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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
175/192

プロローグ【それでも君は──】


 遠くから声が聞こえる。

 自分の名前を呼ぶ、声だ。薄い膜の内側から聞いているようにぼやけて聞こえる声を、朦朧とした意識で聞きながら、小波に乗って揺らいでいるような心地に身を任せ、ゆっくりと浮上していく。

 暗闇から声の聞こえる光の先へ。完全に浮かび上がったいなほの視界が見たのは、何処かの家屋の天井と、自分を覗き込む影。


「……トール?」


「良かった……起きたんですね」


 未だ意識がはっきりとしていないが、いなほが反応したことにトールは安堵の溜め息を吐き出した。


「こ、こは?」


 周囲の様子を伺おうと身体を起き上がらせようとして、いなほは己の身体がまるで動かないことにようやく気づいた。


「無茶しないでくださいよ。マスターが手当てしたとはいえ、精神力と魔力が根こそぎ奪われた状態なんですから」


「……ここは?」


 視線だけを動かす。小さな個室、目に付いたのは簡素なテーブルとクローゼットだ。


「ここは農業都市の宿屋です。あれからマスター……リリナに治療だけはしてもらって、その後にここまでいなほさんを運んできたんですよ」


「あれ、から?」


「はい、もうあの日から三日が過ぎました」


 寝ぼけた思考は定まらない。

 それでもあの日と言われた瞬間、いなほの脳裏にゆっくりと記憶が蘇っていき──


 閃光のように、記憶に眠っていた己に振り下ろされた拳の映像が過ぎった。


「ッ……!」


 思い出した。

 何もかも思い出した。

 圧倒的な拳の存在感を皮切りに、芋づる式にこれまでの記憶が一気に蘇る。

 トールと出会ってからこれまでの記憶。

 それはつまり──


「……のか」


「え?」


「……俺は、負けたのか」


 逃れることの出来ない現実を口にする。

 認めたくはないけれど、認めてしまうわけにはいかなかったけれど。


「俺は……!」


 動かないはずの身体と意識の神経を繋げる。直後、全身を突き抜けた激痛によって全身から多量の汗が分泌されるが、構わずにいなほは半身を起こした。


「ちょ、いなほさん!?」


 慌てるトールを無視して、いなほは横たわっていたベッドから地力で降りて──そのまま床に倒れ付す。

 顔面から激突し、床の一部が砕けた。割れた木材の粉が口に入り込み、苦い味が口内を支配する。


「無茶しないでくださいよ!」


 慌てていなほを起き上がらせようと、肉体に強化の術式をかけてからトールはいなほの腕を肩に回して立ち上がらせた。

 だがいなほはトールの気遣いに感謝する素振りも見せず、顔を俯かせて肩を震わせる。

 口の中には苦味があった。

 そして、それ以上の苦渋が内側で暴れ狂っていた。


「っくしょう……!」


 敗北の辛酸。


「畜生……!」


 何よりも、敗北した己への怒りが灼熱となっていなほを蹂躪していた。


「……ぁぁぁぁぁあああああああ!」


「いなほさん!?」


 トールの手を振り払って、いなほは雄叫びをあげながら部屋を飛び出した。扉を砕く勢いで飛び出してきたいなほに、周囲の人々が何事かと視線を向けるが、そんな視線を気にも留めずにいなほは宿屋も飛び出して駆け抜ける。

 包帯まみれの自分に突き刺さる奇異の視線はどうでもいい。今はただ走りたかった。叫び、喚き、突きつけられた現実から逃れるように走り出していた。

 身体の痛みなど気にもならなかった。激痛など大した苦痛にすらならなかった。

 ただ、心が痛いのだ。

 何よりも、心が痛いから。


「糞……! 糞ッたれ……!」


 ついに都市も飛び出したいなほは、街道の外れの人気のない場所でようやく止まった。

 荒々しく呼吸を繰り返し、膝に手を乗せて俯く。疲労はあった。だがいなほを俯かせているのは疲労などという生温いものではない。


「俺は……! 俺ぁよぉ……!」


 負けたのだ。

 最強は地に落ちた。

 今ここに居るのは、運よく生き延びただけでしかない哀れな敗北者。

 より強き力に打ちのめされたただの悪ガキ。


「……俺、は!」


 持て余した感情を、近くにあった木にぶつける。普通なら砕くのに苦労しそうな大木は難なく砕けた。

 八つ当たりだ。

 わかっている。

 こんなことをしても、意味なんて何処にも無い。


「……俺、は──負けた」


 例えどんな敵を前にしても、心までは屈しなかった。

 死の淵に追い詰められたときですら、僅かな後押しすらあったものの、這い上がり、勝利をもぎ取った。

 だがアレは違う。

 天に伸びた野獣の拳、もう一人の早森。

 あの悪鬼羅刹の繰り出した一撃は、これまでいなほが培ってきた自信や自負を粉々に砕き散らした。

 どんな相手にも負けることは無かった己の五体。

 何よりも頼りになる自慢の肉体。


「それを……あいつに……」


 早森ころね。

 魔法を行使することなく、生身でこちらを圧倒してみせた本物の化け物の一角。

 幻想を凌駕する生身の人体の保有者。


「完敗だ……!」


 こちらが傷ついていたことなど言い訳にすらならない。

 激突の瞬間にまざまざと理解させられてしまった現実、覆しようのない力の差を。


 ──お前みたいなただの天才程度じゃ埋められねぇ差があるんだよ。


 エビル・ナイトリングはそう言っていなほを叩き潰した。あの魔王の言葉は、言われたそのときは理解出来なかったが、今のいなほはあの言葉の意味を痛感させられていた。

 才能だけでは埋められない力がある。

 人間ではどうしても届かない領域が確かに存在する。

 それは、アート・アートであり、トール・ディザスターであり、早森ころねであった。

 生物では超えられない領域がある。

 理から逸脱し、超越し、踏破した権利者だけが君臨できる領域。


 超越者。

 敵性存在。


 明確な頂は、その頂の高さすら判別がつかないほどに遥か遠くにある。

 今のいなほでは両方が同様に頂上の見えない巨大な壁だった。

 崩れ落ちるように膝をつき、両手で大地を握り込む。形容しがたい感情の矛先を何処に向けていいのか分からなかった。

 ただ事実がある。

 背中に圧し掛かる見えない結果がある。


「俺の、負けだ……!」


 人生で絶対に言うことのないと思っていた言葉は、自然と漏れ出していた。

 受け入れる、受け入れない、そんな相反する二つの感情を差し置いて、無意識にあふれ出た言葉だった。

 ならばもう認めるしかない。

 早森いなほは、同じく早森を名乗る少女との劇的な激突に敗北した。

 もう、最強を名乗ることは出来ない。

 今のいなほと同じように、全ては地に落ちたのだ。


「ぅぉぉぉぉぉおおおおおああああああ!」


 敗北した獣が遠吠えをあげる。

 悲痛に苛まれる心を隠さないで、いつまでも吼え続ける。

 周囲の木々がいなほの咆哮に震えて、付近に居た魔物や獣が一斉に何処かへ逃げ出すほどだ。

 それほどの叫び声を数分続けただろうか。死ぬまで叫ぶのではないかと思われた絶叫は、唐突に停止する。

 いなほの表情からは生気が失われていた。絶叫と共に何もかも吐き出してしまったかのように、虚ろな眼差しでいなほは空を見上げ続ける。


「負け、か……」


 現実だ。

 覆すことはもう出来ない。刻まれた敗北感は、この先死ぬまでいなほに残り続けることになるだろう。


「そうか……」


 いなほらしくない力の抜けた言葉だった。生命の輝きに溢れていたかつての名残はどこにもない。

 最早、最強は何処にもなく。

 早森いなほはここに、打ち崩すことの出来ない壁を前に膝を屈したまま──


「だから、どうした」


 屈したまま、ではいられなかった。

 おもむろにいなほは左手を空に掲げた。伸ばした掌で太陽の光を遮り、人差し指から順番に、太陽を握りつぶすように折りたたんでいく。


「だから、どうしたってんだ?」


 負けた。

 俺は負けた。

 最強を誇りながら、理不尽に敗北した。


 『だからどうした』。


「俺は、俺だ」


 最強は地に落ち、積み上げてきた自信は粉々に砕け散り、己の力では届かない理不尽を認めてしまった。


「俺は、こいつだ」


 だがそれでもいなほはこれなのだ。

 何があろうと変わらない。貫き通した一本芯。

 何をしても砕けることない、たった一つの自慢がここに。


「俺は、こいつ以外の何でもねぇ」


 天に掲げる最強を誇り続けたからこその今がある。

 だからこそ、張り通すのだ。

 こんな自分との再会を待つ、アリスアリアのために。

 かつて、逃避の果てに己の命すら散らせたメイリンとの誓いのために。

 そして、今も自分の隣に立つために進んでいるエリスのために。


 何よりも誰よりも、己自身の矜持のために、無茶も無謀も貫くのだ。


「……だから、次だ」


 全身の包帯が内側から盛り上がった筋肉の膨張で千切れた。剥き身になった上半身には目立った外傷はない。だが心と同じく、内側は未だぼろぼろのままだ。

 だが、男は立ち上がる。

 掲げた『コレ』と、胸に宿した『コレ』を熱に変えて、屈した心と、倒れた身体を漲らせていく。


「待っていやがれ……!」


 吼え滾りに、天に浮かべるのは黒薔薇の拳。

 まだ生きている。

 まだ動ける。

 つまり次があるのなら。


 燻っている時間は、必要ない。


「早森ころねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 空に掲げる拳を旗印に。

 倒れ、屈して、敗北に塗れたとしても。

 尚も拳は空を望む。

 ならば立ち止まっている時間はない。


「次は俺を──」


 才能の壁。

 生命の限界。

 あらゆる理不尽を理解しながら。


「テメェに刻みこんでやる!」


 理解しようが、突き進む意志は変わらない。そして敗北を、敗北で終わらせるつもりはない。

 燃え滾る復讐の炎を力に変えて、早森いなほはあらゆる理不尽に宣戦布告を成し遂げる。


 ──この日、最強は地に落ちた。

 それでも君は、立ち上がることを選んだのなら、奪われた最強を取り返しにいこう。





 握った拳を、さらに強く、握り込め。







第四章【えんたー・ざ・やんきー!】完











「もうすぐだ」


 世界に存在するありとあらゆる言語が空間に描かれた世界。黒皮のソファーに一人静かに座る、陰鬱な表情の男は、独り語る。

 いや、目の前でぼんやりと人型を象る蜃気楼に向けて、語りだす。


「もうすぐ、お前に運命の分岐点は訪れる。

 これより先、お前は己の無力によって絶望し、逃れることの出来ない二つの選択肢を突きつけられる。

 一方は破滅。

 一方は喪失。

 どちらの選択肢も、お前の死をもって、完結する。

 悔しいか?

 憤りに怒りを覚えるか?

 ならばその感情を忘れるな。

 いいか?

 よく聞け。

 このまま順当に進めば、お前は諦めの果てに至ることになるだろう。そして、お前は必ず、どうしようもない絶望の果て、その拳では届かない現実を知ったとき。

 お前はきっと、力を捨てる。

 きっと、必ず、力を失う。

 喪失の選択肢を、手繰り寄せて、たった一つの信念を放棄する。

 私はそれを望もう。それもまた良しと許容してやろう。

 喪失がお前に新たな力を与え、その力は、世界の敵を討ち滅ぼす嚆矢へとなりえる。

 だから突き進めばいい。

 愚直に絶望へと邁進しろ。

 無力に嘆き、諦めを超えた権利者となれ」


 そして、その時こそ──


「私は絶望するだろう。期待通りに、期待外れとなったお前を見て、消滅する世界と心中するのだから」


 運命は未だ掌の中。

 可能性の閉塞は、すぐそこに。


「なぁ、新たなる星の敵よ」


 形を成し始めた十九番目の絶望へ。

 運命の観測者は、絶望しきった眼差しで語りかける。


 人知れず、世界の終わりを語りだすのだ。























次章予告


 敗北を知り、それでも立ち上がり、抗うことを選択したヤンキーは、中二患者を引き連れて、ついにアードナイは王都へご到着。

 食べて暴れて乱痴気騒ぎ。そうして中心の王城を目指すヤンキーは、お祭りを前に普段よりもいっそう賑わう王都内で、王の審判の功労者として招かれた『火蜥蜴の爪先』の面々との再会を果たす。

 懐かしい仲間との再会を喜ぶ一同だったが、その一方で、生誕祭の裏側、華やかな王都とは裏腹に暗く冷たい何処かにて、新たな脅威はその牙をゆっくりと研ぎ、解き放つ時を虎視眈々と待っていて──





 舞台は雅。王都アードナイが生誕祭、華となるなら喧嘩も上等。変わらぬ熱を携えて、あの日の約束を果たすべくヤンキーがついに王都へと上陸する。


 すべてはあらゆる運命に導かれるように。激震のアードナイの中心部に、いよいよ役者が揃い踏み! 集い集ったキャストを引き連れ、前を行くのはいつもの『二人』!





Next chapter【ヤンキー&ヒーロー】





 その二人の背中を見て、理屈も抜きにサンタ──アリスは理解した。

 彼が隣を許すということの意外をアリスは知っている。何せ、彼女は実際に隣に立つという願いを断られているのだから。それはおそらく、今現在でも変わらないことなのだろう。

 あの時と違って、今は折り合いをつけていなほの背中を守ってみせると決心したアリスだが、しかしいざ魅せ付けられると嫉妬の感情がわきあがる。

 だが、同時に納得してもいるのだ。

 何てこともないように。

 最初からそこが自分の立ち位置だとでも言うような自然な振る舞いと。

 まるで似通ったところなど存在しないその背中が、あまりにも瓜二つすぎたから。


「焼けちゃうなぁ」


 戦うことを忘れて、アリスは並び立つ二人を眺めた。


「さって、サクサクやっちゃいましょうよ」


 アリスの羨望を向けられているとも知らず、少女は何でもないように言ってみせた。

 敵は強大だ。あまりにも強大すぎて、いなほはおろか少女の力では抗うことすら難しいだろう。

 だというのに、高揚していた。

 それはいなほも同じだった。同じような興奮を燃え上がらせている。

 どちらも同じ、両者の胸に宿った『コレ』が力強く脈動を繰り返し、前へ、前へと急かすのだ。

 ようやく、隣に追いついた。

 ようやく、隣に着やがった。

 互いに互いへ視線を向けて、前を向けば破顔一笑。


「遅れないでくださいよ!」


「そいつぁ俺の台詞だっての!」


 少女の剣と、いなほの拳が交差する。

 敵は強大。

 だからどうした?


「新米やんきー、エリス・ハヤモリ!」


「同じくヤンキーの早森いなほ!」


 最早、言葉は必要ない。

 あなたが居るなら──

 お前が居るなら──


「私が!」

「俺が!」


 敗北などは、存在しない。


「あなたをぶっ倒す!」

「テメェをぶっ殺す!」


 天に吼えるは絶対勝利。見えぬ頂すら嘲笑い、二つの最強が覇を告げる。

 始まりの一歩は内側の熱をたらふく込めて、初めからフルスロットルで駆け抜けた。



 それではここから、失われた最強を取り戻そう。





Peace out!









唐突ですが、最強とは敗北しないもののことを言うのでしょうか?

いや、最強なんだから負けるわけねぇだろ。という方も居るでしょうが、私はそうは思っていません。

敗北を知らないのは『無敵』であり、最強とは別物であるのです。敵が居なければ勝利も敗北も存在しません。つまり無敵こそが敗北とは無縁のものであり、最強というのは敗北を内包した存在であると思うわけです。

まぁつまり、いなほは敗北を経験して、これまで掲げてきた最強をその掌から落としてしまいましたが、これは決して悪いことではないということです。

作中でころねが言っていましたが、弱い己を知るからこそ、強くなれるってことです。

とまぁ、私なりの最強論をちょろっと書きましたが、あんまりぐだぐだ語るのも野暮なので、触りだけで終わらせておきましょう。後は四章を読んだ皆様が感じ取るものですしね。

そんなわけで、今回は色々と超展開ありきのお話でした。


何故、ジューダスはあんなところに居たのか。

何故、いなほはそこに遭遇したのか。

何故、早森ころねは現れたのか。


他にも疑問はあるでしょうが、大雑把にまとめるとこの三つではないでしょうか。

あらゆる全てが唐突に、まるで全部が仕組まれたかのように展開された違和感を覚えていただけたのなら幸いだったりします。

察しの言い方なら、お気づきになってるかもしれませんが。ラストがすっげー意味深ですしね。

そんなこんなで、中二病のテーマの裏側で色々なものが張られた四章はこれにて終了です。


謎に次ぐ謎。これでもかと十万文字に濃縮した疑問の答えは、五章から始まる本編にて語られることになります。


ヤンキーヒーローもいよいよ序盤が終了。序盤なのにすっげー長かったなぁという感慨はありますが、ここからはついに放浪の旅は終了し、全員集合の第五章『ヤンキー&ヒーロー』へ突入します。

盛り上がりはまだまだこれから。敗北を経て、今度こそ強さというものを自覚したいなほの活躍にご期待ください。


ではでは、読んでいただきありがとうございました!



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