第二十話【チームヤンキー、始動】
二日目となった今日。調査を終えたといういなほの言葉によって、再びいなほの部屋に彼らは集まっていた。
「で、結論としては調査のしようがなかったと」
「そういうことだ。ぶっちゃけ俺にはもう何も出来ねぇぞ?」
いなほとエリスの調査結果を聞いて、アイリスは顎に手を添えて悩みだした。
エリスが幻覚解除を失敗したのではないかとも思ったが、先程術式を見せてもらったが、アイリスが見習いたいくらいに完璧な術式であった。そのため、幻覚に捕らわれたということは考えにくいだろう。
「とりあえず、考えられることは二つある」
そう言ってキースは指を二本立てた。
「一つは、迷宮にはヴァドなんていう魔族は存在しない」
そして、と言いながら指を一本曲げる。
「もしくは、遭遇出来ないように、強力な結界で囲うなどをして、近寄れないようにしている。このどっちかだと俺は思うんですけど、アイリスさん、他には?」
アイリスは頷きを返した。事実、キースの今言った二つの内どちらかであろう。
いないと決めつけるには早い。本来、二十階は学生ではいけないエリアだが、メイリンや、学生時のアイリスなど、それ相応の実力を持っている者は存在するのだ。現にメイリンは一人で最下層まで到達した。
ならば、キースレベルの人間がチームを組めば、迷宮最下層に行ける可能性は充分にあり得るのだ。だとしたら、そんな可能性があるところに、目に付きやすい形で魔族を封印しているわけがない。
正直、いないという考えは楽観しすぎだ。現にアイリスはここ数日の情報収集で、ヴァドという魔族が確実に存在するということだけはすでに掴んでいる。
「やはり理事長に直接話を聞くしかないだろうな」
おそらくだが、事の真偽を理事長は知っているだろう。依頼を頼んできたということは十中八九ヴァドのことも知っているはずだ。
だがそんな考えの一方、どうせまともに取り合わないだろうなという考えもアイリスにはあった。
大会優勝時にたった一度しか会ったことがないが、あの強烈な美貌の理事長は、一言で言えばまともではない。
そこに関しては同意なのだろう。いなほも理事長、アート・アートのことを思い出して苦々しげに口を結んでいた。
「にしても、これからどうするんですか? そろそろ大会も始まっちまいますし」
「脅迫状の内容は本選に彼女を出場させた場合だ。というか、これも変な話なのだが、メイリン・メイルーは大会に参加希望を出していないんだ」
「何ですって?」
それはどういうことなのだろうか。一同の視線がアイリスに集まった。「まぁ、人伝の話だが」と言ってから、アイリスは続けた。
「大会参加受付担当の教員がな、同僚にそんなことをぼやいていたのを聞いたのだ。そう言えば学年一位のメイリン・メイルーがまだ参加受付をしていない、とね。しかも締め切りは今日で終了だ。もし明日、改めて大会参加者について聞いてメイリンがでていなかったら……」
「出なかったら?」
そこでアイリスは深々と溜息を吐きだした。
「おそらく教員達が適当に人材を見繕って外部枠にでも滑り込ませるだろうよ。大会は学院側としても、キース、君みたいな優秀な人材を他のギルドにアピールするいい機会なんだ。一年目なのにここまで出来るんですよ、とくれば、将来が有望だからな」
「お、俺は別に……」
アイリスに褒められたと思ったキースは赤面して俯いた。「むむむ」今日はネムネが嫉妬である。うん、今のは誤解しちゃうね。私が悪かった。
「そう言う訳で、脅迫状を知らぬ学院側はメイリンを何としてでも参加させるだろう」
「いっそ脅迫状を学院内だけにでも公開してはどうなんデスか?」
「それも考えたがな。教師陣の中にもメイリンのような才覚ある若者を妬む者が何人かいるのだ……一応、昔からお世話になり、信頼のおける先生には今回の件を話しはしたが、総体としては微々たるものだな。学院都市とも呼べる我が学院の人数の多さが、こう言う時は憎たらしいよ」
犯人は教師陣にもいるかもしれない。もしもそいつが保身を考えるような者であれば、脅迫状を公開することで、変な考えを起こさせないように釘を刺すこともできるが、もしも犯人が破滅型の思考を持つ者だった場合、犯人が教師というのは不味いことになる。
ヴァドのことについては、大なり小なり、教師の中では黙するべきことであるというのが暗黙の了解らしい。トロールキングの時はいなほがいたために何とかなったが、本来、魔族というものは貴族レベルの者でもない限り抑えることは出来ない。封印されているのならば、刺激することもないのだ。
それに、ヴァドのことは学校の七不思議という形ではあるが結局は漏えいしたのだ。考えたくないが、もし脅迫状について教師陣全員に話して、学生にそのことが漏れてしまうということも考えられなくもない。
だが脅迫状を開示すれば、メイリンの出場を停止させることも可能なので、犯人の要求を飲むことは可能になる。それもまた事実だ。
しかしそんなことをすれば、犯人の要求に学院は屈するということになる。出来るならば、そうなる前に解決したいというのがアイリスの願いであった。
「予選は始まってしまうが、本選までの時間はまだあるので、調査は慎重にな。当然可能な限り、我々は周りを疑ってかからなければならない。キース、ネムネ、君達も改めてこの件の口外をしないと誓ってくれ」
「わかりました」
「はいデス」
犯人は未だどこにいるかわからない。愉快犯かもしれないし、そうではないのかもしれない。
「それで、アイリスさん。俺らはこれからどうすればいいんですかね?」
「そのことについてだが、君達は直ぐに大会の予選だからな。迷宮に関しては一旦切りあげて、キース達は改めて学生の方面から、私は怪しい教師たちに当たる。いなほは……そうだな。一度会えたのだ、明日から今度は理事長に会えるように頑張ってくれ。勿論、暴れるなよ?」
念を押すようにいなほにすごむアイリス。
へいよーと気楽な返事に、信頼していいのか悪いのか。
なるようにしかならぬ。アイリスは腹をくくることにした。
「じゃあ、俺とネムネは大会参加者と学生方面」
「頑張りますデス!」
キースとネムネがそろって手を上げる。
「私は教師関連と大会参加資料かな?」
アイリスが続いて手を上げた。
そして最後に残ったのはいつもの二人。同時に顔を見合わせて、大胆不敵に破顔一笑。
「明日は学院探索ですねいなほにぃさん」
「おう、迷子になるなよエリス?」
互いに拳を掲げて、虚空で打ちつけ合う。
そして学院の夜は更けていく。彼らの人知れぬ奮闘を飲みこむような暗闇は延々と広がり、しかしそれでも朝日は昇るのだ。
明けぬ夜はどこにもない。日が昇れば世界が照らされ、濡れた牙は目を覚ます。
予選開始まで、残り三日。お祭り騒ぎの始まりだ。
【For All We know】end
next【SUPERYANKEE】
長い後書きが続くので、そういうのが面倒な方はスルーしてください。
というわけで、第二章【絶命ヤンキー】の第一部はここで終了となります。まずは第二章の土台部分の説明や人物紹介を主にしていたため、ド派手な戦闘シーンとかはあまり書けなかったのですが、今回も色々と実験的な要素もあるのでご容赦ください。
第一部の私的な目的は、可能な限り戦闘シーンを省いて書くこと。これです。ってのも、私は日常の会話シーンとかを書くのが苦手という、あまりにも致命的な欠点があるので、それの練習という意味合いもありました。読者の皆様には一章に引き続き私の練習に付き合っていただきありがたくも申し訳なく思っています。
とりあえず約十万文字。戦闘シーンがその内の二、三割と考えれば、日常シーンもそれなりに書けたのかなとか思っています。まぁ読み返せば、やれ会話や説明がだらだらしてるとか、描写が不足しているとか、展開を省きすぎだとか、随分と粗が目立つので、そこは今後の課題としていこうとは思っていますが。
さて、私個人の反省点は置いといて、この第一部では色々と新たな登場人物が出てきました。そしてその中でも一番皆さまがアレだと思っているキャラは、おそらく、設定集でも一位張ってるとんでもキャラであるアート・アートでしょう。
作中でもアート・アート自身が言ってますが、こいつは不倒不屈の不良勇者という物語には、はっきりいって不要なキャラです。というか、私がこの世界観で書いている作品の全てで、アート・アートを含めた敵性存在という奴らのほとんどが不要です。
でも出てくる。というか、故に出てくると言ったほうがいいでしょうか?彼らは物語を語るにはいりませんが、その物語を動かす世界観の中心にいるという非常に厄介なキャラという立ち位置なのです。まぁそこらへんのことについては、またいつか説明しますが、ただ一つ口をすっぱくして言いますが、このキャラは本編には本来必要ないキャラです。そこら辺を頭の片隅にでも置いといてください。
続いて巫マドカ。この女性はアート・アートと違って、物語を語るには必要な人材ですが、世界観の中心には遠い存在です。プロットのみの作品や、先日公開した妄想する街などの作品のほとんどに彼女は存在しているぐらいですし。私的お気に入りキャラの一人でもあります。彼女については、拙作である妄想する街を読んでいただければ、少しはわかるかなとか思います。主に後書きで。
次はカルファ・ヘキサゴンとメイリン・メイルー。まずはメイリンですが、彼女は語るのも野暮かなとか思ったり。正直、書いててムカつくキャラの筆頭ですマジで。理由とか語るとネタバレなんで、彼女については二部以降での登場を楽しみにしていてください。嫌いではないんですけどね。
そしてカルファですが、こいつはもうまんまアレです。テンプレ貴族キャラ。他人を見下して悦る子ども。平民は貴族にこびてりゃいいんだよを地で行くある意味王道キャラです。メイリンと違って書けるならノリノリで書けるキャラ。でも一部時点では顔見せのみ。悔しいのぅ悔しいのぅ。
最後はミフネ・ルーンネス。溢れだす中ボス臭。ぶっちゃけ第二章のラスボスです。というか隠しボス。もうまんまサムライ。変態剣術使い。なんで頭すっぽり隠してるの?とか思うでしょうが、そこは二部をお待ちください。キースがやべぇよやべぇよとかぼやくぐらいにはヤバいです。アート・アート、巫マドカを除けば二章トップの実力持ち。吸血王ヴァド?そんなんいなかったんや……!
まぁそんなとこでしょうか。魔族のことや変態姉妹などもいますが、面倒なんでそこはまた追々。ともあれ第一部で作った下地があるからこそ、第二部はそんな下地を無視して闘技大会編に移ります。その裏で迷宮に存在しなかったヴァドのいる場所や、犯人の正体を捜査していく感じです。
でもメインはバトル!ともかくバトル!第二部【SUPERYANKEE】の雰囲気どおりに明るくて血沸き肉躍る戦いを繰り広げていきますので、皆さまどうかご期待してお待ちしていただけたらと思います。
では第二部でまた会いましょう。
次回予告。
アート・アート「へいへーい! JKコスだぜへいへーい!」