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不倒不屈の不良勇者━ヤンキーヒーロー━  作者: トロ
第一章【その男、ヤンキーにつき】
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第十六話【ヤンキーの価値観は?】


 いなほ達がこれから向かうムガラッパ村は、四カ国同盟の一つである、メレクル王国側にあるそこそこに栄えた村だ。

 土地が痩せているため田畑を耕すのには向いてはいないが、近くに豊富な鉱物資源に溢れた鉱山があり、そこで取れた鉱石を取引材料にして、金銭の調達を行っている。

 ルドルフは、この村との契約を結んでおり、今回は定期交渉のためにムガラッパに向かうということであった。

 なので六つもの馬車があるものの、そのほとんどは空きであり、移動中の食料と交渉に使う金銭、そして野営用の物品以外には積まれていないので、いなほ達は道中馬車を二つ貸してもらい、一方には男組で、一方には女性組に分かれて乗り込んでいた。


「……しかし暇だねぇ」


 昼下がりの道中、揺れる馬車の中で欠伸をしながら退屈そうにしているのはキースだ。馬車の中で寝ころぶ姿にはやはり緊張感はまるでない。いなほはそんなキースを一瞥するだけにして、真正面に座る、両手剣を抱きながら片膝を立てて目を閉じているガントの方を見た。


「ようおっさん。いいモン持ってるじゃねぇか」


「……お前には、必要ないだろう」


 ゆっくりと目を開けてガントはいなほの拳を見た。彼もまたアイリスと同じくいなほの力量を見極めていたようで、その眼光には珍妙な格好をしているいなほを侮るような色はない。

 いなほは嬉しそうに喉を鳴らした。トロールよりも低いH-らしいが、間違いなくこの男はトロールなどよりも強い。確か経験や知識はランクに反映されるわけではなかったなと、いなほはアイリスの言葉を思い出していた。

 ──その点こいつは駄目だな。

 いなほは本当に昼寝を始めたキースを横目にしてつまらなそうに肩を竦めた。能力的にはガントを超えるキースだが、如何せんその能力を最大限に使えているようには見えなかった。この感じだとトロールとタイマンを張るのが精いっぱいだろう。


「それよか悪いなおっさん。俺は実はギルドに入ったばっかのウブでよ。ここらの流儀がわからねぇんで迷惑かけるぜ」


「そうか……なら先輩として教えよう。走行を邪魔する魔獣を片っ端から殺せ。それでいい」


「流石先輩。適切なアドバイスが泣けるぜ」


 いなほは豪快に、ガントは静かに笑った。世界は違えど、荒くれ者の感性は変わらないらしい。互いに共感する部分があるのだろう。酒があったらここで一杯やりたいところだといなほは思った。


「だがお前程の気配を持つ者がこれまでギルドに入っていなかったというのは奇妙な話だ。以前は何を?」


「変わらねぇよ。ぶん殴るのが仕事みたいなもんさ」


 片手を掲げていなほは気軽に応える。


「そうか。俺も同じだ。昔からこいつしか知らん」


 ガントも両手剣を持ち上げて応じた。刀身を鞘から出していなほに見せる。

 よく磨かれているが、よく見ると至る所に小さな傷が刻まれている。そのどれもがガントがこの両手剣と共に歩んできた誇りの証だ。


「やっぱしいいモンだよこいつは」


 いなほは感嘆しながら、無数の傷が残る両手剣の美しさに見入った。芸術品のような美ではない。売ればそこまで高く売れるような一品ではないだろう。だが、繰り返してきた年月の育んだ戦いの歴史は、いなほにとってどんな調度品よりも勝る価値がある。

 だからこの男はきっと強い。いなほがその拳に無数の傷を刻んだように、ガントもまた剣に己を刻んできた。きっとこの男と喧嘩したら素晴らしいものになるに違いない。

 ガントもいなほの内心を感じたのか、小さくも深い笑みを浮かべた。わかっている。どちらも糞ったれの馬鹿野郎だ。


「うわー、おっさん達何笑いあってんのさ。気持ち悪」


 だがそんな楽しい空気をぶち壊す、間延びした軟派な声。

 起き上がったキースが侮蔑をふんだんに含んだ眼差しで二人を見下していた。


「……」


「……」


 ガントはおろか、いなほすらも反応しない。侮蔑の態度はいなほにとって苛立ちの対象だが、『子どもの駄々に』キレるほど器量がないわけではない(だがエリスにキレたことを本人はすっかり忘れている)。むしろアホらしいと憐れむような眼差しをいなほはキースに向けた。


「あっ? 何さその目。その態度気にいらないんだけど」


 食いかかるようなキースの態度。

うぜぇ奴だ。我慢をしようにも限界はある。いなほはガキに怒鳴るのも大人げないので、溢れそうな殺気をため息とともに吐き出した。


「気に入らないならさっさと失せな。テメェが近付くとテメェのママのおっぱいの臭いがそのしょうもない口から臭ってきてやる気がなくなっちまうんだよ」


 とは言っても出る言葉は呼吸するがごとく罵詈雑言。いなほ的にはとても優しく言ったつもりだが、あんまりすぎる挑発の言葉に、キースの顔が一瞬で赤に染まった。


「俺を舐めてるのアンタ……?」


「ケケケ、舐めさせたいならもっと美味そうになってから出直しな。乳臭ぇガキを舐める程モノ好きじゃねぇんだよ俺ぁ」


「っ!」


 狭い場所で立ち上がり憤りをまき散らすキースは、怒りのままにローブの下に手を入れると、先端に赤い宝石のようなものが付けられた木の杖を取りだした。

 その先をいなほに向ける。ガントが静かに射線上から離れ、両手剣を持つ手に力を込める。仮にも相手はH+ランク、油断のない動きはプロらしい洗練されたものだ。


「へっ、どうしたよキースちゃん。腕がぷるぷる震えてるぜ?」


 だがいなほはあえて逃げ出さずに、むしろ進んで杖の目に体を差し出すように前に出た。

 赤い宝石にいなほの厚い胸板がぶつかる。一触即発の危険な空気、何かのきっかけがあれば即座に死地へと変わるだろう緊迫。

 その時、突如馬車が動きを止めた。


「魔獣だ!」


 一番先頭を走っていた馬車の従者が叫ぶ。いなほとガントの動きは速かった。一人怒りのあまり状況を理解していないキースを無視して馬車を飛び出す。


「おでましだな!」


「あぁ……心配はせん。だが獲物は残せよ?」


「そりゃ俺のセリフだっての!」


 馬車を飛び出し瞬く間に駆けていく。後ろでようやく事態を理解したキースも慌てて馬車から下りた。「俺を無視するなぁ!」情けない怒声を背中に、いなほとガントが先頭に躍り出る。


「来たか」


 そこではすでにアイリスが抜刀をしていた。敵は十体のゴブリンの群れ。トロールのように緑色の肌だが、その全長はエリスよりも低い程度か。お粗末な棍棒と簡素な鎧を装備して、先頭に立つアイリスを囲むように布陣している。

 ネムネはアイリスの影に隠れるように、へっぴり腰で立っていた。

 ありゃ喧嘩慣れしてねぇな。といなほが結論する。同時、合流もつかの間、いなほとガントはアイリスの横を抜けてゴブリン達の真っただ中へ躍りかかった。


「うおらぁ!」


「ぬぅん!」


 剛腕と剛剣が一閃の元ゴブリンの命を刈り取る。そして二人は背中合わせに構えた。

 完全にゴブリンに囲まれる形になるが問題ない。いなほとガントの二人は、自分達が錨のように食いこむことだけが目的なのだと割り切っている。


「『凍てつく風、凍てつく大地、凍てつく歩み、迫りくる者をことごとく凍り尽くせ!』」


 直後、アイリスの青色の魔力が詠唱に吸い込まれ、ゴブリン達の足元を凍らせる形で顕現する。お得意の氷結魔法で、敵の足を止める集団相手に適した魔法だ。


「これでゴブリンは動けない。ネムネ! この初陣、一匹は狩れ!」


「は、はい!」


 アイリスの激励に何度も頷いて、ネムネはガントレットを締め直すと強化魔法で光る体で駆けだした。充分な速さを伴い、足もとの氷の除去に苦戦する一匹のゴブリンの前に出る。


「伸びて!」


「グギ!?」


 髪と同じピンクの光を揺らめかせ、ネムネの右拳が走る。その先に魔力が集中したと思えば、三つ又の刃が拳より現れ、応じようとしたゴブリンの棍棒と拮抗した。詠唱を使わない、魔力を通すだけで単一の魔法が使える魔法具の刃、これがネムネの主兵装だ。

 抵抗は一瞬。魔獣とはいえ所詮はゴブリンの膂力で、強化した肉体と、魔法により作られし鋭利な刃には敵わない。哀れ両断された棍棒を抜けて、ネムネの牙はゴブリンの喉元に突き刺さった。


「捻じりながら引き抜いて離脱!」


 アイリスの澄んだ声がネムネにその通りの行動を行わせる。傷口を広げるように拳を捻りながら、引き抜く勢いで後ろに下がると、ゴブリンの喉から鮮血が吹き出してそのまま大地に伏した。


「や、やった!」


「よくやったが五十点。敵がいるのにぬか喜びは──」


 魔獣討伐に喜ぶネムネの背中にアイリスが回り込むと、氷の束縛を抜け、ネムネの背後から襲いかかってきたゴブリンを一刀で両断する。


「このようになる。ダンジョンのような狭い空間と違って、平野は集団戦ではバックアタックの危険が常にある。敵が全員いなくなるまで油断するな」


 強化の魔法も使わずゴブリンの首をはね飛ばしたアイリスは、驚くネムネの目を見て冷徹に呟いた。かくかくと首振り人形のように動くネムネが了承したと見たか、アイリスはネムネから視線を切ると、氷の束縛を抜けようとするゴブリン達に、改めて氷の束縛を掛け直す。


「で、俺らはいつまでじゃれてりゃいいんだかね」


「知らん。次はキースの実力でも見るつもりなのだろう」


 いなほとガントはすっかり観戦モードである。実はこの二人とルドルフは、町を出る前にアイリスに一つお願いをされていたのだ。

 『彼らの実力を試させてくれ』そう言った提案であった。この時期は、アイリス曰く在籍一年程度の魔法学院の生徒がそれぞれ依頼を受け始める時期らしい。自己紹介のときにアイリスが感じたのは、おそらくあの二人は初依頼を受ける新米だということだ。

 なのでよければ彼らの実力をしるついでに、依頼の空気を感じさせたいので、一戦目はサポートに徹してくれと願い出た。だったら俺もまだテメェに実力見せてねぇだろと食い下がってきたいなほだが、アイリスは呆れた風に「お前は闘わなくてもわかるくらい強い」とのこと。それにはガントもまた深く頷いたので、渋々いなほは引き下がったのであった。

 余談はあったが、そういうことでもし比較的楽な魔獣が出た場合、アイリス曰く初めての依頼だろう二人がどの程度活躍できるか確認することになっていたのだ。

 なので二人は突出して数匹殺して後は牽制、アイリスは足元を凍らせるだけの、本人にとっては簡単な魔法を使うに留めていた。

 いなほから見たネムネは、戦いを見た後でもどうでもいい存在だ。ビビってるのか腰が引いてる。あれでは折角強化して強くなった体の意味がない。一応基本的な体の使い方は出来てはいるが、それゆえに目立つ幼稚な部分。


「ケツが緩いんだ。あの女」


 呟いた一言は新たな登場人物の出現によって消された。


「ハッ! なんだよおっさん達! 折角アイリスさんがゴブリンを足止めしてるのにぼーっと立ってるだけなんてさ!」


 キースはそう悪態を叫びながら、全身から魔力を放出する。黄色の魔力は、まるで炎のように揺らめいていた。


「うるせぇ! 遅れてきた奴が吠えてるんじゃねぇ!」


「うるさいのはそっちだよ! 丁度いい。さっきはうやむやになったけど、ここでまとめてあんたも吹っ飛ばしてやる!」


 そう言うと、キースは手に持った杖を掲げた。魔力増幅炉でもある杖を媒介にして、より膨大な魔力が杖の先端に集まっていく。


「『燃やし尽くせ、紅蓮の腕よ』!」


 昂った気持ちを表すかのように、怒りの形相のキースが合流したと同時に、一抱えはあるだろう炎の球体を杖の先端に具現化させた。魔力を元に作られた火球を前に、ゴブリン達の動物としての本能が刺激される。

キィキィと甲高い悲鳴をあげるゴブリンを前に溜飲を下ろしたのか、下衆な笑みを浮かべたキースが、いなほ達がいるのも構わず、ゴブリンの群れの中に火球を放った。

 流石のガントも、H+の能力を持つキースの火球が迫るとなれば慌てるのは道理。攻撃の気配を感じた瞬間には、両手剣を前面に構えて離脱する。いなほもガントに僅かに遅れて、襲いかかる火球から逃れる──ではなく、『飛び込んだ』。


「馬鹿が……!」


 低く唸り、いなほは拳を握りこむ。そこにいる誰もがいなほの行動に目を疑った。生身の体で、ゴブリンなら焼きつくせる火力の炎に飛び込む暴挙、アイリスもいなほのランクは知ってはいるが、直撃を受けて無事でいられるとは思えない。

火の軌跡を後ろに伸ばしながら、人魂のように揺れて走る火球。いなほは周りの驚愕の視線を浴びながら、ただ不愉快そうに目を細め、火球に向けて拳を突き出した。

 激突の瞬間、アイリスだけはその絶技を見ていた。触れると思った火球といなほの拳だが、いなほの拳が纏う風圧に火球が押し負け、遂にはかき消える異常。傍から見たらいなほの拳が火球を貫いたようにしか見えない暴挙。だが火球はいなほの誇る筋肉ではなく、その余波で容易く葬られたのだ。


「あっ……え?」


 誰よりも驚いたのは火球を放ったキースだろう。怒りを伴って撃った火球は、避けられるように速度は押さえたが、威力に関しては手加減をしていなかった。

炎はキースがもっとも得意とする魔法である。それが消される、ということはキースのプライドがへし折れたのと同義である。易々と蹂躙された己のプライドの末路を見て、キースは自分の目を疑った。


「……だからガキは嫌いなんだ」


 唾を吐き捨てながら、いなほはゴブリン達に振り返る。足元は氷で捕らわれ動けず、目の前には不愉快そうに指の骨を鳴らす、炎をかき消した異常の化け物。


「おいテメェら。今の俺は随分ゴキゲンだからよ、来てぇなら相手になるぜ?」


 戦いになるはずがない。ゴブリン達は持てる力の全てを振り絞り氷の拘束から逃れると、我先にといった感じで森のほうへと逃げていくのだった。


「……ったく」


 いなほは髪を掻きあげながら逃げていくゴブリンを見送ると、全員が森に消えていったところでキースに向き直った。


「ひっ……」


 冷たい視線に晒せれたキースが小さく悲鳴をあげ、腰を抜かして尻をついた。

殺される。そんな予感がキースの体を縛った。震える体、焦点の定まらない視線。たかが一撃魔法を消された程度でと笑うことなかれ。温室育ちのキースには自分の魔法をたかが拳の一薙ぎで消されるのも衝撃だったが、何より敵わないと分かっていても人間に襲いかかる魔獣を、たかが一睨みで追い払ったいなほの視線に晒されているのだ。

 その恐怖と言えば筆舌し難い。言うなれば蛇に睨まれた蛙、まな板の上の鯉。プライドという鎧を剥がされたキースに、野獣に人の皮を被せたような男の殺気に抗う術はないのだ。


「くっだらねぇ」


 そんなキースの様子を見て、いなほはさらに落胆の色を濃くした。

 いなほはと言えば、キースに殺意を向けたわけではない。言うなれば幼子を叱る大人の如き僅かな怒りの念を向けた程度のことだが、それだけで悲鳴すらあげるような奴に、いなほはこれ以上構う気力は沸かなくなったのだ。

 最早キース等眼中に入れず、いなほはその横を抜けて馬車へと戻っていく。


「つまんないんだよ、テメェは。まだあのへっぴり女のほうがマシってもんだ」


 責めるでもなく、本当に興味が失せたといった言葉をいなほは残して去っていく。

 そしてそれは他の者も一緒だった。唯一ネムネだけが去り際に「大丈夫デス。次頑張るデスよ」と励ましの言葉をよこしてくれたが、醜態をさらしたキースには届かない。

 そしてふらふらと元の馬車に戻ると、そこには二人の姿はなかった。問いただそうと従者の人に目を向けると、ただ一言「言いにくいのですが、貴方と一緒の所にいたくないのだと……」そう申し訳なさそうに言われ、キースは呆然と腰を下ろした。


「クソっ……」


 呟く言葉は無力の証。手に持っていた杖をキースは投げ出して、顔を覆い項垂れるのだった。






次回、ヤンキーと小休憩

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