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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
外伝【不倒不屈の少女勇者・第一章『みるきーうぇい』】
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レッスン2【魔法具を作ろう!】

 目覚めは最悪だ。

 まるで昨夜飲み食いした全部が喉元に詰まっているような感覚。脳味噌は剥き出しになったようにズキズキと痛む。だというのにお腹は私の体調など気にせずに、好き放題空腹を訴えていた。

 全く、最悪である。

 だけどまぁ、アトちゃんのスタンプを貰った次の日はいつだってこんな感じなので、私はいつも通りの最低な気分を引きずったままベッドより起き上がった。


「身体を変えるんじゃない。例えるなら俺ちゃんを使って繋ぎをしているわけさ。僕の中でも俺ちゃんは君との相性はいいみたいだからね。僕としはちょっと不安だけど、俺や拙者に某や我、その他諸々は別にいいじゃんって感じだったからまぁいいかなぁみたいな?」


 あの日、私は腹を貫かれて死んだ。

 だというのになんでもなく起き上がれた私に対して、アトちゃんは良く分からないことをペラペラと私に語ると、「んじゃ、また明日ね」なんてお気楽な感じで部屋より転移させやがった。

 まぁぶっちゃけ今でもアトちゃんが何を考えているのかはよくわからないけれど、それから今日までの一週間は毎日のように腹パンではなく今度は普通のスタンプを私のお腹に押すようになった。これがアトちゃんのいう所の繋ぎとでも言うべきものなのだろうかと考えたが、それ以上にアトちゃんが教えてくれた魔法の数々への興味のほうに思考は良く飛んだ。

 下は日常でも使える簡単な魔法から、上は王国仕えの魔法使いですら知らないような禁断の魔法まで、それらを惜しむことなくアトちゃんは私に教えてくれた。

 曰く、「エリちゃんは筋が良いから教えがいがあるよ」とのことだったけど、それ以上にアトちゃんの指導は的確で魔法学院の教師の人よりも遥かに分かりやすかった。

 おかげ様と言うわけでもないけど、私は早朝から昼まではギルドのお仕事、そして昼からはミフネさんとの稽古、夕方からはアトちゃんとの勉学といった具合で毎日を過ごし、気付けばあれよあれよと二週間もの月日が経過していた。


「あー、癒される」


 いつも通りに早朝から酒場の仕込みを終えた私が早い休憩兼朝食時間を取っていたら、いつも通りにアイリスさんが現れて、いつも通りに私を胸元に抱いて頭を撫でてきた。いつも通りの朝の一時である。

 とは言っても正直言って最近はべたべたされすぎて若干ウザったい気がしないでもないけど。アイリスさんがこうやって擦り減っているのはいなほにぃさんが残した数々の面倒事に日夜頭を痛めているからと考えると邪険には出来ない。ここら辺、大人な私は空気を読めるのだ。


「しかし、随分と君も変わってしまったなぁ。いや、成長と言うべきか。何にせよこう、妹がいつの間にか大人の階段を登っていたような寂しさを感じるよ」


「んー。私自身は変わったつもりないですけどね」


 食事も終わっているので、体をアイリスさんに預けたまま私は答える。変わったと言うけれど、まぁこういうのは本人には自覚がないのはザラだとも聞く。第一、それを言うならアイリスさんこそ私に会った当初のクールな……あー、クールでも無かったかなぁ。


「変わったさ。何と言うか、垢抜けたと言うべきか。前から片鱗は見えていたが、遠慮が無くなってきたような気がするよ」


「そうですか。いつも通りにいつもな感じにしているつもりなんですけどね」


「ははは、まっ、こういうのは知らぬは本人ばかりという感じだな。むしろ君の変化に気付いているのは、常日頃君の傍でこうして頭を撫でて愛でている私くらいではないかい? ふふふ、お姉ちゃんは偉大」


「自慢っぽい言い方ですけど、別に自慢になりませんからね」


 時折バカっぽくなるアイリスさんに適当な相槌を打ちつつ、私は僅かに賑わってきた店内を見渡した。

 さて、そろそろ休憩も終了。

 今日も頑張れよ私!






 魔法に一番重要なのは理解力だ。ここ二週間くらいで言わずとも理解出来たと思うけど、君のその理解力は本当に賞賛を通り越してあきれるくらいには僕も驚いているよ。

 これはもう前言を撤回して、君は僕が探しても早々存在しない希少種と言った方がいいかもしれないね。

 うん。

 まぁゾウリムシレベルなのは変わらないけどさ。

 でも、うーん。ねぇ君、実は早道とか知らない?

 知らないか、オッケー。

 さて、話を戻すとしよう。

 理解力と一言で言って、まぁこれで分からなかったなら君には魔法の才能無いと太鼓判を押すしかなくなるんだけどさ。君には魔法、特に言語魔法に対する類稀な理解力があるからこそ、少ない魔力で効率的に魔法を操る術に長けている。

 例を挙げるなら身体強化魔法の上位版である風林火山だね。普通ならかなりの魔力を消耗するけど、君は下位版と同じか、それ以下の魔力で風林火山の術式を起動している。

 これは正直、王都でそこらへんのプロセスを事細かに解説すれば一山当てられるくらいの新発見だ。

 でもその代り、君は人よりも圧倒的に魔力と身体能力が足りない。そしてそのハンデは、君の理解力が幾ら優れていても埋めようがない欠点で、いずれいなほの隣で戦う時にその欠点は君を破滅へと導くだろう。


「そんなわけで、君に魔法具の作り方を伝授しているわけさ」


 今日も夕方から強制転移で呼び出されたアトちゃんのお部屋での勉学。いつも通りに実践的な魔法の教授を軽く通して終わらせて、魔法具の作成方法に移った頃、勉強が始まった当初から感じていた疑問へのアトちゃんの答えがこれだった。


「成程」


 納得。せざるを得まい。私の身体能力と魔力の足りない部分を補うなら、その他から引っ張ってくるしかない。そしてその手っ取り早い方法が魔法具を扱うということだった。

 魔法具とは、名の通り魔的な要素を持った器物等のことを指す。これらも人間と同じくHランクからA+ランクまでのランク分けがされており、当然ながら高位ランクの魔法具はそれに見合った性能を秘めている。

 ちなみにミフネ師匠が使っている剣はA+ランクの超レアな魔法具らしい。アトちゃんにも確認したけど、「ありゃ怨念の結晶だからね。間違っても君は触れないように」と釘を刺された。何でも、ミフネの血筋だからアレを使っても大丈夫みたいで、本来なら同じA+ランクの化け物でない限りその怨念に食い殺されるらしい。おそろしー。

 そんなわけで、高位の魔法具は実力が見合わない者でないと使いこなせないというのが基本なのだが、そこは我らがアトちゃん。ランク無しの私でも使えるようなランク有りの魔法具の制作方法を幾つも伝授してくれた。

 それはつまり、使い捨ての魔法具である。代表的な物を挙げるならポーションも使い捨ての魔法具だ。

 当然ながらポーションも含めた幾つもの魔法具の作り方を今日も夜遅くまで教わることになる。だけどこの魔法具制作、言語魔法を習得するのとは違った難しさがあって私はそれなりに苦戦を強いられていた。


「あー、違う違う。一滴多いよ。これじゃ薬草を混ぜても混ざり合いすぎて互いに中和しちゃいあうよ。外気に触れることで初めて混ざり合うようにしないといけないから一瞬で混ざり合って効果を発揮するようにしないといけないけど、勢いがありすぎるのも良くないんだ」


 私が今作っていたHランクの炸裂薬(ぶつけた相手の顔面に張り付いた液体が気化と共に周囲の魔力を吸い取って爆発する仕組み、相手は死ぬ)に横から指摘してきたアトちゃんは、失敗作となったその薬を机に少しだけたらした。

 仰る通り、混ざり合った薬は気化もせずにそのまま中和し合って只の水となる。ありゃりゃ、また失敗かぁ。


「今は練習だからいいけどさ、これが実戦なら炸裂役が不発に終わってエリちゃんの頭が爆裂四散だぜ?」


「うへー。私、死ぬなら綺麗な身体でいたいです」


「そういうことじゃねーよ。……っというツッコミはさておき、さぁもう一度一からやり直し。これが終ったら次は緊急用のポーションの作成するからね」


「了解ですアトちゃん」


 再び魔法具作成に集中する。アトちゃん曰く、慣れれば片手間で出来るらしいけど、常に針の穴に糸を通すような正確さを求められる魔法具の作成は神経をすり減らす。これならまだミフネ師匠の稽古を一日中受けていたほうがマシなくらいに大変だけれど、なりふり構わず強くなると決めた私は自分の力になる魔法具の作成に意識を注いでいった。


「……ふぅ」


 作成からどの程度時間が経っただろうか。今日の成果である炸裂役と緊急用の遅延発動ポーションを見て、私は身体中の疲労を溜息と共に吐き出した。

 ずっと机にかじりつくように作業していたからか体の節々が凝り固まっている。首を回せばゴキゴキとはしたない音が鳴るが、別に傍に居るのは人前で平然と鼻くそほじるようなアレである。気にする必要はない。


「まさかねぇ……僅かに二週間程度でランク有り魔法具作成まで完成させるとは。いやはや、これも才能の恐ろしさってやつだね」


「ううん、アトちゃんの分かりやすい解説があったからこんなにすぐに出来たんだよ」


 だからありがとうと、私は感謝の念を込めて隣のアトちゃんに笑いかけた。そして当然のようにアトちゃんは調子に乗ってドヤ顔炸裂である。


「ふふーん。褒めても出るのは魔法の知識くらいだぜ」


「いえー! アトちゃんさいきょー! ちょーかわいー!」


「うははは! いいよエリちゃん! もっともっと褒めちゃって! アトちゃんの! もっといいとこ褒めちゃって!」


「えーっと、あーっと……」


「もう無いの!?」


「ご、ごめんなさい。割とマジで無いです」


「ほげぇ……」


 ごめん。冗談抜きで強いのと可愛いのと教え方が上手いのを除いたらアトちゃんの良いところなかったよ。だってあれだもん。プライベートも関係なしに勝手に呼び出すわ笑い方は下品だし良く屁こくし、もうあれ、色々と台無しだよアトちゃん。


「マジなやつが一番つらいぜ……あれだ、心にダイレクト」


 意外に本気で落ち込んでいるアトちゃんだけど、どうせ数秒も放っておけば「それはそれとして!」ほら、立ち直った。

 アトちゃんは先程までの落ち込みっぷりが嘘のように満面の笑顔で「少し待っててね」と私に言って部屋の隅にあるゴミの山へと突撃した。


「えっと……これじゃないし、これも違うし、これは懐かしの思いでで……」


 突然の奇行にも慣れてきた私はゴミの山を掻き分けるアトちゃんの背中を生暖かく見守る。実際は、散乱するゴミの中に混じって何か私の肌が泡立つくらいにヤバそうな物品が幾つも宙を舞っているのに戦々恐々で、奇行に突っ込む余裕がないだけ……うぉ、危ね!?


「おぉう……」


 飛来した得体のしれない何かを間一髪で避ける。そのまま地面に落ちた何かを見ると、不定形の暗黒物質のような粘性の不気味な物体だった。

 ふー。あんなのがたまにあるから怖いのよ。ただのゴミに混じって馬鹿でも価値が分かるくらいの芸術品や恐ろしい魔法具に、今こうして地面に落ちてる正気を削るような物体Xまでより取り見取り。ホント、アトちゃんの部屋は混沌だ。


「お、あった!」


 降り注ぐゴミに混ざって迫ってくる物を、避け、あるいは壊れないようにキャッチしていると、ゴミの山からアトちゃんの元気な声が部屋に響き渡った。

 ずるずるとゴミの穴から這い出てきたアトちゃんが嬉しそうに掲げた掌に握られているのは……。


「棒?」


「ノー。刀さ」


 刀? というと、ミフネ師匠も使ってる、あの片刃の不思議な剣のことだろうか。

 アトちゃんは服の汚れを払いながら再びいつもの理事長用の机に探し当てた刀もどきを置いた。


「どう? 凄いんだぜこれ」


 得意げに胸を張るアトちゃんだが、机に置かれた刀を見た私の感想はと言えば何とも珍妙というものであった。

 まず大印象がゴミ山からの発掘というだけで最悪だ。それに加えて柄と鍔だけの刀もどきには、まるでゴミを縛る紐のように鎖が乱雑に巻かれている。しかもなんというかごてごてとした装飾が目立ち、はっきり言って王家に献上する飾り物の剣の失敗作とでも言うべき刀にしか私には見えなかった。


「魔法具が君の今後を左右するからね。そんな君のために前々からプレゼントにあげようとは思ってたんだけどさ。思いの他探すのに手間取っちゃって渡すのに随分時間がかかっちゃった」


「はぁ」


「おやおやー。もしかしてあまりにも素晴らしいプレゼントに驚いてリアクションに困るってところかな?」


 いや、あまりにも微妙過ぎてリアクションに困ってるんだけど。

 そんな私の心境など当然気づきもせずに、アトちゃんはノリノリで解説を続けた。


「普通の魔法具はどんなに素晴らしい一品でもランクが見合っていないと扱うことが出来ない。精々、扱えるのは自分よりも二つくらい上の魔法具っていうのは君にも説明したけど、この刀は担い手のランクには関係なしに効力を発揮する特別な武器なんだ」


「特別な、武器」


「うん。特別な、本当に特別な武器」


 こんな珍妙奇天烈な武器にすら見えない物が特別、かぁ。


「……もしかして騙してます?」


「うへへ、こうも信用されていないと僕の心は傷ついてドキドキだぜ。もっと罵って」


 駄目だ。睨んでも興奮しかしない変態にこれ以上何を言っても無駄らしい。

 私は溜息を一つつくと、観念して机に置かれた柄を手に取った。


「まぁいいです。一先ずお試し期間でお借りするという感じで。とうせ腰にぶら下げるだけなら邪魔にもなりませんしね。それに、貰える物は貰え。貰えないなら奪え。ただし喧嘩は自分から売り込めってのが信条ですから」


「僕が言うのもあれだけどよ、物騒極まりねぇ信条だね。何それ、笑える」


「いなほにぃさん直伝です」


「素敵! 素晴らしい信条だね!」


 この切り替えしの良さには辟易するしかない。

 とりあえず今日の講義はこれまでらしく、アトちゃんは「まっ、家に帰ったら鎖を外してみるといいさ」と告げて、私の視界は一瞬で暗転した。






「よっと」


 着地成功。勉強が終れば問答無用で瞬間移動させてくるため、当初は視界が暗転して部屋に戻る度に尻を痛打して涙目になっていたけど、最近ではご覧のとおり。これも慣れというか、ミフネ師匠との鍛錬の賜物である。

 すっかり夜になってるために部屋は真っ暗だ。とりあえず明かりを魔法で灯してから、今日使った教材を部屋の隅へと置いた。

 つい半月程前まではいなほにぃさんと一緒に暮らしていた部屋だけど、今は私一人だけの部屋である。所々補強された特注のベッドは、いなほにぃさんの体重も受け止める耐久性抜群のものだ。それ以外はこの半月で随分と様変わりしており、かつては男臭かったこの部屋も、今では私好みの人形が色んなところに置かれた可愛らしい部屋である。


「ご飯は……いいか」


 効果も実証するために治癒のポーションを幾つも飲んだためにお腹は膨れている。水なのですぐにお腹は鳴るだろうけど、それまでの間の時間を自習に当てるとしよう。

 ベッドの横に置かれた机の前にある椅子に腰かけて、足りない光量を傍にあるランタンに火を点けて補ったところで、私は腰にかかる重量に気付いた。


「……変なの渡されちゃったよなぁ」


 腰には先程アトちゃんから貰った刀が紐で括ってぶら下がっている。私としては只の珍妙なインテリアとして部屋に飾っておく道しか見えないけど、あのアトちゃんが言うからにはもしかしなくても凄い武器なのかもしれない。

 自習をするつもりだったけど、私は紐を解いて刀を机に置いて、まじまじとその全体像を観察してみた。

 改めて見ても装飾だけは一級品だ。白亜の宮殿の大理石をそのまま削り取ったかのような真っ白な柄に、世界全てを燃やし尽くす紅蓮を封じたような赤色の鍔。

 シンプルながら豪勢な宝石を彩ったような装飾剣よりも美しい故に、その刀は惜しい。

 この全容から象られる刃はどれだけ美しいだろうか。ミフネ師匠の断斬も触れるのも躊躇うくらいに綺麗だったけど、これも完成していたならアレに匹敵したかも。


「……」


 そうなるとちょっとこの鎖邪魔だなぁ。

 せめてその全体像くらいは想像したいのに、私のイマジネーションを刀もどきに絡まった鎖が妨げている。

 実にもどかしい。お尻に小さな棘が刺さったようなイライラだ。

 だから私はささっと刀に絡まっていた鎖をちゃちゃっと外してみた。


「あはっ」


 見た感じかなり厳重に絡まっていたはずなのに、鎖は意志でもあるようにスルスルと簡単に解けた。

 そして現れたその威容を握った私は、ちょっとした興奮に笑い声をあげてしまう。

 想像通り。

 いや、想像以上の美しい刀が私の手には握られていた。

 未完成だというのに、手に握った瞬間、触れた掌がそのまま柄と混ざり合ったような一体感を覚える。人と刀が合わさることで初めて技が冴えると言ったミフネ師匠の言葉も今なら分かる。これが人と刀が合わさった境地、例え刀もどきによる一方的なものであっても、私は今、擬似的にだけど剣の到達点の一つに辿り着き――。


 溶けてる?


 私の掌は、柄に溶けていた。


「……ぁぁぁ!?」


 気付いた時、絶叫をあげた私は机の上に刀もどきを放り投げていた。


「ハッ……ハっ……ハッ……」


 や、やべ。

 何だ今の……!

 例えとかそういうものじゃない!

 本当に私の掌が『刀に溶けていたんだ』!


「な、なんですかこれ……」


 あぁ畜生。

 クソッタレですよこん畜生。

 アトちゃんがわざわざ探し当てた物をただの装飾品もどきだって?

 馬鹿だ。私は本当の馬鹿野郎だ。

 あの化け物が手渡した時点で、まともな物品であるわけがないじゃないか……!


「……とんでもねぇ魔法具を渡してくれやがりましたね」


 刀を握っていた右手を恐る恐る見ると、見た目には傷一つない。

 だけどあの感覚と、私が見たものは決して幻覚ではなかった。理性よりも早く、本能がアレは危険な代物だと訴えている。

 鳥肌が立ち、冷や汗が全身から溢れ、動悸は激しくなり体中が震えていた。

 生存本能を直接刺激する恐怖。己が全てあの刀に食らい尽くされて消滅するという悲劇は、人間として絶対に迎えたくない最期だろう。

 だけど。

 あぁ、畜生です。

 私の口許はもう笑みを浮かべていた。


「けけけ、面白ぇ」


 そういう時こそ笑った人を私は知っている。その人の大きな背中と無敵の拳を知っているから、私はいつの間にか右手を握りこみ、あの人の言いそうなことを呟いた。

 まっ、今は模倣が限界なのが恥ずかしいけど。

 どうせ二秒後くらいには私自身の言葉で本能にだって抗える。


「さて、どうしようかなぁ……」


 思わず机に放り投げちゃったけど、どうやら机を溶かして取り込むとかはしない様子。

 でもこのまま放置してうっかりアイリスさんが拾ったら大変だからさっさと……ん?


「何か、光ってる?」


 ランタンの光に照らされたせいではなく、机に置かれた刀もどきが仄かな光を纏っている。

 そしてその光の色は緑。

 私の魔力光と同じ、色。


「こいつ……!」


 まさか。

 まさか溶けたあの瞬間に、私の魔力を吸い取った!?

 何故そんなことをされたのか分からないが、魔力とはいえ自分の一部が食らわれた事実に胸の奥に小さな怒りの炎が宿る。

 やってくれやがりましたね。

 乙女のエキスを吸い取るとはこの変態め……!

 こうなれば徹底的に鎖で雁字搦めにして――。


『ふーはははー! 快晴ハレルヤ御機嫌よう!』


「は?」


『私! 覚醒!』


 刀が、喋っている。

 鍔の光を点滅させることで感情を露わにしているのか。突如ハイテンションで叫びだした刀の鍔はそのまま燃え尽きちまえと思わず祈ってしまう程に真っ赤に輝いてい『んっんー! 素晴らしきかな現世の空気! おぉ、だが見ればサンライトはもう居ないではないか。久しぶりの友人に私、ヤッホーと元気よく挨拶をしたかったのだがね。だがこれもまた一興なり! 明日になれば元気にヤッホー! 私の元気、皆に提供!そんな素敵な元気を与えられるこの世界の皆様はラッキーである! はい! 私を握ってオリジナルスマイル! 皆ハッピー私ヤッパー! ちなみにヤッパとは某用語で刃物的な意味合いを持つのだがこの場合のヤッパーとはハッピーに掛けて伸ばしただけで正式名称はヤッパ、より細かく言えば刃物という意味でこの私そのものを指す言葉としては最適っとイカーン! 私ってば現在進行形で刀身がないのであった! とすれば私は何だい? 棒無し玉ありの不思議生命体!? ふふふ、ノンノン! 慌てるには早いぞ諸君! そうさ! 安心したまえベイビー! 刀身なんかなくともこの身より溢れだすフェロモン! フェェェェェロモン! が! 刀身程度のハンデを補って余りあるぅぅぅ! つまり私こそジャスティス! 正義って何だい? そう、私こそ! ぬ――』


「うるさい死ね」


 私は机に置いていた鎖を刀もどきに思いっきり叩きつけた。


『れぇぇぇぇぇ!? 痛い! 痛さクライマックス! 痛覚が限界点を超えました! などという冗談を挟めるお茶目な私。安心しなさい可憐な少女、痛いというのは冗談さ、だって私、刀だもん』


 ……うわー。


「あの」


『どうしたんだいリトルエンジェル。そんな悲しい顔をしないで、君の笑顔を私が取り戻してあげるから』


「どうやったら貴方死にます? というか死ねよ」


『おっほ。自己紹介もしていないのに辛辣な言葉とは驚きだねぇ。と、描く者あたりなら勘違いしそうだが私は違う。ふふふ、この至高の美が損なわれる危険性を恐れているからそんなことを聞いたんだね? でも安心してほしい。私を殺せる存在などこの世にも別の世にも存在しないからさ! ふははは! 私、最強!』


 うぜぇ。

 アトちゃんと似ているようで別ベクトルにうぜぇ。

 というかアトちゃんは見た目の可愛さとよく落ち込むところの愛らしさがあるからいいけど、まだ出会って数分だけど、こいつはもう単純にうぜぇ。

 口調とかそういうのじゃなくて、あれ。

 存在そのものが果てしなくうぜぇ。

 しかもさり気に自分に都合のいい部分しか聞こえていないみたいだし、会話が成立するのかも不安だ。


『とまぁお気楽な交流は一先ず置いておいて……君が私の契約者か』


「え。何それ怖い」


『安心したまえ、難しい手順はこちらで既に済ませておいた。君からはちょっとだけ魔力を頂いただけさ』


 あの溶けたのってそういうことか!


『君と溶け合ったあの瞬間! 私と君の身体が一体化して、繋がった箇所から伝わる暖かい熱が――』


「お願いですからキモイので死んで! お願いだから!」


『あの時、私と君の契約は完了したのだ!』


「解除しましょう今すぐに!」


『ふふふ、至高の美である私を扱うには自分は釣り合わないと考えたのだろうが気にしないでくれたまえ。契約は魔力を共有した時点で君が死ぬか私が死ぬかしない限り永遠に解除されることはない!』


 酷い! 詐欺だ!


「最低! 死ね!」


『そう自分を卑下するなリトルエンジェル』


「貴方に! 言ったんですよぉ!」


『成程! 無垢な少女の心を射止める私の美しさは確かに最低と言われても仕方ないかな?』


 違う! 違うっての!


「ぐ、ぐぐぐ」


『美しいとは、なんと罪深きことか……』


 だがこれ以上言っても無駄なのは目に見えている。

 勝手に自分に酔いしれている糞刀だが、ツッコミを入れれば入れるだけ消耗するのはこちらのほうだ。

 お、落ち着け。

 殺意を、殺意を抑えるんだ。だって私はクールな女。


「……ふー」


 良し、落ち着いた。


「それで根本的な質問なんですけど」


『なんだい? 好きなことをなんでも聞き給え。ちなみに私の好みの女性のタイプは――』


「貴方のお名前は?」


 また勝手に何かを語りだそうとする刀もどきの言葉を制して私は質問を投げかけた。

 とまれ、である。

 まずは互いに名前が分からないと色々と不便だろうから。


「私の名前はエリス・ハヤモリです。貴方の名前を教えてくれませんか?」


『エリス・ハヤモリ……早森?』


 ん? 何か変だったかな?


『……いや、失礼。乙女に先に名乗らせたとは気高き物として恥ずべきことだったね。よろしい、恥を払拭する素晴らしい我が名乗りを聞き給え!』


「えっと、そこまで大層な名乗りは――」


『我が名は!』


 続けるのかよ。

 だけど、また朗々と長ったらしい口上が続くだろうと思ったのに、刀もどきは突然沈黙してしまった。


「どうかしました?」


『……失敬。ちょっと待って、うん、ほんのちょっと』


 あ、今の素が出たな。

 コホン、と。出す必要のあるか分からない咳払いを刀もどきは一つすると、改めて刀もどきはその鍔を真っ赤に燃え上がらせた。


『我こそ、ぬ……』


「ぬ?」


『ぬ、れ……ぬ……れ』


「ぬ、れ?」


『やっべ、名前忘れた』


 は……。


「ハァァァァァァ!?」


 やっぱ只のポンコツじゃないですかぁぁぁぁ! アトちゃぁぁぁぁぁぁぁん!



次回、ぬれぞー。


感想、ポイント等お待ちしています。やる気の源!

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