表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第四章【えんたー・ざ・やんきー!】
161/192

第十話【ヤンキー、燃ゆ】


 炎の中をいなほは行く。

 枯れ木と砂の大地を灰と硝子に変えていく炎を掻い潜り、握られた拳は標的への最短距離を走った。


「ぐ、ぬぅ……!?」


 カーストは炎の剣で必殺の一撃を防いでみせるが、いなほの拳はその程度で防ぐことは出来ずに、剣越しに伝わった衝撃がカーストの腕と胸の骨を幾つか砕いた。


「おぉ!」


 己の拳が焼けることも気にせず、いなほは気合とともにカーストを吹き飛ばした。当然、耐え切ることも出来ずに地べたを転がるカースト。

 そこに追撃と飛び掛ったいなほは、カーストの頭上へと舞い上がり、180度まで天高く振り上げた右足を断頭台のギロチンの如くその頭へと振り下ろした。

 咄嗟に受けに回ったカーストの炎と、いなほの踵が火花を散らす。その威力を余すことなく受けることになった大地は大きく抉れ、吹き上がった土砂が炎と共に虚空へ散った。

 雨のように土と砂と炎が降り注ぐ。クレーターの中心には、両腕を砕かれながらも一撃を受けきったカーストと、踵を少し焦がしただけのいなほ。

 戦いは一方的だ。

 開始より一分、既にこの一撃で勝敗は決した。最早その実力は、ただの身体能力だけでBランク相当に匹敵するまでとなったいなほに叶う人類など、世界を探しても殆ど見つからないほどだ。

 例え『傾いた天の城』という最強のギルドの元構成員が相手だとしてもである。

 しかし一分程度とはいえ、肉弾戦では人類最強クラスへと上り詰めたいなほ相手にカーストは善戦したといってもいい。


「へっ! こんなもんかよ!?」


 鼓舞するように吼えたきりながら、いなほの頭の冷静な部分はここまで『苦戦』を強いられていることに驚きと警戒を浮かべていた。

 一対一なら問題はないのは証明出来た。だがこれがもし複数となった場合、さらなる苦戦は──


「『炎蛇』」


「言ってる側からよぉ!」


 カーストへ留めの一撃をぶつけようとした時、水を差すように炎の蛇がいなほに飛び掛ってきた。

 十匹の炎の蛇が描く不規則な機動。カーストを落とす暇はないと見たいなほは、両手を蛇の群れに向けると、掌を広げて虚空に円を描いた。


「回し受けってなぁ!」


 吸い付くように掌に絡めとられた蛇を掴むと、いなほは飛び掛ってきた黒いフードに全力で投げつけた。

 相手は冷静に迫りくる蛇に掌を向けた。すると蛇はこねくり回される粘土のように形を崩して一つにまとまると、巨大な火球へと姿を変える。


「勝負」


「来いやぁ!」


 そのまま炎を凝縮して白炎へと変えた影が掌を突き出すのに応じて、いなほも一歩踏み込むと、その足を支点に背中を見せるように体を半回転させながら空へと舞った。

 回転させた身体を捻って、背中から大地へ落ちるようにして、余った足を天高く伸ばす。反転する視界、重力に応じて落ちていく身体、足、踵。

 狙うは決死の白色元。全力に応じる技こそ、いつか振るった捨て身の一撃。


「ここで!」


 胴回し回転蹴り。この世界に来て初めて対したトロールへとお見舞いした得意の技が、幻想の炎と接触──その掌もろとも砕いた。


「まさかのぉ!」


 いなほはこのままでは地面に激突する身体を、大地を掌で弾くことで強引に浮かした。

 必殺と手首を砕かれた影の顔が空を舞ういなほを見上げる。覗いた顔は呆けたまま、日差しに映えるいなほの肉体を直視して。


「二段構えぇぇぇぇ!」


 虚空で体勢を立て直したいなほの拳がその呆けた顔を炸裂四散させた。

 相手を殺すことへの嫌悪や後悔はまるでない。強敵を打ち砕いたカタルシスがいなほの全身を駆け抜ける。血染めの拳は燃え広がる炎に照り返させて、回復を終えて起き上がったカーストとその横に立つ新たな二つの影をいなほは睨んだ。


「気をつけろ。副隊長を殺すつもりでかかれ」


 カーストの言に覚悟を決めたのか。表情は見えずとも影の放つ魔力から決死の色をいなほは感じ取った。

 これで三対一。いなほは新たな影の放つ魔力の質が、カースト以上のものだと察した。


「……第十二席、ムジカ」


「……第十五席、エス」


 名乗りと同時、二つの影はフードを脱ぎ捨てた。

 どちらも病的なまでに肌の白い女性だ。むしろ白より青に近いその肌は、彼女達が人間以外の種族であると示していた。

 そしていなほはその肌の色と、人ならざる金色の瞳。何より立ち込める雰囲気からその正体を見破った。


「ヴァドと同じ……きゅーけつきって奴か」


「然り」


「我ら、暗黒に身を捧げし闇の眷属」


 機械のように感情に乏しい表情と声で答えながら、二人は魔方陣を虚空に描くと、そこから各々の獲物を取り出した。

 ムジカはそのいなほの背丈に比肩する巨大な木刀だ。彼女自身の体躯も女性にしては大柄だが、肉厚な刀身も相俟って、彼女の半身が隠される程である。その刀身に埋め込まれた五色の輝きを放つ巨大な宝石が埋め込まれ、それ単体が空気を奮わせるほどの魔力を放っていた。ムジカは木とはいえ女性が持てるはずのない質量の木刀を片手で楽々と回してみせた。見た目に反した怪力と木刀の破壊力は受けに回ればたちまち押しつぶされるだろう。

 エスはその小柄な見た目に似合った大小二振りの短刀だ。長い刀身のほうが水色、短い刀身のほうが緑色の水晶のようなもので作られている。虚空に数度奮われた二つの軌跡は、その色の軌跡を虚空に残した。青と緑の幻想的なラインは数秒の後に霧散する。それが濃厚な魔力の残留だといなほは直感的に悟った。もし直接斬りつけられた場合、この身体すら切り裂くほどの鋭利があるのだろうとも。

 どちらも油断出来ない相手だ。一対一でも苦戦が必死、それが二人同時で、しかもカーストも居るとなれば──


「ここで死ぬ」


「故にお前も死ね」


 ムジカとエスの壮絶な宣告を受けて、いなほはより笑みを深く、深く、邪悪に歪めた口元から喜悦を吐き出して迎え撃つ。


「行くぞオラァ!」


 先手必勝。死中に活を求める。

 炎の海を跨いで突撃したいなほの前に出たのはムジカだ。木刀の刀身をいなほに向けて、その中央の宝石に魔力を注ぐ。


「おぉ!」


「『壁』」


 万力の如く握られた拳は、ムジカの言葉とともに展開された虹色の硝子のような壁に激突した。


「おっ!?」


 激突した矛盾は、いなほの拳が弾かれ、障壁に皹が入るという痛みわけに終わった。

 虚空に弾かれたいなほは己の一撃を受け止められたことに怒りを露に吼えようとしたが、

咆哮を断ち切る二つの軌跡がいなほの怒りすらも斬り裂いた。

 いなほが弾かれる前に飛び出したエスである。中空で動きの取れないいなほ目掛けて、エスの二閃が襲い掛かる。ミフネと比しては遅いが、それでも圧倒的な速度の二つは、見事どちらか片方しか受けられない軌跡を描いて迫り来る。

 必中の斬撃を前にいなほのとった行動は唯一つ。

 風船が弾ける音が響く。遅れて動けぬはずのいなほの身体が唐突に後ろへと飛んでエスの斬撃から逃れた。

 足場がないならば足場を作り上げればいい。恐るべき速度で放たれた蹴り足によって『大気』を蹴るという荒業をもってして、いなほは強引にその場から逃れたのであう。

 かつてハウリングと戦ったときに行った歩法を、覚醒筋肉を使わずに行うという強引が辛うじていなほの窮地を救う。


「ちっ……次から次へとわらわら、しつけぇんだよぉ!」


 代わりに虚空を蹴った足は付加に耐えかねて内側から引き裂けて内出血をしていたが、斬られていたと思えば安い代償だろう。

 だが窮地は終わっていない。エスの斬撃を逃れたいなほの視界に、人を飲み込めるほどの巨大な火柱が襲い掛かってきた。

 いなほに反撃の余地を与えない。怒涛と押しかけることによって押しつぶすのがカースト達が選んだ戦略だ。

 全力はおろか命を振り絞る。カーストは傷ついた肉体を癒す分の魔力すら炎に当てて、吐血をしながらいなほを追い詰めていた。


「こ、のぉ!」


 迎え撃つ形で拳を振りぬき、火柱はたちまち散り散りと消え去った。その残滓の紅蓮が花びらと舞う空間にムジカとエスが入り込む。

 漆黒の魔力で花を削ぎながら、暗黒の具体たる吸血鬼二体は、自壊するほどの魔力で身体を強化して踊り狂う。

 その圧力にいなほは真っ向から激突した。二メートル近い木刀が細枝のように軽々と大上段から迫る。当たれば肉裂かれ骨砕ける重さと速さに、満身の力をたらふく注ぎ込んだ拳を側面に叩きつけて弾く。

 力のぶつかり合いで押し負けたムジカの身体が揺らぎ、いなほはその間に一歩を縮める。後は拳を叩き込むというところで、割って入ってきたエスの小太刀がいなほを阻んだ。

 心臓へと突き進む青。下腹部を薙ぐ緑。透明な軌跡はテールランプのように流れいく。

 だがいなほは己の急所を確実に捉えてくる剣閃を捉え、流れるように二つの小太刀に手の甲を添えた。

 赤子に触れるように優しく触れた手は一転、一回り身体が膨れるほどに込められた筋肉との反発によって磁石のように弾かれた。

 好機。今度こそ捉えた隙を逃さずに、獲物を弾かれた拍子に万歳の格好となったエスの懐に飛び込むと、いなほは練り上げた力を収束させて解き放った。

 見た目は少女でしかないエスの胸部を容赦なくいなほの拳は貫く。心臓を確実に射抜いたため、例え吸血鬼であっても回復は不可能であり。

 だからこそ、エスは最後の力を振り絞っていなほの右腕に貫かれた肉体ごと絡みついた。


「今よ!」


 文字通り血を吐きながら、壮絶な形相で声を張り上げたエスもろとも、背後から飛び出したカーストの白炎の剣がいなほの身体を切り裂いた。


「ぐ、おぉ!?」


 辛うじて斬られる直前にエスを引き剥がしたいなほだが、それでも完全に斬撃を避けきることは出来ずに左肩から腹部まで浅く斬られてしまった。

 何とか表面を焼き斬られるだけですんだが、白炎の一撃を受けた身体は、内側の魂にまでその炎熱を伝えている。肉体的な熱よりも、内側から発火しているような熱の痛みに耐え切れず、いなほの額から大粒の冷や汗が幾つも溢れた。

 当然、直撃を受けたエスは跡形もなく燃え散っていた。しかし残った二人には仲間の死を悲しむといった様子はなく、いなほはその壮絶な覚悟と決意に唾を飲み──怯みそうな己を叱咤するように、傷口を拳で叩いた。


「ッッッッッ! い、たくねぇ! 俺をやりたきゃもっと熱くて硬ぇのもってこい!」


 誰がどう見てもやせ我慢にしか見えない。しかしやせ我慢も耐え切ったのなら立派な我慢だ。いなほは彼独特の考えで己を鼓舞する。

 一人を倒したが、代わりに一太刀もらってしまった。

 この戦闘だけを見るならば、十分以上の戦果だろう。


(だが、こいつらは後何人いやがる?)


 それがわからない以上、一人倒したからと楽観するわけにはいかなかった。

 いなほは知らないが、『傾いた天の城』というギルドの構成員は、支援部隊でさえ最低でもFランク。つまりアイリス程の能力がなければ入ることが出来ない。

 その実行部隊である戦闘部隊においては、最低基準がEランク。つまり殆どが火蜥蜴の爪先のエースであるカッツァを凌ぐ実力者であるのだ。

 戦闘部隊であったジューダスも例外ではなく、最低ランクはEランク。そしてその構成員は総勢で百人。

 その全てを相手となれば、例えB+ランクという伝説の一歩手前まで成長したいなほであっても、苦戦はおろか、単体ならばほぼ確実に敗北するのは目に見えていた。

 だがそんな瑣末なことや、後のことをいなほは思考の遥か彼方に放り投げた。


「んなこたぁどうでもいい」


 強く、さらに強く拳を握りこむ。

 相手が何人いようが関係ないのだ。

 この先何人来ようが、千人だろうが万人だろうが。


「一人ひとり潰していきゃあ同じだろうが!」


 練り上げた力を放出する。眼前には新たな増援の影がさらに三つ。なおも増え続ける強者の影を打ち砕くために、いなほは再度突撃を行った。






次回、格差


作者のやる気のため、感想などお待ちしておりますといったダイレクトクレクレ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ