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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第二部【SUPERYANKEE】
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第九話【さ、おいで】


「シバイ!」


 試合終了の合図も待たずに、仲間達が倒れたシバイへと駆け寄って抱き起した。

 ハナはそんな仲間達の絆の尊さに目を細める。小太刀を仕舞うと、「安心してください。臓器は避けましたわ」彼らにそう告げるとリングを降りた。


「遊び過ぎだぞ……」


 リングの外で待っていた男、ミフネが額に手を当てて、困った様子で首を振った。

 ハナは悪戯っぽく舌を出すと、いなほのいる観客席に視線を移す。


「だって、あんな体を舐めるように見られてしまっては、ねぇ?」


「そうですわミフネ様。乙女なら誰でも発情するってものですわ」


 むしろミフネを叱咤する勢いのカゼハナ姉妹の言動に言葉を返す気にもなれない。

 世間一般の乙女はあんな殺気を感じたら発情というか発狂する。その言葉はそっと胸に仕舞いこんだところで、無事治療の終わったシバイが運び出されて、ユミエの出番となった。


「楽しんできなさいユミエ」


「えぇ姉さん。折角ですもの、殿方に楽しんでいただかないと」


 しとやかに笑んで、ユミエがリングに上がる。相手側の二番手、バセンも遅れて上がる。

 先程の一戦を見たからか、油断も余裕もまるでなかった。それでも戦意を失っていないことにユミエは心の中で感謝する。

 だってこれで、私も魅せることが出来るのだ。


「心鉄刀匠、風花家が百三代目当主、ユミエ・カゼハナ」


 その名乗りを聞いて息を飲むバセン。蛇口をひねるようにゆっくりと溢れだす威圧感は、ハナに決して劣らない。

 静かに腰から一本の太刀が抜かれる。よくある長さの標準的な太刀だが、その刀身を走る波紋は血のような深く濃い赤色で、まるで血肉を欲する獣の牙のように見えた。


「こちら、我が風花家が初代党首、キリエ・カゼハナが遺作の一。心身合刀『紅桜─べにざくら─』と申します」


 それもまた、ハナが持っていた小太刀と同じく、ある意味狂気的な代物であった。細身の刀でありながら、まるで丸々と太い一本の牙のようである。

 凶器だ。武器ではなく、凶器。人を、獣を、一切合財微塵の容赦もなく貫く凶器。ならばそれを扱う者もまたまともな者であるはずもなく。


「では、一手」


 試合が始まる。バセンは開始と同時に後ろに下がりながら強化の魔法を唱えた。だが先程のハナのような、意識の間隙を狙った踏み込みをせずに、ユミエは正眼に構えたまままるで動かなかった。

 姉のハナが華やかな舞いのような動の術ならば、ユミエはその逆、相手の攻め気を誘い一刀の元斬り伏せる静の術。

 動きはまるでない。だがその全身から溢れる暴力的な青い魔力は、動かぬ体の代わりにバセンの体を圧倒していた。


「なんだ、これ……!」


 何もしていない。ただ対峙しているだけなのに汗が噴き出る。

 気付けばゆっくりとユミエに向かっているのを自覚して、バセンは慌てて後ろに下がった。

 誘われている。少しでも意識を切らしたら、たちまち襲いかかってしまう。だが飛び込めば最後、そこは大口を開けた獣の口内だ。そこらの肉のように咀嚼され、飲みこまれてしまう。

 わかっている。そんな結果しか見えないのがわかっているのに、バセンの体は少しずつ前へ前へと、ユミエに向かっていた。


「……」


 ユミエはハナと違って饒舌には語らない。表情も、そのニット帽が作る影も相まって無貌のようだ。感情を読み取れない。その黒い穴に無慈悲に吸いこまれていく。

 意識が乱れる。リングがどんどん狭まっている錯覚。実際は自ら間合いを詰めているだけなのだが、バセンはそんな判断も出来ないくらいに、僅かな対峙だけで追いこまれていた。


「ふぅ……ふぅ……」


 息が荒い。片手剣と盾を持つ掌が汗を流して柄から滑り落ちそうだ。追い込まれていく。引き込まれていく。ユミエの放つ静でありながら動である術に、今やバセンは完全に飲みこまれていた。

 気を食らう。意を飲む。待つという術の真髄はそこにある。威圧という言葉の正しい在り方だ。体を動かす精神にこそ疲弊を与えるその業も、生物を殺傷するという一点のみを求めた結果の成果に他ならない。

 立っている場所ですらあやふやになる。バセンの視線はユミエに合っているはずなのに、まるでピントがあっていなかった。

 ここが何処なのか、そもそもなぜこんな場所に立っているのか。ぐるぐると目まぐるしく回る世界で、ふと感じるのは両手に感じる武器の重さだ。

 止めろ。とリングの外から仲間達が叫ぶが、その声ももう届かない。混乱したまま、乱心したまま、目の前の障害を斬り伏せなければ、この重苦しく息苦しい、深海のような場所から逃れる術はない。


「さ、おいで」


 いっそユミエが女神のようにさえバセンには見えていた。


「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 光源に誘われる蛾のようにバセンはユミエに向かって走った。策も何もない。真っ直ぐ走って斬りつける。子どもでもそんなことが予想できるくらいに、バセンの動きは単調で、そんな単調な動きで捉えられる程ユミエは弱くはなかった。

 両者の武器の間合いに入る。先手はバセン。如何に目に見えているとはいえ、強化を施した体から振るわれる剣の速度は、常人では見切れぬほど速い。だがユミエにとっては上段から見え見えの斬撃が来るだけの話だ。

 そっと間合いを詰める。それこそバセンが飛び込んだようにしか見えないくらい静かな踏み込みと共に片手剣を抜けると、紅桜の血の走ったような刀身をバセンの体に添えるように置いた。


「馳走」


 これまでの静寂が嘘のように、ユミエが添えた紅桜が一瞬で引き抜かれた。

 刀身の波紋と同じ色がバセンの体から舞い散る。それこそその刀の銘の通り紅桜のようだった。赤い桜が散っては落ちる。ユミエは頬に付着したそれをその細く白い指で拭うと、真っ赤な唇で指を挟んで舌を這わせた。



次回、閃光。

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