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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第一部【For All We Know】
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第三話【空振りヤンキー】



 端的にまとめればこういうことである。

 闘技大会にキースを誘うために学院に単身訪れたいなほは、堂々と正門から入りこみ、手当たり次第に色んな学生にキースのことを聞いては、その度に全員を恐れさせる結果となり、キースに警告しに言った学生が教師に何とかするように頼んだ。哀れ懇願された教師は、生徒に良いところをみせようとして、いなほに杖を突きつけて調子に乗ったことを言い、呆れたいなほが示威行為もかねて壁を適当に叩いて現状に至ることになったのだという。


「つまり俺は悪くねぇってわけだよ」


「いや、確かに我々にも落ち度はあるがねぇ……」


 椅子にふんぞり返って壁を壊したことも悪くないと言ういなほに対して、対面に座る教師は困ったように乾いた笑みを浮かべた。

 あの直後、なだれ込んできた教師達によっていなほは包囲されることになり、あわや一触即発となりかけたが、教師陣の中に一か月前共に戦った者がいたため、どうにかその場は収めることになり、現在事の中心であるいなほと、巻き込まれることになったキースは、指導室にて事情聴取をその教師から受けていた。


「ハァ……君の無茶苦茶加減は知っていたがね。せめてもっとこう穏便に行かなかったのかい?」


「んなのあのおっさんに言えよな。あのクソが俺に喧嘩売ってきたのが悪いんだろうがよ」


「まぁそれはそうだが……事前に連絡をしてくれればよかったものを……」


「んなめんどくせぇ手続きなんてするかっての。いいじゃねぇか。俺の要件はこいつと会うことと、お前らんとこの理事長に会うことなんだからよ」


「理事長と?」


 驚いたと教師は目を瞬かせた。

 マルク魔法学院の理事長と言えば、普段全く姿を見せないことで有名な変人である。というのも、今より数百年前、この魔法学院が設立された当初から理事長をしていると言われており、学院の教師すらその姿を知らないというのだから、その変人奇人ぶりはわかるだろう。

 基本的に学院のほうは校長が切り盛りしているが、その校長ですら理事長の姿を知らない。だが唯一大会が開かれる期間だけ、秘書を通しではあるが、言伝を残しているのだ。

 なので確かに理事長と会うならこのタイミングしかないだろう。

 でもしかしだ。


「いなほ君。理事長に一体何の用があるんだい?」


 この学院に勤める教師として、それだけは聞かないといけない。だが教師の質問に、いなほは言葉を詰まらせてそっとバンダナをいじるだけで答えようとはしなかった。


「なんだよハヤモリ。随分らしくない態度じゃないか」


 キースが野次を入れるが、いなほは「うるせぃ」と子どもみたいに悪態をつくだけである。

 まぁ我がままな男ではあるが、こちらから何かちょっかいを出さなければ基本的に問題ない男である。それもわかっているので、キースも教師もそれ以上何か言うことはなかった。


「……まぁいい。理事長に関しては、正直私達も会う方法はわからないから力になれないが、さてそういえばキース君に用があるんだったっけかな?」


「おぉ! そうだキース! テメェ、俺と一緒に大会に出ないか?」


 そう言って、いなほはポケットにつっこんでいたくしゃくしゃのチラシをキースに渡した。大会の外部枠勧誘のチラシである。

 何だかタイミングがいいよホント。内心でそうぼやいてから、キースはいなほを見た。

 キラキラと子どものように輝いた瞳を見据え、敵わないなと苦笑する。


「へっ、仕方ないから出てやるよハヤモリ」


「ホントか!? へへ、これで出れるってもんだ」


 いなほは無邪気に笑って喜びを表した。

 キースは喜ぶいなほにチラシを返すと言う。


「ちなみに人数は?」


「あ? 俺とお前、それだけだ」


 堪らず膝をつきそうになったがどうにか踏みとどまる。やっぱしだ。こいつ、間違いなく一人でどうにかするつもりだ。


「あのなぁ! 一応これはチームで参戦するんだぞ? 俺とアンタだけって、大会舐めてるわけ? てか最低人数にも届いてねえよ!」


「舐めてはいねぇよ。どうせ勝つのは俺だ」


 呼吸するように自分の勝ちを謳うその態度にキースの言葉が詰まる。まるで変わっていない。最強を自負するその在り方こそ、キースの目指す男の姿。

 それに、といなほは続けた。


「背中は任せてもいいんだろ?」


「ッ……!」


 真っ直ぐに自分を見つめるいなほの視線と言葉。黒い瞳には嘘なんかは見当たらない。一か月前、喧嘩だけしかしていなかった自分を、真っ直ぐに見詰めて、真っ直ぐに信じているその瞳。

 まだ敵わないわ。キースは片手で顔を覆うと、静かに笑って見せた。


「馬鹿。ときめくぜこん畜生」


「あ?」


「出てやるって言ったんだよ、ハヤモリ」


 顔を上げたキースはいなほに負けず劣らずの凶悪な笑みを浮かべて見せた。あぁ畜生。そこまで言われたら、そんなことを言われたら、俺はお前についていくに決まってるじゃないか。

 キースが座るいなほに片手を差し出す。この一カ月、鍛えに鍛え豆だらけになった掌。

 その証をいなほは噛みしめるように眺めてから、鼻を鳴らして手を重ねた。


「足引っ張るなよキース」


「それはこっちのセリフだよハヤモリ」


 共に闘争を共有した時間に意味はない。

 男と男、それだけの絆がそこにはあった。


「……さて、では昼休みも終わりましたから、キース君は教室に戻りなさい」


 その直後にタイミング良く鳴りだしたチャイムを機に、教師がそう言った。


「参加のほうはこっちでやっとくからさ。アンタは追加のメンバーとか決まったりしたら五日以内にはまた連絡よろしく。明日またこっちからギルドのほうに行くから」


「あいよ」


「じゃ……失礼しました」


 一礼してからキースが指導室を後にする。残されたのは教師といなほの二人だ。


「それで、君はこれからどうするんだい?」


 教師の言葉に僅かに思案したいなほは「まっ、理事長探して学校をうろつくとしようかね」と返した。


「そうか……なら他の教師達には私から話しておく。くれぐれも勝手に教室とかに入り込まないでくれよ」


「わかったよ。安心しな」


 絶対に安心できない一言だが、彼もまた授業があるため急がないといけない。「本当に頼んだよ」と言い残して、教師も指導室を後にした。


「ふぅ……」


 さて、一つ目の目的は済んだ。後はどうにかして理事長に会って──この髪を茶髪に変えてもらうことにしよう。

 話はギルドの酒場でのことに戻る。アイリス曰く、マルクの理事長はとんでもない変わり者らしい。毎年大会に優勝した者達の前にいきなり現れては、便の通りが良くなる魔法だとか、野菜を美味しく感じるようになる魔法だとか、乳首の毛が一本だけ伸び続ける魔法等々、微妙な魔法をかけていくらしい。

 そんな理事長ならば、永続的に茶髪とする魔法を知っているのではないかというのがアイリスの言だ。

 ちなみにアイリスはエロボディを保つ魔法をかけられたとのこと。

 閑話休題。

 大会を優勝すれば当然会えるのだが、いなほとしてはそんな悠長に待っている暇などないし、どうせ大会に出るなら、茶髪になってすっきりとした状態で臨みたいというのが本音である。

 なのでこうして引き止めようとするアイリスを振り切ってここまで来たのであった。


「しかし……広ぇよなここはよ。俺の行ってたとことは大違いだぜ」


 指導室を出たいなほは、窓越しに校内の様子を見た。

 まずは正門、マルクの入り口よりかは小さいが、それでも見上げるほどに巨大な門である。壁は赤い煉瓦のようなもので作られており、それが敷地を丸ごと覆っている。

 その内側は、広大な庭園があり、離れには生徒たちの学生寮と、魔法の練習を行う校庭、そして高等部からいけるようになる迷宮の入り口がある。

 学校自体も大きく、敷地のほぼ半分が学び舎となっている。

 そんな学院の何処から探せばいいか、普通の人間なら迷いそうなものだが、そこはいなほ、迷うことなく道なりに進もうと踵を返した。


「あら、行くのかしら?」


 直後、いなほの背中越しに声が響く。殺気。直感。いなほは即座にその場から飛びのくと同時に反転した。


「ッ……」


「反応は上々、ふん、この程度はしてもらわないと困るけど」


 数メートル離れた所で、いなほに気配を察知させることもなく背後を取った女が肩を竦めた。

 銀髪銀目。それはおよそ人としてはあり得ぬ色合いの女だった。肌も銀色に負けず白く、いっそ死人か何かと勘違いしてしまうくらいだ。だが体はその白とは逆にダークスーツに包まれている。僅かに覗く両手の白が一層引き立つような服装だ。


「テメェは……」


「マドカ、そう呼びなさい」


 女、マドカはいつの間にか取りだしたタバコを咥えて、不遜な態度でそう自己紹介をした。

 冷たい殺気をまき散らすマドカを前に、普段なら触発されるままに突貫するいなほは、全身で感じる嫌な気配から動けずにいた。

 目の前の女の得体が知れない。確かにそこにいるはずなのに、視線は別のところから感じるという不可思議が、いなほの動きを直前で止めていた。


「聞いた話とは随分と違うな。もっとこう一気に襲いかかるものだとばかり思っていたわ」


 煙草をふかしながらマドカは目をまん丸にしてわざとらしく驚いて見せた。

 言ってろ。いなほは内心で呟く。臨戦態勢に入ったいなほは、普段通りの半身の構えを取りながらマドカとの距離感を測っていた。

 浅い呼吸を繰り返し、いつでも飛びかかれるように準備をする。突然のことで混乱していた思考はもう落ち着いた。ここからは決して動きを逃さない。

 睨みあう二人。警戒心を最大限まで引き上げているいなほに対して、マドカの態度は隙だらけともいえた。煙草を片手、空いてる手はポケットに仕舞っている。そしてこちらを品定めするようなその視線。

 上等だ。沸点の低いいなほの闘志に火がつく。まずはそのふざけた態度を改めさせてやると、いなほが一歩踏み出した瞬間、目の前からマドカが消えた。


「な……」


「ふむ、まだまだ甘い」


 背後、マドカに肩を軽く叩かれる。何故という思考よりも早く、いなほの肉体は行動に移った。

 独楽のように体を回転させながら右拳を回転に沿う形で横に振る。姿は見えずとも、いなほの当て勘は完璧だ。廊下の木材が回転の摩擦で煙をあげるほどの速度。どうして背後を取られたのかは知らないが、この距離、この勢い、外すわけがない。


「シィッ!」


 呼気は静かに、いなほの右拳が背後のマドカの顔面に向かって疾走する。

 放たれた弾丸の如き拳は目標を違えることはなかった。最短距離で最速、寸分の誤差もなく、狙いすましたその一撃は、マドカのその美貌を捕らえた。

 肉と骨がどちらもミンチになる感触が拳を通じて脳に走った。振り返ると同時、赤い血をまき散らし、美しい顔の内側にあった脳漿やらやらが一気にまき散らされる。

 そして首から上を破裂させて絶命したマドカは、断末魔を上げることもなく、自身の流した血の海に沈んで事切れた。


「なっ……」


 再びいなほに驚きが走る。何の予兆もなく己の背後を取ったその技量から、手加減抜きの一撃を放ってしまったが、まさか自分を出しぬく実力者がこの程度で死ぬとは予想も出来なかった。

 手に残った感触は、トロールを殺したときとさして変わらない。人を殺したという罪悪も、一か月前に折り合いがついている。

 だがまさか死ぬとは思わなかった。血の海に沈むマドカのなれの果てを見下ろして、何も考えることもできずに、いなほは血に濡れた己の掌を見つめて、


「思いっきりがいいな。流石はマルクの英雄と言ったところか」


 と、最早聞くこともないはずの声を再び背後から聞いた。


「ッ……!」


 再びいなほは反転しながら後退した。目の前には血の池なんてない。拳を濡らす鮮血もなければ、ましてや首のない死体もなく、煙草をふかしたままの、死んだはずのマドカがそこにいる。

 狐か何かに化かされた気分だった。流石に動揺を隠しきることが出来ずにいなほの頬を汗が滴った。これまで、真正面からの戦いを繰り返したからこそ、この何もかもが理解不能な異常空間では身動きがきかない。

 何故生きている。いなほは、間違いなくマドカの顔面を破砕したはずだった。潰れる肉と骨の感触に、手を濡らした赤い血液の暖かさ、廊下を染め上げる鮮血の池、そして崩れ落ちた首なしの死体。

 どれもが事実だった。間違いなく事実のはずだった。

 だがしかし、殺したはずのマドカはそこにいる。まるで何もなかったかのように平然と立っている。

 彼女の咥えた煙草から漏れる紫煙も本物だ。幻覚? 違う。いなほはマドカを撲殺しきったはずだ。得体の知れない恐怖、異常極まるこの状況下で、いなほは一度顔を俯かせると、小刻みにその肩が震えだした。


「上等……ッ!」


 破顔一笑。犬歯を剥き出しにして、いなほは得体の知れぬマドカを相手に、むしろ戦意を漲らせた。

 盛り上がる四肢は、今度こそマドカの実体を捕らえんと一層隆起する。底なしの闘争心をガソリンに、いなほは再び足を踏み出した。



次回、読者プッツンもののヤンキーの鈍感力。そのいち

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