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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第二部【SUPERYANKEE】
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第二話【喧嘩だ。弾けろよ? テメェら】

 魔法学院敷地内。普段は広大な練習場が広がるそこには今、大会限定の特設エリアへの入り口が全部で十六個。だが大会参加者や、その観客も入るにはその特設エリアはあまりにも小さかった。

 入り口はドーム会場の入り口くらいに大きいが、そこから先が暗闇となっているだけで『何もない』。入り口だけがぽっかりと空いたそこに、次々と大会参加者や観客が入っていた。

 『腹をすかした大食らい─アバドン─』と呼ばれる、大会の時期にしか見れない別領域への転移装置だ。学院の理事長が手ずからに作ったとされるその転移装置は、一つ一つがグループごとの闘技場へと繋がっている上に、観客、大会参加者、大会参加者の身内を自動で認識して、観客席か待合室に自動で飛ばすようになっている。一体、どういう理屈でそうなっているのかはわからないが、アート・アートが作った物という時点で何でもありなのだろう。

 マルクの者であれば見慣れたものだが、遠くより来た参加者や観客、そしていなほやエリスにとっては随分と興味を引かれる代物であった。


「こりゃまた随分楽しそうだよなぁ」


「これについてはなぁ。はしゃぐのも無理ないだろうよ」


 いなほの隣に立ったアイリスがそう合槌を打つ。すでにキースとネムネに関しては入り口を抜けて、待合室のほうでいなほとエリスを待っているだろう。


「んでアイリス。テメェは何の用なんだよ」


 いつもなら意気揚々と入口へと入るいなほとエリスが、こうして入り口付近にいたのは、キースからアイリスを待つように言われたからである。

 そうしてようやく来たアイリスは、挨拶もそこそこに、まずは手に持った大きめの袋から短剣を取り出した。


「氷の女神─アイス・ワード─や私の帯刀する剣は大きいからな。エリス用に短剣を一つ都合してきた」


 丁度エリスでも振るいやすいその短剣は、小さな細工も施された綺麗な鞘に仕舞われていた。アイリスはそれをエリスに手渡すと「抜いてみるといい」と催促した。

 そっとエリスが短剣を鞘から抜くと、向こう側の景色が透ける青色の結晶でその刀身は出来ていた。


「最近、氷の女神が新たな能力を解放してな。同属性の結晶体を生みだすというものなのだが。それを職人に頼んで剣に仕上げてもらった。名づけるなら『氷の天使─アイス・スペル─』とでも言おうか。魔力を通すだけで、数秒だが氷の女神と同じ攻勢防御を張ることが出来る。最も、それは使い捨てのようなものだから、十回も使えば崩壊するが……もしも戦うようなことがあったら、上手く使うんだぞ?」


「はい! ありがとうございます!」


 エリスは氷の天使を鞘に仕舞うと、腰のベルトに引っかけた。小柄なエリスに丁度いいサイズなのを確認して、アイリスは満足そうに頷くと、続いていなほのほうを見た。


「それで、あの話についてだが……」


「信頼はできねぇが……少なくともあいつらが犯人を知ってるのはマジだろうよ」


「……わかっている」


 あの話とは、先日のいなほとエリスがアート・アートと話した時のことだ。あの後、いなほはアイリスと一対一でそのことについては話していた。

 ただの遊び。だが、マルクの人々にとっては遊びではすまされない。結果として犯人がいるということだけは信じてもいいということがわかったが、それゆえに余計下手な行動をすることが出来なくなった。

 そもそも、犯人がいるということすら信じていいのかわからないが、それすら疑っていてはキリがないだろう。マドカは信じるなと言ったが、そこについては信じなくて、結局魔族が暴れれば、それこそアート・アート達の思うつぼだろう。


「今は掌の上で踊るしかない、か」


 アイリスもいなほ程ではないが不快なのだろう。表情を曇らせて、学院側を強く睨んだ。


「さて……では私はこの機に何か異常が起きないか他の教員と見周りをしてくる。君達の試合は見れるようにセッティングしたつもりだから、無様な試合はするなよ?」


「へっ、言ってろ」


 アイリスは背を向けると、そのまま人ごみに紛れて行った。その姿を見送ってから、いなほとエリスは『腹をすかした大食らい』へと入っていった。

 暗闇に足を踏み込むと同時に、光が周囲を照らしだして、二人の目の前に扉が現れた。


「通路、ですかね?」


 エリスが辺りを見渡して呟く。白く塗装されたコンクリートで作られた通路の壁には、等間隔で目の前の扉と同じように幾つもの扉がある。その間には大きな窓もあり、暖かな日差しを取り込んでいた。天井にはこの世界では初めて見る蛍光灯も備え付けられていて、先に到着したのだろう冒険者たちが、興味津津といった様子でそれらの設備を見ていたりしていた。他にも幾つものグループに分かれて話をしている姿もある。情報収集、あるいは大会後も縁を持てそうな人材を探しているといったところか。その間にも魔法陣が展開されて数人の冒険者らしき者が現れ、思い思いに予選開始までの時間をすごしていた。


「とりあえず入りましょう」


 エリスの言葉に素直に従って、いなほは目の前の扉を開いた。室内はメンバー分の椅子と大きな机が一つ。壁際には柔らかそうなソファーに冷蔵庫、そして医療キッド。さらに大画面のモニターまで壁には取り付けられているという豪華ぶりだ。

 既に到着していたキースとネムネは、椅子に座ってモニターに映された『理事長の、たまに行くならこんな犬小屋』という訳の分からない番組をのんびりと観賞していた。


「お、来たかハヤモリ」


「こんにちはデス。いなほさん、エリス」


 扉の音に反応して振り返った二人は、随分とリラックスした感じだ。表情には緊張は見られない。が、それは表面上のものだろう。僅かに肌を刺す緊張感を感じ取ったいなほだが、特に指摘する必要もないだろうと挨拶を返すだけにした。


「おう、んで? 一回戦はどうなるんだ?」


「さっきこの遠見の鏡みたいなよくわからん物に映されてたけど、俺達の出番はまだしばらく後みたいだぜ。ほら、そこの紙に使い方書いてあるしよ。鏡で映す内容変えたいならそこの変な魔法具使えよ」


 キースはそう言ってテーブルに置かれた手書き感溢れるマニュアルと、その横にあるどう見てもリモコンにしか見えない物を指差した。

 ご丁寧に『手書きだよ!』と丸っぽい可愛い文字で番組表やら書いてあるが、生憎といなほは文字が読めないために、エリスに紙を手渡すとリモコンを手にとって適当にチャンネルを弄り始めた。

 どれもどっかで聞いたふざけた声による実況やらアニメやらであり、興味を引かれるようなものはあまりない。そんなのが全百チャンネル程あるのだから、変な声の奴、つまりアート・アートの力の入れように呆れ果てた。

 それでも何回かチャンネルを回していると、画面一杯に『マルク闘技大会開始まで後ちょっとだよ! 準備してね!』というテロップだけがでかでかと書かれた画面が現れた。


「紙に書いてる表が正しいなら、そのチャンネル? ってので大会の実況が見られるみたいだぜ。ちなみに俺達のブロックのチャンネルは四十二チャンネルらしい。まっ、一々敵の視察に行かないですむならありがたい話だよな」


 キースは冷蔵庫に入っていた水差しからコップに水を移して口を付ける。「マジでこの部屋どうなってんだよ」と、その冷たさに目を丸くしながら、その科学文明の恩恵に驚くキースであった。

 いなほも席に着くと置いてあったコップに水を入れて一気に煽る。冷たい水が喉を抜けて行く爽快感に思わず溜息が洩れた。


「それはともかく、一回戦デスけど、どうするんデスか?」


 そこで今更すぎる質問をネムネが切りだした。この大会は、毎試合ごとに出場選手の順番を変更することが可能となっている。なので、相手のことがわかってから順番を組み立てるのが基本となるが、一応の順番は決めておいても問題あるまい。

 そんな当然ながら重要なことを、キースといなほは今更思い出したと言わんばかりに互いの顔を見つめると、同時にネムネのほうを指差した。


「テメェがやれ」

「お前がナンバーワンだネムネ」


 言葉は違えど、意味するところは間違いない。

 つまり、ネムネ・スラープは『鉄の心』の先陣を切るということで。


「わ、わわわわわ私でででででデスかぁぁぁぁぁ!?」


 ネムネの絶叫を他所に、笑顔のエリスが別のチャンネルを押す。モニターから『先鋒を任されたそこの貴方の運勢は最悪だぜ!』という不吉な音声が流れてきたのであった。


「で、俺が次、それからハヤモリ、テメェが二連戦して、大将はエリスちゃんってところかな」


「んだよ。俺がトリじゃねぇのか」


「が、頑張ります!」


 自分が大将ではないことにいなほが不満を漏らすが、しかし心の底から反対しているわけではなかった。

 確かにエリスの心意気は買うし、急激な魔法の上達の速度は目を見張る。それでもエリスがまだまだ弱いということには変わりない。圧倒的に戦闘の経験が足りないのだ。今から基本を教えても付け焼刃にもなりはしないだろう。

 なので基本的な戦略は、ネムネ、キース、いなほの三人で一気に三連勝して試合を決めることだ。仮にネムネが敗北しても、キースが勝っていなほが二連勝すれば問題はない。

 キースといなほ、この二人には敗北が許されない滅茶苦茶な戦法だが、キース自身の実力は、大会参加者の中でもトップクラスであるのは確かだし、いなほに至っては断トツで上位に入るだろう。

 ただ一つ問題をあげるなら。


「……で、あのミフネって奴らはどうする?」


 キースの問いに、いなほは「どうもこうもねぇよ」と気楽に答えたが、それで納得できるほど、ミフネ達の実力は決して侮れるものではなかった。

 剣客神楽。ミフネを筆頭としたいなほ達よりも少ない三人のみのチーム。だがその個々の実力は、その雰囲気だけでも大会トップレベルであるのが想像できる。そしてミフネ・ルーンネスは、いなほに比肩、あるいは上回る実力を備えているのかもしれないのだ。


「せめて引き分けには持ち込む。テメェは勝てよハヤモリ」


 悔しいが、キースではミフネはおろか、その傍にいるカゼハナ姉妹に届くかどうかもわからない。それでも負けるとは言わなかったキースの覚悟を感じて、いなほは弟の成長を喜ぶ兄のようにその頬を緩ませた。


「ったく、そこで勝つって言えねぇのがしまらねぇところだよな」


「デスデスねぇ。もっとかっこいいとこ見せてくださいデスよ」


 いなほとネムネ茶化すようにそう笑ってみせた。


「う、うるせぇ! 無駄に自信過剰よりかは遥かにマシだっつーの!」


 頬を真っ赤に染めてキースは泡を飛ばしながら叫んだ。よっぽど茶化されたのが恥ずかしかったのか、熱くなった頬を冷ますように水差しを一気に飲む。


「ッ……っし! 御託はどうでもいいから行くぞテメェら!」


 キースは立ち上がると、いつものマントを制服の上から羽織って、赤い宝石の輝く鉄製の短杖を持った。


「先発なんかに私をしたお返しデスよぉだ」


 一連のやり取りで緊張のほぐれたネムネも、ガントレットを装着して立ち上がる。


「もう、こんなんで大丈夫なのかなぁ……」


 エリスは端から緊張していないのか、溜息混じりに、しかしその賑やかな雰囲気を楽しみながらネムネの後に続いてく。

 そして、いなほはそんな彼らの姿を眩しいものでも見るように、目を細めて見つめると、そっと目を閉じた。

 これが宝だ。あっちの世界ではなかった。こっちで手に入れた宝物。こいつらと、そしてエリスがいるから、俺はいつでも俺でいられる。

 目を開く。その黒い瞳の奥に壮絶な熱意を宿して、いなほはゆっくりと立ち上がり、キースを抜いて扉を開いた。

 扉をくぐるその前に、いなほは振り返り際に強く握りこんだ左拳を胸まで掲げる。


「喧嘩だ。弾けろよ? テメェら」


「わかってるっての!」


「はいデスよ!」


 打てば響く。気合いの入った返事が即座に返ってきた。

 エリスは返事の代わりにいなほの隣に立つ。無言の意志表示、見上げる瞳を、見返せば。


「行こう。いなほにぃさん」


「おうよ」


 恐れなんてどこにもない。いなほ達は振り返ることもなく、戦いの場へと躍り出た。






次回、予選一回戦。


氷の天使、誕生秘話。


氷の女神「らめぇぇぇ。もう無理ぃぃぃぃ」

アイリス「大丈夫だって! 出来る出来る絶対出来る!」

氷の女神「いぐぅぅぅぅ。お腹いぐぅぅぅぅ」

アイリス「諦めるなよ! お前諦めるなよそこで!」

氷の女神「おほぉぉぉぉぉぉ」

アイリス「never give up!」


こんな感じで生まれました。

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