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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
外伝【不倒不屈の少女勇者・第一章『みるきーうぇい』】
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レッスン終わり【まずは一人で立ち上がろう】

 目が覚めると、私はあの見慣れたゴミ屋敷のソファーに横たわっていた。

 驚きは特にない。少しだけぼやけた意識で周囲を見渡せば、いつものように豪華な机の上に胡坐をかいて座っているアトちゃんがいつもと違って真面目な表情でこちらを見ていた。


「おはようございますアトちゃん」


「おはよーエリス。ちなみに何でここに居るのか軽く説明することも出来るけど、しとく?」


「いいです。それよりあれからどのくらい経ったんですか?」


「十分だよ。君の中に宿した俺ちゃんを媒体にして回復もしたから魔力も問題ないだろう?」


 言われて、私は自分の体をまじまじと見つめた。

 最早、二度と動かすことは出来ないと覚悟していた右腕は、痛々しい三本の傷がついているものの完全に癒着している。軽く手を握ってみれば、疲労のせいか少々動きが鈍いけれど、握力や指先の感覚も問題はない。

 この感じなら他の傷も問題ないのだろう。そして私は右腕から左腕に視線を落とす。

 そこには私の枯れ枝のように頼りなかったかつての腕は存在しない。左肘より先、思わず見惚れてしまうくらいに美しい青色の籠手の感覚を確かめるように、掌を握りこむ。

 見た目通りに硬質な感覚だというのに、籠手に触れる空気の感触も鋭敏に感じられる。それは文字通りに、この籠手――血を流す魂の炎獄が私の左腕になった証であった。


「おめでとう、と言うべきかな? 君は僕の想像通りに心鉄金剛を手に入れた。とはいえそんな在り方になるなんてのは想像していなかったけどね。ホント、いなほもそうだけど君も僕を楽しませてくれるねぇ」


「アトちゃんを楽しませる趣味はないですけど……それはともかく、私はあなたの試練に合格したと思っていんですか?」


「合格も合格。点数をつけるなら百点満点でも足りないくらいの合格さ。だから君には、十四戒の名を授けるよ」


 十四戒? それって、冒険者によくある二つ名みたいなものなのかな?


「えーっと、何ですかそれ?」


「知らずとも、覚えておくべきことの一つだよ。その名がいずれ、君に必要となる日がきっとくるからさ」


 相変わらず意味不明な感じだが、一々気にしていても仕方ないのでとりあえず頷きだけ返しておく。

 アトちゃんもそれで満足したのか、神妙な面持ちのまま私から離れていった。


「……もっと褒め称えてあげたいところだけど、僕はこれから用事があるから暫く帰ってこないから、後はマドカに全部任せておくね」


 そう早口に告げると、アトちゃんはそのまま足早に部屋を出て行った。

 いつもなら突然抱きついたり、頬ずりくらいはしてくるんだけど、よっぽど大事な用事なのだろうか。


「見たかしら? アレのあの顔、私のとっておきを見たときと同じ顔してたわ。よっぽど貴女のことが気に入ったみたいね」


「あの顔で?」


 あれは好意的に見ても敵意とかそういうのが感じられるものだったような。ていうか、指示通りに頑張ったのにマジな目で見られるとか災難すぎますよ。治療してもらったのはありがたいですが。

 そんな私の疑問に、やはりこちらもいつの間にか背後に立っていたマドカさんは銀色の髪を弄りながら猫のように喉を鳴らして微笑んだ。


「あの顔だからこそよ。そもそも生命抹消用の端末如きがバグ起こして、成れもしないのに命に憧れたのがアレよ。だから命の輝きを魅せた貴女のことが愛しくて堪らないけど、本質としては貴女のことを今すぐにでも抹消したくて堪らない。命の物真似しか出来ないくせに一丁前に悩むんだから、これが笑えずに何が笑えるというのかしら? あぁ面白い、あの白血球、このまま自壊して消し飛ばないかしら」


 言葉の大半は意味が分からなかったけれど、マドカさんの言葉に込められた怨嗟とでも言うべきものがアトちゃんへの感情を如実に物語っていた。

 もしかして、この人は昔に何か大切なものをアトちゃんに、いや、おそらくはアトちゃんの同類に奪われたのかもしれない。

 それが物なのか、あるいは人なのかは分からないけれど、アトちゃんのような規格外に対して怨嗟を隠すこともしないのが、マドカさんの並々ならぬ感情を物語っていた。

 そして、ぬれぞー……ガルツヴァイのかつての契約者達を辿った私も、なんとなくだがマドカさんの感情が理解出来た。

 アトちゃんは……いや、奴らはそもそも命を弄ぶくせして命に憧れる(・・・・・)哀れで滑稽な怪物。敵意は覚えても、決して好意を抱けるような存在ではないと。


「そういう言い方、嫌いです。少なくともアトちゃんを……私の師匠を私の目の前で侮辱しないでください」


 だからこそ、私は迷いなく毒を吐いたマドカさんに真っ向から意見した。

 思いもよらない一撃にマドカさんが目を丸くするが、構わず私は言葉を続ける。


「そりゃ確かにアトちゃんは……いや、広義の意味でアレらは決して善性で語れる存在ではないことは分かります。でもだからと言って、悪性だけの存在ではないです。だからこそアレらは……敵性存在だなんて呼ばれているんですよね?」


「貴女……一体何処でそれを……」


「そんなことどうでもいいんですよ」


 私が口走ったアレらの総称に今度こそマドカさんが戦慄すら露わにするが、今大事なのはそこではない。

 まぁ、私自身も結構驚いている。何せ、敵性存在を知らないくせにその名を呼ぶのと、知りながらその名を呼ぶのとではまるで違う。そして、知った者の大半が、心鉄金剛に無敵の獣を願った魔術師のように正気を保ってはいられない。

 そして今や、私はこの広大な世界で一握りしか知らない真実を知る者の一人となった。

 私が手に入れた心鉄金剛を含め、宇宙すら飲み干して尚も際限なく広がり続けるこの世界に点在する無数の異常は、知ればそれだけで屈してしまう。

 特に、アート・アートがどれだけ恐ろしい怪物なのか、今なら十分理解出来ている。

 だがそれでも。

 それでも、アトちゃんと過ごした僅かな時間に見せてくれた笑顔はきっと、嘘じゃないし、何よりも。


「私は、あぁ、うん……ちょっと訂正します。師匠とかそういうの抜きに、アトちゃんは私の友達なんです。友達の悪口言われて怒らない友達は嘘ですから」


 そういうことだ。

 小難しいことを何やかんやと考えたが、たったそれだけのこと。

 そんな私の発言にマドカさんは数秒程口を開けて呆けると、次の瞬間に大声をあげて笑い出した。


「ハハハハハハ! アレが友達! あんな怪物が、あの人殺しの畜生が!? クククッ、いや、うん……そうよね。そっか。でも、それでも私は……秋名と未完を……」


「マドカさん……?」


「……何でもないわ。それとごめんなさいねエリス」


「い、いえ、こちらこそ生意気なこと言って申し訳ありません」


 一瞬、マドカさんがまるで自分よりも年下の少女に見えたけれど、勘違いだと頭を振る。

 どうしてそんなことを思ったのかと思案する間もなく、マドカさんは笑いすぎて瞳に浮かんでいた涙を拭い、再び真剣な表情を浮かべて真っ直ぐに私を見た。


「私はアレらの怪物を間近で見て、貴女はアレらの心を間近で見た。まるで私達はコインの表裏、どちらが表か裏かなんて、それこそくだらないけれど……悲しいわね」


「悲しい、ですか」


「えぇ、だって貴女のことは好きだけど……きっといつか、貴女と私は敵として対峙するもの」


「敵って……そんなことあり得ませんよ。だって私もマドカさんのこと好きですもん」


「ありがと……でもねエリス。互いに好きでもどうしようもないことってあるのよ。貴女がそっちに居る以上、いずれ貴女は私と……それどころか、早森いなほとも戦うことになるはずよ」


 未来予知でもしたかのような断言に、あり得ないと再び重ねようとして押し留まる。

 その銀色の瞳が冗談ではなく、本気で言っていることを示していた。

 だがそれも僅か、すぐに大人の余裕ある微笑みを浮かべ直したマドカさんは、手に持っていた袋から軽食を幾つか取り出して私に差し出してきた。


「無駄話が過ぎたわね。一先ず怪我のほうは治療したけれど、回復した体力と肉体に、消耗しきった精神が暫く追いつかないはずよ。だから当分はのんびりと療養してなさい。ギルドのほうへは私から伝えておくから」


「……そりゃどうもです」


 差し出された軽食を右手で受け取ろうとして、体は重くないのに反応が鈍くて動かないことにようやく気付く。

 だから唯一問題なく動く左手を差し出して受け取ると、その手を撫でるようにマドカさんが掴んできた。


「綺麗な籠手ね……」


血を流す魂の炎獄(ムースペル)と言います。私の、私だけの力です」


「そう……本当に、綺麗よ貴女」


 名残惜し気に手が離れる。なんだかよくわからないけれど、なんかマドカさんは満足したみたいなので良しとするか。


「あ、そういえばぬれぞー……刀身の無い刀はどこですか?」


「ん? あぁ、あれならハイこれ」


 袋から取り出された鎖で雁字搦めのぬれぞーを差し出され、左手で再び受け取る。

 うん。分かっちゃいたけど鎖でくるまれてると大人しいね。


「それ、どうしたの?」


「アトちゃんからのプレゼントです」


「ろくなものじゃないのでしょうね……」


「あはは、それは勿論」


「笑ってそう言える貴女が少しだけ羨ましいわ……じゃ、私は早速ギルドのほうに報告に行ってくるから、暫くそこで待っていてちょうだい」


「はーい」


 マドカさんも部屋を出て行き、残ったのは私とぬれぞーのみ。

 起き抜けでよくわからない会話をしたせいかちょっとだけ疲れたので、私はそのまま軽食に齧りついた。


「ふぅ……」


 思いの外腹は減っていたらしい。五分もせずに食事を終えてしまい、早くも暇を持て余してしまった。


「……だけど、ぬれぞー起こすと五月蠅いしなぁ」


『呼んだねマスター我がマスター! グッドモーニングには少々遅いがおはようからのこんにちは! 愛ラブ世界は見えない刀身にこっそり秘めて、柄だけなのは平和の象徴、唇はないけれど愛は常に溢れている我が素晴らしさにむせび泣くファンの皆に挨拶を済ませたところで、さぁ今日も我が友は元気に世界を照らしているようで何よりだ! 輝きマシマシ眩しいぜ! そんな友にも負けない輝きを放つ私こそ君の唯一無二のパートナー! そう! 濡れ滴る月光の牙ことガルツヴァイ・ルールカウンター! もとい、ぬれぞーである! ちなみに独身だゼ!』


「……」


『おやおやぁ? 少しばかり反応が足りないゾ、我が主。いつもならラスト付近でドギツイ一発が来るのだが……ははぁん、成程、成程。疲れがたまっていたところにあらゆる疲労を吹き飛ばす我が美声を突如として浴びてしまったことで体中が軽くなった違和感に驚いているのだろう? いやいや言わなくてもいいさ。何せ私は君のぬれぞー世界のぬれぞー一家に一台ぬれぞー必須ときたものだ。なればこそさぁ皆様ご一緒に! ラブイズ――デェェェェェェェッド!?』


 最後まで言い切るところで私が鎖を締め上げると、ぬれぞーは首を絞められた鶏のような奇声をあげた。


『危な! 危な!? 危うく私の美声が発情期の猿の如き奇声になるところだった!? ……だが安心して世界百兆人からさらに二乗以上の数が存在するぬれぞーファン、私はいつだってダイヤモンド、決して壊れない奇跡って? そう、私のことさ。ちなみにこの場合のダイヤモンドは砕けないという比喩であり、実際の私ってばダイヤモンド如きでは比べられないくらいに貴重なことを忘れずに、来期のテストに出てくるゾ♪』


「ちっ、これでも死なないか」


『ははは、相変わらず辛辣だな我がマスター我が主我がリトルエンジェルよ。だが私も君のこれが照れ隠しの愛情表現だというのは分かっているから安心していい。あぁ――嫌いになんて、なるわけないさ』


「アトちゃーん! こいつぶっ殺してよー!」


 だが私の本心からの願い虚しく、いつもなら呼ばれなくても出ないアトちゃんは出なかった。

 畜生、使えねぇ。やっぱ友達じゃないわ。


「……はぁ、君もいつも通りみたいだね、ぬれぞー」


『白状すると異例の心鉄金剛創作をしたせいで疲弊しているが、まぁ問題はない。まさか突如として機能が完全に停止するとは思わなかったがね』


「機能停止?」


『君達で言うところの睡眠というところだな。夢を見るなんて、鋼鉄でしかない私にはあり得ないと思っていたのだが……存外、悪い気分ではない』


「……そっか」


 私は本当に嬉しそうに語るぬれぞーに、ただ静かに相槌を打った。

 ぬれぞーが辿ったかつての記憶を追想していなかったら、きっと魔法具が夢を見るなんて馬鹿げていると一笑したかもしれない。

 だけど、断片的にだけどぬれぞーの記憶を見た私は知っている。ぬれぞーが、ガルツヴァイという存在がどういった存在なのかを……。

 でもそれを口にはしない。だってそれはぬれぞーが未来に進むために自ら手放した過去だから。それを無視して全てを語ることは、きっと誰もしてはいけないと思う。

 何にせよ鎖で縛っても無駄だと分かったので、私は鎖を解くと左手でぬれぞーの柄を握り顔の前に掲げた。


「あの戦いは私が私だけで乗り越えたんだ……だから、悔しいから、ありがとうは言わないよ」


『世間一般では、そういうのを感謝の言葉と言うはずだが?』


「ばーか。そこはスルーするのが紳士ってものですよ」


『それはすまない。知っての通り、私の口は羽毛よりも軽くてね。……だが感謝は必要ない。むしろ、我が悔恨を払拭する君にこそ、私は感謝の言葉を送りたい。――ありがとうエリス。君こそがきっと我々が望み続けた真実の牙なのだから』


「そりゃどーも」


『たまに見せてくれる殊勝な態度も魅力的だな我が主』


「テメェ……」


 余計な一言がなけりゃ少しはまともに締まったってのにさぁ!

 思わず鎖でも叩き込もうとして、私は握った鎖から手を離した。


『……打たないのかい?』


「打たないことにした」


 殴っても勝手に好意的に解釈するだろうし、何よりもこのくだらないやり取りのおかげで、疲れ切っていた心が潤ってきているのを、悔しいけど認めてしまったから。


「それでさ。ぬれぞーは私が倒れた後のことは知ってる?」


『あぁそれなら知っている。君が意識を失ってすぐに奴が着て治療を施してくれた』


「じゃあ……」


 私はそこで唾を飲み込むと、結局聞けなかった一つの結末の答えをぬれぞーに問うことにした。


「ガントさんは、どうなったの?」


『彼は死んだ』


「……そっか」


 淡々と告げられた事実は、既に分かっていた真実でしかない。

 それでももしかしたら奇跡的に生きていて、何とかアトちゃんに回復してもらったかもしれないと思ったのは、きっと弱かった私がこの心に最後に残した小さな棘のせい。


『だが、彼の残した意志は残っている』


「え?」


『解放……心鉄追憶【名残剣(なごりのつるぎ)】』


 ぬれぞーの柄の先、刀身があった部分から淡い光が溢れだす。それはたちまち虚空で剣を象ると、一瞬にして光が弾け、中からガントさんが使っていたのと同じ両手剣が現出した。


「こ、これって……」


『君の権能に引き出された我が牙の残滓を用いて、あの場に残っていた剣の亡骸を元に一つの形に構成し直した物だ。見た目通りあの男が使っていた両手剣と同じで何の能力持たないが、硬さは我が牙が保証するよ』


 粉雪のようにゆっくりと私の手元に降りてきた剣、名残剣を左手で握り締める。すると浮遊していた剣が重さを取り戻して、左手に確かな重量が圧し掛かった。

 重い。左手でなければ、強化魔法を用いないと振るうことすら難しかったはずだ。

 だがこの重さは、剣だけの重さじゃない。そこに込められた意志、私に託して逝ったガントさんの魂の質量。


 ――エリス、お前は俺の、俺達の……希望だ。


 最後の瞬間、ガントさんが私に言おうとした言葉が剣を通して胸に染みていく。


「ガントさん……」


 だからこそ、その思いを知った今だから、私の瞳に涙がこみ上げてきた。

 初めての依頼。困難な戦い。戦いの果てに、私は私だけの力を手に入れ、強敵との戦いで勝ちを奪い取った。

 でも、結果だけを見れば救出対象を誰も救い出せず、アトちゃんに助けられなかったらあのまま出血多量で野垂れ死にしていたことだろう。

 だからこそ、思ってしまう。

 もしも、あの場に居たのがいなほにぃさんだったならきっと、ガントさんだけじゃなくて全員を助けたうえで、一人で笑いながら街まで戻ったはずだと。


「こんなんじゃ駄目だ……」


 袖で涙を拭って、握った剣を杖にして私はソファーより下りた。

 体がふらつく、自分の体なのに操り人形のように操作が上手くいかない。

 それでも体を支えて立って、次いでにぬれぞーを鎖で包んで腰のベルトに差す。


「だから、行かないとね」


 いなほにぃさんの背中との距離はまだ離れている。何よりも、もしものことを考えてしまう時点で私はまだ軟弱なのだろう。

 結果は全てだ。真実は一つだけで、仮定の話が入り込む隙は無い。

 だからせめてこれからを後悔しない生き方をしたいと思う。それが、私を助けて死んだガントさんに出来る唯一の恩返しだと思うのだ。


「もっともっと、頑張らなきゃ」


 そうと決まれば、ここでのんびりとしている暇なんて無い。

 体の反応は鈍いが、この程度は動かしていけば勝手に治るだろうし。三枚おろしにされた右手と新たな左腕の調子を確かめる必要だってある。それから血を流す魂の炎獄の力を用いて魔法を使えないかどうかも試してみよう。加減の仕方だって覚えないといけない。

 やることは山積みで、寝ている暇なんてこれっぽっちも存在しない。

 ひたすら前に進んだあの人の背中に追いつくには、私の小さな体は全力疾走を止めるわけにはいかなくて。


『充実してるね』


「当り前ですって」


 いつの間にか枯渇していたやる気はこの小さな体から溢れ出るくらいに充実していた。

 今はただ真っ直ぐに、走り始めたばかりで休憩なんてもってのほか。


「だって私は、やんきーなんですからね」


 まずは、私は今日も元気ですとお天道様に叫ぶとしよう。

 いつの間にか踏み出した一歩目は、思った通りに不恰好なものだった。






「――とまぁそんな感じでこの籠手と両手剣を手に入れたわけですよ」


「そうか……まっ、俺の妹分なんだから、その程度は出来て当然ってやつだな」


「手厳しいなぁ。少しくらいほめてくれてもいいんじゃないですか?」


「他の奴らなら言ってやったがよ。それともあれか? 俺に褒められたいってのかよ?」


「……やっべ、超キモイ」


「ぶっ殺すぞテメェ」


 憎まれ口言いながらも、対面で酒を煽るいなほにぃさんの表情は楽しげだ。

 そして私も「やれるならやってみやがれってんですよ」なんて売り言葉に買い言葉。だけど、こんなやり取りが面白くて、何とも言わずに私達は手に持ったジョッキを打ち鳴らす。

 そこで丁度追加の料理が運ばれてきたので、私の思い出語りは一旦休止となった。

 いなほにぃさんは見た目通りというか物凄い勢いで料理を手あたり次第に胃袋に落としていく。残念ながら私はそこで張り合うつもりはないので、自分の分だけ先に確保してのんびりと食べることとする。

 あの日からこれまで、ずっと目指してきた背中はすぐ傍にある。

 がむしゃらに頑張って、死にそうな目にも何度も会ってきた。その結果がこのがさつなにぃさんの隣というのは、我ながら馬鹿らしくて少しだけ笑えてしまうのも仕方ないだろう。


「さて、それじゃ次だな」


 そうこう考えている間に料理を平らげたいなほにぃさんは、酒を一気に飲み干すとズイっと私に顔を寄せてきた。


「こんなんじゃまだまだ酔えねぇし酔いたくもならねぇ。一先ずは雑魚を平らげたんだ、そろそろテメェの本命を聞かせろよエリス」


 普通ならかなりの冒険譚のはずなのに、この人にとっては私の死にもの狂いも雑魚でしかない。

 だけど、それは私も同意見だ。最強を目指すいなほにぃさんの隣に立つと決めた私が、たかだかキングバウトとの戦いを本命だなんてありえるはずがない。


「へへへ、それじゃあ今度はとっておき、あれから暫くしてマルクを出た私は、そのままいなほにぃさんを追ってシェリダンに入って――」


 そして私の冒険は再び始まっていく。

 あの日からのこれまで。

 これまでに続いた昨日の日々。

 お次は見習い研修卒業後。


 エリス・ハヤモリの新米やんきー時代を一晩かけて語ることにしよう。





これにて不倒不屈の少女勇者は一先ず完結です。って言ってもエリス一人称にすることで大幅に描写をカットしたので、全体的には割と断片的な内容となっているため、不親切だとは思っています。そこは反省ですかね。でも十万文字近くだったりするので、どんなに無駄描写してるんだよと自分自身にツッコミたい。


てなわけで次回からは本編第五章からとなります。いなほとエリス、いよいよ二人が合流してヤンキーヒーローの本編とも言える物語がスタートです。ここまで長かったぜ……全体としては中盤戦に突入といったところなので、読者の皆様にはまだまだおつきあいしてもらいます。というかしてください。


では、次章からもよろしくお願いします。ちなみに少女勇者の第二章は……いつか公開出来たらいいなぁ。

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