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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第二章・第一部【For All We Know】
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第二話【学院ヤンキー】





 マルクは主に三つの区画で成り立っている。外周部を沿う形で並び立つ商業区の内側、人々の家や冒険者等の旅人が使う宿のある住宅街と、依頼斡旋所を中心として様々なギルドが並ぶギルド街、そして各国から幾人もの子どもたちが、己の魔法に磨きをかける学び舎の魔法学院だ。

 マルク魔法学院、正式名称はもっと長いが、そう呼ばれるその学院では、下はエリスよりも一つ二つ下の子どもから、いなほくらいの青年までの、数千人にも及ぶ学生が衣食住を行っている。

 その学部は多岐に及び、それこそマルク魔法学院に行けば、学べぬものはないというくらい、各分野で必要な専門知識を学ぶことが出来る。学生達は、ここでそれぞれの夢に向かって、自分たちに必要な魔法について研鑽しているのであった。

 そんな魔法学院でも特に人気の学部である戦闘技術育成学部、略して戦技の高等部一年では、来るトーナメントの話題で持ちきりであった。

 マルク戦技交流闘技大会と呼ばれるこのトーナメントは、学生は高等部より出場が可能となっていて、実質一年生の登竜門として年に一度の祭りとして騒がれている。外来の参加者が行うのとは別の予選があり、その学生予選の締め切りが残り三日と迫っているのもあり、休み時間などはその話題ばかりが常に上がっていた。

 そんな闘技大会を前にして、当然それぞれの学生が思うのは、強い仲間の確保にある。なので、高等部一年でも実力者であるキース・アズウェルドは、休み時間の度に同級生達の誘いを受けていた。


「なぁ頼むよキース。優勝したらお前の分け前は多くするからさ」


「……悪いけど他の奴に当たってくれ」


 この返事をするのも何度目だろうか。若干疲れの混じった返事を返すと、キースは椅子を立ってそそくさと教室を後にした。

 闘技大会。一か月前の自分ならむしろ率先して強力なメンバーを集めて大会を目指したかもしれないが、キースとしては同年代の学生との予選よりも、むしろちゃんとした実戦を経験した強者の出る外部枠で出る気だったので、学生同士で予選を戦おうとする彼らと組む気にはなれなかったのだ。

 学生枠以上に本選に出ることが難しい外部枠に好んで出ようという猛者がいるわけもなく、現在のキースは三日後の学生予選ではなく、一週間後の外部枠に向けてのメンバー集めに悪戦苦闘していたのであった。


「あ、キース君!」


 廊下に出た所で、随分と聞き慣れた声が背中にかかった。振り返れば、ネムネ・スラープが笑顔で手を振りながら笑顔でキースの元に駆け寄ってきていた。


「ネムネ、お前も学食か?」


「そんなとこデス。一緒にどうデスか?」


「ん、じゃあまぁ互いの進歩状況でも話しながら飯にでもしよう」


「うんデス」


 キースとネムネの二人は並び立って食堂に向かうことにした。一か月前の一件以来、ネムネとキースはよく行動を共にすることになっていた。あのような依頼を共に共有したのだ。仲間意識が芽生えるのも不思議ではなかった。

 今では互いに名前で呼び合う程度の仲にはなったし、キースとネムネは共に闘技大会で出るつもりでもある。

 二人は適当に雑談をしながら食堂に着くと、まずは席を確保してから食事を頼みに行った。キースは焼き肉定食で、ネムネはサラダセットとご飯である。


「しかし女ってのは小食だな。そんなんで足りるのか?」


 向かい合って座った二人。キースはネムネの前に置かれたサラダとご飯だけという昼飯を見てそんなことをぼやいた。もし自分がこの食事で腹を満たそうものなら、三回はお代わりしないと物足りないだろう。


「んー、足りるわけではないデスけど、まぁ充分量ではあるって感じデス」


「まっ、それで持つってなら構いはしないけどさ。確かDクラスは午後は実技だったろ?」


「っても私、先日ランク持ちになったから多分実技だと他の子の援護をすることになるかもデス。だからそこまで動かないし問題ないデスよ」


「それもそうか。ともかく頑張れよ」


「うんデス!」


 元気よく頷き返してきたネムネに、キースも笑みを返す。

 さて雑談はこの程度で終わりにしよう。キースはフォークを持った手を止めると、早速本題に入ることにした。


「それで、そっちは集まったか?」


「残念ながら……最初の時点で親しい友達は全滅して、それにこの時期だともう皆決まってるか、出るつもりのない生徒ばっかデスからね」


「だよなぁ……俺も何人か誘ったり誘われたりしたけど、どいつも外部枠で出ようって奴はいなくてよ……」


 休み時間のことを思い出して、二人揃って溜息を吐きだす。前途多難で、しかも時間まで残り僅か。

 進退窮まったか。最終手段として、適当に数合わせの一人を集めて、一回戦だけでも出るというやり方もあるが。


「いっそギルドの人を集めてみるデスか?」


 ネムネが案を出すが、キースの表情は曇ったままだ。


「それこそそっちも決まってるところだろ。第一ここにいる奴らで大会に出ていない冒険者なんているわけないだろうに。それもそこそこに強い奴となると……あ」


 キースが何か思い出したのか、虚空を見つめて目を瞬かせる。

 むぅ? と首を傾げるネムネを他所に、頷いたと思ったら顔をしかめたり、でも仕方ないといった様子で頷こうとしてやっぱし首を横に振ったりと、百面相をするキース。

 だが最終的に結論が出たのか、渋々といった感じで溜息を吐きだしてから、キースは言った。


「ハヤモリの奴なんてどうだ?」


「ハヤモリって……げぇ!? い、いなほさんデスかぁ!?」


 キースの提案に、一瞬きょとんとしたネムネだが、直ぐに乙女にあるまじき悲鳴をあげて仰け反りかえった。まる早森という言葉から逃れようという行動に、キースも理解できるところがあるのか、悔しそうに俯いた。


「いや、ホント考えないようにしてたんだけどなぁ……それにもしあいつ引き入れることが出来たとしても、正直全部持ってかれそうな気がするし……」


「そうなったら学生枠で出ようが外部枠ででようが関係ないデスからね」


 先程よりもさらに深い溜息。あの筋肉至上主義が仲間になったときのことを思い浮かべる。


 ……。


「ヒャッハー! 向かってくる奴は調子のいいカスだ! 逃げる奴はただのカスだぁ!」

「ギャー! ヤンキーだ! ヤンキーが来るぞぉぉぉ!」

「いやー! 誰か助けてー!」

「うぇぇぇぇん! お母さぁぁぁぁぁぁん!」


 ……。


 二人は同時に視線を合わせた。背中に冷たい物が流れるのを感じた。世紀末モヒカン。キースとネムネの脳裏に知らないはずなのに、妙にしっくりくる言葉が思い浮かぶ。


「つか、一か月前にトロールキング倒したのもハヤモリの奴だったよな?」


「確かそうデス。トロールを素手で撲殺できて、魔獣よりも凶悪な顔をしていて、少女を常に肩車している巨人という噂がほんとならデスが……ていうかもういなほさん確定デスよねこれ!」


「ハァ……ったく、追いつこうにもこれじゃ、いつになったら追いつけるんだかね」


 やるせなさそうにぼやくキースだが、その口元には確かに笑みが浮かんでいた。目指す先が強くなっている。上等だ、容易く届く頂なんてつまらない。

 そこでキースは視線を感じて目の前を見た。当然、目の前にいるのはネムネであり、彼女は愛おしそうにキースのことを見ていた。


「ふふ、そういう瞳。男の子って素敵デスね」


「んだよ……じろじろ見るんじゃねぇ」


 照れ臭そうに頬を掻いて、キースはネムネから視線を切った。


「それよかどうすんだよ。あのクソヤンキーを誘うか誘わないか」


「むぅ……結構難しい問題デスよね。私達の目的は、外来に出る参加者の魔法や戦い方を見て勉強することで勝利は二の次デスから、あの人を入れるというのも、私としては吝かではないのデスが」


「でも折角出るなら実力も試したいしな……あいつ絶対強い奴との戦い無理矢理でもかっさらうだろうし。あー! あの野郎がせめてアイリスさんくらいの実力だったらよかったのによぉ!」


「いや、多分大会の性質上、アイリスさんが出ても弱いものイジメにしかならないデスって」


 基本的に、原則一回しか出場することが出来ないこの大会では、学生も冒険者も、基本的に若手が出ることが暗黙の了解として成り立っている。本選では様々なギルドや国の将校等々、有望な若手に目を光らせる者達も観戦するので、そういう意味でも若手にとっては絶好のチャンスなのだ。

 なので出てくるのは当然、まだまだ能力が伸び盛りの、要はまだ実力的には未熟な者達ばかりだということだ。勿論、突如現れて圧倒的な実力を示したアイリスのような存在もいるにはいるが、それでもかつてのアイリスはランク的にも未熟だったので、今のアイリスとは比べ物にならないだろう。

 それにそもそもアイリスが大会に出場して優勝したというのは既に知れ渡っている。結局アイリスを頼るわけにもいかず、だからといって他の冒険者の伝手など学生の身分でしかないキースとネムネにあるわけもなかった。


「難しいよなぁ……もう面倒だから二人で出ちまうか。一回戦しか出れないけど」


 キースは諦め混じりにぼやいた。でも折角の機会、本選に出たいという気持ちがないわけではない。

 学生枠も残り数日で締めきり、いよいよもって決断の時が来たのだ。ずるずると悩むなら、決断を早くしたほうがいいかもしれないと二人が覚悟を決める。

 その時、勢いよく食堂に学生が走りこんできた。


「キース! キースはいるか!?」


 食堂の入り口で、同級生がキースの名前を大声で叫び出した。

 突然名前を呼ばれたキースは、また誘いかと、めんどくさそうに入り口で自分の名前のいる同級生を見ると、どうにもそんな雰囲気ではないようだ。汗を滴らせ、キースを探している学生は、何か恐ろしいものでも見たのか、憔悴しきった表情で食堂をきょろきょろと見渡している。


「キース君……」


「……ちょっと行ってくる」


 キースを不安げに見るネムネを安心させるように笑って見せると、席を立ってその生徒の前に行った。


「おい、一体何だよ」


「キース!? 良かった、まだ生きてたか……」


「物騒な物言いだな……どうしたのさ」


 直後、キースの両肩を学生が掴んだ。


「お前、今すぐ逃げたほうがいいぞ」


「は?」


 突然そんなことを言われても納得できるわけもない。眉を潜めるキースに、男は矢継ぎ早と続ける。


「いや、俺も正直まだよくわかってないけどさ。外で飯食ってたら超怖い男にキースが何処にいるか知ってるかだなんて言われたんだよ。つーかあの目つき、確実に闇ギルドの一員、しかも鉄砲玉に違いないからさ。あんな奴の用事なんて絶対ヤバいことだ。関わるのも嫌だとは思ったけど知ってしまったもんは仕方ねぇし、先生に連絡してから慌ててお前を探したってわけよ」


「……もしかしなくても、もしかしないよなぁ」


 どうやら、キースが危ない人間に目を付けられていると勘違いしたらしい。心配してくれるのはありがたいとは思うキースだが、残念、多分お前が思っていることは全然勘違いだ。


「……で、その男は今何処にいるんだ?」


「おいおい! あんなヤバい奴に関わるのは止めとけって」


 少年はキースの両肩を掴んで制止しようとするが、キースはその手を解くと、混乱しきった少年の肩を逆に掴み返した。


「いやな落ち着けって。多分お前の言ってる奴っていうのは──」


「うわぁぁぁぁ!」


 俺の知り合いだ。と言おうとした時、悲鳴と共に食堂の壁の一角が爆発した。

 崩壊した壁の向こうに食堂の生徒の視線が集まる。静寂、一体何事かと煙る瓦礫の近くに野次馬が集まる。

 そして、煙を抜けてまず現れたのは、四つん這いで必死に何かから逃げようと足掻く先生だった。


「ひぃ、ひぃぃぃ」


 キースも見覚えのあるその教師は、確かこの後の授業でネムネ達のクラスを担当する教師のはずだ。知識はあるが、ランク持ちではないために、ランク持ちの生徒を差別することで有名な教師である。

 その情けない姿を、しかし生徒たちは見てはいなかった。というよりもそんな余裕なんてなかった。

 まず異変を感じたのは、実戦の経験をよく積んだ高学年の学生だった。煙幕の向こう、恐ろしい気配を感じ取って、ある者はわき目も見ずにその場から逃げ出し、ランク持ちの腕の立つ生徒は戦闘態勢に入ってはいるが、その顔からは脂汗を滲ませ、何とか踏みとどまっているに過ぎない。

 そんな騒然としながら静寂の空間で、別の反応を示すのが二人。キースとネムネであった。


「うわー……これって……」


「あぁ、間違いねぇ」


 あの日を思い出して、二人の顔が引き攣る。煙の向こうから香る獣の臭いと、肌を突き刺す圧倒的な戦気。

 間違いない。この戦意の高まりを間違える程、あの日の出来事は小さいものではないのだ。


「ったくよぉ……いきなり杖突きつけて喧嘩売ってきたわりにはしょうもねぇオチだなオイ」


 つまらなげに吐き捨てながら、煙幕を引き裂いてそれが現れた。

 大きい男だ。身長もそうだが、その体から溢れだす雰囲気が男をそれ以上に大きく見せていた。

 頭にはバンダナを巻いており、僅かに目元を隠してはいるものの、影となった部分から覗くぎらついた瞳は、見る者の戦意を容易く折る程の禍々しい何かを宿している。

 何よりも、シャツから伸びるその悪魔の如き腕。小麦色の皮膚をまとった筋肉は、どこにどの筋肉があるかはっきりと分かる程で、無駄なぜい肉など一切ない。まるで刀剣のような魅力、いや、刀剣すら霞むほどの威圧感を放つその腕が食堂の壁を崩壊させたのだと、現場を見なくても誰もが容易に思いついた。


「さて、と……」


「ひょわ!?」


 男は周りの視線も意に介さず、逃げる教師の襟を掴み、まるで子猫か何かのように軽く持ち上げた。

 そして恐怖に顔を引きつらせる教師の顔を自分の方に向けた。睨んでいるわけでもないのに教師の体を恐怖が満たす。目はぐるぐると回り、体は小刻みに震え、末端まで力が抜けきっていた。

 だが当然、男は教師の感じている恐怖など無視をして質問した。


「キースを知ってるか?」


「ひょ、ひょぇ……」


「使えねぇな」


 答えられないとわかったので、男は教師を軽く放り投げた。放物線を描いて教師が空を舞い地べたに落ちる。その間に気絶したのだろう、教師は倒れ伏したまま起き上がることはなかった。


「よーし……」


 男は自分を取り囲む、恐怖で動けない学生達を見渡した。女性生徒の何人かがそれだけで腰を抜かして尻をつく。しかしそれ以外では誰も動かない、動けない。

 ただ現れただけ、それだけで食堂にいる百人以上の学生を屈服させた男、その男に見覚えのあるキースはといえば、その只中で動ける二人の内の一人として、学生を掻き分けて前に出た。


「ハァ……噂をすれば影ってか」


 額を抑えて溜息を吐きだす。タイミングがいいのか悪いのか。


「あんた、ホント騒動起こすのが好きだよな……なぁ、ハヤモリ」


 キースが男、早森いなほの名前を呼ぶ。

 そうすれば、放つ戦意はそのままに、いなほはニカッと快活に笑って見せると、


「よぉキース! 喧嘩しに行こうぜ!」


 何て、遊びにでもいくような気軽さでそう言うのであった。




壊れた壁の件は後日アイリスが謝罪をしてなんとかなりました。


次回、ヤンキーと銀髪姉ちゃん。そして伝説へ



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