第八話【ヤンキーと女騎士~打ち合わせ編】
「学院に暫く泊まることになっただとぉ!?」
アート・アートの元より帰ってきたいなほは、依頼より帰ってきたアイリスに、とりあえず色んなことを省いて、簡潔にその事実だけ告げた。
当然、いきなり学院に泊まるとだけ言われたアイリスは驚くばかりだ。というより、懐かしの母校に筋肉兵器をぶち込むという暴挙に驚いているのだろう。何と言うか、学院が地獄絵図にあるのが容易に想像できたアイリスだった。そして実際、昼にいなほの暴走で食堂の壁が吹き飛んだが、知らぬが仏というものだろう。
「おう、エリスも連れてくから暫くは頼んだぜ」
と言って、いなほはカウンターで未だ仕事をこなしているエリスを眺めながら言った。マスコットキャラとして定着した彼女のおかげで、最近は荒くれ者ばかりだったギルドのメンバーも、暴れるとエリスが泣きそうになるので良好な関係を築いている。
エリスを雇って正解だと、ゴドーがいつかぼやいていたのをアイリスは思いだした。なので、充分ギルドに貢献しているエリスが、暫く有給という形で学院に行くというのは、アイリスとしても問題にすることではないが。
「で、今度は一体どんな厄介事を抱え込むことになったんだ」
問題なのは、いなほが抱え込んだ厄介事のほうである。アイリスは、一か月前と同じ茶色に染まったいなほの髪を眺めて言った。まず間違いなく、この男は、茶色に染まった髪の代わりに、とんでもない要件を抱え込んだに違いない。
そして、いなほから語られた依頼の内容は、アイリスが胃を痛めるには充分な内容であった。
「つまり、その脅迫文を送った犯人を捜せということか。大会まで日も少ないし、中々難しいぞ?」
「っても前払いで報酬はもらったしな」
いなほは見せびらかすように髪を掻きあげた。「これから伸びてくる髪も茶色なんだってよ」と嬉しそうに語るいなほ。たかだかそんなことのために、学院を脅かす犯人の捜索をすることになるとは、アイリスは深々と溜息を吐きだした。
「しかし吸血王ヴァド、か。迷宮の最下層には魔族が封印されていると学院の七不思議で流れていたが、まさかそれを持ちだして脅迫してくるとはな……」
「ん? てことはそのヴァドって奴は実在しないってのか?」
いなほの疑問に、アイリスは「いや」と頭を振った。
「所詮は七不思議、そう決めつけてかかるには、ヴァドという名前は聞き捨てならない。吸血王ヴァドといえばマルク近隣に現れた魔族の一体だ。かつて大陸全土を騒然とさせた魔王戦争、他の魔族に関しては殆ど貴族連中と、傾いた天の城というギルドの戦闘員によって滅ぼされたが、倒せなかった魔族は少なからずいた。ヴァドはそんな滅せられずに姿をくらませた魔族の一体だ」
「つまり、場所的にも怪しいってことなんだな」
手に持ったジョッキを傾けていなほが言うと、アイリスは頷いた。ついでにゴドーにいなほと同じものとつまみを頼む。
運ばれてきたジョッキの中に並々と注がれた酒を一飲みし、つまみを食べてからアイリスは言った。
「そういうことだ。だがまぁ、取りこぼした魔族の情報は随分と知れ渡っている。だから、ヴァドがマルク周辺で消えていて、討伐が確認されていない事実を利用した愉快犯という説もある。私が在学中には、先生からそのような話は聞かなかったからな。だがまぁ、話が事実なら、君のパンチを受けて無事ですんだマドカという女性とアート・アート理事長ならば、こっそりと封印に成功していても不思議ではあるまい」
「面倒だしよ、明日あいつらのところに行って聞いてみるか?」
拳を作ったいなほが笑う。どう話を聞いてみるつもりなのかはあえて聞かないが、手段はどうあれその意見にはアイリスも同意だった。
「とはいえ闇雲に行ったところで、会う方法が分からないから難しいかもしれないな。基本は犯人を捜索しつつというとことになるだろう」
「……」
「どうした?」
唐突に沈黙したいなほを訝しがってアイリスが声をかける。
「いやよ。お前のことだから大会には出るなって言ってくるもんだと思ったぜ」
まぁ出るがよ。と笑って言ういなほ。アイリスは「だから言わなかったのだ」と苦笑して、それにと続けた。
「おそらく、犯人は大会の参加者か、あるいはその関係者の可能性が高い。基本は学生狙いだが、メイリンと言えば、一か月前の学生による依頼の実習でも、冒険者を差し置いて依頼をこなしている優秀な学生らしくてな。もしかしたら新人の冒険者の中にそんな彼女を妬んだ人間もいるという可能性もある。故に、内部から調査するというのにも、大会参加者という肩書は何かと安心だ。色んな人間から参加者のことを聞いても、不振がられることはあまりないだろうしな。そして君が本選にまで勝ち上がれば、いざという時に対応もしやすい」
「……なんつーか、そういうせこいやり方は気にいらねぇな」
「気にいる、気に入らない、という話しではないよ。犯人に気付かれたら、もし魔族の話が事実であった場合、大会開催よりも早く惨劇が起こる可能性がある。色々と慎重にならざるをえまい」
「そんなもんかよ」
「そんなものなのだよ」
そして二人はジョッキの中身を飲み干した。さらに追加を注文する。新たに運ばれたジョッキを掲げて二人は互いに視線を交わした。
「お前のそういう所、俺は嫌いだね」
「そもそも私は君という存在が嫌いだがな」
だが、こういうのは悪くはない。アイリスは僅かに笑むと、いなほのジョッキに自分のジョッキを当てた。
鈍く響き渡る音、いなほはどうしたものかとアイリスを見つめて、笑う。
「やってくれるのか?」
「仕方あるまい。私がいないと君は暴走してしまうからな。実は前から学院に臨時講師に是非と呼ばれていたんだ。利用するようで気が乗らないが、それを使えば学院に入りこむことも可能だろう。君は私の助手、エリスは私の推薦で暫く学生として生活、この方向で行けばそう怪しまれることもあるまい」
「報酬は出ないぜ?」
あからさまな挑発。にやにやと笑ういなほに、どう答えたらいいかアイリスは一瞬迷い、ややあって苦笑した。
「報酬なら前払いで貰っている。一か月前、街を救ったという、とんでもなく大きな報酬をな」
そう、自分には見返りなどない依頼に協力する理由なんて、それだけで充分だ。
いなほはむずがゆそうに体を揺する。そんな姿が微笑ましくてアイリスは頬を緩めた。きっと、いなほは感謝など欲してはいないだろう。褒められれば嬉しいし、調子にも乗る。だが、それを求めていなほは戦ったわけではない。
ましてや、街のために戦ったというわけではない。
全てはひたすらに己のため、だからこそ、その背中についていけると確信できた。
「前払いの報酬が大きいからな。ここらで利子分は払わないと気が済まない。私もその依頼、協力させてもらうよ」
さて、これから忙しくなるぞ。アイリスは酒を一飲みすると、明日からの行動に向けて早速準備をすることにした。
次回、学院編スタート。