第十六話【ヤンキー集会】
その夜、いなほの部屋に、エリス、アイリス、キース、ネムネの四人が集まった。流石に一人用の個室なので五人もいると狭苦しいが、ここ以外に秘密裏に話す場所もなかったので、仕方なく彼らは集まっていた。
ベッドにはアイリスとネムネが腰かけ、キースといなほは床に直に座った状態だ。ちなみにエリスはいなほの懐である。
「まず最初にこっちの要件で悪いけど、明日大会に参加登録に行くから、全員遅れずに校門前に集合しろよ」
キースがわかったかと全員を見渡した。あいよーと気楽な返事が返ってくる中、アイリスの表情だけが重苦しい。
「やはりエリス、君は出ない方がいい」
その理由がそれだった。エリスの大会参加をアイリスはあまり快く思っていなかったのだ。
「でも、私もいなほさんの側にいたいから……」
「それはただの我がままに過ぎないよエリス。君には戦いぬくための力量がまるでないのだ。諦めてだな……」
エリスの懇願を、アイリスはなだめるようにして止めようとする。そんなアイリスの言葉を遮って、いなほは言った。
「いいじゃねぇか。要は負けなきゃいいわけなんだからよ」
その滅茶苦茶論理に、逆に返す言葉を失ってしまった。
だが直ぐに再起動を果たすと、慌てて反論する。
「い、いやいや、キースとネムネのどちらかが負ければそこまでだぞ」
「そこは抜かりないですよアイリスさん。特別ルールの、人数が少ないグループは、一人が複数戦うことが出来るってのを使えば、ネムネが負けても俺かハヤモリのどっちかがカバー出来る」
だがアイリスのさらなる反論もキースによって封殺される。確かにルール上は問題ないだろう。しかし、それにしたってだ。
「にしったって君達二人が負ければ……」
「負けないですよ」
「負けねぇよ」
即答だった。キースといなほは同時にそう言った。自分が負ける何てあり得ないという強烈な自負に、アイリスも流石に呆れて言葉が出ない。
どうやら、自分と同じくいなほに苦労するタイプと思ったキースは、いなほと同じようなタイプだったらしい。
そうこう呆れているうちに、何故かいなほとキースの口論が始まっていた。戦ったら俺のほうが強い議論だ。超くだらない。
ネムネはあわあわと右往左往するだけで、エリスはいなほとキースのやりとりを見て何でか頬を膨らませていなほを睨んでいた。
嫉妬か、どこで嫉妬するのかわからないが嫉妬なのか。アイリスはそこまで考えたところで、自分の思考が変な方向に吹っ飛んでいるのを自覚して、慌てて首を振った。
「それはともかく! 各々これまでにどのようなことがわかったか話してもらうぞ!」
「はいはーい! 私も賛成デース!」
ネムネもいつ爆発するか分からないこの状況をどうにかしようと、手を高々と掲げてアピールする。
いなほとキース僅かに睨みあうと、子どものように鼻を鳴らして顔をそむけ合った。
ちなみにエリスは頬を膨らませている。
アイリスは咳払いを一つすると、まずは自分から今日調べたことを話始めた。とは言ってもメイリンの噂や、カルファのように彼女をよく思っていない生徒についてのことくらいだ。
そこはエリス達学生組も同じななので、付け加えることはない。
となると、必然後はいなほの迷宮探索の話になる。
「一番下にまで行った」
で、まずその第一声にエリスを除く三人が言葉を失うのであった。
「ちょ、あそこの迷宮ってルートしっかり覚えてなきゃ一日で最下層まで行けないぞ?」
キースの言葉にネムネとアイリスも頷く。だが、それだけでも爆弾発言だと言うのに、さらにいなほは「あぁ、それとメイリンにも会ったぞ」などと、さらなる爆弾を投入するのであった。
「は、はぁ!? アンタ、メイリンにも会ったって……つかメイリンの野郎最下層まで行けるのかよ! てか他にはいなかったのか!?」
「おう、一人だったぜ」
驚きはアイリスとネムネも一緒だ。幾ら学年トップどころか、実力だけなら現在学院一位のメイリンとはいえ、迷宮最下層となると一人で行くのは困難に近いだろう。
「でも、会ったもんは会ったとしか言いようがねぇからなぁ。まっ、悪い奴じゃねぇとは思うが、胡散臭くはあったな。厭味ったらしいとか、各方面を脅しているだとか、そういうのはやらないタイプには見えたぜ。むしろ俺にはあのカルファって奴の方が嫌味だとか脅しだとかやりそうな糞ったれに見えたがよ」
「カルファと言えば、あの神童か」
「アイリスさんも知ってるんですか?」
「噂程度だがな。まだカルファのクラスの授業は行っていない……だが、メイリン以上に悪い噂は聞く。家が貴族というのを鼻にもかけている上、実力もあるから性質が悪いと」
貴族の殆どがそうというわけではないが、一部のものはその持って生まれた実力を過信して、他の者を見下す傾向がある。カルファはその典型とも言えるタイプであった。
だが実力は当然ある。人類種、ヒューマンの上位種であるハイヒューマンである彼らは、エルフにすら匹敵する能力を持っているのだ。
「あいつにとっちゃメイリンは目の上のたんこぶみたいなもんですからね。メイルーもランク持ちを排出してるとこですけど、あそこの家自体は唯のヒューマンですから」
だからこそ余計に目がつく。ハイヒューマンである自分が唯のヒューマンに劣るというのが許せないのであろう。
「……あからさまというのもあれだが、怪しくはあるな」
その意味するところは、つまり学院に脅迫状を出した犯人のことであろう。
現状、メイリンを敵視し、彼女の大会参加を最も快く思っていないだろう人間の中ではカルファが最も怪しい。
もしくは、彼を崇拝する取り巻き達の暴走か。いずれにせよ、調査する必要はある。
「それで、迷宮の最下層だが、件の魔族は確認出来たのか?」
「いや、そっちはちょっとまだな。何って言ってたっけな……そうそう、幻覚魔法ってのがあるから俺じゃ行けねぇんだとよ」
「幻覚魔法……あぁクソ。私も人のことは言えないな。迷宮の下層のトラップのことをすっかり忘れていたなど……」
「知ってたのか?」
「知識としてはな。在学中は迷宮に入って一攫千金を狙っていたわけではないので、迷宮には五階から十階程度までしか行かなかったのだ。いや、すまない。これも言い訳だな。もっとちゃんと情報を渡しておくべきだった」
そう言ってアイリスはいなほに頭を下げた。
いなほはそんなアイリスの謝罪を止めさせた。その程度、気にすることもない。
「それより問題なのはそいつをどうするかってことだ」
「へぇ、アンタのことだから構わず進むもんだと思ったけどな」
キースの野次に顔を顰めるが、しかし言うとおりでもあったので直ぐに罰が悪そうに頬を掻いた。
「いやよ。メイリンの奴が幻覚解けねぇなら止めとけってな……」
「君が人の言うことを聞くなんて、珍しいこともあるんだな」
「オイオイ、俺ほど聞き分けの良い野郎なんて探してもそういねぇぜ?」
むしろ、いなほ程聞き分けのない人間を探すほうが難しいだろう。全員がさも当然とばかりに聞き分けが良いなどとほざいたいなほをジト目で睨んだ。
ともかくである。アイリスはベッドに体重をさらに預けて、軽く手を上げた。
「まっ、それなら問題はあるまい。幸い明後日の講義は午前までだ。その後、私がいなほに同伴して迷宮最下層の調査に行こう」
それが妥当なところだろう。全員が了承の意を伝えようとした時、そこでエリスが「私が頑張ってその魔法覚えます」と提案してきた。
「頑張りますから……」
「駄目だ」
エリスの言葉をアイリスが一蹴する。大会参加に関してはまだ何とか許容出来るが、事迷宮のこととなれば話は別だ。
エリスが授業で高度な強化魔法を使用したのは知っている。だからといって、わざわざエリスが幻覚魔法の解除方法を覚えるまで待つというのは、大会までの期限が迫る中ではあり得ない話だ。
「エリス。何を焦ってるのか知らないが、幻覚無効の魔法は最終学年になってから習う複雑な混成魔法だ。言語と魔法陣。この二つを使用しなければならないんだぞ? 私も迷宮の方の罠解除は一通り心得ている。だからここは……」
それでも、エリスを優しく諭すようにアイリスは一言一言丁寧にエリスを説得する。
だがそんなアイリスの言葉を遮っていなほが口を開いた。
「いや、アイリス。ここはエリスに任せてやってくれ」
「いなほ、流石にこれだけは頷けないぞ。下手したら大会で大勢の人々が犠牲になるかもしれないんだ。その責任をどうする?」
「理屈は通ってるし、実際はお前の言うとおりだアイリス」
だけど、違うのだ。いなほだけはわかっている。エリスがただ我がままだけで無茶なことを言っているわけではないことを、いなほだけは信じている。
「でもな、エリスは動こうとしてる。テメェの足で、テメェを信じてだ。なぁアイリス、人間ってのはよ、どんなに無茶だって言われても、それでもここで動かなきゃ腐っちまうってところがあるんだよ。だから頼む、二日だけでいい。こいつに任せてやってくれ」
そう言っていなほは静かに頭を下げた。エリスのために、兄として、隣を共に歩む者として、家族だからこそ、血よりも濃い絆を持つからこそ、いなほは初めて人に頭を下げた。
アイリス達は、いなほが頭を下げたという事実に言葉を詰まらせる。そこらの人間が頭を下げるのとは違う。本物の男の願いのこもった頭だ。その下げた頭の持つ深い意味を感じ取れない程、アイリスは鈍感ではない。
「しかしだな……私ならその幻術も」
「頼む。二日でいい」
「わ、私からもお願いします!」
いなほの隣に座りなおして、エリスも頭を下げた。必死に願うその姿に、アイリスは困ったように視線を泳がせ、暫く目を閉じて悩み、溜息をついた。
本来、事が事だけに、アイリスといなほという、マルク最強であろうタッグで問題の中心に向かうのが正しいのだろう。
だが同時に、アイリスはいなほの隣に立って戦う自分というのを想像出来なかった。きっといなほは突き進むだろう。アイリスを置いて、一人で真っ直ぐに。だがエリスだけはどうしてか、その隣にいるのが正しいのではないかと思えたし、二人並んで進む姿が容易に想像できた。
「……二日だ。それで駄目なら私と行ってもらうからな、いなほ」
ならば、それを信じて見よう。トロールキングという怪物にすら、二人で立ち向かったこの兄妹の力を。
アイリスの許可を聞いて、いなほとエリスの顔が上がった。そして二人はマジマジと互いを見つめあうと、何を言うでもなく笑い合う。
「任せたぜ」
「うん、任せて」
言葉はそれ以上必要ない。絶対的な信頼だけがそこにあるから、その期待を裏切らないために、エリスはいなほの隣に立つための一歩を踏み出した。
次回、サムライ対ヤンキー。会合編。