第七話【夜のヤンキー】
場面ごとに更新してるので今回は短め
なんやかんやで先延ばしにしていた今後の予定だが、とりあえず今夜はまだ無事だった村の家屋に泊まり、明日マルクへの道を行こうということになった。
トロールの死体は村の端にまとめて積み上げたので、臭いは家屋の中までは来ない。この世界に来て初めての夜、いなほはエリスが寝静まったのを見計らって、外に出ていた。
空には色がそれぞれ違う五つの月以外に星はない。巨大な月のおかげで、電灯がなくても明るさは確保できている。だがいなほは異世界の幻想的な空模様には目もくれず、一人木々のざわめきしか聞こえない村の中央で地べたを見ていた。
「あいつ……手ぇ握ったまんまだったな」
寝静まるまでの間、エリスはベッドの上で頑なにいなほの手を握って離さなかった。だいぶ明るくなっていたと感じたが、やはり心に負った傷は深い。あぁやって笑っていただけでも奇跡なのだ。暫く彼女は悪夢にうなされるだろう。
エリスは今心細さに折れてしまいそうになっている。だがそんな彼女を置いて外に出てまで、いなほは今日のことを一人で思い返したかった。
「……強かったよな、あいつら」
巨体の化け物、トロール。感じた嫌悪感は抜きにして考えれば、あれはまさに極上の相手だった。これまで感じたこともない痺れるような闘争。夢のような時間だった。自分の力に対抗できる他者が嬉しかった。
こんなことを考えてること、エリスには見せられねぇな。自嘲して、でも考えずにはいられない。
あぁ、殺戮に何も感じなかった。いけないことだというのに後悔は微塵もなかった。改めて自分が最低最悪な、喧嘩しか能のない畜生だと認めざるをえない。
「……ザマぁねぇ。結局、まともじゃねぇのか」
喧嘩、喧嘩、喧嘩。いつでも自分はそれで、それしかなかった。その度、世話になった大人は『喧嘩はよくない』と諭してきて、自分はそんな大人に反発した。
タバコを取り出し火をつける。わずらわしい思いも全部紫煙に乗せればいい。殺戮に歓喜する自分に、言いようない違和感を感じるこの心ごと吹き飛ばすように。
「折り合いつけろ早森いなほ。ここで、生きていくんだからよ」
月に向けて拳を突き出す。迷いはないが意味のないこの拳に、いつか答えを掴むことができるのか。そんなことを考えながら、いなほはエリスの待つ家屋に戻るのだった。
次回、怪奇!肩車ヤンキー