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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
外伝【不倒不屈の少女勇者・第一章『みるきーうぇい』】
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レッスン5【初ケンカ、開始です】


「『示せ、残滓の綴る道』」


 私がまず迷いの森に入ってから初めに行ったのは、省略した探知魔法だ。言語に乗せられた意を汲み取った魔力を指先より放てば、淡い輝きを放つ小さな玉が私の前に生み出される。


「えっと……確かここら辺に……」


 それから背負ったバッグより小さな金属片を取り出してから漂う光の玉に埋め込んだ。金属片には今回行方が知らない冒険者チームのリーダーであるザウスさんの魔力が染み込んである。この魔力を標にして、魔法の玉は未だ残留しているだろうザウスの魔力を辿ってくれるのだ。


『ふむ、冒険者チームが遭難した時のために街に残された探索用の魔力遺留物を使用するか。これならば確かに探索は容易になるだろう……気付けば簡単だが、中々どうして面白い魔法運用方法じゃないか』


 ぬれぞーが腰のあたりでうざったい口調を潜めて感心している。

 実はこの魔法、アトちゃんが一番初めに教えてくれた魔法だったりする。単純に利便性という点でも優秀ということもあるが、私の最終的な目標がいなほにぃさんとの合流のため、探索系の魔法は必須だったからというのもあるのだとか。

 他にも戦闘方面の魔法よりも、飲み水を生み出す魔法、魔物の嫌う臭いを放つ魔法、自動書記による地図作製魔法、その他旅に必要な魔法の数々を後アトちゃんは重点的に教えてくれた。

 あれで案外、教師としては立派なのだから伊達に理事長をやってないということなのだろう。


『あれは常識に対しては非常識だが、だからこそ非常識の常識はしっかりと押さえているからね。そういう意味では君に教えた魔法はむしろ当然と言うべきだ。まっ、あれが馬鹿正直に魔法を教える姿というのは不気味が一周回ってちゃんちゃら可笑しいレベルだが』


「案外繊細だったりするのかなぁ……」


 つーか、勝手に人の心読むの止めてよ。今のは心の中での疑問だって。


『わははは! 我が主の体調チェックから心の機微までしっかり守るのが我が使命! 故にって痛い痛い痛い痛い! 無機物だけどその鎖は意外と痛いと言いたくなる!』


 乙女の心を暴いた罪は重い。

 私は無言で鎖の締め付けを強くする。普通に心読むのもそうだけど、心読んでこの空気の読めなさはもう終わってるね!

 というわけで滅び――ん?


「……遊びはここまでみたいですね」


『私としては割りと冗談抜きに遊びですまなかったけどね。ねぇ、柄に罅入ってない? 大丈夫これ?』


「刀身も無いのに今更柄のへこみ具合なんて気にしないでよね」


『まぁ確かに……ってちょっと我が主!? もしかしてへこみ入ったの? その言い方だとへこんでる!? 待って待って、せめて今すぐに鏡に我が美しき姿を映してチェックを一時間程……』


「行くよー」


 腰のあたりで『あぁぁぁぁんまぁぁぁりだぁぁぁぁぁ!』とか叫ぶぬれぞーを当然のようにスルー。

 ふわふわと進んでいた光玉がザウスさんの魔力を捕捉したのか、速度を上げて森の奥へと突き進んでいく。


「しっかし、前々から思ってたけど迷いの森とは言い得て妙だよねぇ」


『ざっと君の知識を読ませてもらったが、国を跨いだ森林地帯らしいしね。しかもその殆どが未開の地であるというのだから、建国からこれまで、ここら辺の国々の適当具合が知れるところだ』


「と言ってもね。迷いの森は危険な魔獣も多いし、そう上手くはいかないんじゃない?」


 特にいなほにぃさんが解決したトロールキング事件が記憶に新しい私としては、下手に森の奥を刺激して危険な怪物を解放してしまう可能性を考えてしまう。


『そこは問題ないと思うがね。アースゼロの平均値が私の記憶通りなら、この森一帯に出てくる魔獣は強くても精々Dランクが良いところだろう』


「Dランクかぁ。……ランク無しの私からすれば充分化け物です」


 まぁ、もし出会ったとしても私が勝つけど。


「……それにしても、随分と奥深くまでザウスさん達は行ったみたいだね」


 私は光玉を追いながら、自動書記に記されている地図の現在位置と、ザウスさん達が本来通っていたはずの道を見比べる。

 明らかに本来通るはずだったルートを大幅にずれている。まぁ僅かに開拓されていた街道を無視して森の奥に入っている時点で分かっていたことだけど。


『……私は見てのとおり只の剣だから助言はさほど出来ないが、警戒はしておく場面だと思うよ?』


「たまにはいいこと言いますね」


 僅かに緊張を滲ませた声に応じて、警戒をすることに決めた。

 普通の冒険者なら強化の魔法でも使うのだろうが、生憎と魔力量の少ない私は常時強化を展開出来るわけではない。それでも腰の鞘から片手剣を引き抜いて最低限の奇襲には対応できる形はとっておく。

 というかさぁ……。


「間違ってなければだけど……」


『あぁ、間違っていないとも』


 やっぱりその通りか!

 直後、木々の影より三つの影が私目掛けて飛んできた。


「ハァ!」


 軽い気勢をあげながら、私はおバカにも列をなして飛んできた影を一刀の元に斬り伏せる。強化の魔法を使わなくても、ミフネ師匠から授けられた剣術の冴えならば纏めて斬り伏せるくらい問題ない。

 一先ず周囲への警戒を怠らずに、私は地べたに落ちた三つの死骸を見た。


「……こいつは」


『ハウルウルフか。久方ぶりに見たな』


 ハウルウルフ?


「いや、これはバウトウルフでしょ?」


『ん? あぁ、今はそう呼ばれているのか。了解したマイマスター、この個体の名称をバウトウルフと改めよう。ならクイーンハウル、キングハウルの呼称もバウトに統一すべきかね?』


 そう言って勝手に納得したぬれぞーに質問したいところだが、魔獣、バウトウルフが現れた以上、そういった余裕はない。

 それよりも今は状況の整理が先決だ。地べたに転がった死骸はいずれも首を切断されて既に絶命している。周囲に気配も感じないので、大方群れより外れた個体だと思いたいのだけど。


「さて……」


 私はそんな自分の予測を楽観的思考だと即座に否定した。

 基本的にバウトウルフは多くても二、三体のコミュニティーで動くものだ。そして速度はそこそことはいえその他の能力が魔獣の中でも最底辺にあることから、一体だけならばかつての私でも武器さえあれば処理できる程度である。

 そして複数で出てきたとしても、群れとして統率の取れた行動をするわけではなく、各自ばらばらに襲い掛かるため村人達でも対処は可能だ。

 ならば今出てきた三体のバウトウルフはそうした対処可能なものかというと――そうではない。


「偵察か、もしくは逃した獲物の捜索か」


 いや、最悪の可能性がある以上、両方という線で考えたほうがいいだろう。そこでぬれぞーが『どうしてそう思うんだい』と質問してきたので、私は骸を晒すバウトウルフを指さした。


「理由はこれですね」


 私の一刀で首を両断された三体の死骸こそが証拠だった。


「普通の個体なら三体同時に襲ってくるなんてありえない。こいつらが足並みを揃えて、襲う直前まで息を殺して同時に飛び出してくる? そんなことが出来る理由はたった一つです」


『あぁそういうことか。確か、バウトウルフの特徴と言えば――』


「うん、君の想像通りだと思いますよ、ぬれぞー」


 数体で動きながら、群れとしての有利を発揮できないバウトウルフが複数で動く理由。

 そして冒険者達が消息を絶った理由。

 まだまだ情報は少ないが、挙げてもいい可能性は――。


「バウトウルフの上位種……クイーンバウトの可能性が高い」


 クイーンバウト。

 私は現場に居なかったので人伝に聞いただけなのだけど、いなほにぃさんと死闘を繰り広げて手傷すら負わせたとされる魔獣。ランクにしてF-、熟練の冒険者チームが複数組んで討伐に当たるのが妥当とされている。

 しかもこの個体の恐ろしさは個としての恐ろしさだけではなく、本来なら個別に動くだけのバウトウルフを統率して、群れとして動くことにある。

 これによる総合的な脅威はEランクに匹敵するとさえ言われており、本来なら村人でも対処出来るバウトウルフ討伐依頼が冒険者にも出るのは、新人の教育という名目とは別に、将来現れるクイーンバウトの配下となる個体を少しでも処理するという事情があったりする。


『クイーンバウト……私の知るクイーンハウルと同じならそれは厄介だな。目算だが、我が主の戦力と比較してみたところ、まだ断崖絶壁から全裸で飛び降りたほうが生存確率は高い』


 ぬれぞーのシリアスな呟きに私も同意だと応じる。

 ランクが一つ以上違う敵とは一人で対峙するな。

 これは冒険者に限らずこの世界に住んでいる者ならば誰もが知っている常識である。だからこそ辺境の村人だろうがランク持ちの魔獣に関しての知識を親から子へと伝えていくことで知っているのだ。

 そして予想が当たれば私の相手はF-。

 ちなみに私は当然ながらランク無し。

 ランクが二つ以上離れていることを考えれば、普通に勝ち目など皆無である。


『だがそう言うわりにはマイマスター。焦っているようにはあまり見えないのだが?』


「そりゃね、何せアトちゃん直々の依頼ですよ? 簡単に依頼完了というわけにはいかないって」


 そう言ってはみたけれど、果たして私自身は本当のところどう思っているのだろう。

 昔の私なら体を震わせて涙を流して蹲っていたのかもしれない。

 いや、昔の私であっても腹を括って抗う方法を選択したかもしれない。

 なら今の私は?

 知識を学び、技術も付け、武装は整っている。

 それでもランクの壁というものは結局超えられていない。

 だけど、心は落ち着いている。

 直後、光球が何かに反応して速度を上げた。


「近い……」


 私は迷いなく進み始めた光を見失わないように、だけどなるべく周囲の木々を揺らさないように慎重に速度を上げた。

 既にここは相手のテリトリー。慎重になりすぎるということはないはずだ。

 そして光球が僅かに開かれた場所に飛び出す。その直前で片手剣を引き抜いて踏み込んだ私は、木の幹によりかかるようにして倒れている冒険者を見つけた。


「大丈夫ですか……!」


 慌てて近寄って安否を確かめる。見た感じ、至る所に裂傷を負っており幾つか無視できない深さのものもあった。


「ぐ、ぅ……き、みは?」


「救援に来ました。幾つか話したいことがありますけど、一先ずはここから離脱を――」


 意識があることに安堵しつつ、私は回復用ポーションを冒険者に上げようとして、背筋が凍り付くような悪寒に言葉を詰まらせた。


「ッ……奴め、もう追ってきたか」


 私の後ろで冒険者が苦悶の声をあげる。そしてその言葉に込められた絶望の感情と、立ち込める強大な気配によって私は覚悟を決めた。


『……逃げたほうがいい』


「だまらっしゃい。私の目指す背中に比べたら、こんな奴は準備体操にもならないからね」


 ぬれぞーの忠告を無視する。逃げても無駄という思いと、何よりももう逃げたくないという覚悟を支柱にして、私もまたなけなしの魔力を放出して戦闘態勢に移った。

 そして、そいつは現れる。


「■■■■……!」


 地響きのような唸り声と共に、バウトウルフなど足下にも及ばない巨大な狼が姿を現した。

 クイーンバウト。かつて、早森いなほと死闘を繰り広げたことのある怪物。

 ランクにしてF-の敵を前にして、私の口許は知らず笑みを象る。


「つーわけで……かかってこいよ、ワンコロちゃん。尻尾を振るなら今の内だぜ?」


 私の死闘を始めよう。

 初速から全開まで加速した私の闘争心に応じるように響いた女王の咆哮が、最悪の遭遇戦の開幕を告げる鐘の如く鳴り響いた。






次回、VSクイーンバウト


例のアレ

クイーンバウト

第一章でいなほと戦ったバウトウルフの上位種。F-ランクだが、速度に関してはEランクにも匹敵する。得意技は口から放つドリル。相手は死ぬ。

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