第十四話【超越者】
『暗球』とはそもそも、大規模の戦争の跡地などで、死した魂をまとめて大地へと返す魔法『命の旋律』が元である。不浄の土地でアンデットとなった者達を浄化して、清らかなものへと成すこの魔法は、本来神官団が扱う最上位の浄化魔法だった。
それをこのような形に貶めたのは、その魔法が編み出されたとある世界に誕生して、ついには世界を崩壊させるに至った魔王、エビル・ナイトリングだ。
アンデットだけではなく、生も死もまとめて飲み干し、純粋なエネルギー体へと変貌させるこの魔法は、かつて世界を救うべく立ち上がった勇者すらも飲み干した極悪の魔法である。
『暗球』を中心に数十キロメートルに及ぶその吸収能力は、ただ一瞬でエネルギーを吸い尽くすのではなく、彼らが死ぬ一歩手前でぎりぎり生かし、自然に生み出す魔力が枯渇する、つまり魂が消耗しつくすまで搾り取る。それは生命体だけではなく、命あるものならば有機物無機物問わずに暴食するほどだ。
「だから、当時の総隊長は貴様を加入するに当たって、『暗球』そのものの使用を禁止し……現に封印処理まで施したはずなんだけどな」
トロールキングすら丸ごと飲み込めるほどにまで肥大した『暗球』の下、いなほとリリナに敵が集中したことによって、道中誰と会うことなくたどり着いたトールは、悠然と佇む暗黒の結晶体、エビル・ナイトリングをその見えぬ眼で睨んだ。
「分かっちゃいないな若造。俺は加入したんじゃなくて、奴らに強引に加入『させられた』んだぜ? 分かるか? 他者を圧倒するべく新たな世界に乗り込んだ矢先に、より圧倒的な力に屈服させられる屈辱がよ……そして、おめおめと生き恥を晒して、この日まで逃げ続けた俺の悔しさが」
口調は穏やかだったが、エビルから漏れ出すヘドロのような魔力が、内心の怒気を表現するように波打って周囲に充満していた。
そう、屈辱だったのだ。
世界を滅ぼすに至った己を、さらに圧倒的な力で打ち滅ぼすならよかった。
だがよりによって情けを掛けられ、あろうことかその配下にさせられたことが屈辱だった。
「何が『いずれは貴方も救世の意味を知るだろう』だぁ? 笑わせるぜ、正義面した糞共が。そんな生ぬるい御託を並べるから、こんな風に牙を剥かれて、あげくに噛みつかれてるんだからよぉ」
エビルは嬉しそうに身体を揺らした。トールは邪悪に笑うエビルに対して何を思ったのか、むき出しの二つの拳を力強く握り締めて両目を鋭く細めた。
「確かに、それには同意だよエビル。だからといって、お前の所業を許すことも出来ない」
トールが一歩踏み出す。エビルの魔力を押し返すようにして、四色の色鮮やかな魔力が間欠泉の如き勢いで放出された。
「ッ!?」
それだけでエビルの瞳が見開き、無意識に一歩後退をさせた。
ただの魔力の発露だというのに、その魔力の総量は、魔王として名を轟かせたことさえあるエビルと比して尚圧倒的だ。
だからこそ、己の敵に相応しいのだ。浮上してくる恐怖を、蹂躙への喜びで押し潰し、エビルは鼓舞するようにトールとの距離を一歩詰めた。
「まぁ今更言葉を交わす必要なんてないな……」
エビルの上空の『暗球』の表面が、その歩みに呼応するように振動した。
震えは徐々に強くなっていき、先程まで数分に一滴程度しか落ちていなかった雫が、豪雨のように降り注いで魔方陣へと飲み込まれていった。
続いて『暗球』からも滴り落ちるエネルギーを受け止めていた魔方陣が心臓の鼓動のような音を響かせながら脈動し、夥しい数の黒い触手を展開した。
「『集え無垢なる暗黒よ』!」
楽隊を率いる指揮者の如く、エビルの号令と共に、触手の軍勢はエビルの身体の至るところに突き刺さった。
「お、おぉぉぉぉぉぉ!」
触手を通じて、エビルの身体に周囲一帯の生命力とも呼べるものが注がれていく。漆黒の力は全身を駆け巡り、その肉体に幾つもの黄金の線が走った。
「『着装』!」
エビルがまとっていたフードが弾けて、突き刺さっていた触手が絡み合って一対の翼へと変化した。まるで鴉の翼のような漆黒の羽は、注視すれば箱一杯に敷き詰めたミミズが蠢いているように触手が絶え間なく動いていた。
「あぁ、御託なんざどうでもいい!」
エビルは羽の具合を確かめるように一度はためかせる。その触手自体が猛毒であるかのように、発生した風は薄黒く変色しており、刻一刻と暗黒を周囲に撒き散らしている。
「今、ここに居るお前を打倒し……今一度俺の最強を世界に吼えるだけだからなぁ!」
今や真の魔王としての力を覚醒させたエビルを前に、トールもまたあふれ出る魔力によって、右足と左足に施された拘束具を開放した。
「……『嵐』『地』、第六から第十まで省略。敵戦力、『世界崩壊級』。承認──四肢全封印、目標の完全制圧まで起動」
開放された両足が迫り来る暗黒を真っ向から迎え撃つ。
淡い緑の閃光を放つ右足からは清涼と靡く透明な風が。
鋼の如き硬質な輝きを示す茶色の左足が踏みしめる腐肉の大地が、かつての活力を取り戻して、その足元から美しい緑の大地が広がり始めた。
右手に炎。
左手に氷。
右足に風。
左足に土。
そして、盲目の瞳は災厄の漆黒を真っ直ぐと見つめ。
決して劣ることはない。むしろ場を満たす暗黒を凌ぐほどの力を見せ付けるトールの姿に感じた苛立ちと興奮を、エビルは邪悪に汚染された喉から吼え滾ることで吐き出した。
「会いたかった!」
何よりもその姿に焦がれていた。
かつて、圧倒的な敗北の後、突如として現れて己の上に立ったお前に。
まるで己こそ世界の権化とでも歌うような姿に焦がれたのだ。
「お前だ! ギルドでも同格は居れど、格上などあの二体の化け物以外存在しないと思った俺の前に現れた! お前がよぉ!」
『傾いた天の城』には、かつて二人の総隊長が存在した。部隊の隊長の全員がAランクに届く猛者揃いであり、エビルを含め誰もが我の強い性格をしていたため、本来は結束するはずなどなかった化け物共を纏め上げた規格外。
誰もが認める最強。
無限に広がるこの世界でも、たった百八しか存在しない最上級の一角を占める二つの異端。
『殲滅武神』アルバトロス・シュナイダー。
『一閃無情』レイス・オーバーレイ。
Aランクの化け物達の上に君臨するに足る実力を備えた彼らだからこそ各隊長は従った。
そこに突如として現れて、三人目の総隊長として君臨した男が居た。
当然、エビルも含め誰もが反発したが、その男が見せた単純明快な力によって誰もが納得することとなる。
それは星の敵に抗うことを許された者。
それは神すら容易に葬る規格外。
それは栄光の百八の一角に座する者。
「そうだろ!? 総隊長様ぁ!」
「『傾いた天の城』第零隊『マリア』が副隊長にして──『超越者(A+ランク)』第三十席、『魔道兵装』トール・ディザスター」
災厄の名を冠する異端が、漆黒の魔王へその力の全てを解き放った。
「エビル・ナイトリング。貴様を裁く男の名前だ」
次回、燃えよヤンキー(中火)
例のアレ
第零隊『マリア』
トールは『傾いた天の城』内では総隊長の一人として数えられているが、正式な総隊長はアルバトロス・シュナイダーであり、レイス・オーバーレイは第零隊の隊長、トールはその部隊の副隊長である。
だが三人それぞれがA+ランクという実力者のため、ギルド内では三人全員を総隊長と呼んでその力に畏敬を示している。
『殲滅武神』アルバトロス・シュナイダー
A+ランク第九席。体中にめちゃくちゃな代物をつけてる。
得意技は放屁。
『一閃無情』レイス・オーバーレイ
A+ランク第二十四席。垂れ流し系女子。
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