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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第二部【SUPERYANKEE】
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第八話【達してしまうわ】


 何となくの直感。理由はそれだけでしかない。

 肌を刺すような鋭い殺気。全身が重くなるような威圧感。いなほはその獣染みた嗅覚で、それらを感じ取っていた。

 だからあえてその発生源まで歩いた。そこは観客席、次の試合に湧き立つ彼らを横目に、いなほとエリスは空いている席に腰を降ろした。


「ここでいいんですか?」


「あぁ、ここでいい」


 両腕を組んで、いなほは静かに観客席からリングを見下ろした。

 既にそこには次の試合に出るチームが対峙していた。

 その対比を普通に見れば、どちらが勝つのかは目に見えていると言ってもいいだろう。何せまず数が違う。一方は五人だというのに、もう一方は大会参加規定ぎりぎりの三人なのだ。

 観客達の勝敗予想は、当然五人のチーム、『惑乱の蜃気楼』だろう。優勝候補という程ではないが、この一年で同ギルド内で優秀な成績を誇る招来有望な新人で構成されている。武器は全員が片手剣で統一されている。よく見る堅実な冒険者の見本と言ってもいいだろう。

 当然、堅実は奇抜以上というのが相場が決まっている。珍しい武器を使えば強いとか、そういうのは幻でしかない。堅実で地味、大いに結構。装備も要所を鉄で補強した武装で、どちらかというと動きやすさ重視だが、防御力は充分だろう。

 そして背中には片手で取り扱える盾を持っていた。分かりやすい見た目と装備、故に堅実と優秀さがわかる。

 対して、その相手の三人は堅実とはまるで程遠い装備であった。男一人と少女が二人。少女達は目元まで隠れる黒いニット帽を被り、視界はないにも等しい。さらに服装は着物を着ているだけで、惑乱の蜃気楼とは違って防御力などどう見ても皆無にしか見えない。それぞれ武装は太刀と小太刀。武装の種類は違えど、日本刀に似たその武装は、担い手の技量が試される、非常に複雑な武器だ。

 だが彼女達はまだいいだろう。防御という点では、祭りを楽しむ仮装した町娘にしか見えないが、武器は一流である。

 しかし少女二人に挟まれた形で立つ男は違う。少女たちと比べてまともなのではなく、一層酷いのだ。

 まず全身を包む黒いコートと顔を隠すフード、さらにその上から耳当てまでする徹底ぶりで、その視界は半分以下も見えてはいないだろう。魔力のこもった服でもなく、明らかに薄い。

 そして彼が最悪なのは、その背中に背負った、大太刀という表現でもまだ足りぬ程長大な太刀であった。塗装もされていない、灰色の鉄の鞘に収まったその太刀は、男性の平均身長をかなり超えた男が、斜めにして背中に担いでいるというのに、その先が膝のあたりまである。まず抜くのでさえ一苦労、そして刀という代物である以上、それは明らかに失敗作に違いなかった。

 これが槍などであったなら違うだろうが、これは刀だ。まずその馬鹿げた大きさは、刀剣としての長所すら食いつぶしており、まともな刀として成立していない。

 舐めているわけではないが、惑乱の蜃気楼の面々は、そんな彼らに呆れていたと言わざるをえまい。戦闘のイロハも知らぬ道楽の遊び。記念参加といったところであろうか。


「だが気を抜くなよ」


 リーダーの男がそう一喝した。それでも敵は敵だ。舐めてかかれば、窮鼠猫を噛むの通りになるだろう。

 審判が一人目を出すように指示を出す。惑乱の蜃気楼からは、チームで最も巨漢の男、シバイ。対するのは、三人の内で最も小さな少女であった。

 気が乗らんなと、内心でシバイはそんなことをぼやいた。だが剣と盾を構えればその表情は真剣なそれに切り換わる。

 瞬間、対峙する少女が艶めかしくその可憐な唇に舌を這わせたような気がシバイにはした。


「試合開始!」


 そんなことを考えている間に審判による開始の合図が行われる。気を引き締めたシバイは、見た目十二、三程度にしか見えない少女から感じる嫌な気配を警戒して、盾を前面に構えながら強化の魔法を唱えた。

 しかしシバイの警戒心とは裏腹に、少女は何をするでもなく、それこそ強化の魔法を使うことすらせずに、ニット帽の下の眼を濡らして、シバイとは別の方向を見ていた。


「……気狂いか」


 幾ら殺しのない試合とはいえ、戦闘中に油断しきったその態度。シバイは苛立ちとともにそう言いきると、最早躊躇いはないと一気に躍り出た。

 シバイ自身のランクはH-だが、その技量を駆使すればトロールを一人で倒せる程の実力者だ。本来、この大会に出場するほどの者なら、決して少女のような態度をとることは出来ない。

 そう、本来はそのはずだったのだ。

 大気を震わせて、片手剣の腹が少女の体を払うように振るわれる。刃を向けなかったのはせめてもの情けか。それでも強化を使わない少女にぶつければ、骨の一つや二つは、枯れ木を手折るおり容易に砕くだろう。

 観客の誰もが、その後に起きるだろう凄惨な光景を思い描いて目を閉じた。最早それは試合ではなく蹂躙、いじめの光景でしかない。

 あぁそうだ。確かにこれは、いじめか蹂躙に違いないだろう。


「でも、私を見てもらうのだけは、許していただけますよね?」


 そんな言葉を聞いたと思った直後、シバイの天地は突然反転した。

 何が起きたのかまるで分からない。分からないままに回る空と大地。重力のありかが分からないのに、その視界の中心には、振り払ったはずの少女が、ニット帽の下の口元を恐ろしい笑みに変えたものだけがあった。

 浮遊した時間は一秒もない。だがまるで長い間回っているような感覚をシバイは覚えていた。

 そして浮遊の後は激突。強かに頭から落ちたシバイは脳震盪を起こしてあおむけのまま動けずにいた。

 そんな彼を少女は上から見下ろす。優しく、いっそ手を差し伸べているかのような雰囲気のまま。


「さぁ起きなさい。でないと殺すわよ?」


 絶句と同時に、シバイの生存本能は脳震盪で動かない体を強制的に起き上がらせた。


「ふふふ、お上手お上手。さぁさもっと楽しませてくださいな」


 呼気が荒くなる。起きたはいいが、シバイの体は先のダメージから決して抜けだしてはいなかった。揺らぐ視界と、吹き出す冷や汗、だが少女は無傷だ。強化の魔法すら使った様子も見えないのに、どうやってか、強化の魔法を使ったシバイの一撃をあしらってみせたのだろう。

 最早、侮りや苛立ちは失せていた。認める他あるまい、偶然で片付けられるほど手加減した一撃ではなかったのに、簡単に反撃を受けた事実。

 つまり、この幼い風貌の少女は、素の身体能力で己を圧倒する強者なのだと。


「ッ……!」


「まっ、そうよ。そうでないといけないわ」


 しかしシバイは戦意を失ってはいなかった。これまでの戦いだって、格上の敵と戦った経験がなかったわけではない。だから、やるのならとことんまでやる。そして、千載一遇を手繰り寄せてやる。

 そんなシバイの意志を感じたのか、少女、ハナ・カゼハナは名の通りの花のような微笑みを浮かべた。それだけを切り取れば慈愛の女神にも見えると言うのに、腰からゆっくりと引き抜かれた小太刀を二本構えるその様は、地獄の悪鬼の如き鬼気を放っている。

 強化の魔法すらハナは未だに使っていない。まるでそれで充分だとでも言うかのように。

 その事実を甘んじる。侮られていることを怒るよりも、むしろ付け入る隙として受け入れた。もしも油断なく来られていたら敗北は必至だっただろう。だが相手がこちらを侮っているというのなら、まだ勝ちの目はある。


「心鉄刀匠、風花家が百三代目当主、ハナ・カゼハナ」


 咲き乱れる花々のように舞いながら、少女は朗々と歌う。


「こちら、初代当主、キリエ・カゼハナが遺作の一。心身合刀『打雪─うちゆき─』、そして同じく心身合刀『咲風─さきかぜ─』」


 逆手に持った二刀が光る。日の光すら切り裂くその小太刀は、たかが刀と侮るには恐ろしすぎる何かが宿っているかのように見えた。


「一手、お願いいたします」


 咲き誇る花のたおやかさをそのままに踏み出された一歩目。それはあまりにも自然な動作で、するりと意識の間隙を見切って、ハナはシバイの懐に入り込んでいた。


「ッ!?」


「あら? ちょっと見誤ったかしら?」


 それは反応されたことに対する呟きか、それとも『懐に入られるまでこちらに気付けなかった相手に困惑したからこそ』の呟きか。

 シバイは魔獣にはあり得ぬ、人の持つ技術への恐怖から、追い払うように片手剣を振るっていた。

 それも当然の話であった。今ハナが使っているその技術は、決して魔獣という人類の敵を倒すための業ではない。

 生物を殺す。そこに魔獣も人類もない。殺すために練られた殺人技術。あらゆる好敵手を殺すという、狂気的な執念と研鑽が生んだ絶技。

 ハナは赤子をあやすように片手剣の腹を小太刀で下から小突く。力の流れがあまりにも分かりやすいシバイの体は、それだけであらぬ方向へ力を逃がされて体のバランスを崩した。


「首、心臓、肝臓、眼球、それに、うふふ、男性のシンボルも斬り落とせましたよ?」


 流れる体を制御して、まとわりつくハナを片手剣で払おうと躍起になるシバイの耳元で、優しくハナは囁き続ける。

 口からは熱い吐息が溢れ、シバイの耳を僅かに濡らした。場が場なら興奮でもしそうなシチュエーションも、その恐ろしい発言と体を這い回る殺気があっては台無しだ。

 次第にシバイの表情が青くなっていく。どんなに剣を振るっても、まるで風にたゆたう羽根のように簡単に避けられてしまう。

 その度にシバイの体を僅かに走る小さな衝撃は、どれもが貫けば急所となる場所から生じていた。


「楽しいわ。楽しいの。ねぇ感じるかしら? 観客席の方よ。濡れるような熱を感じるわ。あぁ、いなほ殿、いなほ殿。そんなに見つめられては私……」


 突如、これまで視界にあったハナの姿が消える。シバイは慌てて周りを見渡して、頭上にかかる影を見上げて、目を見開いた。


「達してしまうわ」


 空を舞うのは、いつの間にか青色の魔力を身にまとった美しき殺人鬼。

 見惚れるような美しい姿勢から、小太刀が腕ごと消えたかのような斬撃速度でシバイへ振るわれる。中空でその殺人剣が解き放たれるのを予感したシバイは、咄嗟に盾と片手剣を掲げて防御に回った。

 だがハナの小太刀は、鉄製の盾と片手剣に深々と斬りこまれ、僅かな拮抗しか許さずに断ち切った。


「ぐ、が……」


 そして勢いを殺さずに小太刀はシバイの体へと入る。悲鳴すらあげられずに、己に突き刺さる小太刀の感触に呆然としながら、シバイは己の流した血の海へと沈んだ。



次回も発情戦闘狂。

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