第二十一話【ヤンキーと討伐作戦】
作戦会議という名目ではあったが、実際はそこまで大げさなものではなく、ムガラッパ村の東西に二つあるバウトウルフが現れるポイントにどう人数を振り分けるかといった程度の話合いだ。
バウトウルフ、ランク無しの魔獣ではあるが、全体的な魔獣の氾濫時期から少しずれて繁殖を始めるため、現在の個体数は相当なものであるだろう。大型犬と同じくらいの体躯と見た目で、白い体毛が特徴である。
上位固体であるクイーンバウトはランクにしてF-という尋常ならざる能力だが、クイーンのほうは森のさらに奥深くの中心部に生息するため、基本的にクイーンに関しては考えなくていいだろう。
さらに群れの長であるキングに関しても、森の奥深くから出ることはないというのがアイリスの持っている情報だが、念には念を入れて、最大戦力であるいなほとアイリスを別々に分け、クイーンのような上位固体が出た場合に対応することとなった。
という訳で実力があるが冒険者としてはド素人のいなほのサポートのためにガントが付き、いっそのことということで、チームは男と女で分けることになり。
「ケッ、何で俺がこんなガキのケツ持ってやらなきゃいけねぇんだ」
「五月蠅い! 俺だってアンタみたいな野獣じゃなくてアイリスさんと一緒のパーティーがよかったよ!」
結果、いなほとキースは互いが互いを嫌っているため、森の中を歩く男性メンバーの空気は最悪であった。
「……ガキ共め」
二人には聞こえない程度の声音でガントが愚痴を漏らした。森に入ってからここまでずっとこの調子である。大抵のことでは動じないガントといえど、その精神的な疲労は随分と積もっていた。
何せ口論ともいえない罵詈雑言の応酬である。ガントが間に入ることで直接的な喧嘩には発展はしていないが、一晩置いてすっかり立ち直ったキースと、昨日から全く変わらないいなほを放っておけば、激突するのは必至だろう。
「んだオイ。今日は随分口がスベるじゃねぇか糞ガキ。その勢いで口から糞漏らさねぇように気ぃつけろ。それとも俺が糞出す手伝いでもしてやろうか?」
「ふん、口を開いたら糞しか出てないのはアンタだろ。安っぽい文句しか出ないなんて最悪だ。あぁ失礼、簡単な魔法も使えないほどの馬鹿だったねアンタ。脳みそも筋肉で出来てるんじゃない?」
「……へぇ、キてるぜテメェ、なんならこの自慢の筋肉とテメェの貧相なもやしボディのどっちがぶっ飛んでるか試してみるか?」
「あーやだやだ。これだから筋肉ダルマは嫌だね。何かとあれば直ぐ暴力、もっと文明人らしく言語で解決しようという気持ちはないの?」
「あぁ!? 先に手ぇ出してきたのはテメェだろうが!」
「なんだよ! 過去のことを愚痴愚痴と! 大人の癖にしつこいんだよ!」
「糞ガキ!」
「糞筋肉!」
ガントを挟んで二人の視線がぶつかり合う。物理的な圧力が視線に合ったら、今頃ガントは爆死していたに違いない。
ガントはいよいよ我慢の限界が来たのか、白熱する口論を止めようと、その分厚い掌を握りしめ、二人の頭目がけて振りおろそうとして、
「オォォォォォォォォォン!」
森をざわめかせる遠吠えが、ガントの代わりに二人の口論を問答無用で黙らせた。
「話は後だ糞ガキ……来たぜ!」
三人がそれぞれの獲物を構えた直後、森の茂みから白い影が飛び出て来た。バウトウルフ、ランク無しでは最速に近いスピードを誇る魔獣の速攻だ。
誰よりも早く反応したのがいなほだった。飛んでくるバウトウルフの影を正確に捉え、絶妙なタイミングで右足を胸の高さで振りぬいた。
足の甲に当たる肉と骨のミンチになる手ごたえ、バウトウルフの頬に当たったいなほの足は、その勢いのままバウトウルフの首を体から分断させた。
三日月のように抉れた顔が真横に吹き飛び、残った体が目標へと飛びかかる体勢のままいなほの横を抜け、地べたに沈む。
「……脆いなオイ」
トロールにぶちかます勢いで蹴ったため、あまりに柔らかい感触に、いなほは勢い余って僅かにバランスを崩した。
加減がもっと必要である。結果として討伐、つまり殺傷が目的であるため、加減する必要はないのだが、いなほの加減とはそういう意味での加減ではない。
いなほレベルの攻撃力を持つと、敵が脆い場合、自身の力の行き場が失われ、蹴った後のようにバランスを崩す時がある。些細なバランスの変化に見えるが、実際は持てあましたエネルギーを分散させるために、攻撃後に精密な技術が使われており、もし間違えれば、いなほは自身の力に振り回され転倒しただろう。
とはいえ勢い余っても、意識すれば体を崩すことはなくなるほどの技量をいなほは持っているため、本来なら手加減は必要ないが、そういったことに気をさくよりかは、手加減することを意識した方が純粋に戦いを楽しめるため、いなほは敵に見合った手加減を常に心がけている。
「ガゥッ!」
そうこうしている間に、再びバウトウルフが草木を掻き分けて迫ってきた。
近くにいたガントの側面目がけての奇襲。しかしガントは余裕を持って抜刀していた両手剣を、上段からバウトウルフ目がけて振りおろした。
斬。大型犬の大きさを持つバウトウルフが脳天から左右に泣き分かれする。絶命の瞬間すらわからなかっただろう見事な一撃を見舞ったガントは、油断することなく剣を構え直して周囲を警戒する。
「『戦いの力をこの身に』」
キースが自身に強化の魔法をかけた。村も近いこの森林では炎の魔法は使えない。杖を両手で構え、近接戦闘の構え。そして三匹目のバウトウルフを杖の範囲に入ったと同時に叩き落とし、流れるようにその首に杖を落として首をへし折った。
どうだとでも言わんばかりにキースはいなほの方を見る。だがいなほは次の獲物の襲撃に集中しているのか、キースのことなど眼中になかった。
その態度がキースには自分を舐めているようにしか見えなかった。奥歯を噛みしめて、怒りの形相でいなほの背中を睨む。ふざけるな、もうつまらない等と言わせてたまるか・
「チッ……だったら認めさせるまでやってやる!」
キースはいなほに背を向けて一人で走り出した。背中にガントの制止の声がかかるが、自分をつまらないと言ったあの男の鼻を明かすために、キースは一人でバウトウルフを殲滅しようと決意したから止まらない。
こんな奴ら俺一人で全員片付けて、アンタの出番をなくしてやる。
一瞬だけキースは背後のいなほを見てから、振り切るように前を向いた。
「ガォウ!」
「二匹目ぇ!」
進行方向から現れたバウトウルフの口に杖の先を突き刺す。そして強化の魔法で光る体から、さらに黄色の魔力が溢れだし、キースの杖に集まる。
「『一振りの刃』!」
キースの魔力が言霊に乗り、杖の魔力が乗せられた言語の力の通り、先端より銀色に輝く刃を展開した。
喉から尻まで串刺しにされたバウトウルフは僅かに震えた後に動かなくなる。強化された肉体で、キースは刺さったままの死骸を一振りで抜き去った。自身の血の池に沈み、弾ける水の音と共に血の飛沫がキースの足元を濡らす。
まだだ。まだ足りない。水に飢えた獣のように血を欲して、キースの目がぎらぎらと妖しく光った。
殲滅までまだ終わらない。赤をまぶした刃を構え、続いて迫るは三匹一斉。前方から口を開いて突撃してくるバウトウルフに、キースの強化された体は容易く反応して見せた。
「シッ!」
滑り込むように馬鹿の一つ覚えのように飛びかかるウルフ達の下に潜り込み、その柔らかそうな腹に刃を走らせる。瞬きの交差。標的を失くした魔獣の体は、着地と同時に切り裂かれた腹から重力のままに内臓を一気に落とした。三匹の魔犬の腹から流れるグロテスクな臓器と血により新たな血だまりが完成する。
キースはその様を見ることなく、ただひたすら前を見て駆け出した。早鐘を打つ心臓の赴くままに、迫る脅威を切っては捨て切っては捨て去り、鮮血のロードをひた走る。
どうだ! どうだ! これが俺だ。これが学年でもトップクラスの実力を誇る俺の力だ!
誇示するようにキースは血路を描いていく。これが己だという証明の血の絵画。それはいなほといういけすかない男に知らしめるための血の生贄。
だがしかし、キースの狂気的な前進はその直後終わりを告げた。
次回は女性組。ついにタイトルからヤンキーの文字が消えるので、そういう意味でも色々と分岐点。