レッスン3【私、爆弾になります】
ぬれぞー。
種族、刀もどき。
特徴、うざい。
「以上が私の知っている君の全てなんだけどさ、総合的な評価としては喋る屑って認識でいいんだよね?」
『エクセレントビューティーとでも呼んでほしいな。マイマスター』
「えへへ」
総合的な感想としては、こいつ何とかして死なないかなぁ。
私は机の上で一秒だって黙ることなく喋り続ける刀もどき、命名はぬれぞーを眺めながら痛む頭を片手で抑えた。
ちなみにぬれぞーという名前は先程投げやり気味に付けたこの刀もどきの仮称である。無機物が記憶喪失というアレな状況はどうかと思うんだけど。
『マイエンジェル、それは君がその鎖で私を思いっきり叩いた影響だと思うがね』
「ぬっ……」
『呪縛封鎖・天岩戸真打。全能神程度なら封印の過程で消滅させるくらい朝飯前の一品さ。流石の私もこの状態で不意を突かれてそれに一発かまされたら記憶の一つや二つは見事に失うよ』
机に放り投げた鎖を持ち上げてみるけど、大層な名前のわりに大した能力は感じられない。本当にこんなのが神様を消滅出来るのかなぁ。
『まっ、そこら辺は別にどうでもいいことだ。大したことじゃあない』
あ、そう。
「で、問題なのは君が記憶を失ったせいで使えるはずの力が現在使えないってことだよね」
『話が早くて助かるよ。正直、こうもピンポイントに記憶を喪失している事態に実は私も内心ではのたうち回るレベルで焦っているのだが、なぁに、私はこの通り女性の前ではいつだってクール&スタイリッシュなラブハンター。愛で世界を救う孤独な狩人』
「そういうのいいから話続けてよ」
そうだ。そんなことよりも、話はちょっと前に戻って、ぬれぞーと私が命名された直後のこと、『実はちょっとした問題が発生したのだが』とそれまでのお気楽さを引っ込ませて、ちょっとばかしマジな声色で問題とやらが出来たと言ってきたのだ。
とは言ってもまぁどうせ記憶が失われて力が使えないことによってどんなことが出来なくなったかといった程度の話だろう。まぁそもそも私はぬれぞーの力を借りるつもりはなかったし、ぶっちゃけてここまでうざいとなれば、失われた凄い力なんてどうでもいいからさっさとお別れしたいところだよね。
明日アトちゃんに唾吐いて返そう。
うふふ、そうしよう。
さっ、それで問題って?
『このままだと、君は爆発する』
ん?
『正確には、本来なら契約と同時に顕現するはずの権能が展開出来ない影響で、こうしている今も刻一刻と具象化出来ない権能が君の内部で膨れ上がっている。そしてもし権能がある領域、あー、つまりは能力使用可能状態にまで至って尚内部で蓄積されていたとしたら、権能に耐えきれずに君は内部から爆発する』
「はっ?」
『君、爆発、待ったなし』
いや、ちょ。
爆発って……爆発ってこと!?
私の身体が!
爆発四散!?
「はぁぁぁぁ!? ちょっと! か、勝手に契約かました上に爆発!? 何それ! 冗談――」
『なぁに、タイムリミットは残り一週間と言ったところだ。気にするな』
「余計気になっちゃうし意外に時間短いなぁ!」
『ちなみに、被害規模はこの街が丸ごと吹き飛ぶ程度だから安心だな』
「安心できるかぁぁぁぁ!」
私は怒りに身を任せて拳に鎖を巻いてもろともぬれぞーに叩き込んだ。
ゴシャンと机にぬれぞーが陥没するけれど、相変わらずの無傷。
『ははは、混乱する気持ちは分かるが、物に八つ当たりしても仕方がないゾ』
「この野郎……!」
語尾に音符マークが付きそうな声出しやがって……!
「エリィィィィス! どうした! 強姦か!? 強姦魔でも出たのかエリィィィィス! お姉ちゃんが! あのクソッタレ筋肉馬鹿のいなほよりも優しくて頼りになるお姉ちゃんが助けに来たぞ! エェェェェェェリィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥ!」
「何でもないからアイリスさんはさっさと家帰って糞して寝てください! それとこの際言いますけどそういう過保護なところたまに本気でいなほにぃさんの百倍くらいウザいです!」
おそらく下の酒場で未だに飲んでいたアイリスさんが部屋を盛大にノックするのすら煩わしい。「いなほの百倍ウザいって……」とかなんとかドアの向こうから聞こえてくるけど、そんなのに構っている余裕は幾らくーるを売りにしている最中の私にも流石になかった。
「どうするの……! 流石の私もそう言った冗談は怒るよ……!」
とはいえ、一応声を抑える程度には配慮して、ふふふ、このままだと声を抑える程度の規模じゃなくなるのは分かってるけど、なんてセルフツッコミ。
『信じたくない気持ちも分かる。だが私は女性に対して嘘はつかない。ましてやこの手の冗談は好まん』
じゃあ本当の本当に、私ってばこのままだと後一週間でマルクの街もろとも爆発四散するのか……。
「……お、おぉう」
やばい。
あまりにもぶっ飛んだ展開に脳味噌の情報処理が追いついてない。
いきなりヘンテコな刀もどき渡されて。
刀もどきはウザすぎる刀もどきで。
記憶を失っていて。
アイリスさんは面倒くさくて。
そして私は爆発四散。
……あー。
「うん」
寝よう。寝て忘れよう。
こういう時はもうあれだ。色々と考えると余計に混乱するのが目に見えている。
というわけで、私は一先ず問題を先送りにして、ベッドにもぐりこんで目を閉じるのであった。
『現実逃避はあまり良い手段ではないと思うよ』
うるせいやい。
―
さわやかな朝がいつものように訪れた。カーテンから漏れる朝日の輝きで目を覚ました私は、眠気眼を擦って大きく一つ伸びをする。
いやー、色々とあったような気がするけど、やっぱ最近頑張りすぎたせいで幻覚を見ていたんだなぁ。
『おはようマイエンジェル! そしておはよう我が友人! やっほー!』
「……夢ってなんだったかなぁ」
夢じゃないんだよなぁ……。はぁ……。
私が起きたのを見計らったように机から聞こえてきた声に、私は起きた早々に痛む頭を抱える破目になった。
知ってました。
えぇ、知っていましたとも。
ぐっすりと寝れば何もかも全部夢でしたって話になるとは思いませんでしたとも。だけどね、乙女としてはたまには現実逃避するくらいのか弱さはみせたいの。お年頃だしね。
「ぬれぞー。取りあえず私はギルドのお手伝いしなきゃならないからちょっと部屋で待っててくれる?」
だからと言って普段のペースを崩す程か弱い乙女ではないのが私の凄いところ。正直言って爆発四散というのが現実的でないせいもあるけど、焦って取り乱すことはない。
『ふむ、いいのかね?』
そんな私の冷静な態度にぬれぞーも少しばかり疑問を持ったようだ。普通なら自分が残り一週間の命だと知ったらそれなりの焦りを覚えるだろうし、それが街全体を巻き込むとなれば尚更と言ったところだろう。
でも、希薄な現実感も含めて私が冷静でいられる理由があった。
「いいも何も、私に異常が起きたことくらいアトちゃんなら全部お見通しだろうからね。なのにあっちから何も干渉がないのは、その程度の事態ってことなんだよ」
あるいは爆発して死んだほうが面白そうだから放置しているかのどっちか。
いずれにせよアトちゃんに問題の解決策を聞くことは必要であっても、アトちゃんを頼りにすることは身を亡ぼすだけだというだけの話。
『アレはそんなに殊勝な存在ではないと思っていたのだがな。とはいえ、時が経てばアレすらも変わるというものか……ふふ、君の中のアレの人物像は随分と穏やかな存在みたいだね』
だというのに、私の言葉を聞いたぬれぞーの返事は、まるでアトちゃんはもっと悪逆非道、というよりもまるで人としても見ていないような感じだった。
「……私の話聞いてた? この事態でも干渉しないで放置するって結構ぶっ飛んでると思うけど」
『認識の違いだな。私の知っているアレなら今頃君は抜け殻になってる。文字通り、中身を根こそぎ吸われて、残るのは皮くらいさ』
やだ、怖い。
「昔のアトちゃんは今よりもぶっ飛んでたのね……っていうかもしかして記憶戻ったの?」
アトちゃんの昔を知っているということは、それに関連した記憶を思い出したということではないだろうか。
『すまないがそう言うわけではない。あくまでアレのかつての印象と相違があると分かる程度で、アレ自身を完全に思い出したわけではないのさ。なぁに、それでも私の美しさが損なわれたわけではない。むしろ見給え、久方ぶりに浴びた我が友人の輝きに濡れたこの鮮――』
「そっかぁ……どうしようかなぁ」
あわよくば芋蔓式に記憶がよみがえったのではないかと期待した私だが、返ってきたのは残念なものである。
いなほにぃさんやアトちゃんやアイリスさんに日頃絡まれたおかげで培ったスルースキルでぬれぞーのナルシスト発言を無視しながら、一先ずは今後の予定を考えた。
ともあれ、流石に腹に爆弾抱えた状態で普通にお仕事と言うわけにもいかないだろう。一先ず問題が解決するまで暫くの間はアトちゃんからヒント貰って何とかしないといけないね。
「そんな君に朗報でーす!」
パンッと、乾いた音と共に火薬の臭いが鼻をついた。
振り返ると、先程まで私が寝ていたベッドの上に立ってクラッカーを鳴らしているアトちゃんが居た。
「……着替えなきゃ」
私は何も見なかった。そうでしょう?
「アトちゃんだよ!」
思考を切り替えてクローゼットを開くと、そこには満面の笑顔のアトちゃんがいつの間にかいた。
『はははっ! そして私だ! 私も居るぞ!』
机の上ではぬれぞーがアトちゃんに触発されて笑っている。
あー。
うぜぇ。
「で、何でしょうか?」
諸々の感情をグッと堪えて、私はクローゼットアトちゃんを、子猫を扱う感じで首を掴んで放り投げる。強化を使用した力で割と本気で投げたにも関わらず、アトちゃんは空中で器用に一回転してベッドに音もなく着地した。
「言わなくても分かってるだろ?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるアトちゃんは私の事情などやはり知っていたのろう。どうせここに来たのは呼び出すよりも面白そうだったというだけの理由に違いない。
「……私、このままだと爆発四散みたいです。何とかできます?」
だから単刀直入に今抱えている問題を全てぶちまけることにした。
爆発四散もそうだが、ぬれぞーが記憶を失っていることも含めて、諸々の問題に関するヒントを貰おうとしたのだが。
「まっ、ちょっと早いけど丁度良かったね」
全てを聞いたうえで、この化け物は平然と丁度良かったなどとほざきやがったのだ。
「丁度良かった?」
「うん。そもそもソレを渡した時点で最初から次のステップに……君の体内に練り上げられた権能を展開するつもりだったんだ」
だから丁度良かったんだと。
そう言ったアトちゃんに、私は皮肉を込めて鼻を鳴らした。
「……あぁ、つまり」
――最初から、私に爆弾を抱えさせる予定だったんですね?
言葉にせずとも目で訴えかけた問いに、目の前の化け物は無邪気な笑みをよりいっそう深く、不快なものにした。
「結果論だよ。アトちゃんだって、ソレが記憶を失うのは予想外だったからさ」
「あはは、信じてもらえるって思ってます?」
「勿論。アトちゃんはいつでも人々の味方だからね」
はたして嘘か本当か分からないアトちゃんといつまでもこうして語り合っても時間の無駄だろう。徒労と書いてアート・アートと読むのはこの化け物を知っている人ならだれでも知っている。
「それで、私はどうしたらいいのでしょうか」
アトちゃんとの会話のコツは、何度も言うけど単刀直入。スムーズな会話を心掛けないと直ぐに脱線するのだ。
「戦って、勝つ」
アトちゃんは指先を二つ立ててみせた。
「この二つだけだ。とてもシンプルだろう?」
戦闘。
勝利。
つまりは、実戦訓練。
「……えぇ、とってもシンプルですね」
知らず、私は握り拳を作っていた。
ミフネ師匠とアトちゃんという、得難い師匠に手ずから指導を受けた日々。
そして今、ちょっとした問題はあるけれど、ついに私は戦いに挑むことになったのか。
「しかも、何とも『都合がいいこと』に、今の君にぴったりの極秘依頼があったりするんだ」
都合がいい。
それは、どういう意味で?
「実は数日前、とある冒険者のチームが迷いの森に出ていき……未だに帰らないでいる。迷いの森を抜けた先にある村までの護衛だから、どんなに遅くても二日以上はかからないはずだった」
「……」
「方角は分かっている。君にはこれから準備が完了次第、迷いの森に向かってもらい、冒険者チームと依頼主の安否を確認してもらうよ」
冒険者チームと護衛を依頼した依頼主の失踪の安否確認。
まず間違いなく、何かが起きてしまったことは確実だろう。
そして、目の前の化け物がその全てを知りながら、私に何も語らないということは――語る必要はないってことですかね。
「だったら、今すぐですね」
迷いの森に対しては色々と思う所がある。
私が全てを失ったのはあの森で。
私がにぃさんと出会ったのもあの森で。
そして、にぃさんと家族になれたのも、あの森で。
だからこそ、行ける。迷いなんて何も無かった。
「行きますよ、すぐに」
躊躇いなんて初めから存在しない。
私はアトちゃんに負けないくらいの不敵な笑みを浮かべて、握り締めた拳を、熱く脈動をする胸に叩きつけた。
次回、実戦訓練へ。
例のアレ。
アート・アート
その存在は色々と謎が多いが、分かっているのは『重複個体』と呼ばれる、一つの肉体にほぼ同一存在のアート・アートが重なっている存在であるということ。なので、一人称が変わっているのは趣味ではなく、一人称ごとにアート・アートという存在は別に居る。そしてそのストックは二つ名の通り『無限』だが、普段は重複個体を幾つかのグループに纏めていたりする。その数は大体二十程。
ちなみに、エリスと一番相性が良いのは『俺ちゃん』。一番エリスを心配してるのは『あーたん』。殺したがっているのは『我』と『拙者』。主人格とも言える『僕』は基本中立。