第十八話【ヤンキー命名。苦麗磁威墓無(没)】
そして斡旋所内に着くと、ミフネの前に黒いニット帽を深々と被った二人の少女が現れた。
どちらも服装はニット帽に着物という珍妙な格好だが、凛としていて油断ない姿勢は、ただの珍妙な二人組とは思えぬ、近寄りがたい雰囲気を放っていた。
一人は背も女性にしては高く、腰に下げた二本の刀もミフネ程ではないが長い。
そしてもう一人はエリスよりもやや大きい程度の小柄な少女で、腰には短刀が左右に二つずつ。
まるで真逆な二人だが、共通して、ニット帽で目元が隠れているその容貌は二人とも標準を遥かに凌ぐ美少女であるのが、僅かに覗く顔だけでも想像は容易かった。
「お待ちしていましたミフネ様」
礼儀正しく頭を下げる美少女に「あぁ」と軽く返すと、ミフネはいなほ達に視線を移した。
「いなほ殿とその仲間達だ。ユミエ。ハナ。お主らの噂、大当たりだったぞ」
「それはそれは、良かったでございますミフネ様」
背の高い少女が安堵の溜息と同時に笑顔ものぞかせた。隣の少女も言葉にはしていないがミフネの笑顔を見て嬉しそうである。
そしてミフネの両隣に二人は立つと、いなほ達に改めて礼をした。
「私、ミフネ様の従者であるユミエ・カゼハナと申します」
長身の少女がまずは自己紹介をする。凛々しくもありながら、まだどこか幼さが残る不思議な少女だ。
「同じく、ミフネ様の従者のハナ・カゼハナです。よろしくお願いします」
続いて小柄の少女が自己紹介をした。見た目通りの幼い口調だが、ユミエよりも大人びた雰囲気の少女である。
ミフネ程ではないが、彼女達も充分な実力を持つのが、その佇まいから予想できた。二人を舐めるように観察したいなほは、嬉しそうに目を光らせる。
そんなセクハラ染みた視線に晒されて、普通なら機嫌を損ねても無理はないと言うのに、二人はいなほの視線に対して。
「ミフネ様。どうやら当たりのようですね」
ハナがしとやかに微笑みながらミフネにそう言い。
「ですねミフネ様。姉さんの言うとおりです。あの視線とか、初めて私達に会ったミフネ様そっくり」
ユミエは悪戯っぽく笑ってミフネの肩を軽く小突いた。
どちらもいなほの不躾な視線に不快になってはいない。むしろ嬉しそうに笑っている始末だ。
「しかもいなほ殿は大変お強い様子」
「これはミフネ様だけではなく、私たちも一手ご指導をいただきたいわ」
「お、おぉ!?」
どころか、ミフネを差し置いていなほに歩み寄ってくる始末である。
流石に対処に困ったいなほも思わず一歩後退る程の彼女達の押しだったが、その襟首をひっつかまれて二人は同時に「ぐえ」とその美貌にあるまじき声を上げて停止した。
「あのなお主ら、拙者の獲物だ、手を出すな」
襟首を掴んだミフネが溜息混じりに呟く。「わかりましたわ」「委細承知ですー」と姉妹は不満げにぼやいた。
「ったく……すまぬないなほ殿。連れが迷惑をかけた」
一礼するミフネに、「気にするなって」と笑って返す。
「それに、美人に迫られて悪い気はしねぇしな」
「あらあら聞きましたかユミエ。いなほ殿は私たちを気に入られた様子」
「えぇ姉さん。もうこれは夜になったら二人で一緒にお誘いにいかなければいけませんね」
「そうねユミエ。きっといなほ殿も喜んでくださるでしょう」
当然、もしそうなったならば血沸き肉踊る夜となるだろう、物理的に。口調とは裏腹に今にも抜刀しそうなカゼハナ姉妹の頭に、ミフネの拳骨が振り下ろされた。
「キャッ!」
「ぎゃふ!」
あまりの痛みに悲鳴をあげて蹲る。もう居た堪れないとばかりにミフネは苦笑した。
「重ね重ね……」
「あー……いい、俺も調子乗った」
こればかりはいなほも悪いと思ったのか、苦笑を返して頬を掻いた。「あふ、ミフネ様の折檻、たまりません」「ハァハァ、最高ですわ」と悦に入った声は無視。
「それより、やっぱテメェも大会に出るのか」
「うむ。最初は手慰みにでもなればよいと思ったのだがな。お主と戦えるのならそれだけで来たかいがあったというものよ」
「おう、俺もテメェとやれるなら充分だ」
大会参加者達で賑わう斡旋所内で、順番を待ちながらそんな会話をする。先程の一幕もあり、二人の注目度は高い。中には二人が大会参加の列に並んでいるのを見て、出て行く者達も何組かいた。
「……やっぱし、こうなっちまったか」
「どういうことだ?」
「アンタらがいるから参加しないって連中だよ。言ったろ? ギルドの名を売るために参加するのもいるってよ。腕の立つ熟練者が目つけでついてきてる奴らは、出てもいい成績が残せないなら出る必要はないって踏んだんだろ」
そんなキースの憶測を、いなほはくだらないと嘲った。
「ケッ、ヘッピリには用はねぇんだよ。強ぇ奴だけいりゃいい」
いなほの発言にミフネとカゼハナ姉妹も当然とばかりに頷いた。
どんだけバトルジャンキーなんだよ、と冷や汗を流すキース。そうこうして待っていると、ようやくいなほ達の順番が回ってきた。
「ようこそ……っていなほさんじゃないっすか。さっさと貸した銅貨返してくださいよ」
普段、依頼を受託するときにも担当している男性職員が驚いたようにいなほを見上げた。「まっ、それは置いといて」と軽く手をあげたいなほは、「大会参加しに来たぜ」と言った。
「いなほさんが参加ねぇ……まぁそれはいいとして、いなほさん、メンバーは?」
「あぁ、こいつらだよ」
いなほは肩車していたエリスを降ろし、キースの隣に立たせた。
職員がキース達を見る。如何にもひょろくて戦闘できるとは思えないキースに、そんなキースに気絶した状態で担がれたネムネ、さらに斡旋所でもマスコット的人気を誇るエリス。
「えーと、この三人がメンバーだったりします?」
「おう」
自信満々に答えるいなほに、男性職員はマジかよと苦笑した。見た目、どう考えても戦える面子ではない。
だが規則的には問題ないので、男性職員は咳払い一つして気持ちを切り替えると、大会の概要を説明し始めた。
「えーと……じゃあまぁ説明しますけど、今回のマルク闘技大会は学生枠と外部枠の二つがあります。いなほさん達はギルド斡旋所での申し込みなので外部枠になりますね。基本、人数が毎年多いので、再来週の本選の前に、三日後に予選を学院の練習場を使って作った八つの特設ステージで戦ってもらいます。そこでトーナメントをしてもらい、勝ち上がった八つのチームが本選に出場出来ます。とまぁ簡単な概要はこんな感じです。勝負方法は五体五のチーム戦です一人ずつ勝負をしてもらい、先に三回相手を下したほうが勝ちとなります。いなほさんとこは……人数が足りないんで余分に戦ってもらう人が必要ですけど……まぁ、別にいいですよね」
「おう、俺がやる」
いなほが腕を組んで不敵に言う。「ですよねー」と職員は遠くを見るような目つきをしながら呟いた。普通なら厳しいはずのルールなのに、いなほが二回も戦うということがずるいと感じるのは、きっと間違いではないはずだ。
気を取り直して、職員は一枚の紙を取り出した。
「というわけで、ここに参加者の名前とチーム名を書いてください」
「キース、任せた」
「んじゃちょっとネムネ預かってくれよ」
キースは荷物かなんかのようにネムネをいなほに放り投げた。それを楽々片手でキャッチしたのを確認して、キースは自分達の名前を書いて、途中で手が止まる。
「どうした?」
「そういや、チーム名考えるの忘れてた」
いなほが紙を覗くと、一番上の枠だけ空欄となっていた。おそらくそこがチーム名なんだろう。
何にしようかとキースが筆を片手に悩んでいると、「ちょっと貸せ」と言って、いなほはキースの手から筆をむしり取ってチーム名を書きだした。
「あ、テメェ……って、何て読むんだ、これ?」
文句を言おうとしたキースの目が紙に書かれた珍妙な文字列に引かれた。
苦麗磁威墓無。
読めないというのに、嫌な予感がキースの脳裏に走った。反射的に隣のエリスを見れば、「わー、かっこいいですねー」とテンションが跳ねあがっている。
大体、いなほの行動にエリスが喜んでいるときは、碌な事が起きない。
結論、あのチーム名はヤバい。キースはそう瞬時に判断した。
「んじゃ、こいつで──」
「ちょっっっっと待ったぁぁぁぁ!」
キースは叫んだ。魂からの絶叫をあげて、得意げに謎の名前が書かれた紙を職員に出そうとしたいなほから髪を引っぺがし、他の机から取ってきたペンで名前を上書きする。
「違うのにするから! あ! 思いついたぜ俺! 『鉄の心─アイアン・ハート─』! うっはー! 我ながら冴えてるじゃんこれ! ネムネもこれがいいって!? だよなぁ! よしじゃあこれで行こうぜ! はい決定! 多数決とかで決定確実! 名前が決まるよやったぜネムネ! なっ!? エリスちゃん!」
書くと同時にエリスの肩を掴んで前後に揺すりまくる。
「んえ? にゃ!? あばばばばばばばば!」
脳みそがシェイクされたエリスのあげる悲鳴を了承ととったキースは、その勢いのまま「これでオッケー!」と言って職員に紙を渡した。
「おいキース、俺の考え──」
「いいから! ほら! 大会関連は俺がやるって決めたろ!?」
「……まぁいいか」
安堵のため息をキースは吐き出した。あの名前の読み方はわからないが、きっと碌でもないものであったことには間違いないだろうから。
一仕事終えて爽やかな笑顔を浮かべるキースの肩が軽く叩かれた。振り返ると、ミフネが同族を見るかのような優しい眼差しで、空いた手で受付の一角を指差していた。
「ビューティフルミフネロマンス! これで決定です!」
「違うわ、間違っているわよ姉さん! エターナルミフネエレガントのほうがいいに決まっています!」
「何て下品なお名前だこと……!」
「姉さんの色気のない名前とは比べ物にならないほど私のほうが言いに決まっていますわ!」
「まっ! 何て口の聞き方ですこと! 最早問答ではわからないようね……いいわ、久しぶりにその体に教育してあげましょう」
「それはこちらのセリフよ姉さん。いい加減、私を下に見続けていると痛い目を見るわよ?」
「面白いわね。ユミエこそ、姉より優れている妹などいないことを教育してあげますことよ」
「それはこちらのセリフよ。遊んであげるわ、おいで、姉さん」
カゼハナ姉妹が今にも抜刀しそうな程殺気だっている様子がそこにはあった。
キースはそれを見てから再びミフネに視線を移す。
「お主も苦労するなぁ」
「俺、アンタのこと、誤解してたよ」
少なくとも、ミフネがいなほに似ているのはその気性だけで、最もいなほに近いのはあの姉妹なのだろう。それを二人も抱えているミフネに、キースは同情の念を覚えた。
結局、壮絶な私闘が始まる前に拳骨で黙ったカゼハナ姉妹の代わりに、ミフネが『剣客神楽』という名前で登録を完了させた。
「あーん……酷いですわミフネ様ぁ。私はただ貴方様のお名前をより美しく飾り立てただけですのにぃ」
「私も姉さんに同じくですぅ」
「とりあえず黙れよお主らホントマジで……さて、いなほ殿、そちらはこれからどうするつもりかな?」
頭を抑えて蹲りながらも、未だに懲りぬカゼハナ姉妹にアイアンクローをかましながらミフネがいなほに今後の予定を聞いた。
特に予定があるわけではないと言おうとして、突然いなほの頭上でエリスが「出来たぁ!」と嬉しそうに叫んだ。
「やりましたよいなほにぃさん! 幻覚解除魔法、覚えました!」
「お、ホントか」
「ハァ!? マジかよ!」
いなほは当たり前だとばかりに、特に喜んだ様子はないが、キースはこれで本日何度目になるかわからない驚きを覚えていた。
幻覚魔法の解除方法を知るということは、必然的に幻覚魔法そのものが使用出来るというのが前提条件となる。
唯でさえ難しい幻覚魔法を、僅か一日で覚える。そのとんでもないエリスの理解力に、キースは末恐ろしいものを感じていた。
エリスの魔力総量は、常人に比べても遥かに低い。だがそれを補う余る理解力と、ミフネの放った殺気にすら真っ向から立ち向かえる胆力。
もしかしたら招来大物になるかもしれない。そう漠然とキースが思っていると、「悪いなテメェら」と、いなほは斡旋所の入り口に踵を返した。
「行くのか?」
キースが聞くと、いなほは当然と頷く。幻覚魔法が本当に出来るのかとか確認しなくていいのか。やはりアイリスと共に行くのが一番ではないのか。色々と言いたいことが浮かんできたが、キースはそれらを全て腹の中に飲みこんだ。
「まっ、頑張れよ」
「あいよ」
エリスを担ぎ直したいなほは、その場を後にする前にミフネに振り返った。
「……」
「……」
静かに視線を交わし、今度は振り返ることなくいなほその場を後にする。
「血沸く血沸く。踊るなぁ」
ミフネはそんな彼の背中をいなくなるまで見送ってから、静かに、そして深く口を弧に歪めたのであった。
エリス。開眼。あえて描写を少なくすることで気持ち悪く思ってもらえるようにしましたがいかがでしょう?
次回、迷宮ヤンキーその三。