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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第一章【その男、ヤンキーにつき】
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第二十四話【自覚ヤンキーと覚醒少年と現場検証と】

 ──闘争の在り方を、少年は目撃した。


 それはキースが想像したこともないレベルの戦いであった。時間にして五分かそこらの僅かな攻防、しかしまるで一日を濃縮したかのようにその戦いの密度は濃かった。

 見えない機動。一撃ごとに地形が変わる破壊の嵐。そしてキースには結局一つもわからなかったが、腰の抜けた自分を助け戦いを共に見守ったガントによると、最後の激突は、およそ魔法を使わない素のままの人族が放てる最上級の一撃だったらしい。らしいというのも、ガントもそのほとんどを見極めることが出来なかったからだ。


「あの戦いを見れてよかったなキース。アレは、命を晒すだけの価値がある戦いだった」


 お前はきっと強くなるよとガントはキースに言い残すと、その肩を叩いてから激闘に幕を閉じて余韻に浸るいなほに向かって歩き出した。

 キースもまた戦いの余韻に浸っていた。濡れた股間の気持ち悪さも気にならない。見えなかったけれど感じることが出来た、才能に満ち溢れた者のみがたどり着く究極の死闘をだ。

 強くなれる。そうガントは言ってくれた。キースは自分の両手を広げて見た。鍛錬で厚くなった掌には治りかけのタコなどがいくつもある。人知れず鍛錬していたことはキースの密かな自信だったが、この程度の鍛錬で自信とは笑ってしまう。今のキースにはこの掌は鍛錬を怠けた結果の情けないものでしかなかった。

 あの領域にいつか自分も届くのだろうか。いや、無理なのはわかってはいる。いなほの究極は、極限の才能を更に極限まで鍛えたからこそ手に入れることが出来た代物だ。才能があるとはいえ、所詮は人より僅かに優れているといった程度。いなほにとどくことは、おそらくあのアイリスですら難しいだろう。なら、自分には到底無理なことだ。

 でも、あの男ならそんなことは関係ないと言うのだろう。無茶も無謀も鼻で笑い、クイーンを打倒したように笑ったまま苦難の道を走るはずだ。


「……確かに、つまんなかったな。俺」


 クイーンを倒した今でもその底を見せない男に比べて、自分のなんと底の浅いことか。性格は最悪で、口が悪くて、見た目も酷い。だというのに、あの男は底が深かった。単純な腕力の底の深さだけで、いなほはキースが認てしまうほどの強者になった。

 あれは男が誰でも望む強さだ。人間よりも強い生物を打倒する強さ。真っ直ぐで単純で愚直で丈夫な馬鹿の一念。筋肉と言う名の栄光。腕力のもたらす勝者の貫録。


 だから、少しでもその頂に近づこうと、本気の本気、心の奥底からキースは思った。


「畜生。決めた。必ずアンタを超えてやるよ……ハヤモリ!」


 その瞳には自惚れはない。ひたむきに力を欲する馬鹿の光がただ一つだけ灯っていた。

 駆け足で二人の元に合流する。いなほは体から蒸気を上げながら興奮冷めぬ様子、ガントは他の魔獣の警戒をしていた。


「……しかし随分と派手にやったな」


 ガントが辺りを見渡して呟く。ほぼ周囲一キロの森林は破壊され尽くされている。これが高位ランク同士の戦い、才能がなければ至れぬ領域。

 ガントは森林に刻まれた破壊の爪後を見た後にいなほに視線を戻した。正直に言って羨ましい気持ちはある。デカい体以外に剣の才能も魔法の才能もまるでなく、ただ愚直に自身の限界まで鍛えてようやくH-の能力しかない自分と、才能に恵まれ、類を見ない身体能力と達人以上の技量を持ついなほ。

 どうしても比べてしまう。だが嫉妬は恥だ。それにガントはいなほの肉体がただの才能で培われたものではないことも何となく察していた。ひたすらに自分の肉体を鍛え上げた果てに待つ極み。

 強いわけだ。嫉妬も超えて、素直に認めてしまう。


「……いなほ、大丈夫だとは思うがクイーンの生死を確認する。着いてきてくれ」


「おう」


 感傷を振り払い、ガントはいなほを連れて横たわるクイーンの亡骸に近づいた。遅れてキースが付いていく。


「ぬっ」


「いぃ……!」


 ただの死骸だというのに、側に来たガントとキースは強烈な圧力に唸り声を上げた。

 既に息を止め動かない女王の末路は悲惨だ。顔が完全に潰れ原形はわからず、牙もその周囲だけでなく、吹き飛んできた道にも破片が幾つも転がっている。突撃の力も加わったいなほの拳がカウンターでその顔に入ったためだ。むしろ顔以外の胴体などが原形をとどめているだけ奇跡だろう。トロールなら破裂した風船のようになっていたはずだ。

 二人がその威容に気圧されてる間に、いなほは一歩クイーンの前に歩み出て両手を合わせ黙祷した。街の喧嘩では味わえなかった本物の闘争を味あわせてくれたライバルに対しての敬意。痛むわき腹と踵、熱のこもった拳は誇りだ。


「テメェは最高だったぜ」


 目を閉じれば鮮明に甦る。信じられぬ速さと力に、自分もまた相応の力で応えた。

 だが、同時にいなほは少しばかりの物足りなさも覚えていた。本当にこの敵は強かった。しかし自分の底を曝け出すまでにはいかなかったのも事実だ。手を抜いたわけではない。確かにいなほは全力を出したが、全力が切れるまで戦えなかった。今だってまたクイーンと戦ったとしても、いなほは充分に戦って、勝つことが出来る。


「……」


 ふといなほは血濡れた自分の両手を開いた。この世界に来てから、自分は良く血を浴びているような気がする、いや、事実そうなのだろう。元の世界では感じることがなかった闘争の快感。その結果が殺戮ならば、いなほは根っからの殺戮者なのか。


「そっか、俺ぁ……」


 自分のことを何度も糞ったれだと自負していたいなほだが、いざ殺戮を歓喜するような、人として最低な糞ったれだということを理解した途端、今更になっていなほは虚しくなってきた。


「いなほ! ガントとキースは!?」


 暫くすると、アイリスが駆け足で合流を果たした。全身には既に強化を掛けてある。手に持つ剣は一見ではわからないが冷気を発しており、切りつけた相手を凍らせる魔法剣に変貌しており、完全な戦闘態勢だ。

 だが直ぐそこで倒れているクイーンの亡骸を見て、アイリスはどうやら戦いが終わったことを悟った。血濡れのいなほが気にはなるが、卑屈に笑う姿を見る限り、急をようするダメージを受けたということはないだろう。

 ホッと胸を撫で下ろすアイリスの前にガントが立った。


「とりあえず他のウルフの気配はない。村のほうは?」


「それも大丈夫だ。ネムネを村に帰して説明するように伝えた。今頃鉱山のほうへ避難しているだろう。あそこなら魔除けもあるし道も入り組んでいるが彼らには庭のようなものだ。天然の要塞になる。クイーンを討伐したのだ、当面の脅威は去ったとみていいだろう」


 しかし、なるべく急いで駆け付けたが、すでに戦いが終わっているとは思わなかった。盛大に森の中で響いていた怒声と爆音が途端に鳴りを潜めたことからもしやとは思ったが。アイリスはいなほを見てため息を吐きだす。本当にこの男は怪物だ。


「折角だから私も観戦したかったよ」


「うむ。あの戦いは一見の価値はあった」


 そう言ってからガントは「見てみろ」目線をキースのほうに移した。アイリスもキースの方を見る。

 いなほの後ろで何か言いたげにしている姿は、最初のころとあまり変わらないように見える。だが、その表情は何処か迷いをふっ切ったように晴れ晴れとしていた。

 なるほどとアイリスは得心した。


「確かに。随分いい顔になったではないか。ふ、軟派と思っていたが、彼もまた男子であったということだな」


「いささか暴力的であるがな」


「軟派な駄弱よりはマシだよ。無論、野獣に憧れる感情など私にはわからないがね」


 だが、強さの対象としてこれほどのものはないだろうともアイリスは思う。刻まれた戦いの傷跡が、いなほという男の強さを如実に示している。戦後のそれを見ただけで、アイリスも改めていなほの強さを再認識したのだ。間近で見たキースとガントの受けた衝撃は計り知れないだろう。

 そんな二人を他所に、いよいよキースは半ば呆然としたいなほに声をかける決意を固めた。何を話すかも決めていない、それでも今話さないといけない気がキースにはしたのだ。


「いなほ……いや、ハヤモリ!」


「あ? おう、なんだよ」


 覇気のないいなほの様子にキースは僅かに疑問を感じた。流石にクイーンと戦って疲労が出たのか。いやこの男に限って疲労が重なった程度で不抜けた態度にはなるまい。


「……アンタ、一体どうしたんだよ。やる気のない顔しちゃってさ」


「テメェには関係ねぇよ」


 突き放すようないなほの態度。だがキースはそれが無性に腹に来た。違う、と。そのやり方は違うんだと。

 アンタはもっと覇気に満ちた人間のはずだ。そんな顔、アンタには絶対に似合わない。


「何だよ。アンタもしかしてビビってるわけ? そりゃ疲れた今なら俺に簡単に負けるかもしれないしな」


 キースの挑発は見当違いの意味不明なものだ。せせら笑い、あからさまな挑発をする。

 僅かにいなほの肩が揺れた。だがそれは挑発に乗ったからではない。ただキースの言葉にあった『ビビってる』というのが頭に木霊したのだ。


「ビビってる? この俺が?」


「あぁそうだよ! んな抜けた顔してりゃ拍子抜けちまうからな!」


「俺が、この俺が……」


 キースの言葉はもういなほには届かない。なんてことはない。殺戮を歓喜することへの違和感。それはとどのつまり、自分の残虐性にビビっている自分に他ならなかった。


「俺が、ビビるだと?」


 誰でもない自分が、自分のたかが一つの側面を恐怖している。

 そう思った瞬間、いなほの中にあった空虚な何かが全て怒りに染められた。

ふざけている。誰にもビビらない自分が、一番身近な自分にビビっている? 笑えない。そんな恥さらし、笑えもしないではないか!


「糞が。俺は俺だろ。下らねぇこと考えてるんじゃねぇ」


 そう呟いてから、いなほはキースを無視してクイーンに再び向き直った。


「悪ぃ。後ちょっとでテメェまで落とすとこだった」


 戦いを楽しむことを怖がることは、つまり応じて、そして死んでいった者への冒涜でしかない。共に最高の時間を共有した友を、いなほは己で汚すところだった。


「改めるぜ。テメェは最高だった」


 再び告げる。その目は今度こそクイーンをしっかりと見つめ、その死を受け入れていた。

 キースは自分が無視されたことを怒るでもなく、戦いきった二体の交わす神聖な光景に目を奪われていた。同時に、いつかここに自分もたどり着きたいという決意も固める。


「ところでこのクイーン、随分派手に殴ったものだな。そこも大きく腫れているぞ」


 そこで声をかけてきたのは、遠目からクイーンの体を眺めていたアイリスだ。

 言いながら近づくと、白銀の毛で覆われた腹部を掻き分ける。固い毛の向こう、地肌にはいなほが与えたものとは違う最近出来たのだろう青い痣が出来ていた。


「随分手痛いのを与えたようだな」


「……いや待て、俺が叩いたのは顔くらいだぜ」


 何だと? 予想外のいなほの返事にアイリスは眉を潜めた。

 ならこの怪我は一体何だと言うのか。アイリスは応えを確認するため、冷気を未だ纏う剣を取り出し、クイーンの青痣にあてがいそのまま引き裂いた。


「おい!」


「いいから見てろ」


 いなほの制止の言葉を黙らせて、アイリスは作業を続ける。傷口は冷気により凍りつき、出血を抑えていた。

 アイリスは躊躇うことなく開いた切り口に手を突っ込むと、直接付近の骨を触った。


「……これは」


「どうした?」


 ガントが聞いてくる。アイリスは深刻な表情で僅かに唸った。


「クイーンの骨が折れている。いなほの言葉を信じるなら、別のだれかによってクイーンはその前に怪我をしていた可能性が高い」


「何?」


 ガントが驚きに目を細めた。それはいなほとキースも同じだ。

 先にクイーンに手傷を与えた者がいる。それが自分達と同じ冒険者なら問題はない。


「少なくとも、私が知る限りではクイーン討伐の依頼はなかった」


 もし腕試しにクイーンと戦った者がいるとして、そんな実力者ならマルクで有名になっているだろう。いなほという例外もあるが、彼は今日初めてクイーン戦ったはずである。


「後考えられるのは、魔獣の縄張り争いだ。しかもクイーンに手傷を与えて、普段は来ないような村の付近にまで撤退させるほどの奴が相手となる……」


 普通、クイーンクラスの魔獣になると、森の奥地にある物を食べている。何故なら森の奥には普段なら高級食材として並び立つものが多数生息しているからだ。故に高位ランク魔獣と人間の住処は上手く分けられていて、余程のことがない限り森の入り口付近になどは現れない。

 そして今回の一件は間違いなく余程の事態であろうことは、いなほでも推測することが出来た。


(さらに、いなほが戦ったというトロールの群れの件……偶然にしては出来すぎてる)


 国土が違うとはいえ、この二つの事件に関連性がないとは言い切れない。何故なら今いなほ達のいるメルクル王国と、エリスの住んでいた村のあるアードナイは隣接する国で、そしてその二つを跨るように『沈黙の森』と呼ばれる巨大な森林があるのだ。

 基本的にクイーンのいる所は、この沈黙の森の奥であり、キングバウトと呼ばれるE+ランクのさらなる上位固体の下で、バウトウルフの繁殖をしているとされている。そしてこのキングこそ沈黙の森の王であるとされており、長年森の奥で生活していると思われていた。


「しかし手負いのクイーンを真正面から倒すとはな……普通、手負いの獣は短時間なら無傷のそれよりはるかに厄介なんだぞ?」


「へっ、尚更タイマンでぶっ潰してやれてよかったってものよ」


 豪胆に踏ん反るいなほに、何度めになるかわからない溜息をアイリスは零す。初手から最高潮のテンションだっただろうクイーンを真正面から倒す。改めていなほの戦闘力には驚かされるばかりだ。

 だが今はその戦闘力に驚く暇はない。アイリスは深刻な面持ちで片手で顎を擦った。


「あまり考えたくないことだが……森の方で何かあったのかも知れないな」


「森というと、沈黙の森で?」


 キースの問いに頷く。危険な戦いを乗り越えたばかりだというのに、一同の間には不安な空気が重く圧し掛かるのであった。


「何湿気たツラしてんだテメェら」


「……君はさっさと服を着ろ」


 馬鹿なヤンキーは、除く。






次回、インターバルその2

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