表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
173/192

第二十二話【早森】


「あ?」


 撒き散らされた血液と脳漿が伸ばした手に降り注ぐ。ミンチになった臓物が大地に四散し、夥しい流血がいなほの体を染め上げた。

 唖然とするいなほの手を、別の誰かの手がそっと握った。可憐な少女の手だ。いなほの手と比べて二回り以上も小さく、華奢な掌が、いなほを労わるように優しい感触を伝えてくる。

 握られた掌を辿っていなほの視線が上がる。繋がった掌の先、その白い掌と同じく可憐な少女が、眩しいばかりの微笑を浮かべていた。


「初めまして」


 まるで恋人を呼ぶように熱のこもった吐息が少女の口から漏れ出ていなほの顔に吹き付けた。

 あるいは、巨大なエンジンから吐き出される熱気のようですらあった。

 その状況を受け入れることが出来ないのは、遠くでその光景を見ていたはずのトールも同じだった。

 それほどにあまりにも唐突な展開だった。唯一動くのは、肉片と化した魔王の上に立つ少女が一人。いなほの手を離すと、一歩下がり、漆黒のドレスの裾を摘んで、優雅に一礼する。

 美しい、例えるならば黒薔薇とでも呼ぶべき美しい少女だ。周囲の漆黒の中でも一段と存在を示す、足元まである長い黒髪。背丈は低いが、堂々とした佇まいのために一回り大きく見える体。凛と輝く勝気な黒曜石の輝きを放つ瞳、大きな瞳と理想的なバランスで配置された白い鼻、艶やかな赤い唇。まるであらゆる美女を描いてきた画家がその生涯をかけて描き上げた、理想の少女の如き美貌だ。

 背中側が大きく開いた黒いドレスに見劣りすることなく、完璧に着こなしている少女は、まるでこの突然の展開と同じように、御伽噺から出てきたような現実感の無さがあった。

 そこまで少女の全貌を把握して、ようやくいなほの理解が現実に追いついた。少女の黒いハイヒールを彩る肉片と血のグラデーション。ひき肉と化した魔王を踏みにじる少女は、いなほの視線に気づくと、邪悪な笑みを浮かべて、わざとらしくヒールでエビルの臓物の残骸を踏み抜いた。


「ごめんね。殺しちゃった」


 悪びれもなく、無邪気に告げる少女の嘲り。

 容認出来るものではない。リミットを振り切った殺意を力変えて、脊髄反射で体が動き出した。


「待て! いなほさん!」


 トールの静止も聞き入れず、いなほは握り締めた拳を少女の顔目掛けて撃ち放った。

 躊躇はなかった。全ての状況が、この少女がエビルを吹き飛ばした存在だと物語っており、魂すら失ったエビルに残された唯一の尊厳すら足蹴にした少女を許すことなど出来なかった。

 よくも。

 よくも『やりやがった』。

 か弱い少女を相手にしているという意識は無い。一つの道を渡ろうとした男の魂を嘲笑う下劣な行為を許すわけにはいかない。

 だからこそ全力で踏み込み、全力で振りぬいた一撃は。


「いいねぇ……」


 少女を吹き飛ばすどころか、その場から一歩も動かすことも出来なかった。


「ッ!?」


 肉を打ち抜いたとは思えなかった。弾力がありながら、これまでの何よりも堅牢という矛盾を両立させた感触。いつもなら敵の内部に浸透し、その背後へと突き抜けるはずの拳は、少女の頬の肉を僅かに押すだけに留まっていた。

 手加減などしてはいない。現に衝撃で少女といなほの足元が吹き飛んおり、発生した衝撃波が両者の体を叩きつけていた。

 だというのに少女は顔面にぶつけられた必殺に動じることなく、嬉しそうに笑みすら浮かべている。


「テメェ!?」


 疲弊しているとはいえ、自慢の一撃を完全に受けきられたことへの怒号を吼えて、いなほは怒りの形相で少女を睨む。

 それら一切を無視して、少女は己の顔面に触れる拳を右手で掴むと、造作も無く顔から引き剥がした。


「ぎぃ!?」


 握られた拳に激痛が走る。手を振り払おうと拳を引っ張るが、しかし少女の掌をいなほは振り払うことが出来なかった。

 ──どういうことだ?

 高々少女の細腕に、絶対無敵を謡う筋肉が抵抗すら出来ていない。力を入れるあまり、皮膚を押し広げるように筋肉が盛り上がり血管が浮き出ているというのに、それでも少女の掌から逃れることが叶わない。


「いいじゃあねぇか。頭ぁ揺らされたのはいつ振りだぁ?」


 少女はいなほの抵抗を肌で感じながら、掌に感じる力強さに惚れ惚れと溜め息を吐き出した。

 全てが異常だ。

 この状況までの展開が異常ならば、少女そのものも異常なのか。

 だが何よりも異常なのは一つ。これまで魔法による強化をしなければトールとエビルでさえ拮抗することも叶わなかったいなほの肉体。

 どんな敵とも真正面からぶつかり、勝利を手繰り寄せてきた自慢の信念。


 その肉体を、少女は『生身で凌駕していた』。


「素敵だ。たまんねぇ、キスしてやりてぇよぉ……!」


 それまで可憐という言葉がよく似合っていた少女の表情が豹変する。

 強敵を前に犬歯をむき出しに笑う肉食獣のような笑み。

 その笑みをいなほは知っている。

 誰よりも深く、知っている。

 何故なら、その笑みを浮かべているのは他ならぬ──


「強化も何もなしに俺の身体揺らすなんざぁ……カカカッ! テメェが『早森』いなほかぁ?」


「こいつ……!」


 何者だ。

 そう問いかけるよりも早く、掴んだ拳を引き寄せたいなほと少女の額が激突する。

 ぶつかりあう二人の視線。互いの瞳に映る己の顔すらも視認できる距離だ。


「カカカッ!」


「ッッ!」


 交差する視線。一方は愉悦に光らせ、一方は憎悪に滾らせ。

 そんな二人の間を引き裂く灼熱が少女の頭上へと降り注いだ。


「離れろぉ!」


 一気に遥か上空へと飛び上がり、右腕から異能を食い殺す白色の炎をトールは少女へと放っていた。

 こちらも手加減は一切無い。近くに居るいなほが巻き込まれる可能性すら度外視して、白い灼熱は容赦なく降り注ぐ。


「いぃ面構えだ」


 少女は迫り来る炎を一瞥もせず、握り込んだ拳を天に突き出した。

 あまりにも矮小。

 あまりにも頼りない。

 先程まで周囲にあった枯れ木のように細い拳は、しかし空気の壁を即座に砕いて、迫る炎に触れた途端、問答無用で消滅させた。


「ぐ、おぁぁぁぁ!?」


 それどころか、炎を突き抜けた衝撃がトールの全身を強かに打ちつけて、その体を後方に吹き飛ばしてしまった。

 トールもいなほと同じく消耗してはいる。

 だがトールの炎は蚊を払うような容易さで消し飛ばせるような火力ではない。

 そんな代物を一撃で、しかも他愛もなく消滅させた少女は何者だというのか。

 見た目とは裏腹に内に秘められたその脅威は常人の想像を遥かに超える。覗き込んだ瞳の内側、『同族』だからこそ、いなほは少女の肉体に隠された凶暴な野生を見抜いた。


「何故、お前が……!」


 畏怖と警戒。エビルすら容易に屠ったトールが見せる焦りの表情。だが少女は、にじみ出る冷や汗を拭い去りながら、うかつに動くことも出来ないトールの質問を一切無視して、口付けるようにいなほへと騙りだす。


「待っていたんだよぉ。いつか、もしかしたら、いずれは『どっかの地球から』来るんじゃねぇかと思ってたぜ。この狂気的で最ッ高に刺激に満ちた、化け物共が蔓延る楽園によぉ」


 秘めた戦闘力が見た目にそぐわぬなら、その口調も可憐な美少女とは思えぬくらい乱雑だった。

 だがいなほは驚きもしなかった。

 こちらへ向けられた壮絶な笑みを見てから、この獣はきっと──『自分と同じような存在』だと確信したから。


「訳わかんねぇことほざいてんじゃねぇ……!」


 だが本能の確信をいなほの理性は無意識に無視した。

 そんなはずはない。

 自分のような馬鹿げた人間など、この世界をどう探したってあの小さな少女、こちらを追いかける小さくも鋼の心を持つ勇者、エリス・ハヤモリしかいないはずだ。

 だとするならば、この感情はなんだというのか。

 エリスに感じた確信と同じでありながら。

 絶対に相容れぬという確信も浮かび上がる目の前の野生は。


「本当に、わかんねぇのか? なぁ?」


 いなほが敵を前にしたときと同じ種類の笑みを浮かべながら、少女はついにめぐり合えた『家族』へ、万感の思いを告げた。


「そうだろ……何せテメェも、早森だったらなぁ!」


 傲岸不遜に笑いながら。

 大胆不敵に現れた漆黒の乙女は告げる。

 それはきっと、出会ってはならなかった両者の始めての遭遇。そして、偶然と呼ぶには運命的なめぐり合わせを祝うように猛る少女を食い殺さんばかりの勢いで、トールはその名を叫んだ。


「何でお前が居るんだ。


 ──ハヤモリ!」


 瞬間、心臓が跳ね上がるのを感じた。

 眩暈すらするような衝撃がいなほを貫く。

 単純明快だった。物分りの悪いいなほだって、トールが発した言葉の意味するところを即座に理解する。

 目の前に居る化け物を呼び捨てたその言葉。

 ハヤモリ。

 はやもり。

 つまりは。


「早、森……?」


 その姓はこの世界には馴染みが無いものだ。遥か遠くどころか、異世界と呼ばれる世界の一地域で使われるような名前であり。

 だからこそ、違える訳なんてありえない。


「そうだよぉ……そうなのさキョーダイ……!」


 紡がれた真実は、この数時間でいなほが受けたあらゆる出来事を忘れさせるものだった。

 だからだろう。

 だから少女は、もう一人の『早森』は、嬉しそうに喉を鳴らして拳を握るのだ。

 早森を名乗るなら当然だと。


 お前と同じく、この最強を天に掲げると。


「論より証拠だ」


 ──絶頂しやがれ。

 真実を飲み込むよりもこっちのほうがわかりやすいと言わんばかりに、少女の拳がいなほの腹筋を強打する。

 これまで味わったことのない未知の衝撃がいなほの腹部で破裂した。痛みよりも、拳そのものが持つ単純な重さを体感しながら、着火した砲弾のように真っ直ぐと空へと飛んでいく。


「ごふぁ……!」


 胃液を吐き出しながらもいなほは戦意を漲らせた。何十メートル以上も浮遊してようやく重力に引かれて地表に迫る中、振りぬいた拳を天高く掲げる少女の雄姿をいなほは見る。

 まるで変わらない。

 誰よりも自分自身が知っているその在りかた。

 己の最強を信奉する無敵の風貌。

 姿形はまるで違えども、その在り方だけは異様なまでに一致している化け物は、未だ呼吸をしているいなほを見上げて高らかと吼えた。


「受けきりやがったな!? 加減したとはいえ! 俺のとっておきを! 俺の自慢の拳をよぉ!?」


 ここに、もう一人の『早森』の名を持つ者にして、魔力を伴わぬ生身一つで頂を乗り越えた最強の権利者が現れる。

 いなほは落下する勢いのままこの拳を叩きつけるべく左手を頑なに握り込んだ。

 指先から一つ一つ。

 弾丸を装填するように丁寧に。

 その気勢に最強の野獣も呼応した。むせ返るような獣臭を撒き散らし、犬歯から唾液を滴らせ、型など何もなく、ただ身体ごと拳を弓なりに引き絞る。


「いいよぉ! 来いよ来いよぉ!」


 互いに己こそ最強だと確信した瞳を交差させる。

 最強を謡い無謀を突き進む拳を、汚らわしい最強を誇る黒薔薇へと証明して。

 強さを渇望し無謀を突き進む拳を、偽りの最強を誇るヤンキーへと証明して。


「ゴキゲンだぜテメェェェェェェ!」


「来いよ! キョーダイ!」


 両者共に魔法を超越した生身の肉体が、愚直な己を貫くように正面衝突する。

 肉と肉。

 筋肉と筋肉。

 質量と質量。

 共に詰め込んだ最強の激突の果て、それは当然のように──いなほの拳が、砕け散った。


「なっ……」


「自己紹介が遅れたなぁ!」


 振り抜いた拳。

 振り抜かれてしまった拳。

 血飛沫が砕けた拳より飛び散った。骨は飛び出し、左腕には幾つもの新たな関節が生まれる。

 誰の目から見ても結果は明らかだった。

 敗北。

 呆然と壊れた拳から迸る血潮を眺めるいなほだったが、その腕が少女の手に掴まれる。


「俺は『超越者─A+ランク─』第十七席!」


 成すがまま手繰り寄せられ、地面に引き摺り下ろされたいなほの目に飛び込むのは、この世界の頂点。

 その者こそ──。


「『覇道進撃』! 早森ころね!」


 幻想を超えた生身を誇る究極の野生。『地球』より召喚され、暗黒に染まった狂乱の勇者。


「ころ姉ちゃんって呼びな? 弟君よぉぉぉ!」


 並々ならぬ破壊を秘めた拳が振り上げられる。魔法を越えた生身、早森いなほを遥かに超えた身体能力を誇る化け物は、その自慢の拳を光にかざす。

 そして、アースセフィラ全域に置いて比肩する者の存在しない最強の肉体を持つ野獣の拳は、文字通り家族を抱きしめるような愛おしさを込めていなほに叩き込まれた。


突きつけられた真実は、何よりも残酷な今を与える。

砕かれた信念もろとも叩き伏せられ、祈りだけでは届かない現実が、容赦なく絶望を掌に乗せていく。

握っていたはずの確かなものは払い落とされ、汚泥の暗黒だけが掌に残るから。

ならば、積み上げてきた一切に意味などは存在しないというのだろう。


次回、そして最強は、地に落ちた。


衝撃のエピローグへ。

その絶望こそ、無力と知れ。




例のアレ

早森ころね

初出は幕間の『黒衣、進撃』にて。スーパー貧乳。ないちち。おっぱいなんていらない。てかおっぱいってなんだよ!バカじゃねーの!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ