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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第二部【SUPERYANKEE】
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第一話【私を信用しすぎないようにしなさいね】



 一つにまとめた髪をふわりと揺らして、甘い匂いを風に乗せて運ぶ。まるで洗ったばかりのようにしっとりとした長い黒髪には枝毛さえ見つからなかった。一本一本が触れば上等なシルクよりもなめらかなそのポニーテールから覗く白いうなじは扇情的で、健康的でありながら欲情を駆り立てる絶妙な色気を醸し出している。見せつけるように首をそっと撫でると、その強く握れば折れてしまいそうなくらい繊細な手を、そのまま自身の首から下腹部までを蛇のようにゆっくりと這わせた。

 黒と白のセーラー服が手の動きに合わせて体のラインを浮かび上がらせる。手が下腹部までいったところで、夏用に袖が短くされたセーラー服から伸びる腕を空高く伸ばせば、脇が服の間から僅かに見えた。見せつけるようにしなを作ってから、今度はパンツが見えないぎりぎりのラインのスカートから伸びる白い生足を、その細い手で誘うように下からゆっくりとなぞって見せる。

 その顔は仄かに赤く染まっていた。大きく、つぶらな黒い瞳は情欲で蕩けていて、小さな唇は、そこから伸びた赤い舌がその周りを這い回りてらてらと妖しく濡れている。

 そして最後にゆっくりと四肢をつくと、お尻を突き出すように持ちあげて左右に振りながら、絶世の美女を遥かに超える美貌を持つ化け物、アート・アートはチャシャ猫のように笑った。


「どう? 勃った?」


「こういうやつだ。酷いだろ?」


 いなほは女子高生コスプレをして何となくそれっぽい動きで自分を誘うアート・アートを指差す。あぁ言う大人になってはいけませよとばかりに真剣な表情で、頭にひっついたエリスにそう言った。

 そのあんまりな発言に、さっきまでの恐ろしいまでの色気を醸し出していた表情を一転させて、アート・アートは子どものように頬を膨らませて不満を訴える。


「バーカバーカ! 幾らウチがいなほに惚れてるからって怒らないわけじゃないんだからね! せっかく君が喜んでくれると思ってわざわざマドカにアキバで買ってきてもらったのにさ! それってあんまりじゃないか! 酷い! ウチのことは遊びだったのね!? プンスカプンだ! でもそういう外道なところも大好き!」


「えと……それで、この人が、もしかして理事長なんですか?」


 エリスがありえないといった表情で愕然と言う。

 アート・アートは立ち上がると、当然とばかりにドヤ顔で両手を背中にまわして顔も後ろに逸らし、断崖絶壁の胸部を強調するようなポーズをとった。


「そう! 何を隠そうウチこそこの学院の理事長にして全世界最強のお助けキャラの超絶☆美少女少年アート・アート! ……ま、気易くアトちゃんと呼びなさい。トトちゃんでも可」


 何故そんなポーズをとったのか。突っ込むのもアホらしくなったいなほは額に手を当てて溜息を吐きだした。

 一度会ったことのあるいなほですらこれなのだ。初対面のエリスなど、いきなり目の前で超絶美少女のセックスアピールを見せつけられた上に謎のポーズで自己紹介をされたのだから、混乱は計り知れない。

 それでも律儀に返事をするあたり、その精神力の強靭さは称賛に値するだろう。


「は、はぁ……私は、エリス・ハヤモリです」


「おぉ! 君がいなほの妹さんかぁ。ならお話は別だよ! 気易くどころか確定的にアトお姉ちゃんでもアトお兄ちゃんでもどちらか好きな風に呼んでね! あっ、でもいなほは男だからここはやっぱしアトお姉ちゃんがいいかな。何せ君のお兄さんとはいずれ正式にお付き合いさせてもらう予定だからさ。ゆくゆくは結婚? キャー!」


 一体いつ抱きつかれたのか。アート・アートが言葉を言い始めたときには、エリスはいなほの頭からいつの間にアート・アートの胸の中に収まっていた。

 突然のことに困惑しながら、エリスはふと頭に感じる固い感触に首を傾げる。女性にしては、胸が固すぎるような……


「あれ? アトさんって男の人?」


「アハーハー。どこで判断したのかわかるしその判断の仕方は失礼極まりねーけど、そう思うならそうなんじゃない? っても今のウチはいなほのために完全無欠の女の子。まぁぶっちゃけウチったらいつでもTSできちゃうし。つーかあれだぜ? ウチ単純にAAカップなだけだから。ツルペタは文化だって偉い人も言ってるしよ。むしろこれが次世代のスタンダード! ラブイズツルペタ! 時代は掌を包み込む柔らかさではなくて、掌を滑らせるツルツルしっとりがメジャーなのさ! そう言う点では君も随分可愛らしいお乳だよねぇ。つかオイ、ウチよりでけぇってぶっちゃけ泣けるぞ」


 でも可愛いからエリスちゃんも食べちゃおうかなぁ。アート・アートは舌舐めずりをすると、無垢な瞳で自分を見上げるエリスの胸をむにむにと揉みながら、荒い吐息を向けて。

 それ以上は止めろと、いなほはアート・アートの魔の手からエリスを引っぺがした。


「何しやがる」


「んふ、嫉妬かい? もうツンデレさんなんだからいなほはさ。大丈夫大丈夫、ウチの本命は最初からキ、ミ、だからね!」


 キャッ、言っちゃった。真っ赤になってアート・アートは顔を逸らした。

 殺そう。今すぐ殺そう。いなほの両拳が万力のように握りこまれ、血管がはちきれんばかりに浮き出る。

 今にも爆発しそうないなほを、エリスはその小さな手で必死に抑えつけた。


「い、いなほにぃさん落ち着いて! 私は大丈夫だから!」


「なぁに大丈夫だぜエリス。このクズガキは一発ぶち込んで黄泉路を這いずったほうが世界のためだってなぁ……」


「全然大丈夫じゃないですよぉ! それ死んでますよぉ! 引き肉確定ですよぅ!」


「いいよぅ! 一発どころか何発でもずっこんばっこん滅茶苦茶にしてぇ!」


「お望み通りかましてやろうかテメェ!」


「ぎゃー! アトさんも煽らないでぇぇぇぇぇ!」


 顔一面に血管を浮き上がらせる勢いで激昂するいなほの腕にしがみついて引きとめるエリスだが、アート・アートはケラケラと笑っていなほにお尻を向けて嘲るように左右に振った。白いふとももがぎりぎりまで見え隠れするが、何故だかパンツだけは見えないところをみると、意外に高度な技術による腰振りなのかもしれない。正直技術の無駄遣いだが。

 そんなアート・アートの痴態を見つついなほをなだめるエリスは心の中で滂沱の涙を流した。間違いない。この人、いなほにぃさんより最悪な変態だ。人間核爆弾とでも言うべきいなほを、お手玉するかのように弄ぶアート・アートをそう評した。


「……戯れもそこまでにしてください。お茶の用意が出来ました」


 いつ破裂するか分からない緊迫する状況に水を差したのは、突如三人の間に割って現れた巫マドカであった。手にはペットボトルに入ったオレンジジュースを四つ、指にはさんで持っている。


「じゃあお茶の時間にしよっか」


 まるで反省した様子もなく、アート・アートは気味の悪い笑みを張り付けたまま、指を鳴らした。

 マドカがそれを察してアート・アートの傍まで下がると、四人の間に魔法陣が現れて、そこから畳とちゃぶ台が現れる。何故か蜜柑もセットである。


「ままま、座って座って」


 そう言いながら一番最初に座ったアート・アートは、ミニスカートにも関わらず胡坐をかいて座った。しかし普通なら見えるはずのパンツは漆黒の暗闇に覆われてみることは叶わない。

 こういうのは見えたら意味がないんだよ。と誰に言っているのかわからない持論を述べるアート・アートをスルーする形で、気勢を削がれたいなほが、そしてエリスとマドカがそれぞれちゃぶ台を囲むようにして座った。

 エリスはちゃぶ台自体が初めてなので、いなほやアート・アートのように胡坐になるかマドカのよう正座で座るか悩むが、「楽なほうで座りなさい」とマドカに言われて胡坐で座りこんだ。


「さて、正直リーナ・ラグナロックごっこは楽しいけど疲れるからこのくらいにして……事情は大体わかってるよ、何せウチはお助けキャラだからね。ヴァドの封印場所についての詳細だろ? ぶっちゃけ、教えるとつまらないから教えてあげない」


 直後、いなほ達が来た理由をたった数秒でアート・アートは終わらせた。自分をお助けキャラと自称しながらこれである。

 これでは何のために来たのかわかったものではない。「帰るわ」といなほはペットボトルの開け方がわからず悪戦苦闘するエリスを連れて立ち上がろうとしたが、「ままままま待って待って!」と涙を浮かべたアート・アートによって引きとめられた。


「んだよ。はっきり言ってテメェとは何か用事か何かねぇ限り同じ空気を吸いたくねぇ」


「えー。さっきのこと怒ってんの? んもう、あれくらいちょっとしたスキンシップだろぅ? まぁ美味しいお菓子もあるんだからもう少しゆっくりしていきなよ」


「買って来たのは私ですけどね」


 マドカが冷たく言い放つ。だがアート・アートは全く気にした素振りもみせずに、セーラー服の中に手を突っ込んで「ちゃらららーん」と言いながらポテトチップスの袋を取り出した。


「じゃーん! JKのツルペタで暖めたポテチでーす! マニアなら高額で買い取るぜ? どーよ美味そうだろー!」


「おいマドカ。何かねぇの?」


「そう言うと思って実は羊羹を切ってきた」


「え、え? アトさんの服の中、え? さっきはあんなの……アレ?」


 一人、先ほど抱きつかれたときには、まるで何もなかった服の中から袋を取り出したことに驚くエリスも無理やり引きこんでアホのことはスルーする。そしてマドカがこれまた何処からか取りだした切り分けた羊羹の乗った皿をちゃぶ台に置いた。


「よーかんって美味しいんですか、えっと……」


「巫マドカ、マドカでいいわよエリス。そうね……少なくともそこのドヤ顔が持ってる汗まみれの汚らしいお菓子と比べ物にならないくらい美味しいのは保障するよ」


「おう。あそこのクソよりもクソうめぇから安心して食え」


「えと、手で掴んでいいんですか?」


「爪楊枝も持ってきたから、これで刺して食べるといいわ」


 三人はそれぞれ爪楊枝で羊羹を刺して口に運ぶ。もぐもぐと静かに食べてから、まずエリスが口元を緩めて「美味しー」と言った。


「だなぁ。俺も久しぶりに食ったけどこいつは美味いぜ」


「一応老舗で買って来たからね。まぁそのせいで金が心もとなくなったので、そこの奴が着ている服は、格安なものになったけど」


「へぇ。でも安物なのに──」


「おい絡むなエリス。見たら食われるぞ」


「そうよエリス。あれは少し話しただけで自分が好きなんだって勘違いする思春期の男の子よりも自意識過剰だからスルーしなさいスルー」


「……あのさぁ。君達、ウチのこと舐めすぎじゃね? あれだよ? そろそろ撃っちゃうよ? ウチ、超必殺撃っちゃうよ? 世界終わっちゃうよ?」


「おいアト」


「ん!? な、何かな! いなほ!」


「ジュース足らねぇから買ってこいよ」


「あ、はい、今すぐ行くよ! 任せちゃって!」


「あ、私はグレープで」


「私、これと同じのください」


「へへへ、アイシールドが付けられるって言われたウチの俊足見せてあげるぜ!」


 ドヤ顔で立ち上がったアート・アートが理事長室を飛び出していく。

 そうしてようやく静かになった室内で、ジュースで喉を潤したマドカが表情を改めていなほとエリスに向き直った。


「私からも特に言うことはないわ。あの化け物が傍観すると決めた以上、私がその決定を覆すことは出来ないし」


「そりゃどういうことだ?」


「どうもこうもないわ。まぁもし仮に貴方達が依頼に失敗して、ヴァドが解き放たれたとしたら、私個人が動いて、被害が出る前に事態を収束してあげる」


 それはどう言うことなのか。意味がわからないといった様子のいなほとエリスに対して、マドカは冷酷な笑みを向けた。


「分かりやすい言葉で言ってあげる。私はこの事件を防げるのよ。つまり、もうこちらでは犯人が掴めていて、私と理事長は、ヴァドという魔族も含めてそれを脅威とは判断していない……勿論、貴方達を含めた街の人間にとっては問題ではあるけれど」


 それはあまりにも全てを台無しにする言葉であった。裏を返せば、とどのつまり今回の件は、アート・アートとマドカにとっては遊びのようなものであるということ。

 そして、ヴァドという魔族が確実にいることを暗に示していた。


「……楽しい話じゃねぇか」


 いなほは言葉とは逆に怒気を放ちながら身を乗り出した。だがマドカは全く動じずに、むしろ意外だと目を見開いていた。


「あら、問答無用でぶん殴ると思ったわ」


「テメェを殴っても意味がないからってのが一つ、そんで理由はどうあれ、吐いた唾は飲むつもりはねぇってのが一つ。ケッ、アホの道楽だってわかってたら頼みなんて引きうけなかったぜ」


 怒りはむしろい安請け合いした自分のほうに向いていた。学院の危機が実は道楽の延長線上だとわかっても、やると決めたら遂行する。

 ぶれない信念。その姿を見せられてマドカは嬉しそうに微笑んだ。


「なら次から気をつけることね。でもまぁそう言う訳だから安心しなさい。最悪の事態だけは私が防いであげるって約束してあげるから。むしろ本選まで犯人にばれないように上手くやってくれるだけでもいいのよ?」


「その……犯人の名前を教えてはいただけないのですか?」


 エリスがおずおずと質問した。ここに来てようやく、エリスもマドカとアート・アート、二人の異常性を理解したのだろう。その目には微かな怯えが見えた。


「面白いことを言うわね、エリス。それを言ったらつまらないでしょ? まぁ、あの化け物はネタばらしせずに、慌てふためく貴方達を見て楽しんだんだろうけど……私はそこまで趣味が悪くはないからね」


「充分最悪だっての」


 舌打ちを一つ。だがマドカはそんな様子を面白がっていた。


「覚えておきなさい、いなほ。アート・アートは、本当に貴方のことを愛しているわ。大好きで大好きで、依頼で貴方との接点を作ろうとしたし、貴方の気を惹こうとどうすればいいか毎日考えて、今日みたいなことをしたりして空回って、きっと貴方達が帰った後に少女のように落ち込むでしょうね。そういう意地らしくて可愛い子。今だって貴方の頼みだからきっと一杯ジュースを買ってくるはずよ。まぁアレは人の感情がわかってないから、いつも空回りしてるけど。アレの貴方への愛情は本物よ」


 でもね。マドカは嫌悪と恐怖の混ざった表情で眉を潜めた。


「アレは、愛しながら殺して、愛しながら嘲笑い、愛しながら全てを見下す。意味が分からないでしょ? でもね、それが化け物の定義よ。『意味不明』。『理解不能』。アート・アートや『他の奴ら』は、理解と共感が無理なの。だから、今後はあの化け物の甘言なんかに騙されないようにすることね」


 人の皮を被っている。ただそれだけの混沌。表面上に現れる全てが、瞬きの間に裏返る。

 だから何もかもが胡散臭い。存在が全てペテンというのが、化け物の定義なのだ。


「だったら……」


 いなほはマドカが言い終わるやいなや言い返す。


「テメェは、どっちだ?」


「……見たとおり言ったとおり」


 冷笑。


「私を信用しすぎないようにしなさいね」


 結局、ヴァドが暴走した場合の保証なんてどこにもない。

 エリスは無意識にいなほの手を握っていた。今はただ、恐怖だけがエリスの心を満たしていた。





次回、予選開始。


人物紹介

JKアート・アート

詳細・ノーパン。

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