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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第二部【SUPERYANKEE】
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第十話【意気込みは良し】




「楽しんでいただけたかしら?」


 その目が行く方向はやはりいなほの方だ。紅桜を仕舞うと同時に倒れたバセンは眼中にもない。

 姉よりもさらに残酷なその仕草と態度に、バセンへと近寄ろうとする仲間達の動きも止まった。


「大丈夫ですわ。どちらかと言うと気絶したのは気当たりのせいですし」


 ユミエの言葉通り、バセンは出血しているものの重傷というほどではない。直ぐにでも傷を塞げば問題はない程度の傷だ。

 慌ててバセンを連れてリングから出る彼らを背に、ミフネの元へと戻ったユミエは、興奮冷めやまぬ体を持て余し、頬は赤く熱を持っていた。


「嫌だわ。こんなはしたないと嫌われてしまいます」


「大丈夫よユミエ。いなほ殿は肉食獣よ。私達みたいにお尻を振るメス豚がきっと好みのはずだわ」


「怖いわ姉さん。私たち食べられてしまうのね」


「えぇえぇユミエ。きっと乱暴に食べ散らかされてしまうわね」


「あーん。でも我慢しないといけないわ」


「本当に、残念よね。でももっと残念なのは、私たちではいなほ殿を喜ばすには至らないということよ」


「ならせめて妄想くらいしてもいいかしら」


「今夜はティッシュが大盤振る舞いね」


 うふふふといかれた戦闘狂トークをするカゼハナ姉妹にかける言葉はない。まぁミフネの手前、いなほにアピールをする程度で抑えているので、自重している間は咎める必要もあるまい。

 つーかティッシュって何だ。


「……ハァ、もうお主ら、発情しようがナニしようが一向に構わんが、迷惑だけはかけるなよ」


「はーいミフネ様!」


「いってらっしゃいませミフネ様ぁ!」


 カゼハナ姉妹の応援を背中にミフネがとうとう上がる。

 観客席のいなほは無言のままだ。静かにミフネを見ているだけである。

 カゼハナ姉妹も確かに魅力的な敵だった。だが違う。いなほが最初に感じて、そして今もミフネへの評価は変わらない。

 アート・アート。巫マドカ。この二人も確かに圧倒的だが、あれは単なる化け物だ。人間と言うカテゴリーの存在ではない。

 しかしミフネは違う。アート・アート、巫マドカ。この二人には実力では劣るのだろう。

 だがこいつは人だった。いなほと同じ人で、同じ土俵に立つ同じ精神構造のいかれた剣客。

 それが遂にベールを脱ぐ。リングに上がったミフネには気負いというものは感じられなかった。柳のようにしなやかで、動じることも止まることもない。あくまで柔らかく、しなり続けるそれは、折れないならば鋼鉄の意志と大差はない。

 惑乱の蜃気楼は直感する。間違いなく、あの一番ふざけていると思われた男こそが、三人の内で最も恐ろしいのだと。

 勝ち目なんて見当たらなかった。それこそミフネという男を倒すには、魔族や貴族といったそういう次元の者が必要なのではないか。


「……俺が行く」


 だからチームリーダーのソウツは出た。降参という手段もあるが、それ以上に、目の前の男がどれほどのものか感じたいと思ったのだ。

 ミフネは壇上に上がったソウツの決意を感じ取って、良しと頷いた。


「怯えるような童では、我が愛刀を抜く意味もない」


 そう言うとミフネは踵で背中の鞘の先を蹴った。その反動で鞘から大太刀が飛び出し、空中で一回転したそれは吸い込まれるようにミフネの手に収まった。

 大太刀を掴んだミフネの鬼気が増大する。たったそれだけでソウツは意識を手放しそうになった。まだ戦ってもいないのにもう心が折れそうになっている。差は歴然で、抗うとか試したいとかという気持ちも風化しそうになる。

 だけどここで逃げれば、男ではなくなる。ソウツは圧力を防ぐように盾を前面に構え、両膝を落として防御の姿勢を取った。

 一撃は耐え抜いてみせる。決意を固めたその瞳には迷いはなかった。


「意気込みは良し」


 ミフネは笑う。

 試合が始まった。


「神楽逸刀流、ミフネ・ルーンネス」


 カゼハナ姉妹と同じく、ミフネは歌うように朗々と告げた。

 その手に持つ鋼は、見れば武器として破綻しているのにも納得がいった。

 それは、一言で言えば爪だった。誇り高き狼の爪を連想させる鋼だ。装飾も何もなく、ただ無骨であるその刀は、それでも先程見た三本の刀を遥かに凌ぐ美しさを誇っていた。


「刀匠、キリエ・カゼハナが遺作の一。劣化心鉄金剛『断斬─たちきり─』」


 刀という文字すら名に付かない。何故ならそれは刀であって刀でなく、武器であって武器ではない。

 劣化心鉄金剛。それは世界を崩す濡れ滴る月光の牙、規定を打ち破る狼より生まれた七本の爪が一本である心鉄金剛を模した、唾棄するべき劣化贋作品にして、至高を追い求めた狂気の刀匠が作りだした悪夢の一太刀。

 常人では振るえない。秀才では扱えない。天才ですら持てあます。

 天才を超えた恐るべき何か。これを扱う者は、これの魔性を従える異常者に他ならぬ。


「……たまんねぇ」


 遠くにいながら尚感じる存在感に、いなほは舌舐めずりをした。アレが抜かれた時、いなほは自分の体が貫かれるのを感じた。嬉しいことにその威圧の大部分をいなほに向けてぶつけている。

 今すぐにも飛びつきたいのを、いなほは血が滲むくらい拳を握りこむことで堪えた。今は耐えろ、あいつも俺を見て耐えたんだ。だったら俺も我慢してやる。


「ひ……」


 そんないなほの心境とは裏腹に、ミフネと対峙するソウツは本能的に悲鳴を漏らしていた。どういうわけか生きている。今、ソウツが立っているのは、ミフネが何の気まぐれか動いていないからというだけの理由でしかないのだ。

 何とちっぽけで、何と弱い自分か。固めた決意もメッキのように剥がれかけ。でも、戦いの場に上がったのだ。


「『戦いの力をこの身に』」


 言葉通り、力を身に宿してくれ。偶然ではあるが、本心からの渇望に酔って、ソウツの強化魔法は常よりも遥かに強い強化をその体に施した。

 体だけではない。心も強化する。目だけは負けぬと訴える瞳を見つめ返して、ミフネもその心意気に応じる。


「『風林火山』」


 魔力が破裂して、凝固する。通常の強化魔法を上回る上位強化魔法、エリスが使ったその簡易版を、ミフネも使用して見せた。

 当然、その威力は圧倒的だ。赤い光はソウツの光よりも遥かに濃厚。魔法一つとってすらミフネはソウツを簡単に圧倒して見せた。


「さて……耐えろよ?」


 ミフネは穏やかにそう告げた。ソウツの体が震える。肌にまとわりつく殺気、来るという予感。それでは遅い。

 いつの間にかミフネはソウツとの間合いを詰めていた。ハナのように意識を縫うやり方ではない。単純な速度でミフネはソウツの意識を抜き去って見せたのだ。


「ッ……!?」


 ソウツが盾と片手剣を構える。さらに魔力を通したその二つは、疑似的な強化を果たして硬度を増した。鋼鉄をさらに強固にしたその守りは、普通は超えることなど出来るわけがない。

 だがミフネは構わずに断斬を振りあげた。踊りでもするかのようにリズムよく、その立ち姿はまさに見事の一言だった。

 腕だけでは振らない。打突も斬撃も、蹴り足こそが肝心要だ。だがいなほとは違い、大地を震わす程の力は足に込めない。破壊力は断斬が充分に有している。大切なのは、斬るというのに必要な速度だ。

 蹴り足は弛緩した体を射出する火種に過ぎない。跳ねた体を勢いに任せて飛ばし、遠心力を使って腕を連動させる。

 繰り出す刃は頭頂部からリズムと角度を寸分違わず合わせる。血流は質量となり、緩んだ体を無駄なく進み重量を増していく。

 切っ先が消えた、ように見えた。いなほの目にすらその太刀筋は見えない。

 神速を体現していた。雷光すら切り裂かんばかりの閃光が光る。


「神楽、一式」


 上段からの光が真下まで振り抜かれた。だがソウツの持つ武器と防具には傷一つもない。

 当てられなかったのか? ソウツがそんな楽観的な思考をしたとき、そんな考えすら断ちきらんとばかりに、ゆっくりと片手剣と盾が真一文字に切断されてリングの上に落ちた。


「あ……え?」


 その様を呆然と見降ろして、水滴が両断された武具の近くに垂れているのをソウツは見つけた。

 それは視界の外からゆっくりと落ちている。そっとソウツは己の顔を触った。ぬるりとした不快感、掌を見つめれば、真っ赤な液体がまんべんなく沁み出していて。


「う、あ……」


 ソウツの両目が回って白目を向く。遅れてきた激痛に意識を保つことが出来ずにそのまま崩れ落ちた。

 瞬く間の出来事であった。他愛もなく、意味すらもないその戦いは劇的な心境を除けば、実際の時間は十秒もかからずに全てが終わっていた。

 ミフネはやはりいなほを見上げた。お返しとばかりに見せつけたそれの反応は、ミフネの期待通りだ。


「ふへ……けけ」


 いなほは笑っている。ミフネは嬉しくて目を細めた。

 そうだ、それでいい。恐れろよ、慄けよ。だが決して逃げるなよ。


「お主は……斬る」


 闘技場を後にする。観客達が、驚くべき番狂わせにざわつく中、いなほは不気味なくらいに静かであった。

 込み上げる歓喜を抑えつけるので精一杯であった。あそこまで、あそこまでのものなのかミフネ・ルーンネス。冗談ではなかった。あの斬撃、観客はおろかいなほの目をもってしても『全く見えなかった』。


「間違いねぇ……あいつだ……」


「いなほにぃさん」


 エリスは危険な色を帯び始めたいなほの目を見上げて、不安からその手を繋ぎとめるように握った。

 その冷たい手の感触に気付き、いなほはエリスを見返す。


「心配すんな……勝つ」


 勿論、言葉で言うほど一筋縄でいく相手ではない。

 剣先が見えないということは、あの鉄鋼すら両断する斬撃に抗する手段がないということだ。

 そしてミフネは、ソウツにやったような急所を狙わないという手加減はいなほに対して一切しないだろう。

 当たれば死。対処法は現在見つからない。だからこそ白熱する。


「何せ、最強は俺だ」


 突き合わせた拳が熱を持つ。

 今はただ、激突の時をひたすらに待つのみ。






次回、少女の本音


あれな説明。


心身合刀

詳細・心鉄金剛を模した劣化心鉄金剛を作るための試作品。劣化品の劣化品で、作った本人からすれば粗悪品もいいところ。

だが並みの刀剣では並ぶこともできない切れ味と丈夫さを持ち、普通の刀剣とまるで変わらない形なので、普通の使い手が使うにはむしろこちらのほうがいい。

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