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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
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第十九話【貫く拳】


「『吹き荒べ! 黒塗りの咎よ!』」


 エビルの背中が膨れ上がり爆発する。

 中からあふれ出したのは呪いをたらふく注がれた千を超える漆黒の杭だ。それらがエビルの意思に従って、武装の殆どを喪失してしまったトール目掛けて降り注ぐ。


「こ、のぉ!」


 襲い掛かる呪いの絨毯爆撃に、力の失われた拳と足で立ち向かう。握られた拳と足の何たる頼りなさか、燃え盛る紅蓮も、凍てつく冷気も、爽やかな息吹も、屈強な大地の加護も、頼れる切り札達を一瞬で奪われたトールに残されたのは魔力に物を言わせて強化した体のみ。

 盲目の視界で、迫りくる漆黒を捉え、津波にも似た怒涛と激突する。

 能力の殆どを奪われたにも関わらず、トールの動きは圧倒的だ。本来なら四肢と共に封印されるはずだった魔力だけは封印されずに済んだのは不幸中の幸いだった。津波の中心で吹き荒れる暴風雨と化したトールは、それでも裁ききれずに体を切り裂く杭の呪いに内側から抗いながら、必死に反撃の機会をうかがっていた。

 戦いは先程と逆転していた。四肢の兵装を奪われて遠距離攻撃の手段を奪われたトールに、エビルは自身が得意とする遠距離魔法を存分に叩き込み、確実に追い詰めている。

 じわじわとトールの肉体には裂傷が増え始めて、呪いによって動きも鈍くなっていく。

 限界は近い。

 だが封印の限界時間も、残り半分を切っていた。


「このまま……」


「耐え切るってか? させるかよぉ!」


 杭の群れに飛び込む形で、エビルはトールの目の前に躍り出た。

 直接この手で握りつぶす。魔方陣の刻まれた両手足に力を込めて襲い掛かるトールは、己にとっても唯一のチャンスを逃さぬため、覚悟を決めて迎え撃つ。

 激突する両者の拳が一瞬だけ周囲の杭を吹き飛ばす。激突の行方、拳を弾かれたのはエビルのほうだ。たたらを踏んで一歩引いたところに、トールが追撃の踏み込みを果たす。

 振り上げられる拳はしかし、戻ってきた杭を迎撃するための防御手段として振るわれた。

 即座に体勢を立て直したエビルは、杭を四方からトールに差し向けつつ、自らもその喉元へと食らいかかる。獣の如く地面を這うような歩法で足元より一気に懐へ体を伸ばす。

 見慣れぬ動きと杭の襲撃に面食らうトールの顎を、痛烈なアッパーが掬い上げた。

 首ごともっていかれたように仰け反るトールだったが、その勢いのまま背後に宙返りをしつつ、振り上げた爪先でがら空きになっているエビルの脇を蹴り抜いた。

 着地したトールの目の前、アッパーしたはずがその腕もろとも吹き飛ばされたエビルの肩口から膨大な量の血液が溢れる。

 しかしエビルに苦痛を感じる様子は無かった。噴出す血液が意思を持つように波打つと、絡み合って腕の形を象る。

 この程度は造作もないと、トールに見せ付けるように掌を数度握ってみせる。

 直後、トールの首に吹き飛ばしたはずのエビルの腕が巻きついた。


「が!?」


「見惚れてるんじゃねぇよぉ!」


 喉を押さえられて呼吸を止められたトールの動きが鈍る。その隙を逃さずに再生したばかりの腕でエビルはトールの鳩尾を貫いた。

 手首まで腹筋に刺さった拳が内臓を競り上げる。大量の胃液と血液が下腹部から逆流し、耐えることも出来ずにトールの口から溢れた。


「悶絶しろよ糞野郎!」


 吐しゃ物混じりの血液の雨を顔面に浴びながら、むしろ嬉々とエビルは笑うが、トールの瞳はそんなエビルを打倒する意思をまるで萎えさせてはいなかった。


「それはお前だ……!」


 体の痛みを押し殺して、トールは鳩尾を打つ腕を膝で蹴り上げた。

 エビルの腕に新たな関節が生まれる。この程度の痛みで苦しむほど柔ではない。怯む様子も見せず、砕いた腕を握り締めると、迫る杭の群れ目掛けて我武者羅にエビルの体を振り回した。

 残像すら残さぬ速度で、人間ヌンチャクと化したエビルの肉体で周囲の杭を蹴散らしていく。

 360度、あらゆる方向に振り回されるエビルの見る光景はおよそ通常ならば体験できないような異様の光景だ。目まぐるしく変わり行く世界の中、一秒程体を振り回されて、ようやく己が杭を蹴散らす武器扱いされていることに気づく。


「舐めるなよ魔道兵装!」


 エビルは掴まれた腕に魔力を通して、自らの腕を内側から破裂させて脱出を果たす。

 腕を犠牲にして距離を離したエビルの体には幾つもの杭が突き刺さっている。呪い自体は意味がないとはいえ、杭を埋め込まれたことで肉体的なダメージはそれなりだ。

 この程度なら、四肢を即座に治すほどの回復力をもつエビルならば数秒あれば完治できる。

 しかしそんな余裕をトールが与えるわけは無く、着地の瞬間を狙われて、エビルの顔面に膝がめり込んだ。

 鼻が潰れ、頬骨が砕け、前歯はおろか奥歯までがまとめて砕け散る。膨大な魔力を元にして放たれるトールの一撃一撃は、いなほのそれすら上回るほどの破壊力と速度だ。

 後頭部を掴まれているため、エビルは吹き飛ぶことも出来ずにその威力の全てを余すことなく顔面で受け止めることになる。

 脳髄が揺れ動き、一瞬、己が何処にいるかもわからなくなる錯覚に襲われる。

 ──何をされた?

朦朧とした視界一面には黒い硬質な何か。

 それがトールの膝だと理解した瞬間、背後から迫る悪寒に反応して、エビルは全力でしゃがみこんだ。

 刹那の遅れで振り抜かれたトールの踵が、先程までエビルが立っていた場所を走った。

 放たれた風圧が屈むエビルの頭上に重く圧し掛かる余波だけでもこの圧力。仮に直撃していれば、そのまま再生不能になるまで猛攻を受けるしかなかった。

 だが窮地は脱した。ならば次は己の番だ。わざわざ危険な接近戦を選んでまで得ようとした機会。無傷の左腕に溜め込んだ螺旋状の魔力を、虚空で身動きできないトールの目の前に掲げた。


「『暴風』!」


 言語魔法と、体の内側に刻んだ魔方陣を用いた極大の暴風がトールを零距離から飲み込んだ。

 とぐろ巻く漆黒の螺旋は遥か上空へとトールもろとも伸びていく。

 呪詛を注がれた竜巻の内側で、呪いの風を食らったトールの精神が一気に削られていく。

 眩暈と吐き気、そして竜巻に飲まれた残りの杭が、不規則にトールの体を切り裂いた。


「うおぉぉぉぉああぁぁぁぁぁ!」


 体の底から力を搾り出して、トールは力任せに漆黒の嵐を霧散させる。体中に裂傷と呪詛を受けながらも破壊を蹴散らしたトールだったが、虚空で自由の利かない体に、再びエビルの背中より放たれた杭の群れが襲い掛かる。

 迎撃以外に手段はない。いなほと違い、虚空を蹴り飛ばして逃れるという考えがないトールは、中空で体勢を整え、迫る杭を迎撃した。


「こいつを待ってたぞ!」


 そしてそれこそ、エビルの待ち望んだ勝機だった。必勝を果たすため、リスクを支払って得られた絶好の機会。中空で逃げ場は無く、杭の軍勢に包まれて視界も定かではない今だからこそ、最大規模の一撃を召喚する。

 杭を操作しながら、エビルの掌が天へと伸びる。指先から火柱の如く魔力が吐き出され、杭の嵐の真っ只中で抗うトールの頭上に集まった。


「『轟雷灰燼』!」


 束ねられた漆黒が、周囲に展開された魔方陣から飛び出した無数の触手の手によって、一つの形へと形成される。

 象られたのは先程の意趣返しか、漆黒の巨槍が生まれ、切っ先は直下へと向けられた。

 暗黒の紫電を矛先より放つ汚泥の矛。だが暗黒に染められて尚、至高の輝きを放つその光の槍の名前こそ。

 それは世界に散らばる偽りの神罰。トールが誇る四つの兵装にすら拮抗するエビルの切り札。


「『幕切れに捧げる神罰の終わり─イードメネオ・マキーナ─』!」


 『終末に轟く不変の黄昏』と同じく、願望兵装の一刑に記された禁断の一つ。

 あらゆる全てに文字通りの終わりを与えるおぞましき鉄槌。『幕切れを告げる安直な終わり─マキーナ─』を模した神罰の一刀。

 あらゆる存在を貫き破砕する青色の雷を、漆黒へと染め抜いた罪深き神罰が、逃れうる暇も余地もトールに与えることなく突き立った。

 杭を破砕して、漆黒の神罰が紫電と共に腹の底に響くような重低音を轟かせる。最大規模の破壊は、地下深く、遥か直下にも展開されていた虹色の障壁に皹が入るほどの破壊力を秘めていた。

 地下数百メートルにまで抉りぬいた破壊の穴は、周囲の光景すらも一変させていた。

 本来なら大陸全土が震撼するほどの破壊力を秘めていたものが『この程度の被害』で済んだのは、周囲を取り囲む結界の恩恵だ。

 だがそれが逆に、破壊のエネルギーの全てを収束させて、より力を増大させる結果となっていた。


「ふん……」


 全力の一撃を放ったというのに、エビルの表情は優れない。それはこうも呆気なく勝敗が決まったことへの空しさか。

 否。


「おぉぉおぉぉぉぉぉ!」


 上空より突貫してきたトールの拳が、事前に展開されていたエビルの障壁と激突する。

 町を消滅させて余りあるほどの火力の直撃を受けたというのに、トールは未だ健在どころか、反撃を行うほどの余力すら残していた。

 流石というべきか。

 あるいは己の不甲斐なさを憎むべきか。

 どちらもだ。障壁とぶつかるトールを、魔力の衝撃波で吹き飛ばして、エビルは自問を終わらせる。

 宙を舞ったトールは、無抵抗のまま地面に激突して倒れた。


「くかっ!」


 ──無事ですんだってわけではないか。

 トールの無様な姿に笑い声をあげずにはいられない。不気味に笑うエビルは、漆黒の神罰の直撃を受けたトールの様を見下した。


「ぐ……」


 どうにか起き上がったトールから左腕が消滅していた。さらに左半身は重度の火傷で一部が炭となっており、体に巻いた拘束具も融解して皮膚と癒着しているほどだ。


「遺言なら聞くぜ?」


 立場が逆転した両者。しかし先程のような劇的な逆転を行えるような策はトールには残されていない。

 限界まで追い込まれている。

 掌に掴んでいたはずの勝利の感触は、腕もろとも吹き飛ばされ、絶望の足かせが動きを鈍らせていく。


「いい表情だ」


 悲壮感漂うトールの様子にエビルは喜びを覚えた。

 これだ。

 圧倒的な強者を引きずり落とし、その上に君臨するこの達成感。

 犠牲にした何もかも、ありとあらゆる屈辱を清算して尚余りあるこの高揚。


「体はいらねぇ。左腕が吹き飛んだのは勿体ねぇが……残った三つは置いてけや」


 嵐を幾つも巻き起こすほどの魔力の乱気流を腕に纏わせたエビルの拳が、今、必殺の威力をもってトールへと放たれる。

 その時、結界内部を大きく揺るがす轟音が響いた。


「あん?」


「これは……」


 鋼と鋼を打ち鳴らしたような硬質な音色が何度も結界を揺らす。

 一撃ごとに振動は大きく、音と音が重なり合い、ついには一つの音になったように打撃音は連続する。

 誰かがこの結界を叩いている。まるで抉じ開けようとしているかのように、響く音はひたすら愚直に、何度も何度も束ねられていく。


「誰だか知らねぇが、アホかよ」


 エビルは耳障りな音に舌打ちを一つ。

 無駄なことをしているだろう誰かを想像して呆れてさえいた。トールが展開したこの結界は、トールとエビルの渾身を受け止めて未だ結界を維持しているほどに強固なものだ。

 少なくとも、これを力業で脱するには、トールとエビルクラスでも少々骨が折れるほどだ。

 間違っても、この場に居た他の誰かが突破できるような代物ではない。

 だというのに。

 一撃を放てばそのくらい分かるというのに。

 音は幾重にも重なり、前へ、前へと結界を砕き散らそうと足掻いている。


「……くだらねぇ」


 エビルは音から意識を逸らすと、収束させた魔力をさらに圧縮する。

 確実にトールの心臓を抉るべく、細く、鋭く尖らせた魔の切っ先を用いて、今度こそ確実な勝利を得るべく。


 振動は加速する。


 加速度的に増していく結界内部の振動と打撃音。あるいは黙々とさえ思えるほど無心に積み上げられる打撃の音色は、ゆっくりと、だが確実に結界内部へと浸透していく。


「……一体なんだってんだよ!」


 決着を邪魔される不快感を乗せて、エビルは衝撃が発せられる方向に竜巻を解き放った。

 その乱気流に引きずり込まれる形でトールも音の方向へと流されていく。木っ端と舞う中、朦朧とした意識を辛うじて保っていたトールは、その時確かに感じた。

 愚直と穿つ一つの信念。

 練り上げられた不屈の心。

 鋼よりも硬質な意思の力を撃ち続けるその姿。

 暴風が結界に激突する。それと同時に反対側から炸裂した。

 或いはそれは偶然だったのだろう。

 Aランクを封じ込める結界とはいえ、トールとエビル、両者の最大火力を受けて減衰し、その上でひたすらに叩きつけられた衝撃が一点に重なりあい、その一点に暴風の最大の火力が合わさった。

 結果、Aランクを封じ込める結界は内側と外側から崩壊する。

 まるでガラスを砕いたような乾いた音を立てて、結界が瞬く間に虹色の欠片となって降り注いだ。

 そして向こう側から打突の主は現れる。吹き飛んできたトールをその手で掴み取る金剛石の如く屈強な腕に力を漲らせ。


「いなほ、さん?」


「おう、待たせたな」


 不敵に笑う男が一人。早森いなほは、トールと同じく傷ついた体のまま、頂上に君臨を果たそうとしている魔王の前に立った。



次回、『災厄招来』。


例のアレ


『幕切れに捧げる神罰の終わり─イードメネオ・マキーナ─』

『幕切れを告げる安直な終わり─マキーナ─』を模したAランク必殺魔法具。

エビルによってその特性を歪められたが、本来は青色の雷で構成された神秘の槍。障壁がなかったら、周囲一帯が完全に吹き飛んでたレベルの破壊力。

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