レッスン4【死地での訓練ですか。そうですか】
これまでのあらすじ
ぬれぞー「お前が爆弾になるんだよ!」
エリス「話は分かった! 一週間後に私は爆発する!」
詳しくはレッスン1から読んでください。
エリス・ハヤモリは爆弾人間である。
何かよくわからない変態さんに渡された変な刀によって体内に爆弾を埋め込まれたけど、頑張って何とかしようと足掻いている可哀想な美少女なのだ。
なんて、自分を鼓舞しようと試みるものの、頭の中もとい体の中に爆弾があって、しかもその威力がとてつもないと知った私の心境は複雑だ。
「爆弾かぁ……いざとなったら腹ごと抉れば摘出出来ないかなぁ」
『その答えにはノーと言わせていただこうかマイマスター(仮)。私との契約で君の中で育まれている権能は、既に君そのものを権能と化しているに等しい。まぁ上手くやれば力を体の一部に誘導して切り離すことも可能だが、君の身体能力では直後の爆発に巻き込まれてそのまま人生の幕切れさ』
「わりと真面目なお話をしたと思ったらどう足掻いても詰んでるって示してくれるだけなんて本当に気が利いているね」
『なぁに、私とて久方ぶりに得た主を些細なことで失いたくないからね』
元はと言えばお前が無駄口叩いて私の怒りを買わなければこんなことにならなかったのだろうが。
と言っても無駄だと知っているため、私は馬上で揺れながら刀身のない珍妙な刀、ぬれぞーとの会話をするという端から見れば脳天がぶっ飛んだとしか思えないことをしていた。
現在、マルクを出立した私達は迷いの森へと馬で向かっている。本当ならもう少し急いだほうがいいのかもしれないが、アトちゃんの話を聞く限り連絡の取れない冒険者はもうくたばっているとみて間違いないだろう。
だからこうしてピクニック気分でのんびりとお日様を浴びながら私はあの恐ろしい場所へと進んでいた。
「……迷いの森か」
只のエリスが死んで、エリス・ハヤモリが生まれた場所。
色々な意味で特別な場所である迷いの森に対する私の感情は複雑である。
色々と吹っ切れたようで、実は未だにずるずるとあのトロール達が生み出した悍ましき光景を引きずっている感じ。目を閉じなくても簡単に思い出せるくらいに、地獄の映像。
でも、それ以上に鮮烈なにぃさんの背中と、力強い拳が、胸を焼いている。
だから、うん。
こうして落ち着いていられるのかな?
「ところでぬれぞー」
『なんだいマイエンジェル。プリティーなその顔をさらなるたまご肌にする方法であるならば今考え付く限りで三千飛んで四十二通りは――』
「ずっと気になってたんだけど、権能ってなんなの?」
話を一瞬にして脱線させようとするぬれぞーの言葉を遮って、私はずっと気になっていた疑問を口にしていた。
ぬれぞーとアトちゃんの話を聞く限りだと、どうやら契約したことで私の体内で生まれた権能とやらが爆弾となっていることは分かった。だけど、人を爆弾にした挙句にマルクもろとも吹き飛ばすような恐るべき火力を秘めた権能とやらの説明を私はされていないのだ。
ってか普通に考えて最初に説明することじゃね? 私の命かかってるのにどうしてこいつらは重要な案件ばっかスルーするのかな。
あ、そう考えるとなんかむかついてきたぞ。
とりあえず一発くらいやっとこう。
『ウェーイ! ちょっとちょっと! 幾ら私に見惚れたからと言ってその鎖で殴ろうとするのは止め給え! 危ない! ぬれぞーまた記憶飛んじゃう!』
「よーっし。じゃあさっさと説明してくださいね。何か割とここまで怒涛の展開だったから流されっぱなしだったけど、私ったらやるときは必殺する女の子なの」
『ハッハー、殺伐な君もキュートだね』
ぬれぞーの記憶を昇天させてみた鎖を弄びながらちょっと真剣な感じでぬれぞーを見下ろすが、やはりこいつは何とも思っていないように快活に笑い声を張り上げるばかりだ。
だが笑い声をすぐに引っ込めたぬれぞーは、初めて聞くような冷たい声で『星に刻まれた傷跡、法を犯す罪』とつぶやいた。
それはまるで鋭利な刃物で突き刺すような声色。陽気でおしゃべり好きという鞘から抜き放たれた牙は、私の喉を食い破るように――。
「ぬれぞー?」
『……失礼。まぁ簡単に説明するとだね、権能とは君を成す物質だ』
もしかしたら震えていたかもしれない私の声に、先程の様子が嘘だったようにお気楽な調子でぬれぞーは答えた。
って、よくわからないぞ。
「私を成す物質って……どういうこと?」
『それは私にも答えられない。いや、私は応えるだけで、形の是は君にある。そしてその自我こそが世界に突き立てる新たなる爪なのさ。これまでがそうだったように、これからもそうであるんだ』
何かを思い返すようにぬれぞーは語る。その語り口はとても優しく、同時にこちらの胸が締め付けられるような悲哀も含まれていた。
そんな私の曇った表情を察したのか。カタカタと唾を鳴らしながら、ぬれぞーは優しく語り掛けてくれる。
『だけどエリス、君自身の在り方だけは忘れてはいけない。君は物質を成せないけど、私はそういう偶像であり、祈りを有とし渇望を在とする顕現の法である。故に否を是としてはいけない。是を是のままに、在れと有れ、滴り落ちる雫より象る咆哮こそ、私が与えた権能故に』
「えーっと……話が良く分からないのですが」
『つまり……』
「つまり?」
グッと顔を寄せた私の額とぬれぞーの柄が触れ合う。
額に感じる冷たさは鋼鉄の肌触り。こうしていると命の息吹など感じられない只の刀もどきに過ぎないというのに。
『君は君のままで居なさいってことだよ、エリス』
お父さんみたいだと、木漏れ日のように私を濡らすぬれぞーの言葉が、心地よかった。
―
冒険者として活動をし始めて数年が経とうとしているザウス達冒険者のチームにとって、今回の依頼はちょっとした息抜き程度の簡単なもののはずだった。
商人の運ぶ商品の護送任務。新米の冒険者から熟練の冒険者までが請け負うことの多い依頼の一つである。新米は冒険者としての経験を積むため、熟練者は違う街に行くついでの駄賃を稼ぐために。比較的安全な街道でもゴブリンやバウトウルフ程度の魔物ならば発生することの多いこの世界では、護送任務というのは薬草採取に次いで需要の多い任務である。
「走れ走れ!」
だが現在、ザウス達は必死の形相を浮かべながら迷いの森の中を駆けていた。
ランク持ちではないが、チームであればトロール程度なら相手取ることの出来る彼らが、マルク周辺でこのように必死になるようなことは本来ならあり得ないはずだった。
しかし普段ならこのあたりに出る魔物程度ならば容易に葬れるはずの彼らの体が纏う装備品は傷が多く刻まれ、手にした片手剣には血が大量に残っている。
「■■■■ッッ!」
その原因こそ、こうして森を走る彼らの周囲から無数に轟く獣の泣き声。バウトウルフの群れのせいであった。
本来、一体ならば冒険者でもない普通の村人でも、強化の魔法とちょっとした武器があれば追い払うことが出来る最下級の魔物である。
しかし、それも一体だけの話。
森を走るザウス達の周りからは絶えずバウトウルフの鳴き声と襲撃が襲い掛かっていた。
既に護衛すべき対象は彼らの傍には居ない。護衛しようにも大量のバウトウルフを前にして、ランクすら持たないザウス達では自分の身を守るのだけですら精一杯だったため、いつの間にか断末魔の悲鳴すら遠吠えに飲まれて死んだのだろう。
「駄目だ! うわぁぁぁぁ!?」
そしてついに無限に湧き出ているとすら思えるバウトウルフを防ぎきれずに、仲間の一人が狼の波に飲まれてしまった。
「ッ……振り返るな!」
思わず立ち止まりそうになる仲間達を叱咤して、ザウスは悲痛に歪んだ表情を浮かべながらも大地を蹴る足だけは止めることはしなかった。
今助けに入ればもしかしたら助かるかもしれない。しかし、その結果、完全に包囲網に阻まれることとなってしまえば、チームの全滅は免れられない。
それを仲間達も分かっているのだろう。誰もが表情を悲痛に染めながらも、足は止めずに前へと進む。
今は前へ。
何としてもこのバウトウルフの群れを抜け出して、マルクに情報を戻さなければならない。
例え仲間が生きながら食われる生き地獄に落とされるのを見殺しにしても。
「邪魔だぁ!」
だがこみ上げる悲しみと怒りを押し殺すつもりはない。
ザウスは前方に現れたバウトウルフへ、混ぜ合わされた激情ごと握り締めた血染めの片手剣を叩きつけた。
小石でも払うようにザウスの怒りはバウトウルフを纏めて吹き飛ばす。
それでもバウトウルフの群れは枯渇しない。むしろ殺された同胞の血肉を吸って無数に這い出てくるかのごとく、際限なく増えているかのようにすら思えた。
水滴が岩を穿つように、塵が山を作るように、戦闘力の乏しいバウトウルフという個体の恐ろしさはひたすらに数。
そして何れ獲物が疲弊しきった時、轟音を引き連れて本命は現れた。
「■■■■ッッッッ!」
強大な力を感じる咆哮が天地を揺るがした。
たった一言の宣誓によって、ザウス達とバウトウルフ、両方の動きが止まる。
「……あれ、は」
ザウスは咆哮の先より姿を現した巨躯を見て言葉を失った。
他を圧倒する種としての隔絶した力量の差。生物としての領域を逸した怪物。
「あ……」
森の木々に生い茂る緑に紛れることなく鮮明に彩られた緑色の体毛。まるで日差しを吸収して輝いているかのように淡い燐光を放つ毛を揺らしながら、ザウス達を遥かに凌ぐ巨体が森の奥より現れた。
それは常人では決して抗うことの出来ない絶対強者。
ゴブリンと並び個としての能力は最低とされるバウトウルフを率い、バウトウルフを遥かに凌駕する力を秘めた生ける女王。
「ク、クイーン……バウト……」
F-ランク。クイーンバウト。
かつて、早森いなほという規格外にすら傷を負わせたことのある化け物との遭遇に、ザウス達は抗える可能性すら見失い、絶望に目の色を失った。
一年間お待たせしましたぁぁぁぁぁ!