第十一話【……やだなぁ】
ふらりゆらりとうろつく様は風船のようだ。だというのに足がしっかり地についているという違和感。
遠目から見てもわかる。いなほは嫌なものでも見つけたかのように「げぇ」と声を詰まらせると、向こうもこちらに気付いたのか、陰鬱な雰囲気をまとったまま明るく手を振ってきた。
メイリン・メイルー。その全てが悉く真逆というずれた印象の年老いた少女。
肩車したエリスも違和感を覚えたのだろう。いなほ程ではないが、僅かな嫌悪を滲ませていた。
そんな二人の気持ちを感じ取っているはずだというのに、メイリンは恐る恐る堂々といなほ達の元まで歩いてきた。
「ハヤモリさん。お久しぶりです」
「……おう」
「可愛いなぁもう。知ってますよ? ツンデレってやつでしょ?」
嫌味ではなく、いなほの不躾な態度をメイリンは本当にそう受け取ったのだろう。
そしてメイリンは続けて肩車されたエリスを見上げた。エリスはその冷たく暖かい眼差しに晒されて僅かに委縮する。
「初めまして。私、メイリン・メイルーというの。よければお名前聞かせていただけるかな?」
「エリス・ハヤモリです」
「エリス……ハヤモリ? あれ? ハヤモリさんの名前ってハヤモリですよね?」
「えっと、いなほにぃさんはちょっと特殊で、名字と名前が逆さなんです」
答えようとしないいなほに代わってエリスが答える。
「じゃあ今度からいなほさんと呼びますね」
「好きにしろ……」
珍しくばつが悪そうないなほだが、エリスはいなほのそんな態度に疑問を覚えることなく納得してしまった。
きっとエリスが今感じているメイリンへの嫌悪感をいなほもかんじているのだろう。そしてそれと同じくらいに感じる親しみやすさが気持ち悪さを膨れ上がらせる。
「で、テメェは何の用で来たんだ?」
そんな空気を無理矢理斬りかえるようにいなほはメイリンに問いかけた。アイリスの言葉が正しいのなら、メイリンの出るチームはこことは別の枠であるはずだ。
「お友達の応援です」
メイリンは嬉しそうにはにかむと、疲れたようにゆっくりとした仕草でいなほを指差した。
その指と言葉の意味を理解するのに暫く時間がかかる。いなほは不快感丸出しで「もしかしなくても、俺か?」その声は悪い冗談でも聞いたように暗い。
「はい、応援に来ちゃいました」
いなほの態度に傷つきながら、だというのにそんな態度に安堵するようにメイリンは目を伏せた。
嫌がらせのつもりか、もしくは本当に善意のつもりか。もしかしたらこいつのことだからどっちも兼ねているのかもしれない。
「試合はどうするんだよ?」
「私のチームは強いですからね。予選くらいなら私がいなくても大丈夫です」
それに、とメイリンは皮肉そうに口を歪めた。その表情だけは、天秤が傾いていない、一つだけの感情が現れていた。
「学院が勝手に推し進めたことに、どうして私が付き合わないといけないんですか?」
メイリンの本音なのだろう。あやふやな感情は見当たらない。苦しそうに、今にも泣きそうな声で囀るように言うメイリンの姿は、年以上に疲れて見えた。
その態度が、気に入らない。いなほは苛立ちのままに舌打ちをした。
「だったらどうして言わなかったんだよ。大会に出たくねぇなら出たくねぇって言えばよかっただろうが」
それもしなかったくせに、ただ愚痴を言うだけというのは気に入らない。
「流れに逆らうつもりもねぇ癖に、いっちょまえに文句だけは言うってか?」
それは卑怯者の言い分だ。弱者の身分に甘えて足を引っ張るクズのやり口で、ぼろぼろになっても突き進むいなほの価値観とは決して相容れない。
そんなことを言うメイリンが許せなかった。何故許せないのかわからない。いつものいなほならここまで激昂もせずに、何も言わずに放置して捨てるはずだ。
「前も言ったぞ? 逃げてんじゃねぇ。甘えてんじゃねぇ。立ち止まってりゃ事態が解決するなんてのは籠の中にいる今だけだ。いつかテメェが一人で歩くとき、籠から出て歩かなきゃいけなくなったら、立ち止まってるテメェを守ってくれる籠なんて何処にも存在しねぇんだよ」
だがいなほの口は止まらない。らしくない説教、本来とは違う対応に困惑しながら、それ以上にいなほを突き動かすのは、メイリンという少女がそれを言っていることが許せなかったからだ。
「私、は……」
メイリンは塞ぎこむように顔を伏せた。視線も合わせずに縮こまる。それは逃げでも何でもない。自己へと埋没する停止にすぎなかった。
動こうとしない。今のこの足元が曖昧で、それでも誰かに庇護された状況から出たくないから。
「テメェは……!」
まだ分からないと言うのか。ここまで言って、まだ曖昧で適当で、いい加減であやふやなままでいようというのか。
言葉は足りない。いなほは握りこんだ拳の行く先さえも定かにならない自分にも苛立った。
「……見てろ」
「え?」
だから、もう言葉はいらない。メイリンが見上げるれば、いなほは先程までの怒りを抑え込んで、鋼の拳を胸元まで掲げた。
「見せてやる。俺は、俺を押しとおす」
いなほに出来るのは、背中を見せつけることだけだ。メイリンの胸を軽く小突いて、いなほはそのまま背中を向けるとその場を後にした。
「……やだなぁ」
人ごみに消えて行くいなほを見送りながら、小突かれた胸をメイリンはそっと撫でる。
「ホント、やだ」
熱のこもった胸元が動けと訴えているのに、それでも動けない自分が許せなくて。
「もうやだよ……──」
最後の言葉は雑多の声に紛れて掻き消えていった。
次回、絵描きさんチーッス。