第二十六話【ヤンキーと別れの挨拶】
クイーン討伐に関しては、村の窮地を救ったとしてルドルフから多額の報酬が渡されたることになり、そしていなほにはさらに、引き裂いたタンクトップの代わりにクイーンの毛で編まれたシャツを渡すことをルドルフは約束した。
そうして、当初の予定通り村の鉱物の取引の商談が終わり、一同は無事帰路に着いていた。行きとは違い、全員が同じ馬車に乗り込み談笑をする姿は、当初の険悪な雰囲気などまるでなかったかのようだ。
何よりも変わったのはキースだろう。相も変わらずいなほには憎まれ口を叩き、いなほもそれに応じてはいるが、その間に刺々しいものはない。悪友同士がからかい合う姿を見ているようだった。
帰りに少々魔獣との戦いはあったが無事にマルクへと到着したいなほ達は、ルドルフを彼の商店に送り届けた後、道の端っこで別れの挨拶をしていた。
「あのあの、アイリスさんといなほさんとガントさん。とても充実した経験をさせていただきありがとうございましたデス」
「君ならいい冒険者になれる。これからも精進するんだぞ」
「ハイデス!」
大袈裟に頭を何度も下げたネムネは、アイリスの激励に笑顔で返事すると「では、アズウェルド君。私は先に行くデスね」と言い残し、振り返ることなくその場を後にした。
続いて背中を向けたのはガントだ。いなほはその背中に視線を向ける。
「また会おう」
「おう、死ぬなよ」
「お前もな」
ガントは背中越しに口を釣りあげると、そのまま人ごみの中に消えていった。
そして最後に残ったのはキースだけだ。
「なぁハヤモリ」
「おう、なんだよ」
キースはいなほの真正面に立つと、逸らすことなくその目を見上げた。
良い眼になったじゃねぇか。内心でいなほは舌を巻く。この短期間の戦いがキースの様々な価値観を変えたのは、その目を見るだけでわかった。
だからキースは聞かずにはいられなかった。
「アンタ、俺よりどのくらい強いんだ?」
その問いは、以前のキースがいなほに聞けば、いなほは軟弱と吐き捨てただろう。だがいなほは問いに対して見下すでもつまらなそうに眼を細めるでもなく、握った拳でキースの胸を軽く小突き、快活に笑って見せた。
「アホ。億兆倍強ぇに決まってんだろが」
得意げに言ういなほの言葉に、キースは悔しさを感じながらも、何故かいなほと同じように笑っていた。
「言ってろ馬鹿」
「ほざけよ阿呆」
互いに陳腐な憎まれ口。そしてそれが当たり前かのように、二人は互いの拳を付き合わせた。
「じゃあなハヤモリ」
「あぁ、あばよキース」
キース。初めていなほに呼ばれた自分の名前に、僅かに驚きから目を見開き、キースはだからどうしたと頭を振って苦笑。そんなところを見せたくなかったから、キースは言葉もなく背を向けると、ネムネが歩いて行った方向に消えていった。
「次に会ったとき、もしかしたら彼はいいライバルになって現れるかな?」
「だとしたら最高じゃねぇか」
アイリスの試すような物言いに、いなほは闘志剥き出しで答えた。当然のようにキースが自分と戦ってくれることを願っているのだろう。
際限なき闘争心。これがこの男の原動力かと、アイリスは猪突猛進ないなほに笑ってしまった。
「では帰ろう。エリスが心配しているだろうからな」
だが表面上をいつもの冷静のまま。ともかく今は報告を済ませてひと段落しよう。
「おう! んじゃ行くぜアイリス!」
いなほはアイリスの言葉に力強く応じると、キース達の無事を祈るように空に拳を突き出してから歩き出した。
楽しい凱旋だった。めくるめく闘争を堪能したし、自分の心にも折り合いをつけられた。今回の依頼の収穫は、いなほにとって充分満足できるものであった。
さて、後はエリスでもからかって寝るとしよう。意気揚々と、自分を待っているだろう少女を思えば、いなほの足は自然と早くなるのだった。
「おい! そっちはギルド街ではないぞ!」
アイリスの突っ込みはこの際無視して真っ直ぐを行く。他人の言葉に揺るぎはしない。思うがまま進むがままに、とりあえずいなほは突き進む。
こうして、一波乱のあったいなほの初依頼は無事に終わるのであった。
次回、初依頼中の出来事。ありきたりな会議。