第十七話【ヤンキー小休憩】
「でぃでぃでぃでぃでぃDランクなんデスかぁぁぁぁぁぁ!?」
狭い馬車の中にネムネの悲鳴染みた声が鳴り響いた。「あっ、勿論ミラアイスさんのFランクも凄いですよ!」続きの言葉は、たまらず耳を押さえたアイリスといなほには届かない。
キッと目を細めて、騒音が終わると今度はいなほが怒鳴りつける。
「るっせぇ! んなことで一々ビビってたら寿命すぐなくなんぞ!」
「で、でも、Dランク、しかもC手前の+付きなんて……普通そういう人って貴族の人や王族の人ばかりデス」
ネムネは興奮冷めないといった様子で鼻息を荒くした。
無理もないだろう。いなほは知らないが、D+というランクは、国の上流階級である貴族級の中級以上や王族、そして魔獣を超えた化け物である魔族といった者達が持つランクである。種族として強いとされている鬼人や竜人やエルフとすら互角以上に渡り合うことが出来る。
ただの人間が持つランクとしては規格外の代物なのだ。アイリス程の才気溢れた人間でも、修練の末に届くか否かといったレベルである。だがそこのところをイマイチ理解していないいなほは、むしろ最強ランクであるA+でないことに不満を覚えていた。
「ランクなんかで決められるのは癪だがよ。どうせならAランクって奴にいつかはなってやるつもりだ。だからビビるんじゃねぇよヘッピリ」
「私の名前はヘッピリではなくてネムネ、デス! それはともかく、いなほさんなら本当にいつかAランクとか行きそうで怖いデスよね」
「それには私も同感だ」
アイリスが同意し、ガントも首肯する。「だろ? やっぱそう思うだろ?」いなほは褒められて満足げにふんぞり返った。
最も、こんなのがAランクになったら世も末だがな、内心の気持ちは出さない空気の読めるアイリスであった。
「ホホ、随分仲がよろしくなったようですね」
朗らかに笑いながらルドルフが言った。何故か真ん中を走る豪華な馬車にではなく、こちらの狭い馬車に乗ってきたのだ。曰く「冒険者の皆様がいるここが一番安全ですから」とのこと。
「仲が良いとは……まぁこのしょうもない男を除いた私達三人は随分と仲が良くなりましたが」
アイリスが皮肉たっぷりにいなほを指差しつつ言った。「おいおい、おっさんはこっち側だろ?」と冗談交じりにいなほはガントの肩を小突いた。反応はないが、それで充分。
「嫌われ者には肩身が狭いぜ」
「そう言いながら大股開きで座ってるのは何処のどいつだかな」
「んだよアイリス。女が股広げて座るなんざ下品だぜ?」
「君のことだ!」
ひと際大きくいなほが笑うと、釣られるようにネムネとルドルフも笑い声を上げた。見ればガントの口も僅かに綻んでいる。納得いかないのはアイリスだ。全く、この男といると調子がいつも狂わせられる。
「それにしても、キースくん大丈夫デスでしょうか?」
ふと心配そうに後方の馬車に乗っているのであろうキースの方に目線を向けるネムネ。
「知らねぇよあんなガキは。それにただの喧嘩だったらまだいいが、あの状況で自己中発揮して仲間もろとも攻撃する奴なんざに、背中預けようとは思わねぇしな」
「ガントから聞いた話だと、君の方も彼をあおったのだろう? だったらあの最悪な攻撃は、君に原因の一端があると私は思うのだが」
「正論だなアイリス。だけどあのガキ。俺があおらなくても、いずれは誰かとソリがずれて喧嘩してただろうよ。しかも、決定的に最悪な場面でだ」
言われればそうだなとアイリスも肯定した。ランクという明確な強弱の優劣があるが故、よくキースのように自分より下の人間を見下す者をアイリスは随分と見てきた。しかも多感な十代の半ばであろう少年だ。分かりやすく自分が力を持っているという事実が、彼を増長させたのだろう。
ともすればこれは良い機会だったのかもしれない。自己紹介からの態度のままだったならば、いずれキースは何処かで命を落としていただろう。
自分より下の者を見下し、蔑み、結果として破砕した人間関係は、キースに決定的な終わりを与える。
そこまで考えていなほがキースにあのような態度をとったのだとすれば驚きだが、絶対この男はあの場のノリであぁいったことをしたに違いない。
だがそれでもいなほの行動がある意味正しかったので、アイリスは黙ってしまった。
それにあの少年、私的にも気に食わなかったし。だが、である。
「だからと言って滅茶苦茶な態度をとってる君がそんなことを言っても説得力に欠けるが」
「俺はいいんだよ。あのガキと違って『分別』がついてる」
「その言葉がどれほど信用ないかわかってないんだろうね君は……」
頭を抱えるが、この件については本当に今更だろう。現にいなほはキースのように仲間もろとも攻撃しようとはしなかったが、キースはその愚かを行った。
だが性格的にはキースもいなほもどっこいどっこいがいい所だ。むしろ力がある分いなほの方が悪いだろうアイリスは思う。
「まぁ彼については気にしなくてもいいだろう。いずれは時間が解決するさ」
我ながら無責任な言葉だなと自嘲しながら、アイリスは不安げなネムネの頭を優しく撫でた。
「ミラアイスさん……」
「他人行儀はくすぐったいな。アイリスと気兼ねなく呼んでくれ」
「わかりましたデス。アイリスさん」
まだどこかぎこちなくではあるが笑い返すネムネ。
「そういやよルドルフ。村のほうにはどの程度で着くんだ?」
「魔獣の襲撃がなければですが、明日の正午には着くはずです。途中野営をいたしますので、皆様には夜の番をしていただく予定です」
いなほの質問にルドルフはそう返した。
「FランクとDランク、そして熟練のHランク冒険者と頼りがいのある学生様がいるので、私どもは安心して眠らせていただきます」
「おう。全部俺に任せとけ」
「君に任せたら逆に不安だよ」
ルドルフの信頼に自信たっぷりに応えるいなほと、諌めるアイリス。
そういえばと切りだしたのはネムネだ。
「いなほさんってどういった魔法を使うんデスか? Dランクの人が使う魔法って私見たことないので、よければ教えてくださいデス」
「おぉ。それは私も知りたかったことです」
「……」
アイリスを除いた三人が興味津津といった風にいなほを見た。「フッ」と得意げにいなほが笑う。自信ありげな表情にネムネの瞳が輝き、対照的にアイリスは嫌な予感がして額を手で押さえ項垂れた。
「魔法なんざ産まれてこの方使ったことがねぇ!」
堂々とそう告げたいなほに、一同が声を失った。静寂というか沈黙。数秒ほど、馬車が鳴らすリズミカルな音以外に何も聞こえなくなる。
「え。や、いやデスねーいなほさん。冗談デスよね?」
ネムネがわざと明るい口調で言うが、いなほはただ「こんなことで冗談言わねぇよ」と大真面目に言うのだから、今度こそネムネはおろか、ルドルフの表情すら凍りつく。
最初に覚醒したのはネムネだった。いなほがDランクだと知った時以上の大声を張り上げる。
「えぇぇぇ!? じゃあDランクっていうのは嘘なんデスかデスのデスでしょうか!?」
「なわけねぇだろ! 文句があるならそういう風に俺をランクした黒水晶に言いやがれ!」
「……いやはや、本当だとしたら、これはまさに驚きというか、いやはや本当にいやはや……」
ひぇぇぇと叫ぶネムネの隣で、ルドルフも驚きで流れ出した額の汗をハンカチで拭った。
そこまで驚かれることなのだろうか。いなほがアイリスを見れば、アイリスは肩を竦めて苦笑してみせた。
「残念だが彼の言うことはおそらく事実だ。私と最初に会ったときなんて強化魔法も使わずに馬よりも速く走っていたしね。それに君達もアズウェルドの炎を何の魔法も使わず消したのは見たはずだ。少なくともランクのことについては、私の二つ名に賭けて偽りではないことを誓おう」
「でもデスでもデス。いなほさんがDランクなのはわかったとしても、魔法が使えないというのは些か信じられないデスよ」
うんうんとルドルフも同じ気持ちなのか頷いた。これについては僅かばかり同じ気持ちを抱いてるといってもいいアイリスには弁解のしようがない。
そもそも何で私が弁解してるんだとという気持ちの混ざった視線をアイリスはいなほに送った。だがいなほ当人も、説明のしようがないため、むぅと声を詰まらせてしまった。
「……確かこの辺りに魔性の花が咲いていたはずだ」
と、そこでガントが割り込んできた。
魔性の花とは、一年中咲いているタンポポに似た花だ。花弁の色が紫色と毒々しいが、これを軽く煎じて飲むことで、体内にある魔力の栓とでもいうものを開き、魔力を扱えるように出来るのだ。基本的に群生地は大陸の無数の場所にあり、採取も簡単なことから、どの家庭でも五つを過ぎた子どもにこれを煎じて飲ませ、魔法を扱える下地を作るのである。
「でしたらそろそろ日も落ちるでしょうから、少し早いですがこの付近で野営をしましょう。皆様のおかげで予定よりも早く進んでいますし」
「賛成デス。私とガントさんとキース君でキャンプは作っておきますデスから、アイリスさんといなほさんは魔性の花を取ってきてくださいデス」
ルドルフの提案にネムネが手を上げて賛同する。ガントも異存はないのか黙ったままだ。キースに関しては、冷たいがここにいないので了承を取る必要はないだろう。
「すみませんビッヒマン殿。そして君達もありがとう。連れの私情に巻き込んでしまい申し訳ない」
そう言ってアイリスは深々と頭を下げた。何処までも律儀な女性だとルドルフは微笑み、ネムネはアイリスに頭を下げられてことに恐縮する。ガントはいつも通りだ。
いい仲間を得られた。アイリスは頭を上げると静かに口を緩め、一転、どうでもよさそうに踏ん反りがえっているいなほを睨んだ。
「君のために皆様が厚意を寄せてくれているというのに! 君は! 全く君って奴は!」
「あー? おう、ありがとよテメェら」
「この不良! 最低!」
「んだよ。知ってて俺を誘ったんだろ?」
「それとこれとは話が別だぁ!」
今にも泣きそうな悲鳴を上げるアイリスを見ていなほはゲラゲラと爆笑した。
果たしてこんな男のために野営をとるのは正しかったのだろうか。等と一人、ちょっと目が潤んでいるアイリスを見ながらネムネは思うのであった。
次回、料理とか魔力とか