第十二話【超越生命】
「さてさて……いい加減出てきてよぅ。怖い怖い殺気がたくさんあって、リリナ泣いちゃうよぅ」
言われるが早く、先ほど奇襲を行ったときと同じく枯れ木に偽装していた影の軍勢がリリナを囲むようにして現れた。
その数、およそ四十。いずれもいなほを襲った者達とほぼ同等の実力を誇る者達は、油断なくリリナの包囲網を縮めていた。
「んー。乱交は趣味じゃないんだけどにゃー」
「貴様、何者だ」
「ほぇ?」
影の問いに、リリナはわざとらしく小首を傾げて見せた。
「とぼけるな。貴様、あの男と何の関係がある。そもそも『傾いた天の城』に『お前のような存在はいなかった』はずだ」
そこまで言われて、リリナは初めて人をおちょくるような笑みを不敵なものへと変化させた。
「えー。お兄ちゃん達、最近ギルドに入ったこのプリティーきゃわわなリリナちゃんのこと知らないんだー。でもー、裏切った人だから知らないのも仕方ないかなー、キャハッ!」
「笑わせるなよ小娘。魔道兵装の行く先を調査するために、ギルドの内情を知る程度は怠るはずがないだろう」
これまで彼らがトールの手を逃れてこれたのは、傾いた天の城に潜伏させたスパイより情報を得ていたからである。
その過程で、現在のギルドの内情なども調べて、ジューダスの誰もがその情報を共有していたのだが。
「そこに貴様の名前は存在しなかった。何故貴様のような小娘が魔道兵装の傍に居る」
「ふーん。意外にザルなんだなギルドも……あのクソチビ、引きこもってばっかでまともに管理も出来てねぇのかよ」
呟かれた言葉は影には届かなかったが、明らかにこれまでのリリナとは違っていた。
だがすぐにわざとらしいくらい明るい笑顔を浮かべたリリナは、徐々に迫りくる影に対して、何処からか取り出した先端に赤い宝石のついた木製の杖を構えた。
「戦う気かイレギュラー」
「『戦ってやるよ』。いなほお兄ちゃんが楽しく戦えるように、リリナが露払いをしてあげるのさ」
「愚か。慢心はせぬが、直接見えて感じた貴様の力、我々を相手にするには些か以上に足りぬだろうが」
しかし、露払いをするという意味では影達も同じだった。
確実に一人ずつ仕留める。わざわざもっとも弱いと思われるリリナに対して四十人全員で現れたのも、確実に勝利をするためなのだから。
まさに絶体絶命という状況下。ただの敗北ではなく、惨めな死すら確定している。
「ヒハッ」
だというのに。
いや、だからこそ、リリナは吐き気を催すような気味の悪い笑い声を響かせた。
「だったらさぁ……御託を並べてないで、さっさとこいよぅ」
爛々と瞳を輝かせ、影をあざ笑うように真っ赤な舌を出したリリナは、挑発するようにその左手の中指を虚空に突き立てた。
「『アタシ』を満足させられんならなぁ!」
「死ね」
そして戦いは始まる。口火を切ったのはリリナの杖の先から放たれた桃色の熱線だ。
一直線に影の一つへと炸裂した光の粒子だったが、直前で防御用の魔方陣にさえぎられて四方に弾ける。
続いてリリナの背後から五つの影が飛び出した。迫る気配に呼応して振り向いたリリナは、咄嗟に障壁を展開して防御に入るが、少女の抵抗をあざ笑うように、虚空に形成された巨大な雷雲が魔力の縄に引かれるようにしてリリナへと落ちてそのまま飲み込んだ。
「『雷轟』」
「『破砕』」
雷を内包した雷雲が、術者の魔力を受け取って内側から騒音と共に光り輝いた。
眩い閃光は雷雲の外側にも漏れ出るほどであり、その内部で何が起きているのかを想像するのは容易だろう。
雷を落とすのではなく、雷の中に押し込めるという絶技。
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
自然界の脅威に犯されたリリナの悲鳴が雷鳴に紛れて小さく響いた。彼女にとって不幸だったのは、雷の直撃を受けてもまだ耐え切れるほどの能力があったことか。ただ、耐え切れるだけであり、いずれ雷によって絶命するのはその悲鳴を聞けばわかることだた。
「あぁぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁぁ! ひぃぎぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……良く持つ」
数秒、数十秒と悲鳴が続いたとき、影の一つが思わず感嘆とも畏怖ともつかぬ言葉を漏らした。
自然界の中でも最上位の脅威の一つともいえる雷雲の内部で雷に蹂躙されながら、尚も意識を保っているその耐久力に、影達は言い知れぬ違和感を覚えていた。
「トドメを刺す。いつまでもこいつの相手ばかりしてられないからな」
「わかった」
このままでもリリナの死は確定しているが、影達は先を行ったいなほとトールの元に向かうため、確実な死をリリナに与えるために動き出す。
悲鳴と雷鳴の飛び交う雷雲の頭上。新たに描かれたのは雷雲すら飲み込むほどの巨大な魔方陣だ。
中央に光を。
周囲には四体の天使を象った印を刻み込み。
それらをかき消すように書き殴られた『暗転』の術式にて光を暗黒へと貶める。
「『偽・黒点背徳』」
影達の魔力が闇の結晶体へと変わる。まるで『暗球』のように禍々しい球体が魔方陣の中心に現れた。
栄光を落とす大いなる闇。
再生を破壊する暗転術式こそ、大いなる天を貶める禁断の邪法なり。
「『光翼天の守護』」
本来は対象の相手を光の天使の加護によって、あらゆる災害や脅威から防ぐ魔法は、暗転の一文によって対象に大いなる災いと恐怖を与える呪いの暗黒へと落ちる。
構築された球体が鈍い輝きを放ったのと同時、雷雲を丸ごと飲み込むほどの巨大な闇の柱としか言えぬ程の光が大地へと突き刺さった。
闇の放射は十秒ほど続いただろうか。
雷鳴をかき消すほどの爆音が衝撃によって吹き上がる砂塵と風と共に影達を打った。
「終わりだな」
爆心地の様子を見るまでもない。
地中深くまで抉られた大地は底を覗くことも出来ず、ただ無慈悲な暗黒が広がるのみ。
「……だが確認だけはしておけ」
言われるが早く、二つの影が大穴の中へと降りていった。死体というよりも、肉片の一つでも見つかれば上等だろう。
「次はどうする?」
「あのイレギュラーを片付ける。魔道兵装は隊長に任せて、我々はイレギュラーが隊長の戦いに介入せぬよう動くぞ」
既に意識は次の方へと向かっていた。
それも無理はないだろう。先ほど放った一撃は、彼らの全員の魔力で練り上げた最強の一撃だ。相手が誰であろうと直撃させれば消し炭すら残らないのは自明の理であった。
そんなことを思って影が穴から出てくるのを待っていれば、案の上肉片すら見つけられずに戻ってきた二つの影が──
苦悶の表情を浮かべる二つの『顔だけが』、唐突に飛び出してきた。
「なっ!?」
「もー、いたいけな少女にあんなエログロプレイするなんてお兄ちゃん達は変態さんだなぁ」
「何だと!?」
影達は仲間の壮絶な死に顔よりも、気楽な様子で穴より浮上してきたリリナの姿に驚愕していた。
その姿は確かに雷雲と闇の直撃によってぼろぼろとなっている。だがそれは見事に焼ききれて、手首や肌に僅かにこびりついている衣服であり。
ほぼ全裸となっているリリナの素肌には、傷一つすらついていなかった。
「だけどリリナは優しいからー、折角だしリクエストに答えて思いっきり叫んだけど、どうだったぁ? 嬉しかったかなぁ? 楽しかったかなぁ? 興奮してよぅ! 絶頂寸前になってよぅ! 少女の嬌声に鼻息荒くして! ギンギンの腰を前後運動でさぁ! 最ッ高に勃起モンだったかよぉ!?」
言葉を失っている影達へ語りかけるリリナの口調が徐々に変貌していく。
いや、それどころかその見た目すら徐々に変貌を変えていた。
「最近、アタシ達の間じゃもっぱらあのヤンキーのことで話題が持ちきりでねぇ……あの陰鬱野郎が無理してこっちに移した逸材とくりゃ一度は見てみたいだろ?」
変貌。否、それは成長だった。
人間が十年以上掛けて行っていく成長過程を早送りしていくように。リリナだった『何か』の姿は加速度的に成長を始めていく。
長く伸びていく髪は『鮮血の赤色』へ。
怯える影を笑う瞳も『燃えるような赤色』へ。
その繊細だった肉体は、見るものを扇情的に誘惑する肉感のある身体へ、ただひたすら鮮烈に。
焼き付けるように見せ付ける。
「ヒャハッ」
唯一砕けることなく残っていたペンダントを、成長したリリナは乱雑に毟り取った。
そして、膨大という言葉ですら足りないほどの形容する言葉の見つからない魔力の本流が影達に圧し掛かった。
誰もがその圧力に耐え切れずに膝を折った。呼吸は荒くなり、感情に乏しかった彼らのフードの内側の表情が、呼び起こされた生存本能によって恐怖に歪む。中には胃の中身をぶちまける者や、精神に異常をきたして目が虚ろになっている者さえ居た。
歴戦の猛者すら魔力の放出だけで絶望の淵に叩き込む異端は、世界さえも怯えたように震えだすほどの存在感と恐怖を放っていた。
「ヒヒヒヒ……ギャハッ! ヒャハハハハハハハハハ!」
親の叱責を待つように怯える影の群れを見下ろして、女は天使の歌声のような美しい声色を下劣な笑い声として吐き出しながら哄笑する。
リリナであったころよりも大きく成長した女は、特に成長が顕著である大きく張りのある乳房の間に、おもむろにその右手を突き入れた。
「演出ご苦労ぉモブキャラ君達! 折角だから、アタシのとっておきで盛大に賑わせてやるからよぉ!」
乳房の間に入った右手は、そのままリリナの内側へと沈んでいく。その間から漏れ出るのは、目を焦がすほどの黄金幻想。
引き抜いた右手に握られたのは一本の武器のような黄金の塊だった。
剣であり、槍であり、弓であり、矢であり、銃であり、およそ世界にある全ての武器の形のようでありながら、そのどれとも違う形状をした黄金の塊。
影達はその姿を見ることすら出来なかった。
いや、あの黄金を見るなどという愚かを行おうとは思えない。それが僅か数秒の延命でしかないとしても、少しでも生きていたいからこそ、あんな『破壊の権化』のような輝きを見て死にたくはなかった。
「どうだぁ? 唐突に過ぎるし、あまりにも理不尽だと思ってるか? あぁそうだろうよ、テメェらの頭なんて歯牙にもかけないような理不尽が何の伏線も無しに現れるってんだからなぁ!」
だが、それが『彼ら』なのだ。
物語の定石はおろか、あらゆる全てを理不尽にあざ笑い、けなし、欲望のままにかき乱す究極の我が侭の者達。
「超展開ふざけるなってかぁ? ヒャハッ! 笑わせるなよ!?」
だからアタシ達は『星の敵』となりえたのだ。
言外に語られた真実こそ、彼らが理不尽を行えるたった一つの理由だった。
「じゃあなモブ野郎。せめてアタシの必殺──」
振り上げた右手の黄金が天高くまで輝きを伸ばす。『暗球』の闇など比べ物いすらならないほどの、嫌悪すべき破壊の栄光を誇りとして。
「おっぱいミサイルでも食らって昇天しちまいな」
大いなる破壊が、座して待つばかりの罪人へと降り注ぐ。有象無象も分け隔てなく、破壊するという一点に凝縮された終焉の黄昏の中、影達は何を残すでもなく、ただ己の結末に絶望したまま駆逐されていく。
後に残るのは鮮血に身を焦がす灼熱の魔人。
あらゆるご都合主義を踏破し尽くす『世界の敵』は、力の解放によって総身を駆け抜けていく悦楽に身をゆだね、ただ下劣で醜悪な笑い声を上げ続けた。
次回、燃えよヤンキー。その一。
例のアレ
おっぱいミサイル
ほーそくメモ【僕の私のさいきょーへいき】を参照。
決してその場のノリでホイホイ使っていい代物ではないけど、ホイホイ使われちゃっている。たまに物干し竿としても使用されている。