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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第二部【SUPERYANKEE】
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第五話【勝つのは、俺だ】

「勝者はネムネ・スラープだぁ!」


 審判がこれ以上は戦闘続行不可能と判断して、ネムネに近寄りその手を掲げさせる。


「えっと……」


 自分に向けられる拍手と声を、まだ何が起きたのかわからないと言った様子でネムネは見渡した。そしてゆっくりと、リングの外で待つ仲間に視線を向ける。

 三人が三人とも、笑っていた。そして、次に空に突き出した自分の掌を見つめて。


「ぃ……やったぁぁぁぁぁデスぅぅぅぅ!」


 ネムネは涙を流して勝利に酔った。うさぎのように跳ねまわり勝利を満喫する。

 勝った。勝った勝った勝った勝った! 相手が最初から最後まで混乱したままで、その実力を出し切れていなかったとはいえ、それでもネムネは勝利をものにしたのだ。

 暫く一人で勝利を堪能してから、リングの外に出る。いなほ、エリス、そしてキースが手を翳して迎えてくれた。


「まずは一勝」


「やりましたデス!」


 三人それぞれとハイタッチをする。大会開始早々、幸先のいいスタートを切れたことにいなほ達の士気はさらに高まる。

 一方、敗北した盗賊の被り物の雰囲気は険悪そのものだった。


「何ガキに負けてんだよテメェ……使えねぇ奴だ」


 リーダーのキリの侮蔑を聞いて、ケビンは何かを言おうとしたが、途中で言葉を失った。過程に意味はない。結果こそが真実。敗北は敗北だ。

 だがいっそケビンが惨めに敗北したことにより、彼らは怒りを糧にして平静を取り戻していた。

 二番手の男、短刀を二本持った、キースとそう体格も違わない男がリングに上がる。


「さてさて! 先鋒から熱い展開になった第三戦! 続いては、盗賊の被り物からはジョシュア! そして鉄の心からは、これまたマルク魔法学院から参戦、キース・アズウェルドだぁ!」


 紹介に合わせてキースもリングに上がった。真正面から相手、ジョシュアを見て、その瞳が怒りと、キース達に対する侮蔑に染まっている。


「へ、何がマルクを救ったヒーローだ。どうせテメェら、学院からの差し向けだろ? ハッ、ド派手な演出させるようにどのくらい金を積んだかわからねぇが、あの程度で混乱するのはさっきまでだ。格の違いってのを教えてやるよ」


 ジョシュアの煽りに、キースは返事することもなかった。

 短杖の握り具合を確認。新しく新調した装備だが、以前の木の棒より感触は良好だ。


「オイ!」


 まるで反応しないキースにジョシュアは詰め寄った。そこでようやく気付いたとばかりにキースはジョシュアに視線を合わせると、呆れた風に肩を竦めた。


「うるせぇし臭ぇんだよ。歯ぁ磨いてこい」


「テ、メェ……決定だ。その調子乗った顔、ぼっこぼこにしてやるよ」


 ジョシュアは完全に逆上していた。下手にプライドがある奴は扱いやすくて助かる。開始の線まで下がって、口の中で『戦いの力をこの身に』と小さく呟いた。

 大気を震わせるはずの振動は、そのまま口の中に魔力と共に封じ込める。簡易的な遅延術式だ。最も、遅延させるために、口を閉じていなければならないため、正直そこまえ使える方法ではないのだが、こういう場では充分使える。

 視線をネムネに移す。突然自分をじっと見るキースの視線を感じて、ネムネは僅かに顔を赤面させた。

 先手必勝。お前が教えてくれたんだぜ。そういった意図の視線だったが、ネムネは何か別の方向に勘違いしているようであった。


「……」


 ネムネの勘違いに呆れながら、再びジョシュアと対峙する。

 既に二本の短刀を持って、熱のような殺気をまき散らしていた。一般人なら、その殺気と凶器に身を竦めるかもしれないが、生憎と、威圧だけで人を殺しかねない化け物と何度も対峙してきたキースにとっては、まるで赤子の怒気程度にしか感じていなかった。

 相手は決して弱いわけではないのだろう。基本的な能力はいい勝負だとして、そこに積み重ねられた経験値には圧倒的な開きがある。

 なら、ネムネのように、相手が緊張している間に攻勢に持ちこみ追い込むか、今のように試合開始前に煽るだけ煽って冷静な判断を失わせるか。幸い、観客の声のおかえで相手側のチームの声はジョシュアには届いていない。


「……」


 短杖を片手に持って、腰を落とす。足の先に力を溜めて、開始の合図を待った。

 ネムネがやれた。いなほはやれる。なら俺はやってみせる。

 審判の手が上がり、一気に振り下ろされる。開始の合図の直後、キースは口を開いて強化魔法を解き放った。


「おらぁぁぁ─戦いの力をこの身に─!」


 気合いの叫びと言語魔法が重なり、吹き出した魔力がキースに癒着した。そうして増幅した力を持って突貫する。強襲に対して、ジョシュア予想外とばかりに目を見開いた。

 一瞬で間合いを詰めたキースは、下から掬いあげるように短杖を振るった。強化の魔法すら未だ唱えていないジョシュアでは、両手を使おうと受け切れるものではない。短杖を抑え込もうとした二つの短刀もろとも、キースは杖を振り切った。


「ぐおぁぁぁぁ!?」


 宙に飛び悲鳴をあげるジョシュアとは反対に、キースは演劇の役者のように短杖を片手で器用に回すと、その先をようやくリングに落ちて転がるジョシュアに向けた。


「『燃やし尽くせ、紅蓮の腕よ』」


 巨大な炎が杖の先に発生する。ランク無しの魔獣なら一撃で消し炭にする火球は、さらに続くキースの魔法によって変質していった。


「『変化』『操作』『蛇の首飾り』」


 まるで生き物のように火球は細く伸びていき、キースの周囲を囲んだ。それは炎で出来た蛇だ。空を自在に動き回り、主の命に忠実な恐るべき使い魔。

 完成した魔法に、新たな構築式を組みこみ、別種の魔法とする短縮言語魔法。本来は長大な詠唱が必要となるこの魔法を、キースは別の言語を代用することによって、疑似的にこの炎の蛇を顕現することに成功していた。

 ジョシュアが起き上がったころにはもう遅い。一匹の蛇は枝分かれして二匹、三匹と増えていき、総数十匹の恐るべき炎の蛇は召喚された。


「悪いなオッサン」


 サディスティックな笑みを浮かべて炎を従えたキースは、後ずさるジョシュアに向けた杖に、さらなる魔力を注ぎ込んだ。


「『一振りの刃』」


 赤い宝石から伸びる一本の刃。最早、用意は完全に整った。最大戦力を持って、この戦いを勝利する。


「勝つのは、俺だ」


 直後、キースは再び走り出した。だが先程とは違い、その周囲には炎の蛇を従えていて、その威容ははジョシュアを怯ませるには充分であった。

 だが相手も熟練の冒険者、強化の魔法を唱えて距離をとろうと後方へと飛ぶ。


「遅い!」


 だが逃さない。炎の蛇が三匹、先行してジョシュアへと襲いかかる。大地を這い進む蛇の速度は、その見た目に反して速かった。

 熱を持った体は、触れるだけで相手を燃やす。しかも真下という攻撃しにくい位置から襲いかかってくる蛇。

 しかしジョシュアも伊達に冒険者をやっているわけではない。不規則かつ変則な蛇の動きを、ぎりぎりとはいえ回避する様は、まさに熟練者ならではの経験のなせる技だろう。

 だがそれでも、その経験を生かすのが遅すぎた。もし敗因をあげるなら、ジョシュアは冒険者として、様々な戦いへの経験は重ねていたが、対人戦に至っては経験が少なかったというところか。

 魔獣と、知恵のある人間との戦いは違う。稚拙ながらも、心理戦を仕掛けてきたキースの周到さが、本来は実力が拮抗しているはずの戦いを、キース優勢という形に運んでいたのであった。

 結果、蛇を避けながらキースの接近から逃れることは出来ず、懐まで入り込んだキースは短杖を遠慮なしに振るった。

 ぶつかり合う鋼と鋼。だが先程とは違って力は拮抗していた。ジョシュアは受け止めた短杖を横に受け流す。力を込めた瞬間に流されたために、キースは体のバランスを崩してしまった。そこに追撃の短刀。杖で何とか受け止めるが、崩れたバランスでは拮抗が出来ない。後方へ飛ばされる己の体の体勢を必死に戻して、左右から襲いかかる剣を受ける。

 近接戦での技量差は明白だ。だがその足りない技量は、用意した魔法で補う。

 連撃の間を縫うように炎の蛇がジョシュアへと襲いかかった。堪らず攻撃を中断して回避に徹するそこへ、再度短杖の一撃。

 咄嗟に回避するが、僅かに切っ先がジョシュアの皮の鎧を切り裂いた。


「舐めるなガキがぁぁ! 『伸びよ、一振りの刃』!」


 学生如きに遅れをとったことへ激昂したジョシュアが、短刀へと魔力を流し込んだ。その柄の下部分から、短刀の刀身を超える刃が発生する。一瞬で両刃の武器へと変貌した短刀を構え、ジョシュアが逆にキースへと襲いかかった。


「ッ……行けよ!」


 炎の蛇が、キースの号令を受けて突撃する。だがジョシュアは床を這うように身をかがめて、蛇の間を駆け抜けた。


「なに!?」


「甘いぜ小僧ぉぉぉぉ!」


 驚愕するキースにジョシュアが走る。逃れられぬ角度、速度。短杖が防御に回るよりも早く、両刃は上と下から同時に放たれた。

 取った! ジョシュアの斬撃が今まさにキースの体を切り裂かんとした時、彼が見たのは、驚いた表情を笑みに変えたキースの顔であった。

 その瞬間、両者の間に炎の蛇が束になって現れる。振るわれる斬撃は最早止められず、ジョシュアは目を焦がす紅蓮を見ながら、その両手が業火にあぶられる激痛を感じたのであった。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


「甘いのはテメェだよ!」


 油断を誘って本命の一撃を叩きこむ。先程呆気なくジョシュアは炎の蛇を抜けてみたが、それこそキースの狙いだったのだ。

 そしてジョシュアは見事に策にはまり、両手をあぶられ、短刀を落とすという致命的なミスを犯してしまうことになる。

 激痛に悶えるジョシュアを見て、キースは止めの一撃とばかりに炎の蛇を再び杖の先端に収束させた。


「ひぃ!?」


 目の前で轟々と猛る炎の塊を前に、ジョシュアの口から絶望の悲鳴が漏れる。

 束ねた炎は、その中心で渦が逆巻き熱を放つ。

 容赦なんてない。勝利の旗代わりの火柱を──


「……なんてな」


 キースは火球を止めると、炎に飲みこまれる恐怖に放心してしまったジョシュアに背を向けた。



次回、ヤンキーVS他の

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