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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第一章【その男、ヤンキーにつき】
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第三十三話【ヤンキー、突貫】


 メルルに着いたのは予定よりもだいぶ早かった。というのも全力で走るいなほに釣られるようにして全体の速度が上がったためなのだが。だが僅かな疲労を滲ませてはいるが、その場にいる者は特に疲れをあからさまに見せている者はいなかった。

 とはいってもいなほに対するまるで別の生物でも見る視線は隠せない。無理もないとアイリスも思った。というか私の時はもっと恐ろしかったんだ。主に上にセットで乗ってた少女のせいで。


「まっ、彼についてはそういうことだ」


「……充分に理解した」


 冒険者と教員の誰もが深く理解した。この筋肉野郎は、そもそもからして規格が違うのだと言うこと、そしてD+というレベルの常識はずれな能力と、それ以上の力を持つのだろうトロールキングへの思いを強くする。

 一方注目の的となっているいなほはといえば、再び訪れることになったこの村で、いち早く墓に向かっていた。乱雑で至る所に立てられた木の棒。その下には無残な死を迎えた村人達の姿がある。


「仇、取りにきたぜ。それとエリスは無事だ。だからよ、成仏しな」


 両手を合わせて目を閉じる。黙祷。死者への敬意を忘れてはならないし、この誓いが一層いなほの中の覚悟を強くする。

 強者との夢のような闘争と、仇としての闘争。どちらも等価であることは本来恥ずべきことだろう。知り合いの仇を取りにきているというのに私情を挟む。

 でもそれについてはあのクイーンとの戦いの後、ある程度折り合いをつけた。だから矛盾を孕もうがいなほはその二つを等価として立ち向かう。


「いなほ」


 アイリスが名前を呼びながら近づくと、そこに無数に立てられた木の棒を見て言葉を失った。きつく引きしめられる相貌。その光景だけで全て分かった。


「これは君が」


「俺は手伝っただけだ。やったのはエリスだよ」


「……そうか」


 こんな墓をエリスが作れるわけがない。だがいなほの言っていることはそういうことではない。心より村人を思ったのがエリスだからこそ、いなほはそういった言い方をしたのだろう。

 死んだ村に並び立つ墓。最早ここ廃村ではなく墓地であった。もしトロールの事件を解決しなければ、ここと同じことになる場所がさらに増えることになる。

 それだけは許すわけにはいかないのだ。アイリスも数秒黙祷を捧げると、墓に背を向けた。後ろには彼らもまた控えていた。目配せをすれば、無言の肯定が返ってくる。

 アイリスは全員の意志を受け取って一歩踏み出した。

 目指す先は、魔境、迷いの森。


「行くぞ! 目標は迷いの森中央! ここから先は何があるかわからない。各自、連携を忘れずに事に当たれ!」


 片手にいつもの片手剣。そしてもう一方に氷の女神を持って、青い輝きに包まれたアイリスが吠える。凛々しく告げる言葉に戦意を高めた一同も闘志を燃やしながら各々の武器を取りだした。


「っしゃぁ!」


 喚起して何よりも盛り上がったのはいなほだ。そのままの勢いで村を抜けようとするが、その前にアイリスの氷の女神が出てきて行く手を遮る。


「何すんだよ」


「何すんだよはこっちのセリフだ! いなほ、ここは迷いの森と言われている。言葉の通り迷い安いんだ! ここらの村人でも表層より先には絶対に行かない。特殊な魔力素のせいでコンパス等が使えなくなるからな。なので道を知ってる私が先導するから、君はついてこい」


 えー、といなほは駄々をこねる子どものように唇を尖らせるが、アイリスが絶対に譲らないと目に力を込める。


「……まっ、確かに俺はここら辺詳しくねぇしな。ほれ、さっさと歩けよアイリス」


「決めた。いつか凍らせる。絶対だ」


 本気の目でそう言うと、アイリスは団体の先頭を歩きだした。メルルから森までの距離はそこまでない。今は完全に失われたが、魔除けの結界が敷かれた部分から迷いの森の入り口までの距離は、おそよ二百メートル程か。いなほが最初に目覚めた場所も、迷いの森のほんの一画でしかない。

 全体の大きさとしては、数十キロはあるとされる迷いの森の豊富な原生林と実りある資源は、奥地にある果物を籠一杯に持って帰れば、一月は豪遊できる程の金額を稼ぐことが出来る。だが当然ながら奥に進めば進むほど、トロールをはじめとしたランク持ちの魔獣に襲われる危険性が多くなるのだが。


「妙に静かだな」


 迷いの森に入ってから一時間、獣道を見つけた一同はそこを通ってきたが、一向に魔獣と遭遇していなかった。あえて獣が使う道を通ることで、トロールの行方を捜そうとしたのだが、トロール所か他の魔獣まで出ない状況は異常である。

 だが巨大な迷いの森で各自で個別に捜索を行うのは危険極まりない。だがそうは言っても、臨戦態勢を続けたままで一時間も移動していればストレスはたまる一方である。といっても約一名は戦えないフラストレーションがたまってイラついてるようだが。


「おいアイリス……いつになったらやれるんだよ」


「黙って周囲の警戒をしていろ」


 いなほに応対することすら今は億劫である。両手に持った剣は強化の魔法のおかげでそこまで重くはないが、後一時間も強化に魔力を振れば今度は戦闘行動に支障が出る。

 やり方を変えるべきか? アイリスがそう思った瞬間、ガサリと目の前の草木が揺れた。


「ッ!?」


 全員が武器を構えて警戒する。一同の視線が集まる中、草木の揺れはどんどん大きくなり、そしてそこから何かが飛び出した。


「もっぴぃ」


 そんな可愛い声と共に、全体がモコモコした可愛らしい物体が現れた。


「……おい」


 一番やる気になっていたいなほ両目を細めて呟く。あの変なナマモノはなんなんだという意味を込めてぼやく。


「モコモコピッピーだ」


 と、アイリスの代わりに冒険者の一人がそんなことを言った。

 モコモコピッピー。愛玩用で食用の高級魔獣である。基本人畜無害。愛くるしいその姿と、高品質の毛皮と肉が美味しい一石二鳥の魔獣である。

 だがおかしい話だ。本来モコモコピッピー(以降、モッピー)は戦闘能力が皆無であるために、迷いの森の奥深くなどにはいないはずだ。

 だというのに何故こんな場所にいる? アイリスの脳裏に浮かぶ疑問。だがそれはいなほが誘われるがままにモッピーの元に行った直後、氷解した。

 まるで打ち合わせでもしていたかのように、モッピーにいる両脇の木々の枝をへし折る音とともに何かが落ちてくる。


「いなほ!?」


 頭上から現れたのは二体のトロールだ。まさか待ち伏せされていた!? 油断を突かれたいなほの反応は僅かに遅れている。そう、見上げる頃にはその頭上にはトロールの持つ棍棒が迫っていて──


 いなほの脳天と肩に、トロールの棍棒が直撃した。


「いな……ッ!?」


 アイリスが駆け寄ろうとするが、そうはさせないと言わんばかりにさらなるトロールが数えて六体、アイリス達を取り囲むように木から降りてくる。

 突然の戦闘。アイリスは剣を構えながらいなほを見る。

 そこには、棍棒の直撃を受けて尚も直立している所か、ぶつかった棍棒を逆に掴むいなほがいた。


「スカっときた」


 それだけか! トロールと応じながらアイリスは内心でツッコミ。だがいなほは怒気を孕ませ笑いながら、二体のトロールを睨み返した。


「どうやらまだ俺のことがわかってねぇみたいだなぁオイ」


 両手の力を込めても振りほどけない棍棒にトロールは何を思ったのだろうか。圧倒的に体格で劣る相手に負ける魔獣。異常といえば異常だが、いなほにとってそれは当然すぎる結果にすぎない。


「ってんぞテメェ!」


 声を張り上げて、いなほは棍棒を握力で潰すと同時、手近のトロールの首に飛びかかり、その首をロックすると、お返しとばかりに頭突きをかました。

 骨が砕ける悲痛な音に合わせて、トロールが白目を剥いて倒れる。着地したいなほは、そんな常識破りな光景に言葉もないトロールに振り返ると、ニタァとおぞましく口を広げた。


「ヒャハッ!」


 果たしてトロールに断末魔はなかった。脳天に握り拳を一撃、たったそれだけでトロールの顔面が陥没して崩れ落ちる。


「……ふん、心配するだけ無駄だった、か!」


 アイリスは二刀を駆使して一体目のトロールを切り伏せた。氷のオブジェと化すトロールに蹴りを一撃。粉々に砕け散る魔獣の骸に感慨など何もない他の者も余裕を持ってトロールを倒すが、しかし一度始まった戦いは決して収まる気配を見せない。


「数、十、二十、三十……まだ増えて、取り囲まれているわ!」


 索敵の魔法を行使した教員の女性が、悲鳴のような叫びをあげた。


「どうやら既に奴らの腹の中だったみたいだな」


 いなほ達が互いに背中を向け合いながら、円を描くように構える。アイリスの皮肉にいなほは笑って見せた。


「だったら腹壊してもらわねぇとなぁ! 生ものは体に悪いってよぉ!」


「同感だ! 氷を飲んで腹を痛めてもらおうか!」


 直後、一気にトロールが襲いかかってくる。十を超える巨体が一斉に襲いかかる光景は、恐ろしいの一言に尽きるだろう。

 しかし何事もビビれば敗北だ。いなほは活を入れるように指を鳴らすと、闘志を剥き出しに吠えた。


「オラァ! 百でも千でもかかってこいやぁ!」


 迫りくるは魔獣の群れ。応じるは選び抜かれた戦士達。

 だがこれすらも未だ序盤。決戦の火ぶたはまだ落とされはいないのだ。



次回、本格的に開戦。


どうでもいい用語説明。その四


『氷の女神━アイス・ワード━』


アイリスが保有する魔法の剣。正しくは魔法具の一種であるが、細かい分類としては魔剣という枠組みに入る。柄も入れた大きさはおおよそ180センチ。アイリスなら隠せるくらい分厚い刀身は青い水晶のような物体で出来ている。だが見た目と違ってその耐久力は折り紙つき、トロールの攻撃程度ではびくともしない。


使用者の魔力を食らって、白い霧をその周囲に展開する能力を持っている。これに触れると、たちまち触れた個所から凍りついていき動きを停止させられる。本来なら膨大な魔力を使用する攻勢防御結界だが、その十分の一の魔力でこれを展開できるのが氷の女神の特徴。


当然ながら危険な剣であるためにランク持ちの魔剣である。ランクはE-。魔法具もある一定のランクになると意思とも呼べるものがつき、この氷の女神も漠然とだが意思はある。剣が選んだ相手ではないと、触れた瞬間に凍らせてしまう。


アイリスは偶然この剣の主に選ばれた。だが未だその力を完全に使えているわけではなく、氷の女神には後二つほど特殊な能力が隠されている。今後、アイリスの実力が高くなってくれば解放されるだろう。


性格はクーデレ。魔剣は自己進化する能力があり、もしかしたらいずれは喋るかもしれない。

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