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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
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第十三話【燃えよヤンキー(弱火)】


 走る。

 走る。

 ひたすら走り続ける。

 後ろを振り返ることなく、一人ひたすら『暗球』の元へ駆けるいなほは、進路上の枯れ木を破砕しながら進んでいた。邪魔するものは例外なく砕いて散らす。これより訪れる死闘を思い描いて、湧き出てくる力をあたり一帯にぶつけながら走っていたいなほだったが、その進撃は前方に現れた影によって阻まれた。

 数は一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。

 視認できる範囲に存在する影達は、いなほが現れたのと同時に被っていたフードを脱ぎ捨てた。


「……上等ぉ」


 驚嘆すべきは、その何れもがランクCに届くとされる『魔族』であったことだ。立派な一本角の鬼人、龍の鱗を身にまとう竜人等といった種族の他、危険種とされるようなキング級の化け物が並び立つ光景は圧巻そのものだ。


「ここは通さない」


「我らが計画、妨げさせるわけにはいかぬ」


「故に散れ、イレギュラー」


 言葉を交わすつもりはないのか。一方的な宣告を終えた魔族の群れは、物理的な風すら発生するほどの魔力を噴出した。

 熱波のごとき魔力を叩きつけられたいなほの闘争本能が刺激され、内側で燃え上がっていた闘志がむき出しの歯と歯の間から熱気となって溢れ出す。

 一人ひとりがかつて死闘を繰り広げたトロールキングとほぼ同等の戦力を保有していることを察したいなほだったが、その内心に恐怖はまるでなかった。

 あるのは強敵と戦い、彼らを乗り越えた先にあるはずの勝利の美酒への期待だけだ。

 ならば今すぐにでも勝利へと突き進もう。押し殺すつもりのない戦意の赴くまま、一歩を踏み込んだいなほだったが、その瞬間を見計らったように横合いから新たな影が飛び出した。


「『森の牢獄』」


「おいでませってよぉ!」


 奇襲をかけられることなど重々承知だ。驚くことなく敵手へと体を向けたいなほは、進路を新たな敵の方角へと切り替えした。

 直後、影の手から滂沱と召喚された大木を幾つも絡めたような極太の木々を掻い潜り、影までの距離を一歩で縮めた。

 大地には一切衝撃を与えない力の抜けた踏み込みながら、その速度だけはまるで瞬間移動でもしたかのように速い。瞬く間に一挙手へと入り込んだいなほは、詰めるときとは一転、激烈と大地を抉るように足を踏み出した。

 充実する力の渦。足元より発生した爆発を筋繊維の全てを動員して練り上げる。体内で螺旋を描いて昇っていく力を、滑車のように引いた右腕と突き出した腰の反発力で左腕へと一気に押し出す。

 加速に肥大を重ねた力が、ロケットブースターのようにいなほの左腕を加速させた。比喩でもなく、ロケットの推進力に匹敵する力がいなほの左腕で暴れ狂う。だが本来なら破滅的な力を、積み上げてきた修練のなせる技と、自慢の五体が指向性をもって正しい順路を走らせた。


「まずは一つ!」


 あらゆる加速と増加をした力の射出口たる左拳は、その激突先である影の胸元へ。限界まで収束された一閃は、事前に展開されていた多重の防御障壁を貫いて影を貫いた。


「殺った!」


「甘、い」


 肉を割り骨を砕き、背中から突き出した拳の感触に酔うのも束の間。心臓を抉られたはずの影のフードがはだけ、ぎょろりと覗いた三つの眼がいなほを睨んだ。


「『犯せ、惑乱の色彩よ』」


 影の男の三つ目が魔力を伴った閃光をいなほに叩きつける。

 他者の感覚を乱す魔眼に魅入られたいなほの視界が渦を描くように歪んだ。たまらずよろめいたいなほの左腕を瀕死の影は身体全体で握った。そしてその肉体ごと、最初に放たれた木々の束縛が左腕を包み込み、とうとうそこで力尽きて影は絶命する。

 命を賭して、いなほの視覚と左腕の自由を奪う。最早、正気の行いではない特攻を狼煙に、背後から新たに三つの影が襲い掛かってきた。


「『戒め』」


「『束縛』」


「『封印』」


「『多重結束』」


 立て続けに唱えられた言語魔法が、いなほの左腕木々を封印に特化する形で強化した。

 揺らぐ視界以上に、微動だしない左手にいなほの内心に焦りが生まれる。

 ──抜け出せねぇ!?

 全力を込めてどうにか少しばかり動いた腕。脱出にかかる時間は数秒程か。

 それだけあれば十分だと、前後合わせて八つの影達から流れ出した漆黒の魔力が絡み合うようにして、いなほの真下と真上に巨大な魔方陣を描いた。

 大地には地獄の使者たる死神の象徴を中心に、『刺殺』『焼殺』『轢殺』『自殺』等のあらゆる方法の『殺人定義』の言葉を、四重に並列して起動させる。

 上空には拒絶と反発の言語のみで描かれた最大の障壁を五重に。死を乗り越える、つまり死を跳ね返して生きながらえるとされている仙人の頭蓋を中央に刻み込み、あらゆる死への反射膜を形成。

 注がれる魔力の密度を肌で感じて、いなほの総身を冷や汗が伝った。

 危険、というレベルではない。『暗球』によって死んでいるはずの大地が、より深い死の旋律に失墜していくような、死という存在そのものが浮上してくるような感覚。


「『タナトスに捧げる死への調』」


「『門よ開き願いを聞き届けろ』」


「『奈落よりあふれ出る地獄にて、天を堕とせ』」


 影達は己の命すら魔力に変換してその魔法を唱える。破滅の聖書。そこに刻まれた死と殺人の意味を具体する憎悪すべき禁断の魔法。

 その名を呼ぶ。偽りの神罰の名こそ。


「『死墜─フォール・ダウン─』」


 死の奈落へと引きずり込む死神の軍勢。足元への違和感は現実となっていなほを死へと誘うべく、あらゆる死を経験した亡者の群れを率いて魔方陣より噴出した。


「お、おぉぉぉぉ!」


 その直前で拘束を逃れたいなほだったが、最早逃れることは敵わず、迎撃のために拳を真下に突き出した。

 たった一個の肉体が、三千世界を蹂躙した死の嵐と激突した。ぶつかり合う拳の先から冷たく死していく感触を覚えながらも、いなほは目を見開き、鬼のごとき形相で拮抗する。

 だがこの魔法がこれだけで終わるわけがなかった。

 拳に弾かれ左右に散って空へと飛んだ死を待ち受けているのは、あらゆる死を反射する絶対障壁。


「な!?」


 いなほは頭上を焦がす冷気に視線を移して、弾いたはずの死神と亡者がこちらに跳ね返ってくる様を見て言葉を失った。


「こ、のぉ!」


 咄嗟に右手を突き出すと同時、身体ごと地面に叩きつけるような重さにいなほの身体が沈んだ。

 下から押し上げられ、上から押しつぶされる。さらに刻一刻と死へと触れている拳は冷たくなっていき、既に末端の感覚からなくなってきている。


「ぎ、ぃ、ぁ……」


 叫ぶ余力すら失われたいなほの顔が歪む。

 自慢の肉体ですら支えきれない。影の全てが渾身を注いで作り上げた魔の極点は、あらゆる敵を駆逐してきたいなほの肉体ですら耐え切れず。


「だ、ったら……よぉ!」


 いなほの命が震える。死の冷気に拮抗するように、その身体からオレンジ色の輝きが溢れ出した。

 ゆっくりと、しかし確実に死を押し返す両腕。そこに吸い込まれるのは命の輝き、太陽のオレンジ色。

 影達は戦慄しながら変貌していくいなほの姿を見ながら、無駄な抵抗となりつつあるのを知りながらも魔法を維持するために魔力を注いでいく。

 さらなる負荷がいなほの身体を押さえつけようとした。注がれる魔力が増大して、新たに召喚された死神の腕がいなほを奈落へ引きずり込もうと、その暗黒の腕を伸ばし。


「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 覚醒筋肉。最大出力。

 いなほの身体全体がオレンジ色に発光し、全身を駆け抜ける無敵の全能。全てを快方された肉体の赴くまま、死神の軍勢を一気に押し返す。

 一瞬だけ自身へ向けられた圧力が失われた瞬間、いなほは一気に魔方陣の範囲内から飛び出した。

 僅かに遅れて死の軍勢同士が激突しあい対消滅する。霧散する死を背後に、燃える炎の揺らめきを身にまとったいなほは、全身の骨が砕け散る音を聞く前に、影に対して決死の一撃を放つべく拳を握りこんだ。

 オレンジの光を引く必殺を走らせる。雷光もかくやという速度で一番近くに居た影の腹部に突き刺さった拳は、あまりある火力を爆発させて、その傍に居た二つの影もろとも絶命させた。

 いなほは最早肉片と化した影の腹部から拳を引き抜くと、反対側に立つ影を見据え、間髪入れずに右足で一文字に虚空を蹴りぬいた。覚醒筋肉を用いて行われた神速の蹴撃によって、新たに魔方陣を組みあげようとした影の内、二つが上半身と下半身を分かたれて絶命した。


「ぎ、ぃ……!?」


 怒涛と影の軍勢を半分以上滅ぼしたいなほだったが、突如としてその動きが停止した。

 本来ならハウリングとの一戦によって、使用が困難となっていた覚醒筋肉の強制使用によって、内側の骨はおろか、筋肉の出力に耐え切れず内臓が圧迫されて裂傷したのだ。


 ──もたねぇかよ……!


 内心で悪態をつくが、口元までこみ上げてきた血の塊のせいでぼやくことすらできない。

 たかが数秒の覚醒筋肉の使用。だがそれだけでいなほの身体は尋常ではない代償を払わされることとなったのだ。

 だがこの隙を敵に晒すわけにはいかない。傷ついた内臓と砕けた骨によって全身を駆け巡る激痛を押し殺して、いなほは口から血を吐き出しながら口を吊り上げた。

 肉体は既に戦いを行えるような状態ではない。

 しかしそんないなほの事情など気にも留めず、むしろ先程の覚醒筋肉による挙動を見て、いっそう捨て身の必殺への覚悟を改めた三つの敵手は、油断も慢心も捨て、一歩もその場から動くことの出来ないいなほへ、各々の武装を取り出して突撃した。



次回、超越者。


またの名を中二の真骨頂。




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