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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
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第二十話【災厄招来】


「……報告にあったイレギュラーか」


「いなほだ。イレギュラーなんてつまんねぇ名前じゃねぇよ」


 トールに負担をかけないように静かに地面に横たえる一方、込み上げる戦意は包み隠さず、暴風と吹きつける漆黒の魔力にすら負けぬ気を充実させている。

 エビルはトールを背中にかばう形で構えを取ったいなほを注意深く観察した。圧倒的な強者に敗北してから学んだ、決して油断しないという心構えが、満身創痍のいなほが相手でもエビルに警戒をさせていた。

 何より、様々な要因があったとはいえ、いなほがAランクの結界を生身の拳で砕いたのは事実である。

 しかもいなほの様子から見て、魔法を使った痕跡は一切見あたらなかった。つまりこの男は、魔力を伴わぬ物理をもって、常識外の力に挑み、乗り越えたということになる。

 生身の身体能力のみを見るならば、この場でいなほは郡を抜いているだろう。


「だが、その程度だ」


「ッ!?」


 いなほの耳元で声が聞こえたのも束の間、反応させる余地も与えずにエビルの拳がいなほの脇腹に突き刺さった。

 肉にめり込んだ拳は、そのまま繋がったばかりの肋骨を幾つか砕いて弾き飛ばす。

 地面を転がりながら、いなほはまるで視認すら叶わなかった速度に驚愕を覚えるが、こちらに視線すら向けずに、横たわるトールにトドメをさそうとしているエビルを見て、直ぐに怒りが心を埋め尽くす。


「ぁめてんじゃねぇぞぉ!」


 転がる体を踏み留めると同時、蓄積した力を両足から爆発させて、一足飛びにエビルへと殴りかかる。一筋の閃光と化したいなほの今放てる最大限が振るわれる。

 だというのに、エビルはわずらわしそうに片手を払うだけで、いなほの全力を叩き落とした。


「ご、ふ……!」


「お前こそ、舐めるんじゃねぇぞ?」


 地面にめり込んだいなほをようやく見たエビルの瞳は、いなほと同じく憤怒に染められていた。

 起き上がる暇すら与えず、いなほの体をエビルの足が押さえつける。さらなる衝撃にいなほの全身が悲鳴をあげた。

 抵抗などまるで出来ない。全身に力を込めて立ち上がろうとするが、そんないなほの抵抗をあざ笑うようにエビルは小さく鼻を鳴らした。


「お前はそれなりに強いよ。ここに辿り着いたってことはウチの副隊長もぶっ殺したってわけだ。少なくともB+。もしくはA-に迫るほどの実力者だろう」


 だがそんな実力者であろうが、エビルは容易く葬れる実力を誇るのだ。


「確かいなほとか言ったな? お前ならおそらくA-の下位程度となら互角に戦うことが出来るだろう。ウチの部隊全員を投入すれば、A-程度ならある程度の損害で潰せるからな。」


 だからと言って、Aランクに届くといえば、それは違うのだ。


「いいか? A-まではまだお前達人類がどうにかできるレベルだが、Aランクから上は違うんだよ。文字通り、次元が違うんだ」


 伊達でも酔狂でもなく、事実としてAランクという存在は『世界を崩壊させる程の能力があるのだ』。

 それは単純に、世界一つにある程度の戦力では、Aランクを打倒することは不可能だということを示している。


「俺達は世界の敵だ。最強に到達してる絶対強者だ。お前みたいなただの天才程度じゃ埋められねぇ差があるんだよ」


 その差を理解せずに、遠目から見ても分かるほどに消耗した体で己に挑もうとすることが既に舐めているのだ。

 侮られるほど脆弱な存在ではない。油断も慢心も全て捨てて、尚も届かない領域に居るのがAランクの猛者達だ。


「そんな俺ですら抗うこともできねぇ存在を、ようやく食らい尽くせる直前によぉ……」


 無遠慮な横槍を入れられたことに対する憤り。

 積み重ねてきた年月をあざ笑うような弱者の介入への怒り。

 あらゆる負の感情に彩られたエビルの感情が、踏み付けらた足にさらに込められていなほを地面に押し潰していく。


「失せろ三下。お前みたいな雑魚が、最強の前に現れるな」


 エビルは足を離すと、その勢いのままいなほの体をボールか何かのように蹴り飛ばした。

 三百キロを容易に超えるいなほの体が風船のように天高く飛び去り、重力に任せて大地へと激突する。


「ぐぼぁ……!」


 落下のダメージより、蹴られた腹部に発生した痛みのほうが致命的だった。クーの全力の一撃とほぼ同等の激痛に表情が歪む。だがエビルにとってこの程度の攻撃は攻撃とすら呼べないほどのものでしかない。

 格が違いすぎる。絶望的な戦力の差を突きつけられるが、いなほは尚ももがき、足掻き、握った拳を支えにして上半身を起こす。

 しかしエビルの関心は既にトールへと向けられていた。いなほのことは後回しだ。この極上を食らい尽くした後、然るべき報いを与えればいいだろう。


「待たせたな」


「……」


 トールは返事をすることすら出来なかった。

 盲目の瞳は半分しか開いておらず、投げ出された体は指先すら動いていない。呼吸も小さく、左腕からの出血が収まっていない今、放っておけば数分もせずに絶命するのは目に見えていた。

 だがしかし、エビルはそんな詰まらない死をトールに与えるつもりはなかった。苛立ちはある、憎しみもある。

 それでも強者特有の矜持が、トールへの尊敬の念を覚えていることも事実だった。


「全てが俺の有利に傾いた状況で、お前は良く頑張ったよ」


 偽りなき賞賛を送る。

 ありとあらゆる偶然と必然を手繰り寄せた己の勝ち取ったこの勝利を、エビルは運で片付けるつもりはない。全ては己の執念が掴み取った必然であり、結果としてトールが倒れている今こそが現実なのだから。

 だがそれでもトールの健闘は賞賛されるべきだろう。

 流石はA+ランク。

 Aランクの究極すら逸脱した超越者らしく、圧倒的な不利の中でもエビルを追い詰めてさえみせた。


「だが、お前の最強は、俺の最強には及ばなかった」


 それが全て。

 最強と最強をぶつけ合い、妄執の果てに狂気を超えて頂を越えてきたエビルが上だった。

 だから最強は己だと。

 誰にでもなく。

 かつて最強だった魔道兵装へと宣言し。


「最強、だって?」


 出来の悪い冗談を笑うように、それは鼻を鳴らした。

 そして世界が一変する。


「ッ!?」


「んだ……これ……?」


 トドメの一撃を撃とうとしたエビルも、そしてようやく起き上がったいなほも即座にその異変に気づいた。

 変化はあまりにも唐突だった。

 一瞬にして空に暗雲が立ち込めたと思ったら、雷が轟き叫び、まるで世界そのものが泣き喚くように雷雨と暴風が吹き荒れる。

 その異変の最中、倒れ付したトールの両目が射抜くようにエビルを『見た』。


「な、ぁ……」


 魔力も何も込められていない只の眼光だというのに、エビルは魔法を放つのも忘却して、恐れのままに一歩、二歩とトールの元から後ずさる。

 旋風がトールを包み込み、その体がゆっくりと浮上しだした。

 ──まだ『暗球』の力は残っているはずなのに!?

 封印は健在だ。だとすれば、トールの周囲で荒れ狂う突風は何だというのだ。

 大気が捩れ、降り注ぐ雨と雷すらもトールを守るように周囲にまとわりつく。常識的に考えて異常だった。Aランクという頂に立っているはずのエビルですら混乱するほどの異端だった。

 最早、そいつは人間でも、ましてや魔族ですらなかった。

 立ち込める異常。

 震え上がる世界。

 怯えたように天が地が震えだし、終わりの鐘は鳴り響く。


「自惚れないほうがいい」


 トールの体がゆっくりと周囲を包み込む自然現象の中へと溶けていく。まるでその肉体が蜃気楼でもあったように、大気へと溶けていく肉体。

 だが唯一、その瞳だけは存在感を放っていた。

 それは、その異常の全てを二つの眼にかき集めた。限界を超えた狂気は鮮血となってその瞳から零れだす

 鮮血が滴り落ちる。異常の全てをかき集めた鮮血は、吹き荒れる風に流れることもなく、真っ直ぐに大地で弾け飛び。

 もろともに、血の落ちた箇所を中心に大地がひび割れ、砕け散った。

 たかが血の一滴にどれ程の力が秘められているというのか。凝縮された魔素の塊は、、その一滴だけで『暗球』の封印を洗い流し、さらなる力を顕現させる。


「あ、ぁ、ぁ……」


 エビルはその異様を、これまで保ってきた矜持すら忘却して、唖然と見届けることしか出来ない。

 さぁ、それでは始めよう。

 安直にも最強という言葉を騙った罪人に、それがいかにも無謀な咆哮であったのかを突き付けよう。

 今こそ終われ。このときに至る破滅、究極の混沌の一柱をもって。

 これが、魔道兵装たる所以。

 所詮、四肢に埋められた魔法具など、ただの『制御装置』でしかない。その程度を支配しただけで自惚れた愚者に、トール・ディザスターが災厄の名を冠する本当の意味を曝け出そう。

 A+ランク。それは単純にAランクを圧倒する実力を備えた者達のことを指す証ではない。世界に僅か百八しか現存しない彼らが彼らたる証明。

 一つ。『この世界の成り立ちと、星の外敵を知ること』。

 一つ。『星の外敵を知って尚、抗い続ける心を保つこと』。

 そして。

 最後の一つ。


「敵性存在に『抗うことを可能とする』力」


「敵、性?」


 エビルは聞いたことも無い言葉をオウムのように繰り返す。もしもその存在を知っているのならば普通は正気ではいられない。

 今ある世界を駆逐すべく作り上げられた星の使者。

 それらの敵として抗うことを宿命づけられた、十八体の最強を知れば、誰もが最強を謡う愚かを知るだろう。

 だがしかし。

 トールにはあるのだ。

 敵性存在。無敵の化け物に抗う術たる証拠物品が只一つを。

 その全容を見届ける男が一人、無敵に抗う戦力を見せつけようとするトールを、羨望と嫉妬の視線で見届ける。


「野郎……」


 いなほは、想像を絶する力を吐き出すトールの変化を見ながら、その口から漏れ出た言葉に呼応した。

 やはりそうか。

 お前も、あの化け物達にぶつけられる『何か』を持っているというのか。


「トール・ディザスター……!」


 告げられた名に応じるように。

 災厄の名を。


 四番目の混沌を、吐き出そう。


「だからなエビル……お前の思う最強なんてね」


「な……」


「この世界じゃ、ゴミクズ以下だ」



 世界よ、狂え。



「『災厄招来』」



 お前の『敵』が、ここに来る。




次回、決着。そして──


例のアレ

災厄招来

敵性存在を要チェック!

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