ早速、何で君達の手を触ったのか教えましょう。なんと俺の手は触った相手のランクを正確に判断することができるのだ! 名づけて絵描きさんの何でもアーム!」


 わざわざ席を立って無駄に背を反った謎のポーズをとりながら、アート・アートはお得意の胡散臭い笑顔で解説を始めた。


「そしてその素晴らしい精密検査装置で調べたところによると……キース君、君はG-ランクに指先が引っかかってる程度。ネムネちゃんもHランクの下位くらいかな」


 その診断に言われた本人たちは驚きを隠せずにいた。実際、以前ランク判断したときは、二人ともアート・アートが今言ったランクよりも一段階下だったのだから。

 嬉しい驚きといってもいいだろう。喜色を隠せずに見つめ合うキースとネムネだが、浮かれ始める二人にアート・アートの「喜ぶのはまだ早いよ」という冷たい声がかけられた。


「確かに高等部一年生にしては充分強い方だと思うけどさ、悪いけど君達の強さはあくまで一般的だ。だから、浮かれないように単刀直入に言っておく」


 底冷えするような声色に息を飲む。アート・アートは普段のおちゃらけた様子を潜めて、静かに告げた。


「カゼハナ姉妹はどちらもE-ランク。準貴族級だ」


 それは絶望的な宣告であった。キースとネムネが遭遇した最も恐るべき脅威、クイーンバウトのランクがF-。それよりもあの二人はさらに一ランク上だ。

 だが、当然それだけではない。


「勿論、これはあくまでランクだけの話だ。第一、彼女達が危険なのはランクではなくて、むしろその技術にこそある。さらにそこに加わるのがあの武器だ。想像つかない話だと思うけど、彼女達が持ってるあの武器、魔法具なんだけど、ランクどれくらいかわかる?」


「……Eランク、くらいデスか?」


「いいや」


 その答えにネムネは安堵する。想像しうる最悪の魔法具としてのランクではないと判断して。


「Bランク。国宝級だよ」


 最早、どう反応していいかもわからなかった。

 だがアート・アートは安心させるように表情を和らげた。


「大丈夫、流石にBランクとはいっても、性能の全てを引き出せるわけではない。精々強度が異常なEランククラスの魔法具程度の認識でいいよ」


 どちらにせよ危険なのには変わりない。

 どうすればいいのかまるでわからなくなって、二人は顔を曇らせた。

 ランクも、スキルも、武器も、何もかもが圧倒されている。勝ち目なんてどこを探そうが見つかるわけがないのだ。


「逃げることは罪じゃない」


 そんな二人をアート・アートは優しく慰めた。毒のように甘い甘い甘言を、沁みこませるようにゆっくりと語りだす。


「負けると思っている相手と戦うことは無謀だよ。無茶と無理は、率先して行う意味がないから総じて無意味なんだ。そんな所業を容易く行うのは狂気の類だよ。恐れ慄き震えて逃げて隠れて怯えて消え去るのを待つ。本来、強敵と呼ばれる者と戦う場合は、そうあるべきさ。いいかい? 誰もがいなほのようにはなれないんだぜ?」


 それを、肝に銘じておくといい。

 だけど、それでも、そうありたいと願う気持ちは間違っていないはずだ。


「戦いますよ」


 キースは内の弱気を振り払うように呟いた。勝ち目なんてない。本能で理解してしまうその事実を打ち払う。

 でなければあの時、ミフネと真っ向から対峙したいなほには追いつけないのだ。


「……なら、好きにするといい。俺はもう行くよ」


 さようなら、そう言い残してアート・アートは部屋を後にした。



次回、無謀の結末。


または憧れの現実。

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