第三十二話【ヤンキー、出撃】
文字数すくないので珍しく場面変換あり
その日は怖いくらいの快晴であった。
早朝、日が出た直後にいなほを含んだ討伐隊のメンバーはマルクの入り口に集まっていた。各々が万全の準備を済ませている中、いなほのみは何も持たず、服装もシャツと短パン、そしてサンダルのみだ。
だが文句を言う者は誰もいない。奇異の視線を送りはするが、ある一定の実力者になると、装備にしても珍しい物が多いとも聞く、いなほもその一人なのだろうとあたりをつけたからだ。
だが当然呆れている者もいる。いつもの鎧と剣の上に、背中に巨大な大剣をベルトで締めつけて背負っているアイリスだ。
「相変わらずだな君は」
「そういうお前はガントのでもかっぱらってきたのか?」
いなほは呆れ気味のアイリスの背中に担がれた青い水晶で出来た大剣を見た。全長は柄も入れれば180はあるだろうか。傾けて担いでいるが、それでも座るのにも困難しそうである。どう見ても戦闘に支障をもたらす大きさだが、しかしそれゆえに、それこそがアイリスの切り札であることは誰の目にも明らかであった。
いなほの好奇な視線に気づいたアイリスは、得意げに大剣の柄を持つと、身を屈めながら器用に抜いて見せた。大剣を傾けるとベルトのボタンが外れ浮かびあがる。そして回すようにして前に持ってきて構えた。
日差しを通す青い輝きは鉄の輝きとはまるで違う。だがその内部に込められた魔力は、魔法に疎いいなほですら感じ取れるほどだ。
「氷の女神─アイス・ワード─という。ランク持ちの魔法具でな。しかもE-だ。まだ私では使いこなせてはいないが、あるとないとではだいぶ違うからな」
使いこなせていないとは言うが、抜刀の手慣れた感じといい、それはただの謙遜でしかないのだろう。現にアイリスに持たれた氷の女神は、何処となく喜びを表すように輝きを強くしているようにも見えた。
いなほの喉が鳴る。触れれば忽ちこちらを凍り尽くすだろう神聖な輝きに目を奪われていた。
「……たまんねぇなオイ」
「ふふっ、今回は素直に称賛を受け取ろう」
アイリスは嬉しそうに口を綻ばせながら氷の女神を背中のベルトに括りつけた。他の面子もアイリスの氷の女神程ではないが、それぞれ特別製の武器を持ってきていた。
普通ならその光景に気圧されてしまうだろうが、いなほは負けじと拳を掌に叩きつけた。負けている所ではない。どんな武器だろうが、己の筋肉以上の物はないという自負がいなほにはあった。
そんないなほの気持ちを察してか、アイリスははしゃぐ子どもを見るような心境でいなほの顔を見つめる。だがそれも一瞬。全員の装備の確認が終わったのを見計らってアイリスが声をかけた。
「ではこれより我々は第一の被害区域であるメルル村にまで行き、そこを拠点にしてから迷いの森へ仕掛ける。おそらく各自の人生でも最大級の依頼となるだろう。なので各自、今回だけはギルド間の諍いは抜きにして協力をしてほしい」
アイリスの言葉に全員が頷く。いなほは笑った。アイリスは溜息を吐きそうになるのをグッと堪える。こいつはこれだから仕方ない。
「では、出発だ。時は一刻を争う。馬では半日以上はかかるだろうから、強化魔法をかけて一気に行くぞ、では──」
『『『戦いの力をこの身に!』』』
いなほ以外の冒険者と魔法学院教員が魔法を詠唱する。それぞれの魔力光が輝く中、いなほのみは一人己の体に酸素を漲らせ。
「うぉっしゃぁ! 気合い入れろテメェらぁ!」
強化している誰よりも早い速度で一気に走り出した。
─
エリスが起きた時には既にいなほは出掛けた後らしい。だがそれでももしかしたらまだ近くにいるかもしれない。会ってせめていってらっしゃいくらい言おうと思ったエリスは、寝ぼけ眼を擦りあげて起きると、直ぐに服を着替えて寝癖も直さずにギルドを飛び出した。
早朝とはいえ既にマルクの街は動き出している。とはいえまだ静かな道を早足で進みながら、辺りを見渡しつついなほの姿を探す。
だから、その会話を聞いたのは偶然であった。
「オイ見たかよ。各ギルドのエースがアードナイ方面の門に集まってるぜ。なんか気になったけどよ。全員完全装備だから怖くて近寄れなかったぜ」
ピタリとエリスの歩みが止まる。普段なら聞き逃す雑多な立ち話だが、人通りがまだ少ないということもありエリスの耳に入ったのだ。
不安が小さな胸に込み上げてくる。まさかという気持ち。思い出すのもおぞましいあの日の村の記憶。一週間程前に出ていった冒険者達。そして集まっているというエースクラスの冒険者。先日、朝から出かけるといったいなほの言葉。
エリスは居ても経ってもいられなくなり走り出した。荒い呼吸を繰り返しながら、アードナイ側の門へと急ぐ。
「いなほさん……!」
もしも、もしもまたあの場所に彼が行くことになるのであればそれは──
「やだよ……! やだから……!」
もう一人にはなりたくない。何故かここでいなほの所に行かなければきっととんでもないことになる。そんな予感がエリスの胸を燻ぶっては消えないのであった。
そしてそれから暫くして、少女の言葉に出来ない不安は。
「死ネ、人間」
敗北という形で、現実と化すことになる。
次回以降、ラストまでほぼ戦闘。