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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
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第十七話【妄執の届いた最強】


 トールは懐から虹色に輝く掌大の宝石を取り出すと地面に放り投げた。

 地面に触れた宝石は、液体のように大地へと浸透していき、『暗球』もろとも二人を中心とした周囲の全てを見えない何かで閉じ込めた。


「……これは」


「Aランク用の隔離結界だ。能力を増大したお前相手では気休め程度だが……これである程度周りを気にせずに戦える」


 周囲の風景はそのままに、薄い虹色の靄のようなものが遠くまで広がっていた。

 エビルはおもむろに掌に収束させた力の塊をトールにではなく靄のほうへと放った。

 戯れとはいえ、小さな村なら一撃で消滅させるほどの破壊力を秘めた暗黒の輝きは、靄に触れて弾け飛んだ。


「なるほどな」


 虹色の靄は閃光の直撃を受けたというのに掻き消えていなかった。

 どうやらトールの展開した結界はそれなりに強度があるらしい。


「喜べ、この結界を展開したさっきの使い捨ての魔法具、もうこの世には存在しない貴重な代物だ」


「ハッ! そいつは……どうもなぁ!」


 何の前触れもなく、エビルの背中の羽から先程放った力を遥かに凌ぐ闇の閃光が幾つも放たれた。

 百を超える力の塊が一直線に飛んでくるのを見据え、トールは右足から吹き荒れる風の出力をさらに増大して、一気に射線上から逃れるように空へと舞い上がった。


「その程度でなぁ!」


 音速を容易く凌駕して飛翔したトールだったが、エビルの瞳は決してトールを逃さない。漆黒の歯をむき出しにして右手を頭上に掲げると、放たれた百の漆黒が応じるように軌道を変えてトールのいる上空へと飛んだ。


「燃やせ!」


 迫る暗黒へ、天上高く伸ばした右腕から燃え盛る白色の炎の塊がトールの周囲を囲むように顕現する。

 遥か昔、地表を砕いた隕石郡の如く炎の群れは、眼下より這い寄る漆黒と激突した。

 虚空に幾つもの爆炎と暗黒が広がる。互いに互いを暴食して相殺しあった破壊の渦の間を掻い潜り、風の衣を纏ったトールと、闇の翼を広げるエビルが激突する。

 互いが前面に展開した力の波が衝突すると、周囲の閃光もろとも、死した大地が大きく抉れて消滅した。

 余波だけで世界の在り様が変わる。極大のクレーターの中心部で、周囲の景観の変化など些かも気にしていない両者は、拮抗する力にさらなる魔力を注いでいく。


「化け物がよぉ……!」


 エビルは『暗球』の加護を受けた己と拮抗状態を作り出しているトールへ悪態を吐かずにはいられなかった。

 保有している魔力の桁が違いすぎる。この場だけではなく、あらゆる場所で着々と『暗球』に魔力を貯蓄して、それらを動員しているにも関わらず、トールを圧倒することが出来ない。

 もしもこれが『暗球』無しであった場合、開始早々で二人の戦いは決着がついただろう。

 AランクとA+ランク。本来ならランク一つ程度なら一方が有利程度の差しかないはずが、エビルとトールの両者に広がる地力の差は決定的だった。


「それは互いにだろ!」


 一方のトールも心境は同じだ。

 『暗球』によって能力が肥大したエビルの力は、Aランクの中では最高位近い実力を誇るだろう。決して侮って戦える相手ではない。トールはエビルへの評価を改めると、さらに魔力の出力を増大させて拮抗状態を打ち崩した。


「おぉ!?」


 暴風に圧倒されたエビルの体が遥か後方へ吹き飛んでいく。

 ──力じゃ勝てねぇか。

 瞬間的な出力では未だ決定的な差がある。体勢を整えてトールの上空へと飛んだエビルは、冷静に己と相手の戦力を見比べる。

 ──ならば『暗球』で得られた膨大な魔力量で一気に押し潰されるのならどうだ?

 エビルは翼を形成する触手を一つ一つ分離して、その先端をトールへと向けた。


「『暗球』から直接抽出した純粋魔力……! 俺に供給される時点で『破砕』に特化させたこいつらの火力でも味わいやがれ!」


 触手の総軍から、先を遥かに上回る量と破壊力を込められた無数の閃光がトールの視界一面を埋め尽くす規模で撃たれた。

 漆黒の豪雨とも呼ぶべき破滅の軍勢が襲い掛かる。魔力量に物を言わせた無詠唱の力。対するトールは怯むことも驚くこともなく、頭上を埋め尽くす全てに両手を向けた。


「温いんだよ……!」


 巨大な家屋すら飲み込めるほどの巨大な白色の火柱が伸び行く。その周囲を螺旋を描くように這い回るのは、茨を生やした緑色に輝く氷だ。

 今度は拮抗することもない。暗黒の弾幕を正面から貫いた二重螺旋は、咄嗟に射線から脱したエビルを超えて、遥か上空に張られていた虹色の防壁へ激突した。

 Aランクまでなら押さえ込むとトール自身が語っていた障壁が大きく揺らぐ。物量すら意に返さない絶対なる力量の差がそこにはあった。

 文字通り格が違う。数秒後、ようやく収まった炎と氷の射出元、なんでもないことのように表情も変えていないトールに感じられる余裕が、エビルの自尊心を抉った。


「そうやって……高みから……!」


 ──俺を見下ろすな!

 触手を四肢に絡めてエビルが特攻を仕掛ける。怒りに身を焦がしながら、感じられる力はトールであっても全力で応じなければならない規模。

 隕石のように漆黒の炎を纏いながら落ちてきたエビルの拳へ、トールは大地を支配する左足で迎え撃った。

 激突の瞬間、二人を中心に大気が風船の如く膨れ上がり弾け飛ぶ。それほどの破壊と破壊の激突の結果、先に悲鳴をあげたのはエビルの拳に纏われた触手であった。

 一本が千切れれば後は瞬く間に、大地の質量を込められた左足の一撃に耐え切れず、触手もろともエビルの腕が文字通り吹き飛んだ。


「ッ……! おぉぉぉぉぉ!」


 腕の付け根からどす黒い血を噴出しながら、尚も突き出された拳と、今度は風を纏った右足が激突した。

 当然のように、風の圧力に触手もろともエビルの拳が潰される。

 たかが二撃。

 されど二撃。

 決定的な能力の差がそこにはあった。


「終わらせる」


 トールの右拳が握られる。内側に白色の輝きを込めた拳は目を焦がすほどの閃光を放っていた。

 白熱する拳が音を置き去りに疾駆する。両手を潰され、体勢を崩されたエビルの胸元へと吸い込まれるように伸びたトールの一撃は、その体に触れると同時にまばゆいばかりの閃光と炎を周囲に撒き散らした。


「ぐおぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 あらゆるものを燃やし尽くすとされる白色の炎の塊に飲み込まれたエビルが壮絶な悲鳴をあげる。全身を絶え間なく蹂躪する炎から身を守ろうと触手で体を包むが、炎はそんなエビルの抵抗もろとも、触手を燃やし尽くしてその内側すら焦がす。


「Aランク程度にしては……中々強かったよ」


 遥か上からながら、トールは惜しみない賞賛を告げた。

 確かに強かった。Aランクでも高位に迫るほどの力があったが。

 だが所詮はその程度。

 頂に届くには、お前の翼はあまりにも拙かった。


「さよならだ」


 十分に善戦をしたエビルへの手向けとして、左手を天に掲げたトールは、虚空に巨大な氷の槍を顕現する。


「『告発者─ギュルヴィー─』」


 周囲の空気すら凍てつかせる透き通る緑色の氷槍は、見る見る内にトールの倍以上の長さまで巨大化した。


「『三度凍える深雪の黄昏─エッダ・フィンブルヴェッド・ラグナロック─』」


 魔力を孕んだ言語がその秘められた脅威を解放する。注がれる魔力をそのまま先端から凍りの茨として無限と現出する。

 世界に数多と存在する『終焉に轟く不変の黄昏─ラグナロック─』を模した武装。氷という言語に込められた停止の意味を突き詰めた神罰兵装。

 魔道兵装が左腕に埋め込まれた無敵の神格を今ここに。

 天に掲げたトールの左腕が、氷槍が肥大するにつれて透けていき、ついに消滅する。本来の姿を取り戻した絶対的な『止』の具現を世界へと誇り、漏れ出る冷気だけで眼下を燃やしていく白色の炎すら凍らせる禁断は放たれる。


「突き穿て!」


 あらゆる存在を凍てつかせる絶対零度の一撃が音もなく飛翔する。その先には燃え滾る紅蓮。だがその炎もろとも氷獄へと閉じ込めた緑色の結晶体は、漆黒の担い手をその内側に閉ざしたままに砕け散った。


「……」


 砕けた氷が己の左腕の部分に集まり、再度腕の形を形成していく中、トールは『三度凍える深雪の黄昏』の直撃を受け、四肢は当然として肉体の殆どが砕け散って瀕死となったエビルが落ちていく様を見届けた。

 あまりにも一方的な決着だった。むしろトールとしては拍子抜けしたと言ってもいいくらいだ。


「言い残すことは?」


 違和感があったものの、トールは地表に落ちたエビルの前に降り立つと、白色の火の玉を掴む右掌を向けて問いかけた。

 『暗球』の力を蓄えた触手を失ったのはおろか、四肢の全ては砕け散り、肉体もいたるところが欠損したエビルには反撃する余力も残されていない。

 勝敗は決した。ほぼ無傷で立つトールと、瀕死のエビルを見れば明らかだ。


「ク、クククク……」


 だというのに、土を舐める屈辱を甘んじているエビルは心底面白いといった笑みを浮かべていた。

 低く。

 どす黒く低い笑い声がトールの耳を打つ。


「力押しも、物量も、おそらく技量も……流石だよ総隊長。俺じゃお前の足元にも及ばない」


 それは敗北を認める発言だった。

 だというのに、トールの胸中に言いようのない違和感が生まれる。

 最早、大勢は決まり、詰みをかけられたエビルはこのままトールの手で断罪されるだけの道しか残っていないというのに。

 エビルは笑う。

 尚も、笑う。

 その遥か後方に浮かぶ『暗球』と同じ、暗黒の笑みで。


 笑う。


「半々だった」


「何?」


「半々だったよ。完全解放したお前を相手に準備が整うまで抗えるかどうかはなぁ」


 エビルの金色の眼が懐疑に揺らぐトールの瞳を射抜く。

 同時、遥か後方の『暗球』が、音もなく爆発四散した。


「エビル!」


 トールの判断は迅速だった。心中を掻き乱す違和感が決定的な歪みを生み出す前に、白色の炎は瀕死のエビルへと放たれようとして。


「解析、完了」


 白色の炎は、何の前触れもなく消失した。


「な!?」


「おせぇ!」


 突然の自体に困惑するトールの顔面に衝撃が走った。即座に肉体を再生させたエビルの拳がその頬を撃ち、その身体を遥か後方へ吹き飛ばしたのだ。


「俺は知ってるんだぜ? 総隊長よぉ!」


「ぐ、ぅ……!?」


 激痛に苦悶するトールを再度空へと舞い上がったエビルが、一瞬で結界全ての大地に浸透した『暗球』で漆黒に染められた大地を見下ろす。

 そして虹色の空すらも薄い黒の霧が立ち込めた。その霧の全てがトールの身体に誤作動を起こし、彼の意図に反してその四肢の輝きが全て停止した。


「Aランクの魔法具を四肢の代わりにしているお前に付けられた『魔道兵装』の二つ名! だがその威力故に、解放には『傾いた天の城』の総隊長、どちらか一人の承認を必要とする! ……ここまで調べるのに随分と苦労したぜぇ総隊長! つまりお前は! お前自身でも解除することの出来ない巨大な封印をその身に刻まれてるっていう事実を知るのによぉ!」


 だからこそ逃げた。

 次の戦いで勝利を得るために。

 ひたすら、こそ泥のように身を潜め、力を蓄えながら勝利のために逃げ続けた。


「迫りくるお前に気づかれぬように、ひたすら『暗球』を貴様の力の封印へ特化させるべく練り上げ続けた歳月! そして『暗球』の範囲内に現れたお前を実際に解析するのに俺自身が激突することで手に入れた、貴様の魔法具の封印術式のキーワード! 手に入れたぞ魔道兵装! 最早お前の力の全ては……俺の手の内なんだよぉ!」


 高らかに己が積み上げた全てを暴露したエビルの執念が実を結ぶ。

 ──読み間違えた。

 不覚を取ったトールは、色が失われて肌色に戻った四肢を見つめ、『一切の魔力が通らない』ことを悟って歯噛みする。

 エビルの性格から、『暗球』に込められたエネルギーは全て破壊に特化していると決め付けたトールの失態だ。『暗球』はそもそも、あらゆる生命力や魔力を、何かに変わる前の透明なエネルギーに変換して貯蓄する術式である。

 であれば、その力の殆どを封印に特化させることも可能なのだ。

 しかし本来なら大陸一つ程度の力を貯蓄した程度では、封印に特化したところでトールの四肢に埋め込まれたAランク魔法具の数々を押さえ込むことは不可能だろう。

 恐るべきはエビルの執念か。行く先々で力を奪い去るだけでなく、彼自身の力も『暗球』に注いできたのだろう。そしてその殆どを封印の力に置き換えて、先程の戦いでトール自身の魔法具の性質を解析するために必要なぎりぎりの力だけを己に纏わせて、戦いを挑んできたのだ。

 半々とエビルは言っていたが、実際の確立はそれ以下だっただろう。四肢を解放して能力を全開にしたトールは、例えAランクであるエビルの全力を振り絞っても戦いになるようなものではない。

 だがエビルには執念があった。

 かつて己が受けた屈辱を、魔王として君臨した己の矜持を引き裂いた彼らを打倒してみせるという覚悟と決意。妄念にもなった誓いが、奇跡のような偶然を手繰り寄せたのだ。


「『暗球』に残された全エネルギーを絞り尽くしても、お前の力を封じられるのは一時間程度だろう」


 膨大な屈辱を積み重ねても、得られる時間はその程度。封印されたとはいえ、未だ流出する膨大な魔力量は健在であり、決して侮ることは出来ないが。

 殆ど対等の位置まで引きずり落とすことを唯一可能とした値千金を超える一時間。


「十分だ……知ってるぜ魔道兵装! 膨大な魔力を制御できないお前の能力はその身体に埋められた魔法具を扱う程度で、『魔法が殆ど扱えないってことをよぉ』!」


 図星を突かれたトールの額から冷や汗が流れ出す。

 事実、トールがほぼ唯一扱える戦闘用の魔法といえば、現在身体にかけられた強化の魔法程度だ。その他、身体にかけられた各種の防壁などは、魔力量にものをいわせただけであり、彼自身は繊細な魔法を扱うことは苦手としている。

 ならば、例え魔力量で絶対的に負けていたとしても、己の力を十全に扱えるエビルと、力を持て余しているトールの差ははたしてどの程度か。

 エビルは決して楽観していない。状況は未だ僅かにエビルが有利だというだけで、勝敗が決まったわけではないのだ。彼の配下が唐突に現れたイレギュラーであるいなほが、傷つき疲弊したとしても油断せずに命を捨てる覚悟で戦いを挑んだように。

 敗北と屈辱に沈んでいた魔王には、油断も慢心も存在しない。


「食らうぜ!? お前を殺し、その身体の全てを奪い尽くし! さらなる力で今度こそあのいけすかねぇ残り二人の総隊長もぶっ殺してやる!」


 『大物食い(ジャイアントキリング)』。

 敗北を突きつけられた。

 屈辱を嘗め尽くした。

 辛酸の限りを味わった。

 それでも執念を支えに。

 勝利へと手を伸ばし、あがき続け、尚も這い上がることを決意した魔王が勝ち取った珠玉の一時間。


「所詮お前は俺の踏み台にすぎねぇんだよぉ!? 魔道兵装ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 勝利と敗北の天秤は、今再び両者の間で揺れ動く。

 無敵を誇るはずの『魔道兵装』にとって最悪の一時間が、劇的な流れと共に始まった。





次回、前へ行く意志。


例のアレ

『告発者─ギュルヴィ─』『三度凍える深雪の黄昏─エッダ・フィンブルヴェッド・ラグナロック─』

魔道兵装に埋め込まれたAランク魔法具の一つ。サンタ(アリス)が使っていたB+ランク魔法具『三度凍える未知の黄昏─フィンブルヴェッド・ラグナロック─』の上位互換みたいなもん。

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